言葉にならない。

「ただいま帰りました」

そう玄関から声をかけても、今夜は何の返事も無かった。
いつもなら奥から坂本さんが顔を出して、「おかえり」と返してくれる筈なのだが、
まあ、こんな時もあるか。
そう思って、ネクタイに指を入れ緩めながらリビングに向かって廊下を歩いて行く
と、坂本さんの声が漏れ聞こえてきた。電話か?邪魔しちゃ悪いだろうか。
少し顔を出して目線で挨拶だけでも、と思い、ドアに手をかけようとした時だった。

「〜 ああ私も・・・ うん、………好きだ。」



・・・・・・・・・・・・・・・ は?


「イヤあのなんだ、こんな所で君に言う事じゃなかったな!すまん、とにかく、また
逢える時を楽しみにしているからとみんなに、・・・うむ、ではまた。」

電話を終わらせ、満面の笑みで少し耳を赤くした坂本さんがこちらを振り返った瞬間、リビングのドアのところで立ちつくしていた俺と目が合った。

「…ッ、どあぁぅあッ」

最大級に驚いたリアクションで坂本さんが後ろに飛びのき、飾り棚にへばりついた。

…何でそこまで驚く。

そこまでされると、逆に頭が冷えていく気がした。
「楽しそうな時、邪魔しちゃいましたか」
「は?何を言っているのだ?イヤちたろー、お前もしかして、電話を…聞いてたのか…?」
「聞いてたというより、聞こえちゃったんですけどもね、すみませんでしたね、坂本さんの大事そうな話を聞いてしまって」
「だ、大事って言えばそうなんだが、それよりお前、どこから聞いて、」

坂本さんのあまりの動転さにだんだんとイラついてきた。そんなに俺に聞かせたくなかった話なのか?まあ、あの台詞じゃ当然か。
「俺が言ってもいいんですか?まあ坂本さんが俺の知らない所で、誰に何を言おうが、誰をどう好きになろうが、それは坂本さんの勝手で、俺には関係無いですけどもね」
「…勝手で関係無いだと? か、関係はあるだろうがー!」

真っ赤な顔してそんな事を言うので一瞬ひるんだ。だが、先の電話中の台詞や様子と、今の動転している坂本さんに対する不信感の方が、先に言葉として出た。
「へえ、坂本さん、さっきまで誰かに甘そうな事言ってたくせに、そのまんまの口で俺と関係あるって今でも言うんですか。それって何です?アンタの言う所の俺たちの関係ってのを、俺に見せてもらえませんか?」
苛立ちまぎれにネクタイを無造作に外し投げ捨て、坂本さんとの距離をどんどん詰めた。坂本さんの顔に困惑の色が強く浮かぶ。

「お前、なに いって、」
まっすぐ近づいてくる俺から逃れるように、少し横にずれようとした坂本さんの腕を掴んでそのまま壁に押し付ける。
「いた…ッ、痛いぞちたろー!急になにをする!」
坂本さんが何を言おうが俺は、近くから坂本さんの顔を見据えた。
「今更ですけどひとつ聞いてもいいですか。坂本さん、誰が好きなんですか?」
「・・・・・・・・ッ」
はっきりとわかる程、坂本さんの身体がこわばり、瞬時に頬に赤みが差した。
「お前、なんでそんな、こと…」
「坂本さん、誰かに逢うの楽しみなんですよね?電話で話しながら凄く嬉しそうにして、あんな顔、他の誰に見せるんです?俺と一緒にいたら誰とも逢えないですよね、俺に何か言いたい事があったら言ったらどうですか」
「…いいたいこと、って、お前には今は…、お前、なにかカン違いして、」

カッと頭に血が上った。俺には言えないのか。

掴んだままの腕を力ずくで引き寄せ、そのままソファーの上に坂本さんの身体を叩きつけた。
したたかに背中を打ちつけた坂本さんが顔をしかめ、ソファーの上で身じろいだところを上から覆い被さり、両手を一纏めに掴んで押さえ込む。ドレスシャツの首が苦しかったので、自分のボタンを外す俺の事を、坂本さんが恐れを含んだ目で見上げた。それにまたイラつく。

「・・・ちたろー…?ちたろ、痛い、」
「カン違い?自分がいないところでアンタが誰かに告白しているのを見ても、まだカン違い?ああそうか、そんな事、俺になんて聞かれたくなかったですもんね」
「そうじゃない!あれは、」
「何が違う?俺になんか何にも言わないくせに、他の誰かにはあんなに甘えた顔であんな声出すんですよね。お願いですから、俺にもああいうの、聞かせて下さいよ」

