基本的な山の道具は、皆さんと一緒です。
ただ、これは優れものではないか、というものを紹介させていただきます。
因みに、「自慢の道具」とは、私達のイチモツではありませぬ、トホホ・・・。

1998年の7月の事である。
私と細谷は、小阿仁川支流大旭又沢に向けて、車を走らせていた。盛岡で東北道を降り、R105で阿仁町
に入る。阿仁は「マタギ」の町でもある。
私は「マタギ」が古くからの狩猟集団である事は知っていたし、その始祖といわれる磐司万三郎(磐司と万
三郎という兄弟という説もある)が日光山麓の出身という説があることも知っていた。
しかもマタギ達は日光二荒山神社から今でいう狩猟許
可証のようなものを授かり、他国への往来を許されて
いたのだ。
マタギナガサは彼等の魂と言うべきもので、ある時は
包丁になり、鉈代わりともなり、また武器にもなるという
代物である。
だから、私は細谷に「金物屋でもあって、そこにマタギ
ナガサが置いてないかな」などと言いながら車を走ら
せていたのだ。
そして、車が阿仁町の荒瀬という所にさしかかった時、
「打刃物製作所」の看板が目に飛び込んできたのだ。
車をUターンさせ、その敷地に入っていった。
ショーウインドに近づいていくと、ありました、「マタギ
ナガサ」が。
工場の中にはオジさんがいて、中に入れと言う。遠慮
をしていると、椅子を私達の為に並べている。そこまで
されてはと、鍛治場に入らせていただくと、やれどこから
来たとか、どこまで行くのかと質問攻めで、ついには、ナ
ガサの使い方の説明まで始めてしまったのだ。
そして、気がついた時には、私は7寸、細谷は4寸のナガ
サを注文していた。坂下にも連絡してみたところ、やはり
4寸が欲しいということで、三人ともマタギナガサの所有者
になったのだ。
これで我々もマタギの資格充分になったのである(なわけ
ないか)。
このオジさんが、三代目西根正剛こと西根稔氏だと知っ
たのは、後日のことだが、3ヵ月後に「叉鬼山刀」が我々
の元に届き、それからは山や渓に実用と御守りも兼ねて
同行させている。
私は、鹿猟にもこのナガサを携えるが、ある時、獲物の
解体中、刃が少し欠けてしまったことがある。
これは、西根さんから、修理は無料でするという案内を受けていたから、ありがたくそれに甘えることにし、
ナガサを一時秋田に里帰りさせることにした。そして、やがてそれが送り返されてきたのだが、西根さん
の手紙が添えられていた。
「なかなか、うまい使い方をしていますね」という趣旨だったと記憶するが、これは多分、私が柄の部分に
巻いたテニスラケットのグリップ用のラバーのことだと解釈している。
私達のナガサは、フクロナガサと呼ばれる物で柄の部分が空洞になっており、いざという時には、この柄の
部分に棒を差し込めば槍の代わりになるというものである。ただ、金属なので、滑り易いだろうとラバーを巻
いてみたのだ。これを西根さんは誉めてくれたのだろう。
その後、アウトドアマガジンに西根さんの特集が掲載され、私が思っていたより西根さんという人は有名人
だったんだなと、先に立たない納得をしてしまったのだ。(先に立たないのは「後悔」ですが)
この項を書くに際して、最近のマタギナガサ事情を調べるためにインターネットにアクセスしてみた。
そして、意外な事実に直面したのだ。
私は毎年、西根さんに年賀状を書いたし、西根さんからもいただいた。
しかし、2年連続で西根さんからのそれが無かった。
だから、少し寂しく感じていたのだが、それが西根さんの死によるものだとは、想像だにしなかった。
西根さんは平成13年7月に鬼籍の人となられたのだそうだ。
ご冥福をお祈りするとともに、「叉鬼山刀」を西根さんの魂として、使い切ることをお約束致します。
大事に保管するなどと言ったら、西根さんに「道具は使ってこその道具だぞ」と怒られそうだから。
わざわざ工場の前でポーズをとってくださった西根さん
マタギナガサ「叉鬼山刀」
上・7寸 下・4寸
我々は盛期になると、ほとんどテンカラで魚と遊ぶのだが、トシと共に眼が弱り、アイに糸を通すのが苦痛になる。
そこで、オヤジは考えた。
アイを大きくすれば問題は霧消するのではないか。
この一件、ルアー用の鉤である。大きな釣具屋さんには置いてある。
毛鉤自体は粗末なもので、少し沈めたほうが魚の掛かりが良いとの思い込みから、太めの胴に、これまた適当にハック
ルが巻いてあるだけのもの。
アイを大きくしたから釣果が落ちるということも無いと思う。少なくとも、黒部や御神楽沢の岩魚はこれで充分である。
だとすれば、毛鉤を結ぼうとするたびに老眼鏡をイソイソと取り出し、その挙句その老眼鏡を河原に忘れてくるS君には
お薦めの鉤ではないか。
私は、実を言えば近眼との相殺でそれほどの老眼ではない。「離せば分かる」人では、まだないのだ。
しかし、この毛鉤は楽である。日が落ちて薄暗い夕闇の中でもライトなどを使わずに鉤を結ぶことが出来る。
坂下君、イヤここは匿名にしとくか。
S君、今すぐこの鉤を買いに釣具屋に走りなさい!

