しむしむさんの桂氏誕生日話

  『love the world』・・・坂本氏編  



最初のうちはおっかなびっくり、こちらの様子を見ながらなものだから、別にそんなこちらの意向など窺わなくともいいと実は思っていた。だが、別に秘密にしていた訳じゃなくて、言う機会が無かったというか、ただ単に言わなかっただけなのだが、そんな事を思っているとは一度も伝えたことは無かった。
それが最近はなんだかよく知らんが、それはマズイ、それは本当に困る、というタイミングで触れてくるから、その対応をするのに心底参ってしまうのだ。

そして、今がまさにそう。
何故こんなことに。先程までこいつの仕事の話をしていて、そう、何かこいつの一瞬の隙間を見た気がしたのだ。すべて淡々とこなしていくような顔をして、それでも一人で悩むこともあるのだろうと。
なので、だがそれだけじゃないだろう?と、仕事に対するやつの姿勢について当たり前な意見を述べていたら、気がつけば目の前の顔がほぐれていて、そんな私もこいつを喜ばそうとかそういうものは一切無かっただけに、どこでスイッチを入れたのかまったくよくわからないのだが、とにかく、頬にそえられた掌に柔らかくホールドされているような気がして、どこに目線と意識を止まらせればよいのかよくわからなくなってしまった、それが今だ。

そういう事をさらっと言ってのける坂本さんが俺は好きですよ。

イヤ、そういう事をさらっと言ってのけるお前の方が問題だ。
なんだなんだ、急に素直になりおって、お前そういうキャラだったか?もっとこう、ふてぶてしかったお前は今いずこ。
だから、その柔らかいタイミングは困る。何か、何かを言わなければ、なにか。なのに塞がれている、唇が。

無意識で千太郎の胸を押し返すと、ヤツ自ら離れていってしまった。
そうじゃない、離れて欲しかったんじゃないのだ。今更、諦めが早すぎるぞ千太郎、これは私の少しの意地みたいなものだ。私は未だに手探りで、先が見えない気持ちになってしまうのだ。先がわからないからこそ何を目標に歩んでいけばいいのかわからなくなってしまうだけなのだ。
だけども自分の中での本当がひとつだけある。大事なものは、自分のつまらない意地などではなくお前なのだと、それひとつ。
押し返しておきながら、千太郎の胸ぐらを掴んで止めた。

・・・何ですか?

イヤ、だから、き、キスの時に、音がするのが恥ずかしいのだ。

一瞬間が空いて、その後、目の前で爆笑された。なんだなんだその爆笑は、というか、何を言ったんだ私は?
ちょっとパニックになっていると、笑ったままの千太郎が私の事をぐっと引き寄せ言った。

聞いているのも見ているのも俺だけですよ。
いつでも、これからも。

どちらかかわからないが手が触れあった。そして繋がれた。
先が見えない、と思っていた。船が一番星を探す様な気持で空を見上げて、震える指先でその先を指していた。
その手が繋がれている。そして、行く先も一緒なのだとその手から伝わる気がした。見える先の世界はお互いの中にあるのかもしれない。

お前にもちゃんと伝わっているか?でも今は、確認するその前にもう一度キスを。

おしまい。

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