するり、と坂本さんのTシャツの脇から手を入れた。坂本さんの身体がびくッと一跳ねする。躊躇いも優しさも無く、仰け反った喉に歯を立て強く吸うと、白い皮膚にはすぐに赤い痕がついた。そして胸に直接手を這わせると、坂本さんの足に力がこもり、身体を左右に揺すって、俺の手から逃れようとした。

「ちたろー!は、なせ!やめろ!」

そんなに嫌なのか。

自分がいかに無理矢理押さえつけているかなど、もう考えられずに、ただその拒絶をされている事だけが頭にあり、そう叫ぶ坂本さんの顔だけが目の前にあった。
…ああもう、うるさいな。

「アンタが誰の事を想おうが何をしようが勝手です。でもそれなら、俺もしたいことしますから」

嫌だと叫ぶ坂本さんの顎を、容赦無くすくう様に掴み呼吸を奪った。坂本さんの唇が逃げるのを追いかけ、さらに口を塞ぐ。息苦しさの為か、歯列が割れたところにすかさず舌を割り入れた。

「ン、んぅ・・・」

引く舌を唇で挟み込み、歯で噛んだ。そして、最初はこわばったままの背中がソファーに沈み込み、腕の力が完全に抜けるまで口付けを続けた。
少し顔を離して坂本さんを見ると、息は荒いが、とろんとした目で空中を見つめている。そんな顔を見ていたら、さらにどす暗い気持ちが湧き上がってきた。

「坂本さん、俺のキスくらいでそんな顔になっちゃうなんて、たわいないですね。いつものあの感じ、思い出しちゃいました?いつもだって、最初は嫌がるけれどもそのうち、…ッつ」

がッと、頬に直線の熱さを感じ、眼鏡が飛んだ。手を外されていた坂本さんが俺に平手を喰らわそうとでもしたのだろう、だが、力が足りず、爪だけが頬を掠めたらしい。
俺の身体が引いた瞬間、坂本さんが俺の下から這い出し、そのままソファーの上を背もたれの角まで後ろに下がって距離をとった。肩で息をしている。そして叫んだ。

「お前だからだろう!」

その瞬間、俺の頭では、その言葉が意味を結ばなかった。
憤りをぶった切られたそのままに、呆然とぼやける視界で坂本さんの顔を見つめると、その人は、自分の肩を腕で抱きこみながら叫び続けた。

「お前の事なのに!私がどんな顔をしているかなんて、お前が一番近くで見て知っている筈なのに!なのに、何が私の勝手だ!私が誰を好きでもいいなんて、お前が言うな!私は、わたしは、」

自分の腕も足も抱え込んで叫ぶその人に思わず手が伸びた。
びくッと身体が震え、また逃げをうつが、そこを大きく自分の身体のすべてで抱きしめた。
それでも坂本さんが手を俺の胸に張り、こわばった身体で弱く続けた。

「ちゃんと言おうと、言おうって…思ったのに…ッ、なのに、お前、勝手に怒って、酷いこと言って、酷いことして、」

こわい。

子供みたいなつぶやきが耳に入ると共に、やっと自分のした事が思い出されて、俺は強く奥歯を噛み締めた。
一番大切な人に、一番酷いことをしたんだ、俺は。

強く抱きしめていた腕をほどき、彼の顔を覗き込みながら言った。
「坂本さん、すみません、俺、坂本さんが俺以外の誰かとあんな事…話してるのを見て…俺には言ってくれないんだと思ったら、すごく、かッときて、話も聞けなくて…」

男として、絶対にそうと思いたく無い感情なのだが、これは認めざるえないだろう。
「・・・すみません、俺、嫉妬、してました」

「嫉妬」と聞いた瞬間、坂本さんがぱッと顔を上げた。そしてまじまじと人の顔を凝視する。
少しの間、無言で見つめ合っていたが、そのうち坂本さんが、いつもの挑戦的な顔に戻り、そして言った。
「ふん、ちたろーのくせに、なかなか可愛い事ぬかすじゃないか。なに?私がお前のいないところで、他の意中の相手に対して愛の言葉を囁いているとでも?」
うッ、と言葉に詰まったが、言い訳にしかならないので、とにかく疑問な部分を晴らすことにする。
「じゃあ、さっきの電話は何だったんですか?相手…って聞いてもいいんですか?」
「ああ、さっきの電話はな、緒方君からだぞ?」

・・・・おおおお緒方さん?

