about
●Lecane inermisはツキガタワムシ科、ツキガタワムシ属に分類される小型のワムシです。
●ツキガタワムシ(Lecane)属は別名サラワムシ属とも呼ばれたこともあり、非常に分類が難しいワムシの仲間です。
●Lecane inermisは、国内では慶應義塾大学の鈴木先生がオニクマムシの飼育餌料として採用され、その流れを汲む東京大学の國枝先生らが
利用しています。
●わむし屋(生物工学研)では、東京大学からの依頼で、Lecane inermisの簡易かつ安定した培養方法について検討を進めてきました。
●いくつかの検討の結果、濃縮GGSP(単細胞の緑藻の一種)と培養ビーズ(ゼオライト粒)によって安定した培養が得られることが分かりました。
●ここでは、わむし屋(生物工学研)が考案したLecane inermisの簡易培養方法について、Lecane inermisの生態や形態を交えて紹介します。
1.Lecane inermisの形態等
下の写真はすべて培養中のLecane inermisの顕微鏡写真です。いちばん左の写真は活動中に見られる形態です。上が口の部分で、下が尾の部分です。他の写真で分かる
ように、尾は同じ長さのものが2本あります。尾を除く胴体部分は100μm、尾が20μmで、全長は120μmほどあります。
他の3枚の写真は縮んだ状態のものです。左から、背面、腹面、側面の形態です。縮むと、胴体部分は50×60μmほどになります。魚類仔魚のエサに使われるツボワム
シの体長が350μmほどですから、Lecane inermisはかなり小型のワムシです。このように小さなワムシですが、ツボワムシのように爆発的に増やすことが難しく、利用の
範囲は今の所広くはありません。
写真001 左からLecane inermisの活動中の形態 縮んだ形態:背面 縮んだ形態:腹面 縮んだ形態:側面
2.簡易培養の方法
2−1.培養餌料
Lecane inermisの培養餌料は、東京大学の國枝先生から教えていただいた濃縮淡水クロレラ(V12)が最適のようです。わむし屋での比較試験の結果でも、他の緑藻2
種に比べて安定した増殖が得られました。但し、濃縮淡水クロレラ(V12)は使用期間が20〜30日と短いことと、高価であると言う問題があります。へたをすると、濃縮
淡水クロレラ(V12)を1L購入して、Lecane inermisの培養に100mL使用して、残りは廃棄することになります。できれば保存がきき、または安価な培養餌料が望まれ
ます。そこで、わむし屋で保有するWestella sp.(ウェステラ)に着目し、これを培養後に自然濃縮した緑藻液(GGSP Green Water)を用いることにしました。
2−2.培養容器と増殖基質
培養容器は、培養量から逆算して、500mLの三角フラスコを用いることとしました。予備試験等の結果から、Lecane inermisの増殖基質として、1φmmのゼオライト
ボールを用い、これがフラスコの底面を覆う程度の量(15g)を加えることとしました。
ゼオライトボールは、Lecane inermisの増殖基質(すみか)としての役割の他、浄化素材としてのアンモニア吸着能を有し、撹拌時には撹拌促進材として機能します。
一種の培養リアクターの役目を担っています。ですが、必ず必要なものではありません。
2−3.培地調製と殺菌
500mLの三角フラスコに2×AFH培地(藻類専用培地)200mLを入れ、これにゼオライトボール15gを添加します。アルミホイルを4枚重ねにしてキャップとし、加熱
沸騰させるかオートクレーブ滅菌します。培地が冷めたらGGSP Green Water100mLを添加して撹拌し、蛍光灯などで照射します。この状態のものを複数作っておきます。
2−3.接種と培養
準備した餌料入りフラスコに別培養中のLecane inermisを接種します。接種量は安定のために1,000個体以上を目安にします。餌料入りフラスコは任意期間保存したもの
ですが、作成直後のものでも構いません。接種直後は25〜30℃程度の高温にインキュベートすると早く立ち上がります。光は白色蛍光灯で強めで連続照射します。培養
フラスコを2日に1回程度良く振ります。培養開始1週間から10日で、撹拌前の上澄み液中をLecaneが泳いでいるのが見えるようになります。この時点ではLecaneの数は
1mL中におよそ1,000個体を超えています。10日を経ても上澄み液中のLecaneが確認できない場合は、培養が失敗している可能性があります。試料を採取して状態を確認
する必要があります。
Lecane inermisの増殖は低温で安定するようです。培養初期は25〜30℃程度の高温に置き、増殖が確認できたら低温に移行します。ここで言う高温と低温は便宜的な言
