戻る

● 何気ない日常 ---siokoさまからいただきました!  ●

快晴の土曜日。昼飯の後で食器を洗っている俺、桂千太郎の側では恋人の───この人を堂々とこう呼べる日をどれほど待ちわびた事か!

───坂本三四郎さんが床に座り、壁に背を預けて雑誌を読んでいた。

機嫌のいい時は自ら率先してやってくれる事もあるし、今日は別に手伝ってくれなくても構わない。ただ、飯の後なのに、もう煎餅を食べていたのには驚いた。

今より親密な関係になる前から、何だかんだとふたりで行動し食事もしょっちゅう一緒にしていたが、この人はホントによく食べる。

そんな姿に何故か惹きつけられるものがあった。見ていて飽きないと言えば、多分そうなのかもしれない。

今も片膝に雑誌を乗せ、大きくて少し薄めの丸い煎餅をバリバリと続けざまに食べるのが気になって、作業をしながら、つい、ちらちら見てしまう。

「………よし、終わった」

濡れた手を拭い、坂本さんの方へ歩を進める。雑誌に集中しているようで、俺には全く気づいていないらしい。

興味のない情報が続いたのか、坂本さんは煎餅を食べながらパラパラとページをめくりだす。

その手が不意に止まった。口には、もう何枚目かわからない煎餅を丸ごとくわえたままだ。

壁から少し背を浮かせ、食い入るように見ている。

雑誌に没頭する坂本さんと、それをじっと見つめる俺。

どのくらい経ったのだろう。坂本さんのくわえている煎餅が唾液を含んだためか少しずつ動き始め───かじってもいないのに雑誌の上にポロっと落ちた。

「………………」

「………………」

「………………」

「…………ぷっ」

互いにしばし沈黙の後、それを破ったのは俺だった。

「あっははははは!あははははははっ!!」

俺は普段、爆笑する事は滅多にない。それなのに、この時は何故か、おかしくてたまらなかった。

大笑いされた坂本さんが恥ずかしさと怒りで真っ赤になって、こちらを見ている事にも気づかない程に。

「ええい、うるさいっ!貴様、何がそんなにおかしい!!」

「だっ…て……煎餅、が………!」

後は、もう言葉にならなかった。何か言おうとすると、それは笑いに代わってしまう。

「ど、れだけ雑誌に……見入ってんですか!………あははははは!!」

あまりにもおかしくて涙が溢れ出てくる。俺はメガネを外し、それをぬぐった。

『腹を抱える』という言葉があるが、正に、その通り俺は腹を抱えて笑い続けた。

坂本さんが「ふんっ」と悔しそうに、雑誌に落ちたのであろう煎餅を食べている音がする。

俺は、おさめようとしてもおさまらない笑いを何とか終結させ、再びメガネをかけて坂本さんの食べていた煎餅の袋に目をやった。

「しかし、昼飯の後だってのに、よく食べま………あーーーーーっ!!」

結構な枚数入りだったのに、既にほとんど空になっていてショックだった。今度は別の涙が出そうだ。

「俺だって煎餅好きなんですから、取っておいてくれてもいいじゃないですか!」

「何を言う。こーいうのは早い者勝ちだ」

「………片付けも皿洗いも俺にやらせたくせに、勝てるわけないじゃないですか」

少々、拗ねてみた。

「……………」

何事か考えていた坂本さんは「ほれ」という感じで立っている俺の方へ煎餅を差し出す。

え、食べさせてくれるんだ。と嬉しくなり側に座って「あーん」と口を開け近づいた。

もう少しで口に入る、という間際で坂本さんが煎餅をパッとそらしたので、俺の歯が何も噛まないままカチッと音を立てる。

坂本さんは「ふふん」という感じで、これ見よがしにその煎餅を自分で食べ始めた。

「!だましたんですね!!」

「バカめ、引っかかったな。さっき私の事を笑ったバツだ」

可愛いイタズラだけど、この場面では、どうにも腑に落ちない。好きな煎餅が絡んでいるだけに、特にそう感じてしまう。

普段、結局のところ坂本さんには敵わないので、こういう小さな事で負けるのに何だか抵抗があった。

「……………」

機嫌良くバリバリと音を立てて煎餅を噛んでしまっている坂本さんの口に、俺は何の前触れもなく自分の唇を重ねる。

「ん…ッ!?」

