Memories off Short Story

若者は夕暮れに何を見る

 

 

信 「みなさん、ようこそいらっしゃいました!」

 

ここは、澄空学園のとある教室。

現在の時刻は夕方五時を回ったところである。

当然、普通の生徒ならば下校するなり、部活に花を咲かせるなりしている時間帯だ。

しかし、そんな時間にもかかわらず、彼を含めた合計5名の少年少女達は自分の通う学園に、やや緊張した面持ちで信の一挙一動に、神経を集中させていた。

 

かおる 「ねえ、信くん。いつになったらはじまるの?」

期待一杯といった顔で、ショートカットの快活そうな少女、音羽かおるが尋ねた。

 

「快活そう」といったが、性格はサッパリしていて、クラスでの彼女の印象も快活そのものだ。

それはこの学園で自他共に認めるところらしい。

少し、小悪魔的要素もあるのだが、本人の愛嬌によっていつもはぐらかされてしまうことが多い。

まさに人徳というやつだ。

このグループの中では珍しく普通なタイプともいえる。

良識もあり、適度にツッコめる。

まあ、オールマイティーでオーソドックスといったところか。

ちなみに最近、誰かに密かに恋心を抱き始めているらしいのだが、それはまだ自分の中でとどめているようだ。

なんでも、他人にはズケズケと言うのだが自分の事となると鈍感な相手らしい。

 

小夜美 「そうよ、信くん。早くはじめなさいよ。いい加減待ちくたびれたわ」

信 「そうですね。それじゃそろそろはじめますか!」

とこの中で一人だけ制服でない・・・つまりこの学校の生徒ではない少女(?が言う。

 

彼女の名は霧島小夜美。

本人いわく、ビューリホー女子大生なるものらしいのだがその名で呼ぶ人を見た事があるものはいない。

つまりはあくまで自称なのである。

購買のおばちゃんの一人娘ということで、今は購買で働いている。

最初はその容姿にだまされ・・・惹かれて購買には飢えた男衆が集まったものだが今では、そのおつり間違い世界一のテクとその商品の奇抜さに圧倒されて、今までの常連者のみが昼食を求めて購買へと向かう状況にある。

ちなみに、この独特の商品においては、なんでも同じ大学生の親友も一枚かんでいるらしいのだが、詳しいことは分かっていない。

 

みなも 「あの・・・私も来てしまってよかったんですか・・・?」

信 「ああ、もちろんだよ。俺が誘ったんだしさ。みなもちゃんも今日は先輩・後輩とかはなしで楽しもうじゃないか!」

みなも 「あ、はい、ありがとうございます!」

一安心という顔で髪をツインテールにしたなんとも可愛い少女が元気よく答える。

彼女は息吹みなも。周りの面子の中では最年少である。

美術部に所属しており、何度も数多の賞を取っているという実力派だ。

一部の関係者の間では、次世代を担っていく画家になるであろうという評判なのだが本人はそれを知る由も無い。

また、だからこそ純粋に絵が描けるのである。

以前は体が弱く入退院を繰り返してきた彼女も今ではすっかり元気な普通の女子生徒と化してきている。

普通といったが、地の彼女は普通の子よりも若干シュール度が高めである。

そして、ひょんなことから皆と知り合い、今日のイベントにも一緒に参加するような仲となった。

 

詩音 「非常に・・・興味深いですね。本日はお招き頂いてありがとうございます」

信 「い、いやいや。双海さんに喜んでもらえれば光栄だよ」

いつもよりも、信が緊張した様子で答えたのは、同じクラスの双海詩音という少女である。

彼女の持つ雰囲気は、同じクラスメートたちのもつそれとはどこか違った感じがある。

その綺麗な銀色の髪にしても、独特のしゃべり方にしても、周囲とは一味違うオーラを放っている。

最初のうちはあまりクラスにも打ち解けられなかったのだが、今ではクラスでも良く話し、特にここにいる皆とは仲が良い。

また彼女は紅茶に関することとなると、普段の10倍以上で、自分の知識を全て相手に教授しだす。

このことは皆も知っているので、極力紅茶の話題は出さないように気をつけている。

もし、そんな話になろうものなら30分はその場で拘束され専門用語の嵐を受ける。

もう一つ特筆すべきは撃滅のツッコミ。

それにより、この地域での死傷者数が以前に比べ急上昇中である。

その犠牲者は主に信が多い。

もちろん、本人はそのことに気付いている気配はない。

というか、自分がツッコミをしているという自覚すらない。

よって、信は彼女の前では、少し言葉を慎重に選ぶようになった。

何度も言うようだが、決して本人には悪気はない。

 

信 「さて、全員そろったところではじめますか。」

周りを見渡して信は言った。

 

