5月2日〜3日
坂下・小平
時は鎌倉時代まで遡らねばならないが(正確には平安末期というべきか・・)、この辺りも落人伝説に彩られた場所である。壇ノ浦で敗れた平家の落ち武者が移り住んだという伝説がある。
ここ「無砂谷」は一般的には「むさだに」と読むが、地元の人はけっして「むさだに」とは言わない。「むしゃだに」と呼ぶ。武者谷なのである。
支流の名からして「子落とし沢」、「滝返り沢(抱き返り沢)」、「ナガフセリ沢(長伏せり沢)」である。

桜が咲く渓を遡行する。
悲劇的な連想が頭を掠めずにはいられない。一体、平家の落人達は坂東武者の本拠であるこの地域にまでなぜ落ちて来たのか?
奥州藤原氏を頼ろうとしたのだろうか?それが藤原氏の滅亡とともに行き場所がなくなり、この秘境に身を潜めたのか。
現在は川俣ダムによって分断されたような形になっているが、瀬戸合峡という険谷の上流にこの「無砂谷」は位置する。
本流の名は「鬼怒川」である。その左岸側で無砂谷と馬坂沢に分かれる。馬坂沢は落人が馬を飼ったことから名付けられたとも言われているのだが・・・。
無砂谷のナガフセリ沢を詰めて行くと「引馬峠」というコルがあり、それを越えると福島県の檜枝岐である。昔・・といっても時代を特定することは出来ないが・・このルートは檜枝岐と日光方面を結ぶ最短ルートだったらしい。
さて、この「無砂谷」は我々の通い慣れた渓でもある。檜枝岐や只見の渓が雪に埋もれている期間、源流遡行の気分を味わうにはうってつけの渓である。


テン場は昨年は左岸にとったが、今年は右岸にとる。この渓はテン場適地はどこにでもある。




今シーズンのファースト・ストライク。あっけなく来た。
遠くて判りづらいけど、坂下も釣り上げています。
テン場から滝返沢の出合までは然程の距離ではなく、「釣っちゃあ離し」の極楽状態のまま辿り着く。
滝返沢の第一の滝の滝壺は去年魚が溜まっていた。今年も確認せずにはなるものかと、出合から直接滝に向かう。
去年はそこで何匹かの魚影を確認しながら、坂下がいい釣りをしたのだ。しかし、今年は魚影が見えない。
それでも、竿を入れてみる。目印が止まる。やっぱり、いた。

この滝壺の1匹で満足し、テン場に引き上げることにする。今回はキープは無し。岩魚の刺身が無いのは、ちょっと寂しいけど、調理の必要もなくなり、すぐさま宴会に突入できる。そして、その通りにしたのは言うまでもない。



ワサビの葉のオヒタシ

渓の水で冷やされたビール、ワサビのオヒタシ、薪のはぜる音。ゆっくりと暮れていく空。
「よか、よか、やっぱり渓泊まりはよか」と心の中でつぶやいてみるが、そのつぶやきが九州弁になったのは、呑んでいた九州産の焼酎のせいに違いない。
朝は冷え込んだようだが、焼酎とホカロンのおかげで快眠。
坂下は先に起き出して、私のためにコーヒーを淹れてくれた。アリガトウ。
そして、テン場服のまま、下流に竿を持って行ったと思ったら、すぐ魚を釣り上げたらしい。
その証拠写真がこれ・・。


Cyber−Shotの水中写真、よく写りませんでしたが・・。
朝食を済ませ、テン場を片付けて出発。
竿を出しながら滝返沢出合まで進む。そこそこに釣れて出合で納竿。
ここから左に進むとすぐにナガフセリ沢と子落し沢の二俣である。

滝返沢の出合に咲いていたショウジョウバカマ。
我々は子落し沢を遡行する。




午前10時過ぎに周回林道に到着する。
あとは、車まで2時間半くらいの林道歩きだ。
今回は天気にも恵まれ、私にとっては満足のいく初釣行だった。そうだよね、坂下君!
