しむしむさんからいただきました坂本さん@人形師の続き!

今は昔。
京の都に評判の、坂本三四郎という名の人形師がおりました。

春の陽射しと共に、肌に当たる風も暖かく感じられるようになったある日。
今日からまた新たな注文に取り掛かるべく、それの為に最適の紙の色を選んでいた坂本氏は、突然したいつぞやと同じく戸を叩く音に飛び上がりそうになる程驚きました。

・・・まさか…

心臓の音が頭まで響きながらも坂本氏は、極めて冷静な声を出すよう全力で努力しながら答えます。
「誰だ!今、開けるから待て!」
「・・・ ご無沙汰しております。ご挨拶が遅れました、桂千太郎と申します」
ばんッと戸を勢いよく開けたその向こうで深く一礼していたのは、やはり以前、嫁入り雛を依頼しに来たあの桂千太郎氏でありました。
最初の依頼に来てからすでにいくつかの月が経っており、彼はその間ずっと眠り続けていた、と聞きおよんでいた坂本氏は、日の光の下、久々顔を見れた男の様子をしげしげと眺めてしまいます。
やはり、少し痩せただろうか?長い事眠っていただけとしても身体は大丈夫なのだろうか?
話を聞いてから常に頭の中にあった心配ごとに対する答えを、その瞬間、桂氏の姿から見つけようとしましたが、そのうちただただ、坂本氏はその顔を見つめているだけとなっておりました。

「・・・あの…坂本殿?」
桂氏のおずおずとした声に、坂本氏はハッと我にかえりました。見とれていた自分を誤魔化すように、わざと突っぱねた声をだしてみせます。
「ひ、久しぶりだな!弟君が貴様の代わりにわざわざ訪れてくれて、すでにちゃんとお前の分も自己紹介もしてくれたし、雛人形は本人に渡したぞ!」
「はい、話はうかがいました。そして人形も拝見させていただきましたが、大変素晴らしい出来だったと思います」
「当たり前だ!この私、坂本三四郎が作った人形だからな!」
胸を張り、ふん!と鼻を鳴らすと、だんだんいつもの調子が戻ってくる事を自分でも感じた坂本氏は、少し気をよくして男に訊ねました。
「貴様はここに訪れたあと、ずっと目を覚まさなかったそうではないか!そんな様だから弟君が先に嫁を娶る事になるのではないか?」
桂氏は一瞬言葉に詰まったようでしたが、息を整えて反論しだします。
「それとはこれとは話が別です。どうなったらそう話が繋がるのかも俺には理解ができません。とにかく俺は以前もそして今も、他に妻を娶る気持ちは一切ありません」
他に・・・?と一瞬疑問が頭をよぎりましたが、それはさておいて不遜な態度に噛み付く方が先な坂本氏でありますから、
「なにをー貴様!依頼に来た時とはまるで態度が違うではないか!あの時は大きな猫でも被っておったのか?それとも眠っていた間に何か物の怪にでも取り憑かれたのではないか?この私にその態度とは失礼千万であるぞ!」
「取り憑かれたって・・・でも…本当にそうかもしれません」
「なに?貴様やはり・・・!」
話がだんだん物の怪の方へ転がってゆき、先程まで怒りを顔に貼り付けていた坂本氏が、今度は瞬く間に慄く顔になって一歩下がった時、その身体がぐらりと揺らぎました。
(倒れ・・・ッ)
その身体が地面に付くより先に坂本氏を救ったのは、身体の重みにもびくともしない桂氏の力強い腕でした。腕を辿って見上げると、そこにはあの涼やかなまなざしが顰められ、心配そうな、だけれども男らしい顔が、自分のすぐ近くにありました。
「大丈夫ですか?何か具合でも・・・」
「い、イヤ大丈夫だ!ちょっと足を取られただけだ!」
坂本氏は慌てて男の腕から逃れようとしましたが、自分を包むその腕から抜け出す事も敵いません。むしろ、ぎゅッと男の胸の中へ巻き込まれてしまいます。驚き焦り、色んな感情が渦巻き、坂本氏は少し身じろぎ、息詰まりながら桂氏に言いました。
「貴様・・・何を…離、せ」
離せ、と言ったとたんなのに男の腕の強さが増します。あまりの息苦しさと恥ずかしさに坂本氏は握りこんだ手で桂氏の背中をどんどん叩き、もう一度自分を離すよう叫ぶのでした。