 しかし、見渡すといってもここには自分を含めた五人しかいない。

これはただ雰囲気を作るためだけの行為である。

また、司会を担当しつつ、この女の子四人と自分男一人の夢のような状況の中で、この男は幸福感を感じていた。

こういう場面では、人の心の大きさがわかる。

信 「それでは、こちらをご覧下さい!!」

そういって、信は机上に置いていた巨大な紙を手に持った。

信 「題しまして、今日のウワサのバカップル!〜智也and唯笑〜!!!イエ〜イ!パ〜フ〜パ〜フ〜パ〜フ〜〜〜!!!」

おきまりの効果音と共に、紙を広げる。そこには、大きな文字で先程読んだ「題」らしきものが記されていた。

題らしきと言ったが、これは信の文字を常人が解読するには極めて困難なためである。

かおる 「・・・・・・・って信くん。一体何するつもりなの?」

はっきりいって集まった皆は、今日なにをするのか知らされていなかった。

単に信から「楽しいことをするから集合!」と言われ集まったに過ぎない。

信 「うん、非常に良い質問だ。今日集まってもらったのは他でもない。我が親友、三上智也のことだ」

やけにセリフ口調で信は説明をはじめる。

信 「最近のあいつは唯笑ちゃんにべったりだ。まあ、それは唯笑ちゃんの影響によるところが大きいのだが・・・・。しかしだ、このままの状態でほうっておくと、いつしかあいつは自堕落で無気力な最低野郎へと成り下がってしまうやもしれない。そこで、我々が立ち上がり、二人をリサーチする。そして、このままの二人でいいものかどうか、またこれからの二人をどうしていくのかについて考えていこうというわけだよ。つまりは、友人とその恋人がこれからも幸せに過ごしていくための、いわば一つのプロジェクトなんだよ。決しておもしろそうだから、とかバカにしてやろう、とかそういうことでやるんじゃないぞ」

小夜美 「・・・・・・でも、あれには今日のウワサのバカップルとか書いてあるんだけど・・・?」

信 「・・・まあ、あれは例えだよ。た・と・え。その裏腹にはこういう友人への熱い気持ちがあるってことさ!」

詩音 「思いっきりこっちのほうが本心って気がしますが・・・」

みなも 「でも、りさーちって言っても何をするんですか?・・・ビデオカメラなんか持ってきちゃってますけど?」

信の持ってきていたカメラに気付いたみなもがそう尋ねる。

信 「ようし、それでははじまりはじまり〜♪」

みなもの問いには答えず、代わりにビデオを前の大きな黒板に投射しはじめる。するとそこには皆も知っている二人の若者、三上智也と今坂唯笑が映し出された

かおる 「えっ?ちょっ、信くんこれ一体どうしたの?」

信 「ああ、これね。この間智也ん家に行ったとき超小型カメラ仕掛けてきたからさ。俺、意外とそういうの得意なんだ。で、これはこの間の休日を録画したやつ、ってわけ。」

小夜美 (この子・・・結構危なかったのね・・・)

ここで、全員(信以外)は信を絶対に家には入れてはいけないと無言のままに悟った。

信 「さて、じゃあ、そろそろ観察はじめようか。この日は唯笑ちゃんが智也に夕食作ってあげた日なんだ。さてさて、何が起こるかな〜♪」 

何故、そんなことまで知っているのか?という疑問が皆にわきあがったが、考えたくなかったのでやめることにした。

信に少し警戒心を抱きつつもあったが、そこはやはり人間。他人のプライベートへの興味が優先したので、とりあえず信の企画に素直に参加することにした。

 

唯笑 「えへへ〜。智ちゃん、もうすぐできるからね〜。」

智也 「・・・お前、前にもそんなこと言ってもう一時間はたってるぞ」

唯笑 「本当にもうすぐだってば!後はこれを煮込んで、冷蔵庫に入れて、それから・・・」

智也 「・・・・・・・・テレビでも見て待ってるよ」

そう言って、智也はリビングのソファーに腰を下ろした。

 

信 「おおっ!ばっちり撮れてるな〜」

かおる 「料理作ってもらえるなんて、三上くんも幸せ者ね〜」

みなも 「なんか、絵になる風景ですね。」

映像を見ながら観客(歓客?)とも言える彼らが口々に感想をつぶやく。

・・・・・気付かれてないからいいようなもののこれがもし当人にバレたとしたらただではすまないであろう。   

詩音 「それにしても、今坂さんは料理できるのでしょうか?」

失礼ともとれる発言だが、詩音本人にとっては疑問をそのままぶつけたにすぎない。

小夜美 「そうよね〜。この間も唯笑ちゃんの作ったパサパサパスタ・南国仕立てっていうの食べさせてもらったんだけど、独特すぎる味だったからね〜」

女の子全員がうんうんと納得する中、一人だけあることの経験者であった信だけは

信 (小夜美さんが言えることか・・・・?)

