1998.7.25〜27 細谷・小平
1998.8.20〜23 細谷・坂下・小平

 7月25日、午前9時、細谷と日光を出発。
しかし、この時には、まだどこへ行くか決まっていなかったのだ。
こういう時ってけっこう自由な気分というか、ワクワクするような興奮に包まれる。
車を走らせながら、細谷氏と侃々諤々の討議を戦わせ、そういえば最近見た釣り雑誌にチタケとトンビ舞茸
の大収穫というのがあったのを思い出し、「秋田の大旭又沢」というのを提案してみた。
この提案はすんなり受け入れられ、西那須野I.Cから東北道に乗ったのだ。

しかし、気がつけば秋田は遠い。果てしなく遠い。
日本は島国とは言うけれど、一日で移動しようと思えば結構広いのである。
盛岡I.Cには午後2時30分頃到着。そこから約2時間で田沢湖。
阿仁町で偶然「マタギナガサ」と対面し、萩形(はぎなり)ダムを経て、今日の目的地である熊鷹橋には午後
7時頃到着する。(ここまで615Km)
今夜は車中泊と決めていたし、酒とツマミと晩飯は田沢湖町のスーパーで仕入れていたので心配なし。
ビールと日本酒とウィスキーをシコタマ飲み尽くして、私は熟睡。


                               

26日朝は4時30分に熊鷹橋を出発する。
車止めには、2台の車が止まっている。
1台の車の方は、まだ出発しておらず秋田の若者二人
連れで、大蓋沢(おおぶたざわ)に入渓すると言う。

大蓋沢出合まで約1時間踏み跡を歩く。
出合の対岸をテン場に決め、ツェルトとタープを張る。
いらない荷物はテン場に置き、対岸(右岸)の踏み跡
を上流に向かう。
小旭又沢の出合で踏み跡は右岸から左岸に移るが、
尚も上流を目指し踏み跡が沢に降りた所で、竿を出し
始める。
餌釣りの細谷には、すぐ釣れてきたが少し小振りの魚
である。


田沢湖

毛鉤の私にはなかなか反応しない。
そのうちに流れは左にゆるく曲がるが、その角を曲がりかけた所で上流にテントとそのテントサイトで焚火を
している人が見える。先行者がいたのだ。
近づいていって挨拶をし、話を聞いてみると、彼が車止
めに止まっていたもう1台の車の持ち主で、昨日単独で
入渓し、今日はこれから帰ると言う。それでは、先行し
ていいのですか?と聞くと、「どうぞ、どうぞ」と言う。追い
ついてきた細谷も含め少し情報交換をして、我々は上
流に向かう。
彼に言わせると、「いっぱいいるヨ、型もいいヨ」なので
ある。「毛鉤もいいよ、餌もいいよ」なのである。

細谷から餌釣りの竿を借り、キヂで攻めてみることにす
る。0.6号通し、オモリはガンダマのB.。
結果を先に言うと、爆発しました。

この沢の砂は花崗岩質で白く美しい。そのために魚の姿がよく見えて、それを次々と釣り上げるといった按
配の極楽状態。

9時頃、細谷がお茶にしようと提案してきたが、喰いが落ちる
までもうちょっと釣りを楽しもうと言うことで、ティータイムを10
時に延長。しかし、これは杞憂であったようで、10時のティー
タイムの後も、魚はキヂにドンドン飛びついてくる。

餌のキヂに無駄がないのだ。キヂの数だけ岩魚
が釣れるのである。
残念ながら尺上は今回は釣れなかったが上の写
真は29.5Cm.。
このような魚が入れ食い状態なのである。
私と細谷は、至福の時を味わったのである。

もう一つ我々が幸せを感じる時がある。そう、うまい食事にありついた時だ。
朝食兼昼食は素麺であった。
コッヘルで湯を沸かし麺を茹で、川虫取りの網で茹で上がった麺を沢の水で冷やす。
特上の麺ツユと、わざわざ持ち込んだ長ネギの薬味。これは美味かった。

食事後、私はテンカラで釣り上がるが、魚の沸騰は止ま
らない。
ポイントに毛鉤を打ち込めば魚が飛びついて来る。
まるで「名人」になったのではないかと錯覚させるような
一日であった。

しかし、この渓の狂宴も次第に「お開き」が近づき、「タタ
ラ」と呼ばれているあたりまで来ると沈黙の時が訪れたの
だが、我々は満ち足りていた。
1匹だけキープさせてもらったが、それも申し訳ないような
気分になる。
午後3時45分納竿。充分楽しませてもらった。

