豊野則夫氏の著作「源流のイワナ釣りガイド」が、そもそもの発端であった。
それまで、我々の釣りは核心部だけを求めるだけのもので、魚が釣れれば、それで満足をしていた。もちろん、「沢登り」という分野があるのは知っていたし、ハーネスやカラビナ、エイト環、ザイルなども、このシーズンの初めに池袋のS荘で買い揃え、ヤル気はあったのだ。
ただ、「水線を辿り、稜線に立つ」という計画は、今回が初めてである。
「源流のイワナ釣りガイド」の中で、とりあえず、簡単そうな沢に行ってみるかい、ということで選んだのが、ナルミズ沢なのだ。

19日、東京から来る坂下を水上駅で拾い、宝川温泉に向かう。
宝川温泉の入り口にあるラーメン屋で、入山祝いの祝杯のビールと昼食を済ませたのだが、結局、ビールの量が多すぎて、後で後悔することになる。





















宝川林道の車止めから約1時間林道を歩き、登山道に入るのだが、いつもより足取りが重い。それほどアップダウンが無いのにペースが上がらないのは、先程のビールのせいなのだ。
それでも、午後4時頃には徒渉点に着いて、川通しに今夜のテン場予定地の河原に向かおうとした。「源流のイワナ釣りガイド」によれば、徒渉点の上流に河原があってそこがテン場適地とあったからだ。しかし、坂下が右岸側にある素晴らしい岩小屋を発見したのだ。
この一件、まるで洞窟のようで、広さは6〜8畳分、中の石を少し片付ければ三人がゆうゆう寝られそうである。それに、最上部に煙り出しの穴まで開いている。
ここを使わない手はないと、三人の意見が一致してここを泊まり場に決める。
結果的には、大正解。
中で焚火ができるのである。ツェルトの中では、焚火は無理だものね。
この夜は、ビールとバーボンで盛り上がり、まずまずの第一夜であった。
















20日の朝、夜半から降り始めた雨が止むことなく降り続いている。
しかし、予定通り遡行を開始する。ただ、もう一泊する予定なので急ぐことはない。
早速、川虫を採り、釣りの準備をしようとするが、ちょっと不思議な事に気が付いた。この川には、クロカワ虫がいないのだ。たまたま、この時、この場所だけがそうだったのかもしれないが、いつも網の中でふてぶてしく蠢くクロカワ虫がこの時は一匹も網の中に入らなかったのだ。
釣りのほうは、豊野氏の本の中でも、それほど期待できるような事は書いてなかったし、我々も一応という感じで竿を出したのだが、やはり、釣れてくるのは小物ばかりでした。

ところで、この日、下界では晴天の真夏日だったようだが、このナルミズ沢は雨で、しかも気温も低く、寒いのなんのって。
暖を取ろうとして、ストーブで湯を沸かしココアを飲んだのだが、あまりの寒さに、そのカップを持つ手が震え、中のココアが飛び出して、「アチッチ!寒い。寒いけど熱い!」というワケの分からない状態になってしまったのである。




















ウツボギ沢を右岸に見てなおも遡って行くと7mの滝がある。
1995年に三名の死亡事故があったそうで、高巻きの途中、鎮魂の碑板を見た。合掌。

このナルミズ沢は、美渓だそうである。しかし、上の写真で分かってもらえると思うのだが、霧が深くてその美しさが味わえないのだ。色の濃いベールで覆われた美女のようなものなのである。

大石沢を過ぎ、ゴルジュを左岸から高巻くと、2日目の幕営予定地である8m魚止めの滝である。
魚止めの滝は、右壁を簡単に登り、ガイドブックに書いてあった通りのテン場に着く。
ツェルトを張り、ホットウイスキーで乾杯をするが、体がなかなか暖まらない。
それに風も強くなってきた。晩飯をツェルトの中で手早く済ませ、シュラフに潜り込む。寒いのと、酒が足りないのとで、なかなか寝つけない。
夜半、細谷が持参したラジオが、Wカップで日本がクロアチアに0-1で負けた
ことを告げていた。





















多分、未明に雨が上がり、21日の朝は曇り勝ちだが、一日は持ちそうな雲行きである。
昨夜の残り飯で「味噌入りニンニク雑炊」を作るが、これが結構いけるのだ。
コッヘルで昼食用の飯を炊きながら、テン場を片付ける。炊き上がった飯で昼食用のオニギリを作り、6時20分にテン場を後にする。
















テン場から歩いて間もなく、二俣。
予定通り右俣を進む。この辺りまで来ると、少し雪渓が残っており、シラネアオイが花を咲かせている。
小さな滝やナメを遡り、ちょっとした高巻きもあったが、流れが途絶えた所で、草原に飛び出した。
稜線に出ると、そのパノラマは素晴らしいもので、群馬、福島、新潟そして日光の山々が雲の上に姿を見せている。





















この感動が、私達三人を山と渓の虜にしたと言っても過言ではない。
少し遅すぎた出発(三人とも、この時、四十代後半)と言えなくもないが、これを端緒として、「水線を辿り、その源泉に行き着く」という楽しみが始まったのだ。

だから、宝川支流ナルミズ沢は、我々の原点なのだ。
   小平記


である。

細谷・坂下・小平

1998年6月19日〜21日

岩小屋の入り口

そぼ降る雨と霧の中、遡行は続いた。

21日の朝、雨は上がった。魚止めの滝の上のテン場

右俣に入った所

後ろに聳えるのは、大烏帽子山

この最源流の草原に飛び出した。

まだ元気である。しかし、この後飲みすぎたビールが効いてくるのだ。

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