と、恐怖のバナ納豆パンの味を思い出しながら、心の中でつぶやいていた。

そのことを、信が敢えて口に出すまいかどうか迷っているときに、

 

 ガラガラ、ガッシャーーーン!!!

 

唯笑 「きゃあーっ!」

突然の巨大な金属音とそれにも負けない悲鳴が画面の方から聞こえてきた。

一同は、すかさずもとの画面に注目する。

 

智也 「なんだ、どうしたあっ!?」

一体、何事かと智也はキッチンに駆け込む。

唯笑 「あっ、智ちゃん!あれ・・・あれぇっ!」

智也 「あれ・・・?あれ・・・あれ・・・れ?・・・れ・・・れ・・・・・・錬金術師っ!」

唯笑 「シリトリじゃなくってぇっ!だから・・・あれ・・・・あれ・・・」

唯笑が必死で指差す床の辺りには・・・・古代より爆発的な繁殖力により生き長らえてきた生命体、どこの家庭でも10はくだらないであろう数で存在し、その上で圧倒的威圧感を持つ光沢のある羽根をしたがえた無脊椎動物、そう・・・・・ゴキブリがいた。

智也 (・・・・・・確かに、女の子でゴキブリを恐がるのは珍しくもないだろうが、ここまで悲鳴をあげながらキッチンの作りかけの料理をひっくりかえしてまで嫌がるほどではないだろうと智也は思っていた。

これでは、ただ単に道を歩いていたゴキブリにとっても失礼じゃないか。

姿を見て悲鳴をあげるなんて・・・あ、でもここは俺の家だから家宅不法侵入か?

いやいや、しかし、ゴキブリは憲法でいうところの人民には所属していないだろうし・・・)

・・・などという考えが智也には浮かんでいた。

 

信 「なんだよ・・・ゴキちゃんか・・・」

期待はずれといった感じで、一同もため息を漏らす。

かおる 「まあ、何もこんなに恐がらなくても・・・ねえ?」

みなも 「う〜ん、唯笑ちゃんってば昔っからこういうの弱いんですよ・・・」

小夜美 「そうよね・・・別に飛んでたわけでもあるまいし・・・」

皆が口々につぶやく中・・・

詩音 「きゃあああああっ!!」

突然、詩音が彼女とは思えない声量で悲鳴をあげる。

詩音 「私、虫とかだめなの・・・特にゴキブリ・・床をソワソワっと、そして、飛んで飛んで飛んで・・・・・・嫌ああっ!」

どうやら、その場面を想定してしまったらしく、再び絶叫がこだまする。彼女はある種のフラッシュバックにおちいってしまっていた。

信 「だ、大丈夫だって、双海さん。別にここに実際にいるわけじゃないんだし・・・」

詩音 「きゃああああっ!近くにいるのっ!?」

信 「いや、だから・・・」

詩音 「嫌あああっ!ど、どこにいるのよぉっ!?」

詩音が正気に戻ったのは、数分たってからだった。(その間、皆は終始無言で見守るしかなかった)

 

信 「さ、さて。じゃあビデオの続きを見ようか。あ、この場面では双海さん目隠ししててね」

詩音 「は、はい。失礼致しました・・・」

ようやく彼女はいつもの調子を取り戻しつつあった。このときに皆は詩音に対しての禁句注意事項を以前のものに一つ足すこととなった。

 

智也 「・・・アホか、お前はあっ!いちいちゴキブリぐらいで大騒ぎするんじゃない!」

唯笑 「でもでも〜」

智也 「デモもクラシーも無いっ!今は大正じゃなくて平成だろうがっ!」

唯笑 「は、早くなんとかしてよ〜、智ちゃ〜ん」

智也の背中にしがみつき、情けない声でつぶやく。

智也 「・・・ったく、分かったから離れろよ。」

そういって、唯笑を引き離す智也。そして、目標の敵へと標準を定める。その距離推測2M。

ここで、智也は標的を手早く倒す最良の方法を考える。

 

其の壱   無難になおかつ原始的な方法で上からの重力加速による圧力で圧死させる

 

其の弐   文明の発達した現代の生物化学工学の結晶、殺虫剤なるもので相手の生命力を徐々に奪う

 

其の参   火あぶり

 

三つの選択肢が浮かんだが、とりあえず今すぐに対応できるという利点により、「上から叩く計画」に決定した。

その辺にあった新聞紙を丸めて片手に、徐々に接近していく。

もうそろそろ手を伸ばせば届く距離だ。そして、両方とも相手の出方を探りながら見つめ合う。

これは、下手すると恋が芽生えてしまう距離で、まさに萌え・・・燃えるシーンだ。

そして、ゴキブリがサッとその身をひるがえしなんらかの行動に出ようとしたその刹那、

 

 バシッ!

