白戸川は会津朝日岳を端緒となし、田子倉ダムに注いでいる。釣り人や沢屋さんの集う沢としても名高い。

2000年、7月1日。その白戸川にチャレンジすべく出発した。残念ながら、私が、ではない。細谷と坂下が、である。
わざわざ、参加できない私の仕事場に挨拶(?)に来た二人は、意気揚々と出発して行った。

その日は、「梅雨の谷間」ともいうべき晴天でもあり、仕事も暇であった。
こうなると私の虫が疼き出すのだ。
「お外で遊びたい」という他愛のない虫なのだが、ここが分別の無いところで、仕事を放棄し、昼過ぎに二人を追いかけるために車に乗り込んでいた。







3時頃、田子倉湖に着いた。
着いた途端に、とても面白いものを見てしまった。
湖面にボートが1隻浮かんでいる。「疾駆」していると書きたいのだが、「浮かんでいる」という形容しか出来ないのだ。
フト気がつくと、隣の観光客らしい人が双眼鏡で風景を眺めている。ちょっとお貸し願えないかとお願いすると、快く私に双眼鏡を渡してくれた。
そして見たものは、湖面に漂うが如く浮かんでいる細谷と坂下のボートなのである。それでも、スローモーションのようではあるが前には進んでいるようだ。
お礼を言って、双眼鏡を返した私は、船着場に向かった。
船着場に着くと、二人のボートは200mほど沖にあり、手を振ると私に気がついたようである。もちろん、突然現れた私にビックリしたのは言うまでもない。
















着岸して、事情を聞くと、スクリューが流木と接触してピンが折れてしまい、走行不能に陥ったのだそうだ。
そして、多分必死の思いだったのだろうけど、ストーブを一つダメにして修理をし、おそるおそるという感じでエンジンを回して帰って来たらしい。
それに悪いことは重なるもので、オールを忘れてきたそうで、修理が出来なければ絶望的な状況になっていただろう。
そして彼等は当初の予定を変更して、順調に白戸川に入渓出来れば、沢の中で一夜を過ごそうとしていたらしく、私との遭遇は無かった事になる。
しかし、天は私に味方したのだ。


















この日、予定通り(?)、只見の民宿「松屋」に泊まり、翌日は、これまた予定通り、御神楽沢釣行のための会津駒ケ岳の偵察登山を実施したのである。

この二人(細谷、坂下)と白戸川に纏わる話は、これで終りではない。
同じ年の9月、前回の屈辱を晴らすべく、二人はまた白戸川に挑戦したのだ。

一日目は、良かったらしい。良かったといっても天気の話である。
白戸川は田子倉湖をボートで渡り、長いアプローチを経て、洗戸沢とメルガ股沢の二俣に辿り着く。
そこまでは、平川に近い渓相でゴルジュも、それほど多くない。
その二俣手前にテン場を設え、そこで一夜を過ごそうとしたらしい。
しかし、未明からバケツの水をブチ撒けたような雷雨になり、カミナリは怖いわ、増水も心配だわという状況に追い込まれ、ほうほうの体で逃げ出してきたそうである。

「今、『松屋』にいる」という報告が私の携帯に入った時、私は自宅で酒を飲んでいたのだが、彼等の話を聞く前に、おおよそのストーリーが私の頭に浮かんだのだ。
そして、彼等の報告は、寸分違わぬとは言えないまでも、ほぼ私の予想と変わらないものだったのである。
彼等との電話を切った後、なぜか飲んでいた酒がひじょうにウマくなり、この日は飲み過ぎてしまうことになる。

それにしても、この二人と白戸川の相性の悪さには笑ってしまうのだ。

それ以来、両君の口から「白戸川」の名が発せられたことはない。

                                       小平記

この時、望遠レンズ付のカメラがあれば良かったのだが・・・。
仕方が無いので、娘に絵を描いてもらった。イメージは捉えていると思う。            
 

多分、この頃は期待に胸をふくらませていたはずだ。 (細谷撮影)

ボートを載せる細谷氏の表情が心なしか暗い。
                      小平撮影

Reina画

奥只見,白戸川

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