その時、坂本氏の耳元に声が流れ込みます。
「・・・・・・ずっと 逢いたかったのです」
「…何を…急に…」
「俺が目を覚まさなかった間…ずっとあなたを夢に見ていたのです。ずっと傍に来たかった。あなたをこの手に…抱きしめたかった」
そんな事を急に耳元で囁かれてしまっては、さしもの坂本氏も混乱するばかりです。
逢いたかった?この男がこの私にか?夢に見ていたとは…夢…?夢に見たとな?

「それは夢では無いわ!!!この大莫迦者がーあ!」

いきなり立ち上がり大莫迦者!と怒鳴られた桂氏は、あっけにとられたように坂本氏を見上げます。
のん気な顔をしやがって…!さっきまでのお前はなんだったんだ!
だんだん本気で腹が立ってきた坂本氏は、桂氏に向かって指を差し言い放ちます。
「貴様、夢と申したな?お前はそれでよかろうが、そんなあやふやなものに毎晩訪ねられた私の身にもなってみろ!それにその都度…毎晩貴様は…!」
そこでハッとした顔になったのは坂本氏だけではありません。桂氏も、坂本氏が何を言おうとしたのか、身に覚えがありすぎるだけに耳を赤くして視線を逸らします。
「あれは…俺はずっと夢だと思って…あなたに逢いにいきたい俺の気持ちが見せてるものだと…」
「莫迦が!まだそんな事を言うか!貴様が毎晩訪れるから、私がこうして小さな事で躓いたりふらついたりしてしまうのだろう?だいたい貴様はしつこいのだ!駄目だと言っても絶対に止めないし言ったら言ったでもっとするし泣いて頼んでも貴様は・・・ッ」
そこまで一気に爆発した後で、坂本氏の顔も火を噴きました。が向かいの男の顔を見ても、まったく同じ顔をしておろおろしているようでした。

「泣いて頼んでも・・・ってあれは…」
「とととととにかく、こんな外で話をすることでは無いわ!いくら人が居ない山奥だとしても、ひっきりなしに依頼は来るのだからな!誰が来るかわからんから貴様も中へ入れ!」
そそくさと庵の中へ駆け込んだ坂本氏の後ろを桂氏が追いかけ、中に入ったとたんびしッと戸を締めました。そしてそのまま坂本氏の背中に腕を伸ばします。
「うわ…ッ」
桂氏にまたもや強く抱き引き寄せられた坂本氏は、もう反抗する気力もありません。ただ、自分の心臓がそのまま飛び出してしまいそうで、尚且つ、その心臓の音を後ろにいる男に知られるのが怖くて、ただ立ちすくむだけでした。

「貴様のような莫迦者は・・・もう知るか」
「申し訳ありませんでした。俺はあなたの感触をずっと自分に都合のいい夢を見ているのだと思い込もうとしていたのです。そんな事有り得ないと。俺はここに来るまでの間、ずっとあなたのことを考えていました。俺はどうしたいのか、どうして欲しいのか。でもあなたの姿を見たら答えがひとつしかなかった事に気がついたんです」
背中から抱きとめていた身体を力強い腕がくるりとひるがえすと、桂氏は坂本氏の目をまっすぐに見下ろしながら言いました。
「俺はもう迷いません。俺はあなたが好きなんです。俺のことを受け入れて欲しいんです。お願いします」
そう言ってまた坂本氏を深く腕の中に抱きとめました。その腕の強さは、もう絶対に逃がさない、という気持ちがひしひしと伝わってくるようでした。