 

乾いた音によってそのゴキゾー(今命名)はその生涯に幕を閉じた・・・

 

智也 「ほら、終わったぞ」

そう言って、智也は床からゴキをつかんだ。(もちろん直に触っているわけではないが)

唯笑 「嫌あああっ!何で持つのおっ!?」

智也 「んなこと言ったって、このまま置いておくわけにはいかないだろ」

確かに、ゴキブリを叩いてそのままにしておいたら当然死体は残る。そんな家があるとすれば比較的、墓場に近い。

唯笑 「じゃ、じゃあ早く捨ててようっ」

智也 「なんだよ、唯笑。死んでるのにまだこんなのが恐いのか?ほれほれ〜」

包まれた死体(つまりゴキ)をわざと唯笑の顔の前に持ってきて見せる智也。

こうゆうあたり、彼の性根にある根本的なイタズラ精神がうかがえる。

唯笑 「きゃあああああっ」

 

信 「・・・・・いじめっこだな、智也。」

小夜美 「二人ともまだまだガキねえ」

いつも教室で交わされる騒動以上に騒がしい状況をみながら観客たちはあきれていた。

普通なら年頃の男女が二人でいれば、中学生の方がまだムードのある雰囲気になるだろう。

ちなみにこの間、詩音はずっと目を閉じて耐えていた。

 

唯笑 「もう・・・智ちゃんがいぢめるうう・・・わ〜〜〜ん」

終には泣き出してしまった唯笑。これを見て、智也も少しあせりはじめる。さすがに女の子を泣かすのには慣れてはいないらしい。

智也 「お、おい、泣くなよ。・・・ほら、もう捨てたから。な?」

唯笑 「わ〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・」

一度泣き出すと、容易には収まらないということを智也は経験として知っていた。ここをどう切り抜けるか頭をめぐらす。

智也 「・・・・・分かった、俺が悪かったよ。おわびになんでもいうこと聞いてやるから。」

とりあえず、この状況を打破するにはアメを与える作戦が一番有効だと判断したようだ。

唯笑 「っく・・・えっぐ・・・・・・本当に?」

涙で目を潤わせながら、上目遣いにこちらを見てくる。どうやら効果はあったようだ。

智也 「おう、なんでもいいぞ。なにがいい?アイスか?それともジュースか?」

おそらく智也は食べ物をおごってやれば機嫌がなおると思っていたのだろう。しかし、ここに彼の大きな誤算があった。

唯笑 「・・・・・スして」

智也 「え?なんだ?」

唯笑 「抱きしめて、今ここで。そいでね・・・キスしてよ♪」

智也 「何ぃぃぃっ!?」

 

一同 「おおおおっ!!」

突然の展開に会場は一気に盛り上がる。

みなも 「うわぁ、唯笑ちゃん・・・」

小夜美 「唯笑ちゃんってば確信犯ね!」

詩音 「三上さんはどうされるのでしょうね・・・」

ここで詩音も完全復活。

なんだかんだいっても女子高生なのだ。

 

智也 「な、何だよ、いきなり」

唯笑 「だって、なんでもいうこと聞いてくれるんでしょ?だったらいいじゃな〜い」

智也 「い、いや、でもそれは、ほら、その・・・」

いきなりの唯笑の壮絶なカウンターにしどろもどろになる智也。

 

信 「うっわ、智也の奴情けね〜」

かおる 「う〜ん、そうね。漢気 −3 ってとこで」

みなも 「でも、純粋度は +2 ですかね」

まるで某RPG風の会話である。もっとも、こんなパラメーターなどは見た事ないが。

 

唯笑 「うるうる・・・智ちゃん唯笑のこと嫌いなの?」

瞳を潤ませながら、智也の顔をすがるように見てくる唯笑。最近、芸が細かくなってきたなと智也は思った。

 

智也 「いや、好きとか嫌いとかじゃなくて・・・こう、あれだ。ムードってもんがあるだろ」 

信 「はっはっはっ!ムードってよ!」

詩音 「まるで昭和時代さながらの結婚前夜の二人ですね・・・」

小夜美 「ようし、がんばりなさい、少年。お姉さんが見届けてあげるわね〜」

教室は最高潮の盛り上がりを見せている。

唯笑 「ねえ、智ちゃん。早く〜」

見ると唯笑は既に目を閉じて準備体制。仕方ないと悟ったのか智也も観念することにした。

智也 「ったく・・・ほら!]

