*坂本心と秋の空*


「何でそう素直に人の言う事が聞けないんですか?」
「お前こそどうしてそういつもしつこいんだ!?」

ある休日の朝、今日も相変らず坂本と千太郎は言い争いをしていた。
用があり出かけようとした坂本に、千太郎が「傘を持っていった方がいい」と言ったのだが、坂本がつっぱねたのが始まりだった。
「天気予報で降るって言ってたでしょ!?」
「外を見てみろ!雲一つ無いだろうが」
確かに坂本の言うとおり空は雲など見当たらない快晴だったが、そんなことで意見を曲げる千太郎ではなかった。
「これから悪くなるんです。秋の天気は変わりやすいって言うでしょ?」
「降らなかったらお前はどう責任取るつもりだ!?」
たがが折りたたみ一本のコトなのだが、坂本にとっては既に自分の意志を通すコトの方が大事になっていてどうしても持っていく事に納得出来なくなっていた。
だからつい噛み付くように言ってしまった。
「責任・・・ね」
てっきりまた言い返してくるかと思った千太郎が不意に不適な笑みを浮かべて見つめてきたので坂本は身体をビクッと震わせた。

あれは、ろくでもないことを思いついた顔だ・・・。

坂本が動揺しながら視線を彷徨わせていると千太郎が不適な表情のまま言った。
「・・・そこまで言うなら賭けますか」
「は?か、賭け?」
何を言い出すんだ、コイツは・・・。
坂本が思わずきょとんと見つめ返えしてしまうと千太郎は、説明をしだした。
「雨が降るか降らないかの賭けですよ。雨が降らなかったら責任を取って貴方の言うことを何でもききますよ。」
「何でも・・・?」
それは坂本にとって非常に魅力的な提案だった。
普段は何かと年下の千太郎に結局好きなようにされてしまって、年上としての威厳など全くなくなってしまったのを何気に気にしていたのだ。
「どうですか?」
「・・・いいだろう。その賭け、乗ってやる」
賭けに勝ったらちたろーを好きなだけこき使ってやる。
勝つ気満々で坂本がそう答えると千太郎も自信たっぷりの笑顔で答えた。
「決まりですね。じゃぁ俺が勝ったら何でも言うこときいて下さいね、坂本さん(はぁと)」
「えっ?・・・あ"ーっ!!」
坂本は負けた時の事を全く考えていなかったのだった・・・。

「はぅぅ〜」
夕方―坂本は小さな公園の木の下で雨宿りをしていた。
結局駅に着いた時には千太郎の言った通り空全体がどんよりとした雲に覆われて今にも雨が降りそうになっていた。
だが、それでも、負けを認めたくなかった坂本は        
「まだ雨はふっていないんだから、降る前に家に着けば私の勝ちだ」
と走り出した。        

―そして、当然の如く途中で雨に降られたというわけだ。

「全く止みそうに無いな・・・」
それどころか雨足は激しさを増すばかりだ。
これでは、家まで走ったとしても完全にびしょ濡れになって風邪をひくだろう。
坂本の右手には携帯が握られていたがさっきから何度も千太郎にかけようとしてはやめていた。
どうしても負けを認めて千太郎の言いなりになるのが嫌だったのだ。
千太郎の奴勝ち誇った顔で色々と無理矢理難題をふっかけてくるに決まってる・・・。
坂本は悔しくて仕方がなくて携帯をギュッ・・と握り締めとんでもない事を思いついた。
「・・・こうなったら濡れて帰って風邪をひいてやる。そうしたらアイツだって命令なんか出来ないだろう!」
「そんなバカなことはしないで下さいね」
「へ?」
雨の中飛び出しそうとした瞬間聞き慣れた声と共に傘がさしかけられた。
「全く・・・探しましたよ。坂本さん」
「ちたろー!?」
傘の持ち主を見上げるとそこには勿論見慣れた千太郎の何故かホッとしたような顔があって坂本は心底驚いた。
「何でお前がこんな所に・・・」
「それはこっちのセリフですよ。駅に居なかったからここまで探しながら来たんです」
「だったら携帯に電話すれば良かっただろう」
「繋がりませんでしたよ」
「え?・・・あっ」
ムッとした表情になった千太郎に言われて慌てて確かめるといつの間にか携帯の電源が切れていた。
握ってるうちにボタンを押してしまってたらしい。
これでは、繋がるわけがない。
「電源切れてた・・・その、すまん」
「いいですよ。取りあえず雨の中に飛び出す前に見つけられて良かった」

心配していたのだろうか・・・。

てっきり賭けに勝った千太郎が偉そうな態度を取るのだろうと思っていた坂本は拍子抜けすると同時に何だか嬉しくて胸がくすぐったくなった。
「さ、帰りましょう。坂本さん」
「あ、あぁ。そうだな」
あんな賭けなんて気にする事なかったな・・・。
きっと千太郎の奴も気にしてないんだろう。
そう考えようとした時、坂本がおかしなコトに気が付いた。
「ん?千太郎、私の傘はどうした」
坂本を迎えに来たはずの千太郎が今さしている自分の傘しか持っていなかったのだ。
「あぁ、持ってきませんでしたよ」
ケロッと何でもない顔で言われて坂本は一瞬言葉を失った。
迎えに来たくせに傘を一本しか持ってこないとはどういうつもりだ、こいつ。嫌がらせなのか?
千太郎に尋ねた。
「わ、忘れたのか?」
「いえ、折角ですから貴方と相合傘しようと思って」
「なっ・・・!?お、お前は〜っ!このバカタレっ!!」
しかし、千太郎の答えは坂本の怒りを爆発させるような理由だった。
あまりのくだらない理由に、真っ赤になって憤慨する坂本に対し千太郎は事も無げに笑って
「だって、賭けは俺の勝ちでしょう?」
「う"」
その時にっこり笑顔の千太郎が坂本には悪魔に見えた・・・。
「さぁ、もう身体が冷えますから帰りましょう」
坂本は渋々千太郎が差しかける傘の中へと入り一緒に歩き出した。
密着するぐらい近い体が熱くて何だか恥ずかしかったが坂本は胸にくすぐったさを感じていた。
結局のところは結構嬉しいとも思っているのだ。
ま・・・これくらいで済んで良かったな。
坂本がそう思い直した時、心を読んだかのように千太郎がポツリとつぶやいた。
「家に帰ったら次は何をしてもらおうか・・・」
「えっ!?これで終わりじゃないのか?」
すっかり相合傘だけで終わりだと思い込んでた坂本は慌てて叫ぶように言った。
「まさか。今日が終わるまでたーっぷり言うこときいてもらいますからね、坂本さん」
またにっこり笑顔で恐ろしいことを言う悪魔な千太郎に坂本は逃げられないと感じながら叫ぶことしか出来なかった。


「いっ嫌だーっ!!」




―その晩、坂本がいつもよりかなり・・なめにあったことは言うまでも無い。



*おしまい*






比奈雪さん宅のキリ番13400を踏みましていただきましたセンサカ話です。
お題は「賭け」でお願いしました。
比奈雪さん宅のセンサカを見る度に
「いや〜、やっぱりいいねセンサカって」
などと温泉につかって酒を引っ掛けているオヤジさながらに思う次第です。(良さを反芻中です。)
またキリ番を狙って、素敵センサカ書いてもらおうと心に誓っております。
いやはや、ほんとどうもありがとうございました〜!