「お前・・・本当に莫迦だな…」
「俺では駄目ですか?何か気に入らないところとか・・・痛ッ」
桂氏が頭を押さえて一歩引いたのは、坂本氏の渾身の拳骨が炸裂したからでした。桂氏がまた見やると、坂本氏は顔を真っ赤にしたまま肩で息をしています。そして叫びました。
「だから貴様は莫迦だというのだ!俺の事を受け入れて欲しい?じゃあ今までのあの行為はなんだ!この私がいくら相手が実体の無いものだとしても、そんな欲望だけに流されるような人間に見えるのか?あれが貴様だとわかっていたから私も受け入れていたのだと、何故貴様にはわからんのだ!・・・ッ、」
その叫んだ瞬間、桂氏の顔を睨んでいた筈の坂本氏の身体は空に浮き、そのまま板張りの床に引き倒されておりました。びっくりして見上げると、そこには真剣な顔をした桂氏が覆い被さっていました。

「もう離したくないんです。俺のものにして絶対に逃がしたくないんです。お願いです、俺に」

あなたのこころをください。

その言葉と共に唇が降りてきました。

(こいつ…本当に莫迦だな…)
それを受けながら坂本氏は心の中でひっそりと思います。
私の心は、初めて逢った時から、お前に手渡されていたのに。

ですが、その次の瞬間、坂本氏ががばあ!と起き出し、上に跨っていた桂氏の額に向かって、自分の頭のてっぺんから突っ込んでしまいました。
「いッ・・・何なんですか一体!やはり俺の事は」
「莫迦者違う!そうじゃない!このままでは…あいつらが見ているから・・・」
額を撫でつつ半泣き状態の桂氏が、坂本氏の目線の先を見やります。そしてそこに見たものに対して目を見張り息をのみました。そう、そこに並んでいたのは、あの残された二対の人形たちだったのです。
桂氏は、その人形の並んでいる棚まで三歩で近づき、人形を手に取り振り返りました。その顔は、坂本氏が今までに一度も見たことの無い、なんとも優しい目をしたものでした。
すぐに人形を棚に戻し、また坂本氏の手を取り、自分も人形の方を指差しながらこう言います。
「ほら、見て下さい。これならもう邪魔は入りませんよ。まあ、お互いにとも言いますが」
坂本氏がそちらを見ると、棚の上で横に並んで座っていた人形達が、今は、お互いの顔を見つめあっています。
「あの人形、俺たちの姿と同じですよね?だったら、俺たちの気持ちそのままを抱いているということでしょう」
桂氏の破顔一笑に、坂本氏は、心の中で密かに白旗をあげ、この世界でたった一人、自分が敵わない相手の胸に頭を預けました。自分がどんな顔をしているのか、どんな顔をすればいいのかわからなくてその顔を隠したのですが、頬に手を添えられ視線を上げされられました。桂氏はその目を覗き込み、そして言います。

「あなたも目の前にいる俺の事だけ見ていてもらえますか」

その言葉は、希望なのか懇願なのか命令なのかわからず、それらがすべて混ざってどこまでも強い気持ちになってしまっているようにも聞こえましたが、桂氏を見ると表情の中どこか、それを願う必死さが見受けられるようにも感じました。

坂本氏は胸の中が暖かくなるような気持ちを抱きながら思います。
ずっと前から、私の視線の先には貴様しかおらんのにと。

でも、そんなことは絶対に秘密だ。
坂本氏は男に花咲く笑顔を見せると、ゆっくりと目を閉じました。

おしまい。



昨年(2007年)、息も絶え絶えに書いた坂本さん誕生日話「070303(タイトルつけるのをすでに放棄している・・・)」の続きをしむしむさんが書いてくださったのです。この話書いていたときには無理やりひねり出した苦しい思いばかりでしたが、こんなすばらしきめちゃセンサカを書いていただけて天にも昇る心地です!!!ありがとうありがとう!
実はいただいてからずいぶん日が経っておりまして、いただいたときにじゃ、たぶん来年も更新で苦しんでいると思うので来年の坂本さん誕生日にupさせてもらいますかねとか何とか言っていたのが現実のものとなってしまったためありがたいやら申し訳ないやら。
いや、いつもいつもありがとうございます(>_<)!!!     つぶて拝
Copyright 2008 All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-