逃げられないように坂本さんの肩を両腕でガッシリと固定し、噛み砕かれて小さくなった固形物を絡め取るために舌を割入れ縦横無尽に動かしていく。

もぞもぞと動いている坂本さんの膝の上の雑誌が床に落ち、カツンと固い音を立てた。

「……ッ……ふ……ンッ!………」

腰に響くような声を聞きながら、俺は坂本さんの口内を舌で探り続ける。

思いがけず深いものになってしまい、このまま最後までしたいという思いも、ちらりと頭をかすめたが、はなからそのつもりはなかった。

もったいない気持ちを抑え、目的を達成した後、俺は坂本さんから離れた。

「お前……いきなり、何を………」

とろけたような顔の坂本さんが頬を染め、うわ言のように呟く。

うわー、その顔は反則だろう!とドキッとながらも俺はしらっと答えた。

「え?俺にくれるはずだった煎餅をもらっただけですよ?」

「!……なっ……」

「というわけで、ごちそうさまでした」

俺は、にっこり笑って原型を留めていない煎餅を幸せな気持ちで飲み込んだ。

坂本さんは頬を上気させたまま、何だかポーッとなっている。

「………もしかして感じました?」

「!ばばば、バカか貴様は!なな何言って………」

俺の言葉に、坂本さんはボンっと音が出そうなくらい真っ赤になった。

図星、か。全く分かりやすい人だ。

「俺は、ちょっとやばかったんですけど。何なら続き、します?」

「するかっ、バカものーーーーーっ!!」

昼間は特にイエスとはなかなか言わない人なので、答えがノーと分かっていても、ついこうやって聞いてしまうのは恥ずかしがる姿が可愛いからだ。

坂本さんは先に自分が俺を騙したのを棚に上げて、しきりに「くそー、やられた!」と涙目で怒っている。

そしてやっぱり煎餅を食べるのか、この人は。もう俺の分は諦めた方がよさそうだ。……まあ、いいものをもらった事だし、いいか。

やれやれ、といった感じで俺は坂本さんに声をかける。

「そういえば、さっき、じーっと見てたページに何が載ってたんですか?」

「うん?……おお、そうだった!」

この人は悪く言えば単純で、良く言えば気持ちの切り替えがとても早い。思った通り、さっき怒っていた事はもう───感じていた事も?───すっかり忘れているようだ。

床に落ちた雑誌を拾い、「……ええと、どれだったかな」と坂本さんは目当てのページを探すべくめくり始める。

「……お、これだ!千太郎、ここ見てみろ」

「どれどれ……」

坂本さんに密着して雑誌を覗き込む。こんなに近づいても嫌がられない日が来るなんて……と俺は違う部分で感動していた。

「へえ、色々載ってますねー」

雑誌自体はグルメ専門ではないらしいが、日曜もやっているランチ特集とかで、何ページにも渡ってたくさんの食べ物が掲載してあった。

店の名前や、おすすめ料理などの写真、場所、定休日、最寄りの駅つきで簡単な地図も書いてある……なるほど、これは坂本さんの目を引くはずだ。

「どれも美味そうだと思わんか?うーん、今すぐ食いたくなってきた」

「それが昼飯の上に煎餅を食った後、言うセリフですか……」

色気より食い気……いやいや、この人は色気も、ちゃっかりしっかりある。

ふと横を見ると髪から耳が覗いていて、それだけで色っぽいもんだから思わず食いつきたい衝動に駆られてしまう。

いや、いかんいかん。食べ物の話の腰を折って不機嫌になった時の坂本さんは、手がつけられないのだ。

やましい事を考えていた間、何を聞いたかは分からない。俺は必死で雑誌に集中した。

「……で、だ、これなんだが」

坂本さんは写真の1つを指差す。自慢の品らしいそれは本当に美味そうだった。

「場所はここだ」と地図を示し「家からそう遠くないようだし、明日にでも一緒に行くぞ」と俺に笑いかけた顔が生き生きとしている。本当に、この人は食べる事に貪欲だ。

そして「行くか」でも「行こう」でもなく「行くぞ」という言い方が坂本さんらしく、とても心地よく聞こえるから俺も笑顔で「はい」と返事をした。

再会して間もない頃は、このエラそーな物言いが、どうも鼻について嫌でたまらなかったのに。坂本さんへの気持ちとともに受け取り方が変わったんだろうなあ、としみじみ思う。