「え、ちょっと待って下さいよ、何で緒方さんと電話して、それで何であんな台詞になるんですか?」
慌てふためく俺だったが、「あんな台詞」のところで自分でも思い出したのか、坂本さんも慌てて言葉を付け足す。
「いやあのな!緒方君は、私たちがこちらに来てからもちょくちょく電話をかけてくれていたんだ!そちらの生活はどうですかーとか、おふたり上手くやってますかーとか、まあそれは、上手くもどうもアレなんだがな!と、とにかく、それが彼の気遣いだったんだな。お前もわかるだろう?あの緒方君の事を考えてみれば」

確かに、あの気配りカップルのうちでも、緒方さんの人に対する心遣いには頭が下がる事ばかりだった。そしてあの人は、それをされた方に重荷に感じさせないのだ。

「でも、なんであんな話に?」
そこはあまり突っ込まれたくないのか、ちょっと嫌な顔をしながらも坂本さんがまくし立てた。
「だからそれは!……緒方君が、お前との事を気にしてくれていて…彼があまりにも素直に自分の事も人の事も語るから…こっちまでその素直さが移って、ついうっかり口を滑らしただけだ!」
「ついうっかり、ですか?それを、俺には言ってくれないんですか?」
ぶしゅー!という音がしそうなくらい、いっぺんに真っ赤になった坂本さんが、また俺を押しのけるようにして身体を引いて言った。
「あ、アホか貴様!そんな事私が言うか!いやもう、絶対にお前には言ってやらん!決めた!」
高らかな宣言みたいなことを聞きながら、俺はつい笑ってしまった。
「ってことは、やっぱりあの電話の台詞が本音なんですね?」
「ッ、だから!私は言わないからな!…そうだ、お前が言え!」

そんな、ついでの様に人に告白をさせるのか。それでいいのか、この人は。

でもいいか。一瞬だったけど、坂本さんに移った素直さを、たまには俺にも移らせてみても。

「坂本さん。 ・・・ 愛してます 」

俺にとっても本音だったから、するりとその言葉は口をついて出た。
だが目の前の人は、大きく目を見開き、なにか信じられないものを見ている顔をしていた。

「・・・?坂本さん?」

「……やっぱり、お前なんか嫌いだ…」

そうちいさな声でつぶやき、うつむいてしまった坂本さんの肩を掴んで、また自分の胸に引き寄せようとした。が、今度もひどい拒絶にあってしまった。

「坂本さん、…怒ってます?」
「ああ、怒ってるに決まってるだろう?お前あんな、無理矢理、だったんだからな!もう当分、お前からの誘いは受けん!お前から触れてくる事は禁止だ!憶えておけ!」

自分の勝手な嫉妬で、この人に酷い思いをさせたのは自分だから仕方ないのだが、今この、迫り来る衝動を抱える身体としてはそれはとても辛い。

「・・・・・・・・・・・・」
黙って考え込んでしまった俺を、しばらく見ていた坂本さんだが、思わず、といった感じで吹き出した。

「お前からのお触りは禁止だ。だけども、」
ふわり、とその身体が目の前に下りてきた。ソファーに座っていた俺の膝に跨る格好だ。坂本さんの腕が俺の首に掛かる。
驚いて顔を見上げると、その人の妖艶な笑みが一瞬目に映り、次の瞬間、俺の耳に声が吹き込まれた。

「だけども、私の望みは叶えてもらおうか」

あとはもう、その身体を力の限り、抱きこむことしか出来なかった。


何度も何度も、同じ言葉を彼に告げた。
ソファーの上、バスルーム、そして寝室まで何度も。
だけれども、同じ場所どこでも、坂本さんから返ってくる言葉は、「もうやめろ」であり、次の朝に至っては、「お前、しつこい…」の一言だけで、少しの間、口も利いてもらえなかった。
それでも俺は言い続けるのだ。言っちゃった方が楽ですよ?と。
その都度、彼は、調子にのるなと俺を突っぱねながらも、その身体全体で愛を語るのだ。

おしまい。



遅ればせながら、そろそろしむさん部屋を設けた方がいいのではなかろうかと思い始めましたこの素晴らしセンサカラッシュ。
俺、多分、もう前世分の善行は使い切ったものと思われます。
これからなんか一杯いいことしないと帳尻合わないのでは(@△@)
いやいや、いただいたお話を心の糧にがんばるぞぅ!

それはさておき、ご無体桂氏(>_<)!!!
ソファーの上、バスルーム、そして寝室・・・
そうですか・・・そりゃ坂本氏から苦情の一つも出ましょうて(^^)
いやもう心拍数上がりましたね〜!!!
こんなにラブなセンサカをいただけるとは!我が家の家宝にせんと!後世まで伝えないと!

・・・こんなにもらっておいてあれですが、またよろしく頼みますぜ〜(*^_^*)!

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