踏み跡を使ってテン場に戻ることになるのだが、
沢の中で泳ぐ魚の姿が良く見える。
テン場には、午後5時55分に到着。

テン場は、アブの攻撃が少し煩かったが、持ち
込んだ生のキュウリに味噌を付けて、沢水で冷
やしておいたビールの肴にする。

これがうまいのなんの。
岩魚汁を啜りながら、今度は日本酒。
極上の釣りをした日の酒盛りは、いつものビールや酒
がこれまた極上の物になる。
細谷はツェルトの中、私はタープの下に潜り込み至福
の一日が夜の闇の中に静かに溶けて行ったのである。

27日、朝4時頃にはシュラフを出、コーヒーを飲んでいると細谷も起き出してくる。
朝食は我々の定番の「ベーコン入りニンニク雑炊」である。
蚊の攻撃をかわしながら慌しい朝食を済ませ、いざ出発である。

午前5時15分、大蓋沢に向けて出発した。
しかし、「出発」というのは大袈裟でした。スマヌ、スマヌ。
というのは、テン場の前の流れを渡れば、そこはもう「大蓋沢」であり「出発!」と叫んだ直後に「到着」と言わなけ
ればならない状況であるからだ。

大蓋沢は本流に比べるとやはり水量はぐんと減るし、良いポイントが少ない。我々が今回遡行した上流が良いの
かも知れないが魚の出もイマイチ。私の毛鉤には7寸程度が3匹掛かる。細谷も同じような魚を釣り上げた。

しかし、今朝の釣りは、この渓に一時の別
れを告げるための「セレモニー」なのである。
多少の貧果が昨日の大放心を忘れさせる
ことはない。
8時50分納竿。左岸にある踏み跡をテン場
に戻る。
テン場を片付け、10時頃にこの沢に別れを
告げた。

往復1216kmの長旅でしたが、遠くまで
足を延ばした甲斐があったと思える今回の
釣行でありました。

ここまでが、第1部である。



8月20日、坂下が東京から日光に着いたのはちょうど午後9時。
西那須野ICから東北道に乗り、一路秋田を目指す。北上JCから秋田自動車道に入り「昭和・男鹿半島」で降りる。
五城目街道から萩形ダムに入り、無事入渓点に着く。
 
ザックを背負い出発するが、7月は踏み跡だった径が
重機が入り整地されて林道が造成されようとしている。
我々にとってはこのような林道はないほうがいいのだ
が、なんのための林道なのだろう。

大蓋沢の出合近くまで来ると、有りました!有りました!
チタケが・・・!
ここからテン場まで、20〜30本位採れたのだ。
栃木県人にとってこの「チタケ」への思いは特別のもの
がある。

テン場は、前回単独の釣り人が泊まった場所にする。
タープとツェルトを張り、蕗を不安定な場所に敷き詰め塒(ねぐら)は出来上がり。
さて、釣りをする前に腹拵えをしなければならない。何しろ日光から徹夜の強行軍で朝食もまだである。
しかし、我々には今や「チタケ」という魅力ある食材があるのだ。私が麺ツユを担当し、「チタケうどん」を製作する。

29.5cm(チョット残念)の岩魚

大旭又沢を釣る

魚は確認できませんが、細谷氏の顔は得意そうです。

素麺の朝食兼昼食

ここが「タタラ」と呼ばれているところだと思う。

26日のテン場

大蓋沢

本流と大蓋沢の出合(8月21日)


これは、美味かった!すきっ腹にいくらでも入っていく感じある。我々の渓の食事の中では、今でも語り草に
なるくらいだから、本当に三人ともうまく感じたのだろう。
満腹になれば、今度は釣りの時間である。
テン場のすぐ上にあるゴルジュは高巻きで越え、踏み跡が沢に近づいたところまでくると、流れの中で泳いで
いる魚が見える。踏み跡から沢床まで降りて、竿を伸ばし毛鉤を結んで(この時間帯のもどかしさ、嗚呼)、深
瀬の尻で泳いでいる魚に毛鉤を落とす。すると、あっけなくその毛鉤に飛びついて来たのだが、掛かりが浅か
ったらしくバラしてしまう。
その後小型を掛けるが、勿論リリース。
川通しに釣り上がって来た細谷と坂下と合流するが、釣果は良くないようだ。
それにしても、どうしてしまったのだろうか?
一月足らずの間に、あの魚達はどこに行ってしまったのだろうか?まだ、釣りは始まって間もないとは言え前
回の手ごたえとは明らかに別物である。
あまりの不漁に釣りは早々に切り上げ、テン場での酒宴に突入することになる。
この夜はよく眠れた。私にしては少量の酒であっという間に前後不覚の眠りに誘い込まれたのである。




