しむしむさんよりいただいた話

  『Dream Fighter』  



「ちょ、ちょっと待てちたろー、ここまで!こらどけやめろー!!!」
掌でぐいぐい顔面を押されて眼鏡がくい込んで痛かったので、顎をそらしその手から逃れた。
そして未だその人の上にまたがっている状態でむっつり見下ろし「何故ですか」と低く問うてみた。
「何故も何もないだろうが!こういうのは今は駄目だ、外が明るい!」
真っ赤な顔をされていると即続行したくなるんですけどもね、一応聞いてみる。
「じゃあ夜ならいいんですか」
「夜って・・・そんな約束みたいな事言えるか!」
「アンタだって、さっきまで全部ゆだねますっていうような顔してたじゃないですか」
「ッ…さっきはさっき!今は今!そんな時はもう遠い遥か昔のことだ!」
なんのことやら。
でもそこまでの拒絶を受けたのだから仕方ない、と溜息ひとつ、その人の上から床に足を下ろした。
急に離れると、身体の間に風が通る気がするな。

あまり会話も無くなって、お互いの間を時間だけが過ぎていく。
大阪に来る前は、一緒にいれば、もっといろんなことが普通に上手く、普通にスムーズにいくようになるような期待をしていた。だけど、今はその時思った「普通」がわからない。
よく若い奴らが、何かを賞する言葉に「普通」を使うらしいが、もしかしたら「普通」という言葉は「理想」に近いのではないかとふと思う。
まあ、考えても詮ない事。こうして一緒にいれることだけでいい。このままでいれたらそれでいいのだ。
そう思ってキッチンへと向かおうとした時、ずっと視界の片隅に姿をとらえたままでいた人が身じろぎをした。

それに気が付きながらも背を向けた時、急にどん、とその人が背中にぶつかってきた。
勢いで前のめりななりそうになったのをその人ごと踏ん張って聞いた。「…どうしました?」
「うん・・・なんだかよくわからない」
はい?それでは俺もわかりません。顔だけで振り返ると、俺の背中におでこをつけて頭のてっぺんを見せている人がくぐもった声で続けた。
「ちたろーと一緒に住むようになれば、自分でももっと・・・と思っていたんだが、一緒にいればいるほど今までどうしていたのかわからなくなってな、普通にしていればいいのに、すごく安心したりすごく焦ったりすごく恥ずかしくなったりと忙しくて何が何だか…よくわからない」
それを聞き終えた瞬間振り返り、揺れるその肩を強く掴み、目を見開いた顔に近づいて目線を合わせていた。この人も同じ事を。
「俺もわかりません」
へ?という顔を見たら笑えてきた。
「俺もおんなじで、坂本さんと一緒にいれさえすれば何でもうまく回っていくかと思ってましたが…どうも駄目ですね、空回りばかりだ。それでも、今はよくわからないけれども、」
何と続ければ、と言葉を切った俺の後をその人が拾った。
「私は、お前といることが、なんというかな、終わる気がしないのだ。何だか上手くいかない時もあるけれども…これからも続いていくと思うから、お前に私の事をあきらめて欲しくないと思ってる、だから、」
もういいです。もう何も。そう言う前にその人の言葉を自分の唇で塞いだ。
このままでいれたら、なんて思う瞬間は、もう遠い遥か、さっきまで。

諦めるなんてこと、あるわけないでしょう?と言うと、俺の十数年を思い出したのか、その人は朝日の中で笑った。



おしまい。