● あの日のつづき。  ●

月が明るい夜道。坂本氏と千太郎は、ふたりで呑みに行った帰り道、並んで歩いていた。
二人だけで出かけたのは久しぶりであり、今夜のお酒が美味しく感じられたのはどちらにも共通していえることだったらしい。坂本氏は目に見えて上機嫌であるし、それを見つめる千太郎の目も柔らかだ。

坂本氏が歩きながら腕を挙げ、背を伸ばしつつ言った。
「昼間の真夏のような暑さは大変だったけども、夜になると風が気持ちがいいものだな」
「そうですね、でもまた明日も暑くなるみたいですよ。・・・あの坂本さん、俺、明日も一日空いてるんですけど…何か予定ありますか?」
千太郎の言葉に、坂本氏がきょとんとした顔で見上げた。
「え?ちたろー、お前明日は来ないつもりか?」
千太郎も少し目を見開き、重ねて聞いた。
「という事は、坂本さんは、明日俺と一緒にいてくれる気でいたって事ですね?」

・・・ッ、失敗したぞ、私としたことが気を抜きすぎていただろうが!

千太郎の言葉尻が、ニヤリ笑う感じになっている事に気付いた坂本氏は、慌ててまくし立てた。
「そうじゃなくてイヤそうなんだが、明日もまたお前にやらせようと思っていた事が沢山あってだな!それにお前が一日中いても、私は一向に構わないのだし、むしろいてもらった方が便利であって…!」
「ハイハイ、わかってますよ。俺ももう変に遠慮した事聞かないで、ちゃんと坂本さんと一緒にいますから大丈夫ですよ」
「何が大丈夫だ!私は本当はお前なんかいなくてもどうでもよいのだからな!ただ、お前が来てくれないと何も頼めないから困るのだ!それだけだからな!」
「ハイハイハイ。」
「ハイは1回だー!!!」
真っ赤になりながら、否定と肯定ごちゃ混ぜで言い訳する坂本氏の肩を、千太郎の手の平が包みこむ。そのとたん、坂本氏の叫びがぴったり静まった。

ああ、そういえば・・・

「坂本さん、いま俺、思い出してたんですが…学生の時、同じ委員会になって、坂本さんが居残りしてるのを俺が手伝って、一緒に帰った事がありましたよね。・・・まあ、アンタは絶対憶えてないでしょうけれども。」
千太郎のちらり見下ろす横目に、坂本氏がふんがー!といきり立った。
「ば、バカにするな!思い出したぞ!・・・少しだけだがな!あの時は・・・あの時は…」
うーむ、と考え込んでしまった坂本氏に呆れた顔を返しながら、千太郎が続きの台詞を拾う。
「アンタがハンバーガーを偉そうにおごってくれて、それでアンタの家まで一緒に帰ったんですよ」
「そうだ!私のおごりだったんだ!それでもう暗くなってしまったから、と言ってそいつが…」
坂本氏の脳裏にも、まだ少し子供っぽさの残るお互いの顔がうっすらと浮かぶ。

『俺、家まで送ります。』

歳がふたつ下にもかかわらず、まっすぐ人の事を見て、そう言う姿を千太郎の姿を思い出した。
あの時すでに、目線は一緒だったような気がする。
そして今はもう並んでしまえば、見上げないとこいつの目は見れない。

「・・・そうか、あれはお前だったんだな…」
「そうですよ?…思い出してくれました?」
にッ、と笑って、その少し高い目線を坂本氏の位置まで下げて、覗き込んできた千太郎の顔の近さに、坂本氏の心臓が一跳ねした。
たぶん、その胸をついた甘い痛みが顔に出てしまったのだろう、千太郎がそのまま距離を詰め、低い声で言う。
「俺、あの時は自分の気持ちがわからなかったんですけども、今思えば、坂本さんに対して言いたいこともしたい事も、たぶん沢山ありましたよ。沢山ありすぎて、逆に何にも出来なかったのかな」
「言いたいこと、はいいが、し、したい事って何だ!お前、破廉恥な子供だったんだな!」
「はれんちって…俺、そんなこと一言も言ってないじゃないですか。・・・ふーん、坂本さんは俺がそんな事を考えていたと思ってるんですね?」
「そうじゃない!そうじゃないが・・・!」
ますますしたり顔の千太郎に対して、坂本氏はどんどん泥沼にハマっていく自分を感じていた。

・・・こいつ、絶対楽しんでる。なんでこの私が、ここまで…!