Coolpix995.ワイドコンバータWC-E63まで
購入。2003年6月18日

Cyber-shot U
自慢の道具

これは釣り雑誌に掲載されたアイデアをそのまま利用させてもらっている。
ビニールハウス用の農ポリを転用したもの。
安い・軽い・星が見える、これはスグレモノである。
ロール(100m)になっているから適当な長さに切って使う。
幅は180cm。二重になっていて広げると360cm。
要所にビニールハウス補修用のテープで補強し、そこにハトメを付け、荷造り用の塩ビ紐を通してタープを張るようにしている。
強度は余程のことがないかぎり問題ないと思うが、念のためガムテープを持参するといいかもしれない。重さは少し長め(6m位)で400g前後。
ただ住んでいる地域によっては入手が難しいということもある。その場合はホームセンターの親切な店員さんに頼んで取り寄せてもらうというのが一番だと思う。(厚さ0.02mmか0.03mm)


お金を出せばそれなりのいいズボンがあると思う。
しかし、安くて丈夫、乾きが速いということではこの
作業ズボンである。
ホームセンターで2000円前後。ポリエステル100%
のもの。間違っても綿100%のものを選んではならない。
私も安いというだけの理由で綿のズボンで渓に出かけ
たことがあったが、濡れるといつまでも乾かず寒い思い
をしたことがある。
但し、外付けのポケットはあまり信頼しないほうがいい。
縫製がちょっと弱いような気がする。
車のキー等の大事なものをいれておき、あのヤブコキ
の最中にポケットが破れ「ナンチャネ」とは言っていられ
ない事態を招いても当方責任は負いませぬ。
カメラについては、私は結構詳しいつもりでいた。
一眼レフを数台所有し、645(セミ版)のカメラも3台所有している。そのカメラを使って収入を得たこともある。
しかし、山に持ってゆくカメラは銀塩の「現場監督」に決めていた。防水であるだけでなく丈夫である。単焦点という欠点はあるものの取り扱いに気を使わなくて済むというだけで充分だと思っていた。
だが、自分でホームページを立ち上げ、いろいろな画像を扱うようになるとデジカメの存在が気になりだした。
私が実際にデジカメで画像を撮ったのは2年前のことだが、驚いた。今ではカメラ付携帯でさえ200万画素のものがあるそうだが、その時のカメラも200万画素。イケるのである。HPの画像としては充分である。
それに写真屋にフィルムを預ける手間もない。職場のHPはそのカメラ(職場で買ったもの)を使って作るようになった。
話は前後するが私がこのHPを開設したのは去年(2003年)の四月である。
その時はとりあえず過去の釣行をUPするしかなく、「現場監督」で撮りためたネガをスキャナで取り込んで使った。しかしデジカメの簡便さをすでに知ってしまった私は当然デジカメが欲しくなった。そこで、「現場監督」のデジカメ版をYahoo!のオークションで手に入れてみた。しかし、これは画質、機能性がいまひとつであった。すぐに、知人の元に里子にだされた。
暗中模索が始まった。
その結果、「山釣り紀行」の菅原さんが使っているNIKON COOLPIX995をやはりオークションで手に入れ、ワイドコンバーションレンズも揃えた。試し撮りをしてみるとなかなか良い。
当分このカメラがメインカメラとして君臨するなと思っていた矢先、仲間の細谷氏が出張先の東京から電話をしてきてSonyの防水のカメラがあったのでそれを買いたいのだがどう思うか?と聞いて来た。しかし、私にはそのカメラについての知識などなく、とりあえずメモリーだけは容量の多めのものを買っておくようにアドバイスして電話を切った。そして、後日いそいそと細谷氏、その一件を見せに来た。「SONY CYBER−SHOT U60」である。
奇妙な形をしているカメラで、1.5mまでの水中が撮れるのがウリである。
そして直後に山形県梵字川に釣行。目的地に向かう車の中で坂下が「防水のカメラを買った」と言って取り出したのがやはりCYBER−SHOT U60だったのだ。偶然とはいえ2台同じカメラが揃ってしまった。
この釣行は雨にタタられた。だから、COOLPIXの使用が躊躇われたが、CYBER−SHOT組は雨を気にすることなく気軽にカメラを取り出し、シャッターを押し続けたのだ。
しかし、この時はまだ雨には強いカメラとの認識でしかなかった。
2003年8月オヤジ達三人は恒例の黒部行。黒部川の透き通った流れの中に岩魚が泳ぐ姿を捉えることができることが多々ある。その時はCyberーshotを普通に構えて水中を撮っていた。
その黒部の二日目、坂下が尺をテンカラに掛けた時に閃いた。このカメラを逆さに水の中に突っ込んでみてもいいのではないか?画像処理で画像を180度回転させればいいだけのことである。
あとは運を天に任せて闇雲にシャッターを押すだけのこと。
その結果は↓