しばらくはグルメ特集のページをふたりで見て盛り上がっていたが、だんだん坂本さんの口数が少なくなってきた。

昼食の後の煎餅でさすがに満腹になったのか、坂本さんが雑誌を横に置いて大あくびと伸びをする。

「眠いですか?」

「うん……うーーーん………」

返事なのか何なのかよく分からないが、相当眠いのか坂本さんの目がとろんとしている。

「……千太郎……肩、貸せ………」

「ん?いいですよ……って、早っ!」

何と坂本さんは俺の肩に頭を乗せたかと思うと、微かに寝息を立て始めた。

自然に、くすっと笑いが出る。


寝顔を覗き見て、無防備に眠る姿と少し開いた口元にドキリとし思わずキスしたくなったが、頭が肩に乗ったままでは、ちょっと無理があった。

無理に動いて寝入りを邪魔するのも何だし…と考え、俺は人差し指を自分の口に当て、それを坂本さんの口元に、そっと押し当てた。

そして、その指をもう一回、自分の口に乗せてみる。

「………おやすみなさい」

物凄く幸せを感じる瞬間だった。




………で、終われればよかったのだが。




ほんの十数分くらいかもしれないが、同じ体勢───坂本さんに肩を貸したまま───でしかも、あまり身動き取れないからさすがに疲れる。しかも段々、肩が重く感じてきた………

ぐっすり眠っているみたいだし、もう起きないだろうと思ったので肩の坂本さんを、よいしょっと動かし、寝顔をしっかり見つめたかったから、何とか顔と体をこちらに向けて膝の上に横たえた。

「………ん?」

体勢が変わった違和感に反応したのか、坂本さんが薄く目を開ける。

「あ、すみません……起こしましたか?」

「……………」

まだ眠そうな目で俺の顔をじーっと見ていた坂本さんは、ふっと軽く笑うと、そのまま安心したように、また目を閉じた。


ええと………もしかして今のって、俺が側にいるか確認したのか………?


かあっと頬が熱くなる。まさかなー、でも、そうだったら嬉しい。という思いが、ぐるぐるぐるぐるして何となく顔がにやけるのが分かる。

そういえば、あの時、煎餅が落ちただけで、あんなにおかしかったのも好きな人と一緒だから───だから、あんなに心の底から笑えたのかもしれない。

きっとそうだ、とひとりで納得した途端、何だか俺も眠くなってきた。

ポケットに入れていた携帯電話のアラームを、夕飯の支度もあるし、と寝すぎないように設定する。

……って、また俺が作るのか?たまには坂本さんの手料理が食いたいものだ。起きたらお願いしてみよう。

材料がなかったら一緒に買いに行ってもいいし。坂本さんが何も考えずに買い物かごに入れまくり、それを吟味するのが大変と言えば大変だが。

買い物一つとっても賑やかなのが、俺達らしいと言うか。あ、煎餅は今度こそ俺の分を確保するぞ!……と固く決心したところで、大あくびが出た。

窓越しに当たる日の光が温かい。体には何もかけなくてもアラームが鳴るまでは大丈夫だろう。

メガネは外すか外すまいか……と、つらつらと考え、面倒なので、かけたままにしておいた。

膝に乗せている坂本さんの重みが何とも心地よく、いい夢見られそうだ、と思いながら俺も眠りに就いたのだった。




END

---

siokoさんからいただきました第二弾!
ありがとうございます(*^_^*)
こういうよい感じの穏やか〜なセンサカは、数年前はよもやこんな日が来ると信じたいが相当妄想強化しないと・・・(切実)!という感じでしたが、ナチュラルに到来しましたね。
センサカ人に優しい時代がついにやってきましたよ〜!
ほっこりするセンサカをありがとうございました〜(*^_^*)


戻る

-Powered by HTML DWARF-