『ツンデレーション』

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『ツンデレーション』


「だから坂本さん、桂君はそんな事無いですって!」
「そうだよ、お前みたいな自由気ままな奴が、あれだけの仕事をしている桂君に何も言える事なんて無いよ」
「自由気ままとは何だ!私には私の生活があるわ!確かに千太郎の今の仕事は素晴らしい。だがな、仕事は結果を出してこそだぞ?未だ千太郎は、修行の身のようなものだからな、だから私はまだまだだと言っているのだ!」

「もういいんですよ、ありがとうございます、高杉先輩、緒方さん」

だんだんスパークしていく坂本さんを見てそう口を挟むと、三人三様の表情が一斉にこちらを向いた。それに一瞬怯んだが、これ以上自分の話をされ続けるのも居た堪れないので言葉を続けた。

「坂本さんの言う通り、まだまだ俺はひよっこです。現場の人たちに助けられてなんとかやっているのが本音ですからね、修行をしている身というのは当たってますよ」

「ほら見ろ!千太郎自身もそう言ってるではないか!」
そらみたことか!とばかりにいきり立つ坂本さんの叫びに、またもや高杉先輩の冷静かつ呆れた声が重なった。

「桂君、こんなやつの言う事を認めていちゃいけないよ?こいつにかかっては誰もが駄目になる」
「そうだよ!俺たち桂君の仕事の現場を見たけど、立派な仕事だと思いましたよね?高杉さん!」
「ありがとうございます。次の機会にはちゃんとした成果を目にしていただけるように、これからも頑張っていきますから」

そしてちらりと、黙り込んでしまってる坂本さんを見下ろし、

「・・・坂本さんにも、ですね」

ふんぬー!となっている坂本さんを無視して、それではお茶を入れてきます、とキッチンへ引っ込んだ。
そこで、あれ、と思う。何だ?俺、もしかしてヘコんでるとか?
お湯を沸かしている間、やかんを見つめながら自分の今の気持ちを量りかねていると、後ろから名前を呼ばれた。

「…ちたろー?」
「うッわびっくりした!なんですか坂本さん、珍しくしおらしい声出して!」
「め、珍しくとはなんだ!…ッ、だからそうじゃなくて…」

そのまま坂本さんがすいッと、コンロの前の俺の横に並んで小さい声で言った。

「私もな、お前の仕事は素晴らしいものだとわかってるんだ。お前の仕事が最後まで上手くいけばいいと願っているし、その邪魔になりたくはないのだ。だけどさっきは…でも本当は…」

語尾が小さくかすんだ、と思ったら、左手をきゅっと握られる感触を感じた。うつむく顔を覗き込むと真っ赤だった。
リビングから見えない角度で繋がれる手。ぽつりとこぼされた本音。
なんだなんだこのツンデレーションは?ちょっとこれは、

「坂本さん、可愛くてたまんないんですけども」

耳元で囁くと、その耳に手を当て飛びのかれて、繋がっていた手も離れてしまった。失敗した。
持前の反射神経を使って、その手首をもう一度掴んだ。

「坂本さん…」

引き寄せようとしたとき、やかんから抗議の音が上がった。それにふたりで跳ね上がり、その勢いで坂本さんがキッチンから走り去り、リビングも通り過ぎて廊下へのドアを乱暴に閉めて出ていく音がした。
緒方さんの、坂本さんを呼ぶ声がして、高杉先輩たちもいることをやっと思い出した。





お茶を入れてリビングに戻ると、そこで待っていたふたりが妙に満面の笑みで座っていた。

「桂君、坂本の事を黙らせる技って、君にしかできない事なのかい?」
「ああ、そうですね、あの人結構、俺の近過ぎる距離に弱いみたいですから」
「うわ、桂君、言うようになったねえ〜」

その時の俺が、高杉先輩たちのひやかしもスルー出来たのは、この後、あの人の事をどうしてくれようか、としか頭に無かったからだ。

洗面所に籠っている人にノックをした。
一方的な表現でわかりにくい?いや、俺にとっては手に取るようですよ、坂本さん。

おしまい。


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