そういって、唯笑の見た目よりもずっと軽い体を胸に抱く智也。

 

信 「いよおおおおし!来た来た来たーーーーっ!!」

小夜美 「ああ、終に智也くんも大人への階段を登っていくのね・・・」

かおる 「きゃあっ、この後一体なんて言うのかな?好きだ、唯笑・・・とか言っちゃうのかしら!?」

信 「いや、唯笑・・・俺はお前がいないとだめなんだよぐらいのことは言うんじゃないのか!?」

詩音 「三上さん・・・立派に務め上げてください」

みなも 「・・・あっ!!」

皆が興奮状態で画面に集中する中、一人だけみなもが何かに気付いたように小さく声をあげる。

みなも 「・・・え、えっと。すいません、みなさん。私、用事思い出したので帰りますね!」

信 「え?これから一番イイトコなのに?」

みなも 「すいません!みなさん、くれぐれもお大事に!」

そう言い残すと、風のようにみなもはさっさと教室から出て行ってしまった。

最後のセリフの「お大事に!」の意味も、誰も分からないでいた。

そう、この時はまだ・・・

 

唯笑 「えへへぇ。・・・智ちゃんってあったかいね〜」

智也 「・・・なんだよ、ソレ」

唯笑 「ああっ、智ちゃん照れてる〜」

智也 「な、そ、そんなことないぞ。俺は三蔵法師の如く冷静だぞ」

唯笑 「あははっ!智ちゃん可愛〜い♪」

いつもの何気ない会話。これは二人にとっては、自然なことであり必要なことであった。

しかし・・・・・・周りから見る分には、どうみても熱々カップルの会話のそれにしか聞こえない。

 

信 「う〜ん、羨ましいねえ、智也のやつも」

かおる 「幸せいっぱいだね〜。本当、二人とも熱いんだから」

詩音 「あっ!!」

急に詩音が驚きの声を漏らす。

小夜美 「どうしたの、詩音ちゃん?」

詩音 「い、いえ。その・・・そ、そういえば、今日は新しい本の納入日でした!私は先に失礼致します!」

あわてて鞄と大量の本を持ち始める詩音。

・・・ちなみにこれは彼女の最低限装備であるのだが。

かおる 「ええ〜、もう少しぐらいいいじゃない」

詩音 「いえ、後からでは間に合わないのです!それではみなさん、無事でしたらごきげんよう!」

そういい残すと、彼女もまた足早に去っていった。

信 「なんなんだ?一体・・・?」

まあ、考えても分かるはずも無いので、画面に再び集中することにした。

 

唯笑 「智ちゃ〜ん・・・」

明らかに何かを望んでいる態度。

それを叶えてやるのは、智也にとって特に難しいことではなかった。

しかし、今までの中でも、智也からキスをするというのはあまりないことだった。

昔、唯笑と付き合うようになったときのきっかけの一度きりで、本格的に付き合い始めてからは全部、唯笑の方からだけであった。

(このことに唯笑が気付いているのかどうかは定かではない)

付き合い始めてから幾分か経った今では、智也のほうからキスをするというのは、本人にとってかなりの照れがあったのだ。

最も、いつもからかってバカにしていたような相手に、いきなり抱き合いながらキスをすろというのも無理な話かもしれないが。

唯笑 「・・・」

唯笑はじっと目を閉じたまま動かない。仕方なく智也も決心することにした。

 

信 「くうううううっ!じれったい!全くさっさと出来ないもんかね・・・・・智也のやついつも唯笑ちゃんのことを子供子供って言ってるくせに、これじゃあいつの方が子供だぜ〜。なあ、かおるちゃん、小夜美さん?」

かおる 「・・・・・・」

小夜美 「・・・・・・」

信が尋ねるが、二人からの返事は無い。

二人ともかたまってしまっていた。

信 「あっれえ?どうしたんだよ、二人とも。」

少し怪訝に思った信が二人を見る。

この時に、彼だけが廊下に背中を向けるという形になってしまっていた・・・・・これが命運のツキであった。

かおる 「い、いや・・・ねえ、小夜美さん?」

小夜美 「え、ええ・・・わ、私たちは関係ないわよねえ?」

信にとっては意味不明の二人の会話。

かおる 「やっぱり、ここは信くんに責任を取ってもらうということで・・・」

小夜美 「あ、お姉さんもそれ賛成」

信 「責任?何の話だよ?」

このときには(正確にいうと五分ほど前から)廊下の方から邪悪な気を放つ者が現れていた。

小夜美 「と、いうわけで・・・信くんまたねっ!」

かおる 「・・・じゃ、ファイトっ!!まあ、いざというときには葬儀には参加するから・・・」

信 「あ?え?ちょ、ちょっと!」

かおる 「またね〜っ!」

猛スピードで教室を出て行く二人。信は一人その場で二人の背中を見送っていた。

信 「ちぇっ、みんななんなんだ?全く寂しいな・・・・・・・まあいいや、俺一人で続きでも見るか」

 