22日は、前夜の爆睡のせいで、気持ちよく目を覚ます。
雑炊の朝食をそそくさと済ませ、早速釣りである。
昨日釣り上がったところまでは、左岸の踏み跡を使い一気に上がる。
「タタラ」のあたりから三人揃って竿を出す。昨日のリベンジをしなければならない。
しかし、餌にも毛鉤にも魚達は沈黙を守り、いっこうに反応しないのである。
釣れないまま、沢を遡って行くと、段差のある滝が見えてきた。
これが「大滝」である。


大滝の下でうどんの昼食。
ランチタイムの後、細谷が大滝の上の様子を見てくると言って大滝の左壁を登って行く。
案外簡単に登れるという報告だったが、釣りの方は期待ができないと判断して、ここから引き返すことにする。
釣り上がった時には確信が持てなかったが、左岸から入る岩魚沢も特定できた。
テン場まで2時間以上かかって戻る。
夕食の準備が出来てから、私はこの釣行の途中
から気になっていた支沢に入ることにする。
というのは、1ヶ月足らず前の岩魚達がいったいどこに消えたのか知りたかったのだ。上流か下流か?はたまた支沢か?

上流は大滝まで探ったのだから、あまり考え難い。下流に降りたというのもあるだろうが、支沢にいる可能性も
あるのではないか?
テン場のすぐ上に左岸から沢が入っている。多分「マミ穴ノ沢」だと思うのだが、そこに一人で入ってみた。

この沢に入ってすぐ、左壁が大崩落しているのを見る。そして崩落した岩が途切れたところで、魚が走るのが見
えた。これでこの沢に魚がいることが確認できたわけだ。
もう一つ上の溜りに毛鉤を打ち込んでみる。すると一発で来ました、8寸位の岩魚が。
その魚をテン場用にキープしようと鉤を外し、シメようとした時、先程魚が走った溜りを見て驚いた。尺を越える魚
が溜りの中央で堂々と泳いでいるのだ。
しかし、釣り上げた魚をシメている間に気配を察したのか岩陰に隠れ、毛鉤を打ち込んでみたが二度と姿を見せ
ることはなかった。
すでに沢の中に魚がいることは確認できたし、細谷と坂下が待っているだろうということで、ここで切り上げてテ
ン場に戻った。
釣り上げた魚は骨酒にすることにし、焚火で焼く。
今宵もビールがうまい。昨夜はちょっと寒かったが、今晩は暖かい。
岩魚が焼き上がる頃には満天の星になり、骨酒が五臓六腑に滲み込んでいったのだ。

23日朝、お決まりの雑炊で一日が始まる。
食後、坂下とマミ穴ノ沢に入る。
昨日尺上を見た溜りに毛鉤を入れるが反応はなし。
しかし、そのちょっと上の溜りで最初の一匹を釣り上げ、その後は坂下もポイント毎に魚を引き出している。
この沢は本流との出合から300m位の距離で魚止めになるが、その短い流れに岩魚がひしめいているといっ
た感じである。
支沢は、この大旭又沢には沢山ある。やはり、前回釣ったり見たりした岩魚達は支沢に入り込んでいるのでは
ないか?
そんな感想を抱かせるマミ穴ノ沢の釣りであった。

テン場に戻ると細谷が後片付けを始めていたが、私と坂下がマミ穴
ノ沢に入っている間に、前回大蓋沢に入渓した秋田の若者二人がこ
のテン場を通って行き、話をしたそうだ。
そして三人でテン場を撤収し帰途につく直前に、太平山から下りて
きた沢登りの三人パーティーと話をすることが出来た。
彼等によると、大滝の上には魚が沢山いるし、魚止めとされているサ
マノ滝の上流でも魚の姿をみることが出来たと言う。

前回の大旭又沢を経験していない坂下は多少気の毒に思うが、釣
りなんてものは概してこんなものなのだとも思う。
いい時もあれば、悪い時もある。

ただ、チタケうどんも食べたし、三日間天気は良かったし、往復1200
キロもナンチャネ、ナンチャネ。
                                            小平記

チタケがたくさん!

二人とも嬉しそうである。私も満足した。

大滝

マミ穴ノ沢(23日朝)

22日のテン場、岩魚を焼いている。

骨酒

21日のテン場

小阿仁川支流大旭又沢

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