使わなくなってしまった銀塩カメラ達

最初に膝に違和感を覚えたのはナルミズ沢の遡行を終えた
時だった。1998年であるから6年前のことである。
それ以来、下りにさしかかかると膝が痛み出すようになり、
それでも3年ほど前までは、騙し騙しといった感じで山歩き
を続けていた。
しかし、一昨年の黒部釣行の際の太郎平から折立への下り
は辛かった。50cm位の落差がもうすでにダメである。
尻餅をついたような格好で恐る恐る足を下の段差に下ろす
というようなテイタラクである。
歳のせいか膝の軟骨が磨り減った結果であろうと自己診断
をしてみるが、このままでは愉しいはずの山行が苦行と化す。
そんな折、伝え聞いたのがCW-Xの威力である。
あの高桑信一さんも使用しているらしい。
すぐに山道具屋に行き探してみるとあるにはあったがサイズの
合ったものがない。
家に帰ってインターネットで調べてみるが、すべて「売切れ」状態であった。
そんなある日、新聞にワコールのチラシが入り、その中にCW−Xもあるではないか。送料無料のハガキで注文をし、やっとこの救世主を手に入れることが出来たのだ。
もっとも、この一件を我が家に運んで来たのは○猫ヤマトに勤める姪の婿。「これ女の下着じゃなく、スポーツウェアなんだよ」と、ワケの判らぬ弁解をして女房の失笑を買ってしまった。
さて、実際にこいつを使ってみて今までのところ膝に痛みを覚えないし、歩くのがいままでより楽になったような気がする。
ただ、長丁場でこれを使っていないので、後日「効いた〜」という経験をしたら報告をさせていただきます。