智也 「じゃあ、行くぞ・・・」

唯笑 「うん・・・」

互いに二人の心音が高まっていくのが分かる。

そして、その距離は次第に縮まっていく。

 

30cm・・・15cm・・・10cm・・・・

 

信 「くうっ、二人とも素敵だなあっ・・・」

??? 「・・・・そうか?」

二人の影がもうほんのわずかで重なろうとしたとき、信の後ろから声が投げられる。

信 「ああっ、そりゃもちろん。まるでさながら月9ドラマみたいで・・・ん?」

??? 「お褒めにあずかり、光栄だな」

聞き覚えのあるその声に驚いて、信はおそるおそる後ろを振り向く。すると・・・

信 「・・・・・・・・・っと・・・智也さん?」

智也 「はい。ただ今ご紹介にあずかりました三上智也ですが」

信のぎこちない顔に冷や汗をかいた笑顔に対し、極上の笑顔で答える智也。

しかし・・・・よく見ると、こめかみのあたりに血管が浮き出ているのが分かる。

智也 「信くん、これは一体どういうことなのかな?」

信 「こ、これは・・・ほらその・・・あれだよほら!あれだっつってんだろうがぁっ!」

智也 「急に逆ギレか?しかし、お前が怒っても全く恐くないぞ」

確かにそうだ。信はケンカなど小学生の頃以来したことないのだから。ここで、信はこの場を打開すべく、最良の言い訳を考える。

信 「いや、お前が思っているようなことではないぞ、智也」

いつになく真剣な面持ちでしゃべり始める信。智也もそれにつられ、真剣な表情になる。

智也 「じゃあ、なんだこれは?俺達をバカにするため以外の何物だと言うんだ?」

信 「違うんだ、智也。ほら、お前たちって、色々なことがあって、ようやく付き合うことになっただろ?でも、それだけ危うい関係に思えるんだよ。だから、友達の俺達も、なるべく二人をフォローしてあげようって思ったんだよ」

智也 「信・・・」

一瞬、信は心の中でニヤリとした。

信 「(ようし、引き込まれてる!もう一押し!)それで、一度みんなでお前たちのことを見てみることにしたんだ。普段の学校での生活もそうだけど、その後の二人の元気そうな様子を見て、みんな安心したかったんだよ。これで二人は大丈夫だってな。ほら、みんな結構心配性だろ?だから、友達が心配でしょうがないんだ。あ、もちろん俺もだぜ。みんな、お前達二人のためを思ってやったんだよ」

智也 「じゃあ、あれはなんだ?」

信 「?・・・・・・・!!!」

一気にまくしたてた信に対し、冷静に言ってのける智也。そして、彼が指差した方向を見て、信は愕然とした。

そう、そこには・・・でかでかとした文字で

 

今日のウワサのバカップル!〜智也and唯笑〜!!!

 

と記されていたのだった。

・・・・この後、信がどうなったのかはもはや言う間でもないだろう。

夕暮れの放課後の学園に、一人の少年の叫びが轟いた・・・・

 

 

 エピローグ

 

少女は歩いていた。

そこは、もう幾度となく来た事のある場所。

彼女の手には、白いかすみ草の花束が握られている。

唯笑 「・・・彩ちゃん、これお花。」

そういって、「桧月」とかかれた墓前に花を置き、手をあわせる。

彩花 (ありがとう。唯笑ちゃん)

唯笑には分かっていた。

ここにくれば、彩花と話すことができることを。

それは、本人の思考回路の中だけの出来事。

だが・・・例えそうだとしても、

本人にとってはそれだけが現実なのだ。

唯笑 「今日、おもしろかったんだよ〜。信くんが唯笑と智ちゃんのことを写しててさ、それを学校で上映しちゃってたの!見かけたら智ちゃんはすっごく怒ってたけど、別に唯笑はいいんだあ」

彩花 (どうして?)

唯笑 「だって、私が智ちゃんのこと好きだっていうのは別に隠すようなことじゃないも〜ん。

    それに、私にはこんな好きな人がいます〜って自慢したいくらいなんだも〜ん」

彩花 (何よ、こんなとこでノロケないでよね〜)

唯笑 「えへへっ♪」

彩花 (でも、いいわね〜、二人とも・・・すっごく楽しそう。いい友達にも恵まれてるみたいだし・・・これなら私も安心してられるな。そろそろ、私が見ていなくても大丈夫よね)

唯笑 「だめだよっ!!」

突然、大きな声で叫ぶ唯笑。

彩花 (え?)

