しむしむさんよりいただいた話

  『願い』  



袖をひかれそちらに顔を向けるとにこやかな坂本さんの顔があり、そこから伸びる手がさらに道の向こうを指さしていた。
「その道をもう1本中に入ると、私の高校の時の通学路だったんだ」
「ああ、そうですね、懐かしいな」
「なんでお前が懐かしいんだ?お前の帰る方向ってもっと…違う方だった筈だが?」
「委員会の帰りだったかな、アンタにつきあわされてここを通って、駅前の書店も行きましたしハンバーガーも食べましたからね」
「あ、ああ、そんな事もあった・・・・・・、……ような気も…」
「いいですよ、無理しなくて」

なにをー!ハンバーガーは覚えてるんだー!とか何とか叫んでいるその人を無視して、角の家の塀から伸びている木の枝を見上げた。あの時はどんな様子だっただろうか。何か花でも咲いていただろうか。
まだ叫んでいるその人のセリフにかぶせつつ提案をしてみた。
「時間もあることですし…そちらを通って駅に行く、というのはどうですか?」
「う、うむ、たまにはそういうのもいいだろう。…何か思い出すかもしれないしな」
「何か言いました?」
「いやや何も!」

あの当時、何度かこの人と一緒に帰った事があった。
委員会の帰り、見るに見かねて手伝った作業の帰り。遅くなってしまって恐縮されて、それでも素直にありがとうと笑顔を向けてくるこの人に、何と返せばいいのかわからなくて、いえ別に、とかなんとか答えていた気がする。
それでも、お前がいてくれて助かる、と言われてしまえば、もしかしたら、ここで昔の事を言えばちゃんと自分の事も思いだしてくれるのではないか、という期待が大きくなる時があった。自分がその人に対してどうして欲しいのか、どうしていきたいのかもまったくわかりもしない、だけどももしかしたら、といつも考えていた。
でも、次の瞬間には、逆のもしかしたらが頭をよぎる。この人は俺のことなんて。

ずっとずっと距離は平行線。ふたつに分かれた自分の想いも。

「やっぱり時が経てば変わってくる所もあるな。そこには店があったはずなのに駐車場になってる。・・・ちたろー?」
坂本さんの声にハッとした。「ああ、本当だ」
「まあ、何も変わらない訳がないと思うが…やはりどこかさみしい気もするな。でも、」
ニカッと笑った顔が昔とダブった。
「お前が一緒にいるのは変わらないな」

「・・・あんまり可愛い事を言うと、お仕置きしますよ?」
何が何だか訳がわからん!という声よりも高く、久々の笑い声が出た。

後回しにしてきた一番大事な願い。
もう、それをごまかしたり無かったものには出来ないと強く思った。
遠回りをしたけれど、それは今でも本当の願い。

おしまい。