「もういい!ちたろー、お前はもうついてくるな!」
うつむき加減でふいッと顔を逸らし、ずんずん歩いていく坂本氏の後ろ姿を、苦笑いの千太郎が追いかける。
「ああ、怒らせようとしたんじゃないですってば」

でも、その顔も可愛いから見てみたくなって、つい突付いてしまうんだけどな。

そんな気持ちが常にある、ちょっと後ろ暗い千太郎は、この場を取り繕うべく坂本氏の手を取った。思わず振り返った坂本氏が見たのは、先程までの意地悪顔の千太郎ではなかった。

「坂本さん。俺、もうひとつ思い出したことがあるんですよ」
「・・・なんだ。言ってみろ。」
「ハイ、俺、あの時、坂本さんと手をつないでみたかったんです」

千太郎が、今の一丁前の大人の男の顔でそんな事を言うので、坂本氏の頭に一気に血が上る。

「ば・・・ッ、お前アホか!何を今更…そんな恥ずかしい台詞を今のお前がさらりと言うな!」
「今の俺だから言えるんですよ?…それでお願いなんですが、あの時出来なかった事、今の俺にさせてもらえませんか?」
「あの時出来なかった事、って…」

千太郎が、掴んだ坂本氏の手をぎゅっと握りなおして、自分の口元に付けながら言った。

「手をつないで、帰ってもいいですか?」

坂本氏の目の前が、一瞬真っ赤になった気がした。

…こいつ、恥ずかしすぎる・・・

坂本氏は頭が沸騰しそうになり、頭蓋骨にもしかしたら弁が開いて、そこから蒸気が吹き出るのではないかと思うくらい混乱してしまった。

「…駄目ですか?」

駄目かと聞きながらも、こいつは私の手を絶対に離そうとはしないではないか。
それに、ここまで言ってここまでして私の事を混乱させて、それで手を離したら、この私にはもう二度と触れさせん。

「仕方が無いな!今日のところは許してやる。」

言葉は強気だが、きっと自分の顔は真っ赤だと思う。今がもう夜になっていて暗くてよかった。

だが、そんな顔もしっかり見ていた千太郎は、ここぞとばかりに坂本氏の逃げ場を奪っていく。
掴んだ手を引き寄せ、坂本氏の耳に顔を近づけ言葉を吹き込んだ。

「ありがとうございます。お願いついでに出来れば、今の大人の俺にしか出来ない事もしてもいいですか?」

・・・・・・・・・!


もう駄目だ。


そう内心よろめいてしまった坂本氏であるが、最後の力を出し、渾身の拳骨を炸裂させた。

「お前…お前は、調子に乗るなー!!!」

あの時の恋を、今からまた始めよう。

涙目の坂本氏と、珍しく大爆笑の千太郎だったが、それでもお互い、つないだ手を離す事は無かったのだった。

おしまい。





またまたまたしむさんからいただきました!
一足先の初夏の風、レモンスカッシュのようなさわやかセンサカですよq(≧∇≦*)(*≧∇≦)p
いやはや、日夜しむさんにはセンサカサイト開きませんかね・・・と熱烈勧誘しとるのです。きっとね、そこはセンサカパラダイスですよ!我が家のようにじめっとしていない常夏の楽園!!!楽しみですね〜(*^_^*)
ありがたいことにいただいたお話で我が家とてもパラダイス状態です。
・・・このまま桂氏誕までさぼってもいいだろうか。。。
なんて思ってないですよ!ますますセンサカモードのガッツいただいております!俺もセンサカパラダイス目指してがんばります(^o^)丿
しむさん、ありがとうです〜

-Powered by HTML DWARF-