唯笑 「彩ちゃんはずっと、見守っててくんなきゃ・・・ずっと一緒にいてくんなきゃだめ。

    私や智ちゃんが、大人になって・・・おばあちゃんになったって、ずっといてくれなきゃ

    嫌だからね!・・・・約束したよね、三人はいつまでも一緒だよって・・・」

彩花 (・・・・そうだね。ずっと一緒だもんね。)

唯笑 「そう!あ・・・でも、私がおばあちゃんになってから彩ちゃんだけ今のままっていうのも

    なんかいやだなあ」

彩花 (そうね・・・その時はマッサージしてあげないとだめかもね。ふふふふっ」

唯笑 「あははははっ」

声をあげて笑い出す二人。

その笑顔は幸せで縁取られた一枚の絵のようであった。

唯笑 「夕日・・・綺麗だね〜・・・」

そして二人は、ずっとその夕日を見つづけていた。

 

みなも 「ああ、今日はおもしろかったな〜」

みなもは一人、帰り道である海岸沿いを歩いている。

ただ帰るのであれば、すぐに電車にのればすむことだった。

しかし、今日の彼女は何故かゆっくりと歩いて帰りたい気分だった。

・・・こんなときってたまにあるだろう。

みなも 「稲穂さん・・・大丈夫だったのかな?ふふふっ、一人だけ勝手に帰ってきちゃったけど・・・まあ、智也さんも分かってくれるよね」

そんなことをつぶやきながら、皆のことを思い出すみなも。

そうすると次第に顔もほころんでくる。

・・・しかし、それも束の間。すぐにみなもの表情は硬く、険しいものに変わった。

自分がいつも感じる、一抹の不安。

その時が楽しければ楽しいほどに比例してあらわれる自問。

 

「自分はいつまで、皆と過ごせるだろうか。・・・自分はいつまで生きていけるのだろうか?」

 

夢のような現実から覚め、ふと我に返ったとき、彼女はいつもこのことを考える。

医者から宣告されている自分の体の症状。

それは、16歳という年齢が知ってしまうには、あまりにも重い事実であった。

 

みなも (いつしか、自分は死ぬだろう。

     それは、他の人も同じ。

     それは、人として避けて通れない道。

     でも、でも・・・今はまだ嫌。

     皆と一緒にいたいの・・・!)

 考えているうち、涙がこぼれていた。

病気と闘う決意と共に、彼女には生きていく中での願いがあった。 

 

カモメ 「クワーッ・・・・・クワーッ・・・」

みなもが顔を上げると、そこにはたくさんのカモメ達が、大空を飛び交っていた。

みなも 「きれい・・・・・・・」

素直にみなもはつぶやいた。

緋色の夕日を背景に海の上で飛んでいる、真っ白なカモメ達。

大自然の色にも負けず、ただ白く・・・・白く・・・・・・・・

みなも 「・・・・・そうだよね。よ〜しっ、明日もがんばるぞ〜っ!」

先程までの不安な表情を感じさせないまぶしい笑顔の女の子が、そこにはいた。

智也や、他のみんなが知っている彼女は、こういう彼女なのだ。

みなもは、日が暮れるまでカモメと夕日のグラデーションをその目に焼き付けていた。

 

優雅な午後のひととき。彼女にとってはゆったりとお気に入りの紅茶を飲みながら読書にふけることであった。

今日もまた例外ではなく、家に帰ってきた詩音はソファーに座り特製のオレンジペコを飲んでいる。

この紅茶の入れ方は、自分が海外で生活をしていた頃に母から教わった、いわば忘れ形見である。

詩音 「・・・・ふぅ。今日は蒸らし方に若干ムラがありましたね」

このように、彼女は毎日自分で紅茶を入れてはそれを評価している。

それでも、一般人にとってはこんな違いなど気付かずに、ただ素直にうまいと感じるのだが。

詩音 「さてと・・・」

いつものように本を読み始める彼女。今回の本はいわゆる冒険ものである。

詩音 「うふふっ・・・えっ・・・・・・・あはははっ」

読み進める度にころころと変わる詩音の表情。以前も本を読むときに感情が出ることはあったが

今はもうそれを隠そうとはしていなかった。

おそらくは、智也や唯笑、それにみんなに出会ってからのことである。

今の彼女には、ある一つの「自身」があった。それは、この街でみんなと共に過ごして行くこと。

それは彼女にとっての望みでもあった。

 

夕日が、彼女の美しい髪を照らしていた。

かおる 「あっはは!楽しかったね、小夜美さん」

小夜美 「そうね〜、しっかし信くんもバカよね〜」

二人は、教室で智也に気付いてから一目散にここまで走ってきたのだ。

おかげで、少し息が上がっている。

小夜美 「普通、気付かないものかしらねえ?そこまで映像に集中してたってことかしら?本当にバカっていうかなんていうか・・・」

かおる 「・・・で、でも信くんだっていいところあるんだから。ほら、友情とか大事にするほうだし、それに・・・まあ、人の気持ちには鈍感だけど・・・・でもほら、そんなとこも信くんらしいっていうかなんていうか・・・」