ピン・ソール

この画像は2004年6月
梵字川支流小沢で撮影
これには、我ながらビックリするとともに、感動を覚えてしまった。
話はこれでは終わらない。
2003年11月、私たちは「修験道を歩く」というテーマを企画し実行した。だが、当日は生憎の雨模様でCoolpixの使用が大変だった。まず、肩から斜めに下げたズダ袋からビニール袋で防水した布袋を取り出し、その布袋からやっとCoolpixが姿を現すという三重手間をかけて撮影に望んだのだ。ところが同行したCyber-Shot細谷は雨などものともせずにシャッターを切っていた。
数日後、私の手元にヤフオクで落札したCyber-Shotが届いた。
我がオヤジチームには3台のCyber-Shotが揃ってしまったのだ。
だが、軽量コンパクトなこのカメラは遡行の邪魔にはほとんどならない。
私は専用のケースをザックの肩ベルトの部分に取り付け、小型のカラ
ビナとケースのほうに付いているスナップボタンで固定。
これで、撮りたい時に気軽に取り出して、メモ帳代わりのショットをもの
にするのだ。
ただ、結果的に大きなキャンバスに描いた傑作に化けることもあるだわさ!
そして、2004年7月私はもう1台のデジカメを手に入れることになる。
Sony Cyber-Shot DSC F88である。
かねてから好きなサイトがあった。
「++Today's One Photograph++」というBlogサイトである。管理人のsty
さんの写真が素晴らしいのだ。私の近辺にstyさんのファンが増え、MILKY
のマスターなどは同じカメラ(DSC−F77)をヤフオクで手に入れてしまう始
末。
しかし、マスターのところに届いたカメラを見て今度は私の心が揺れた。
軽量かつコンパクト。カール・ツァイス搭載である。かつまたアングルフリー
である。少しの躊躇いはあったものの、ズームの効くF88を手に入れてしま
ったのだ。試し撮りをした結果、満足、満足。
それにしても、私のデジカメ行脚はどこまで続くのだろう。


2004年6月17日、私は茨城県北茨城市に向けて
車を走らせていた。
予てから気になっていたピンソールを手に入れる
ためである。前からこの存在は気になっていた。
沢靴を短時間でスパイクシューズに豹変させる優れ
モノであるとの情報は以前から得ていた。
高桑信一さんの書いたものにあったような気がする。
小型アイゼンを使ったこともあるが、これは意外にズレる
ことがある。急な斜面を下りるとき、気がつくとまるっきり
横を向いていたりするのだ。
しかし、このピンソールはフェルトにしっかり固定され
微動だにしなかった。これはフェルト面にも小さなスパ
イクがあり、それで靴との一体化を図っているのだ。
社主であり開発者の竹濱さんによればあの「瀬畑翁」
のアドバイスによることが多かったそうである。そして、
竹濱さんご自身も野(フィールド)に出掛けテストを繰り
返したらしい。
それは今でも変わらず、暇を見つけてはテストに余念
がないと話していた。
「道具に頼りすぎるな」というごもっともな意見もあるが、
我々が沢に入る時フェルト底の沢靴を履くように、奥山
に入るとき当たり前のようにこのピンソールをザックに忍ば
せる時代がすでに来ているのだ。
この一件、ただの腕時計に見える。
もちろん腕時計としての機能は果たしているのだが、
「ひかエィー!ひかエィー!」なのである。
「このお方をどなたと心得る!」なのである。
「リストップコンピューター」だとこのお方は主張なさるのである。
「腕電脳」だとおっしゃるのだ。
フィンランドの「SUUNTO」というメーカーの「腕電脳」なのである。
この一件お金を払って購入したのではない。私の親戚のオジサン
が「ど〜しても使い方が判らん」と無償で提供してくれたもの。
「近くの他人より、近くの親戚」というのは、このことを言うのだ(!?)。
時刻はもちろん、高度計、気圧計、温度計、コンパスの機能を
有するのである。
SUUNTO オブザーバーSRがこのリストップコンピューターの
正式名称であるのだが、もともとこの「SUUNTO」はコンパスの
メーカーであったらしい。だからと言ってはナンだがアウトドア
においては信頼出来そうである。
高度計に至っては民間航空機と同じ機能のメカだったりすると
いうのがこのSUUNTOのウリらしいのだが、先日梵字川のテン場
で確認したところほぼ正確な高度を示していた。(右写真参照)
標高385mとある。
エッ?と思った。我々が釣りをする所はだいたい少なくとも1000m
前後の標高だと思っていたのだが、意外に低い標高である。
1/25000図で確認するとすぐ近くに標高400mの等高線があって
ホォ〜と感心する。
初めての渓で現在位置を確認する時には極めて力強い味方に
なってくれそうである。
「拾い物」とはこういう物を言うんだな。