い方です。低温は20℃でも構いませんが、できれば15℃で培養するとにより安定します。光はGGSPのために照射します。できれば3,000Lux以上で連続照射します。
写真002 Lecane inermisの培養中のフラスコとゼオライトボール 右はゼオライトボールのアップ
3.Lecane inermisの増殖
3−1.増殖の問題点
簡易培養(上記)の方法が決定する前、当初の予備試験では、餌料のGGSPは培養済みのものを用い、培養温度は25℃前後でした。Lecaneは接種後、10〜14日後にピーク
に至りますが、このピークは2〜3日で終わり、急激に減少しました。ピーク時のLecane数は1,000個/mL程度でした。減少中の試料を顕微鏡で観察すると、GGSPの細胞
は多くが消費され、残った細胞はフロック化していました。この結果には再現性があり、複数の結果はほぼ同じものでした。。このような増殖では、培養規模を大きくして
もLecaneはほとんど利用できません。利用するには一定量の個体数が長期間続く必要があります。そこで、エサとなるGGSPのの細胞密度を上げ、培養温度を下げてみるこ
とにしました。
3−2.濃縮GGSPによる増殖と温度の関係
下の図は2温度区におけるLecane inermisの増殖曲線です。餌料は1培のGGSP Green Water(GGSP液の5倍)を用い、200mL三角フラスコに100mLのGGSP Green Water
を入れて2個を培養しました。培養初期は30℃にインキュベートし、増殖が確認された接種10日後に、それぞれを18℃と26℃に再インキュベートしました。
培養初期は両者に差はありませんでしたが、培養15日を過ぎた頃から差が出始め、18℃区では1mL中の個体数が4,000に達しました。Lecane個体数はその後減少する
ものの、比較的長い期間に渡って2,000個体/mL以上を維持できました。一方、26℃区では2,000個体/mLを大きく超えることなく、1,000〜2,000個体/mLの間で推移
しました。Lecaneの培養温度を低温とする根拠はここにあります。
3−3.矛盾した増殖曲線について
好適温度範囲におけるワムシの増殖と温度の関係は、温度が高いほどワムシ増殖が速いことから、高温では短期間に増殖がピークに達し、その後の減衰が激しくなるの
が一般的です。逆に低温では緩やかに増殖し、定常期が長く続くのが一般的です。単純に言えば、エサの量が同じであれば、期間中に増えたワムシの総量は同じであると
言えます。しかしながらここに見る増殖曲線は、あたかも18℃区の方が餌料が豊富であるかのような結果で矛盾があるように見えます。26℃区では増殖が速いため、実験
の間隔ではピークを検知することができなかったとの考えもできます。しかしながらそうであれば、培養20日を超えた頃に、培養液中にLecaneの遺骸が多く見られるはず
です。実験ではこのようなことはなく、遺骸は単純に日を追うごとに徐々に増えました。この原因については次の説明が合理的です。
@ GGSPは比較的低温を好む緑藻である
A GGSPはLecaneの培養中に、Lecaneの代謝産物などの影響を受けて増殖する
B Lecaneは新たに増殖してくるGGSPを捕食してよく増える
C Lecaneは増え続けるため、やがてはGGSPを食い尽くす
このような考えの下に、2−3に説明したような培地を加えた培養方法が決定されました。光を照射し、低温で培養するとLecaneの個体数をある期間維持することがで
きます。
図001 Lecane inermisの増殖曲線 培養10日までは30℃にインキュベート、その後は所定温度に移行
3−4.検証培養の結果
現実の問題としては、Lecaneが増えれば良いだけではなく、安価な方法で必要量を持続しなければなりません。ここでは、1回当たり50,000個体/50mLを1週間お
きに2回以上使用することを目的に、2−3で述べた方法に従って培養してみました。フラスコ内の培養液の合計は300mLです。結果は下の表に示した通りです。少なく
とも培養9日〜30日の間で、Lecaneは1,000個体/mL以上を維持しています。これを撹拌して50mL採取すれば、生きたLecaneが50,000個体以上得られます。また、1個
の培養で2回の採取が可能です。このように、比較的簡易な方法で、Lecane inermisの利用が可能になりました。
表001 現実的方法による培養結果
培養日数(日) 0 5 9 14 24 30
培養温度(℃) 25 25 16 16 16 16
個体数(inds/mL)− 140 1,370 1,350 1,420 1,120
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