小夜美 「・・・・・かおるちゃ〜ん、何をそんなにムキになってるのかな〜?」

かおる 「え!?」

小夜美はいたずらっぽい上目使いでかおるを覗き込む。

小夜美 「ずばりっ!信くんのこと好きなんでしょ〜?」

こういうときの小夜美は年上の勘というべきか、妙にするどいところがある。

かおる 「そ、そんなことないってば!!」

小夜美 「またまた〜、照れちゃって。可愛いんだから♪別に隠すことでもないでしょ」

かおる 「・・・・・・ふぅ。小夜美さんにはかなわないなあ」

小夜美 「あったりまえでしょ〜?伊達に女子大生やってないわよ。で、で?」

かおる 「え?」

何が「で、で?」なのか今ひとつかおるには分からなかった。

かおる 「で?・・・・ってなんのことです?」

小夜美 「だ〜か〜ら〜、いつ信くんに告白するのかって話よ!」

かおる 「!・・・って何ですか、いきなり!そんな、告白なんてしませんよ!」

小夜美 「どうして?」

かおる 「どうしてって・・・・それは・・・・」

確かにかおる自身も、そのことを考えたことが無いわけではなかった。

というよりも、実際に告白しようと思ったことさえある。

しかし、現段階では告白に対する期待よりも不安の方が多くの割合を占めていた。

かおる 「だって・・・信くんて女の子なら誰でも好きみうたいな感じあるじゃない?だから、今は教室とかで結構仲良く話してるけど、それは、私だけにじゃなくって・・・」

言ってから自分の言ったことに対して恥ずかしさを感じていた。信に限らず、クラスメート同士が話すのはごく当たり前のことである。

小夜美 「・・・悩める年頃なのね〜。やっぱり若い時期っていいものだわ。私にもそんな時があったな・・・好きになって、あれこれ迷ってね・・・・」

かおる 「えっ!?小夜美さんでも悩んだりしてたんですか?」

小夜美 「ちょっ、何よそれ、失礼ね〜。私にだってサラダデイズ時代はあったんだから」

かおる 「へ〜・・・なんか意外だなあ。小夜美さんってそんな感じしないし。いっつも自信たっぷりって感じだしなあ」

小夜美 「あのね、かおるちゃん・・・」

小夜美の顔が少し真剣なものに変わる。

小夜美 「人なんてね、経験してみないと何にも分かんないものなのよ。つらいことも、悩むことも、ときには泣いたりすることだって、どれも必要なの。だから、こういう若いときに恋をして、迷うことはとっても大事なことだと思うな。そうやって、皆大人になっていくんだから」

かおる 「・・・・・・・」

かおるは、小夜美に話したことを本当に良かったと思っていた。ここで話を聞いた彼女の顔は、今までよりも数倍大人びて見えた。

小夜美 「ちょ、ちょっと〜、そこで沈黙しないでよ。・・・やっぱり格好つけすぎちゃったかな?」

ペロッと舌を出してみせる小夜美。かおるは、こんな良き友人と知り合えていることを、心から幸せだと思った。

かおる 「そんなことないですよ。すごく勉強になりました。私、小夜美さんの若い頃の話もっと聞かせてほしいなあ」

小夜美 「・・・・・・なんか今は若くないって言い方ね・・・ま、いいわ。ようし、明日は休みだし・・・・これから飲みにいっちゃおっか!?」

突然の提案に驚くかおる。確かに明日は休みでこれといって予定もないが・・・

かおる 「え・・・でも、私まだ未成年ですよ?」

小夜美 「たまにはいいのいいの!保護者同伴♪」

そう言って早くもかおるの手を取り歩き出す小夜美。

かおる (これは、もう行くしかなさそうだなあ・・・)

そう思いながらも、かおるの顔は笑っていた。その顔からは、さっきまで考えていた不安はなくなっていた。

「もしも」を考えるなんて、自分らしくない。

 

夕日が、二人の影を長く映し出していた。

 

 

そして、彼女たちも明日へ向かってまた歩き出すのだ。

その瞳に、輝く夕暮れを映しながら・・・

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

このSSは唯笑エンド後、またBridge編の前くらいの感じで書いてみました。

 

・・・といっても、明らかにギャグ路線ですね。

まあ、最後の辺りを、シリアスに書いてみたつもりです。

中途半端といわれれば、それまでですが(苦笑

 

実を言うとこのネタは、最初は普通に彩花出てたんです。

でも、終盤に差し掛かって気付きました。

 

「あっ!彩花ってもういないじゃん!」(爆

 

それで一度書き直しに至ったという歴史持ちです。

 

感想などあればこちらまで頂ければ幸いです。