オヤジ達の渓遊び
TOP オヤジ達の正体 釣行記 楽しい記憶 自慢の道具 LINKS 掲示板 渓流再生計画

スノーシュー

WALKING IN THE SNOW
雪上歩行器(スノーシュー)体験記

 

 今年の冬は鹿猟の誘いが無かったせいもあって、山に入る機会がなかった。
量ったわけではないが体重も増えたような気がするし、なにより体がナマっていることは間違いない。
そこで、前から興味があった「スノーシュー・トレッキング」をやってみようと思い立った。
それに「へぼつり師」さんがスノーシューを手に入れたということにも刺激を受けた。

ヤフー・オークションで適当と思われるスノーシューを入札し無事落札。靴も防水のものがないということで(沢靴というわけにはいかないものね)スノーボード用のソフトブーツをやはりヤフーで落札する(3000円)。
もちろん、細谷氏にも声をかけておいた。声をかけた時の感触で確かなアタリがあったので、もうひとりスノーシュー仲間を釣り上げたことを確信した。

二人揃って戦場ヶ原に出掛けたのは、7日日曜日である。
小田代を目指そうということで意見が一致した。赤沼の駐車場に車を置き、早速スノーシューを装着する。何事も初めてことを行うとなればドキドキするものだが、このスノーシューに関しては、ドキドキする必要は全くなかった。普段歩くように歩けばいいだけのことで特別な技術は必要なし。それにクランボン(爪)が裏側に付いているので滑らないし、もちろん「カンジキ」であるので雪の中に沈まない。

2004年3月7日  細谷・小平

出発直後。右後に見えるのは赤沼駐車場。(細谷)

快適である。
ツボ足では到底歩けない雪の上を歩いてゆく。
雪が溶ければハイキング径になるところにクロスカントリースキーのシュプールやスノーシューの跡がありそれに導かれるように進んでいくのだが、時に何の跡もない雪面に踏み込んでみる。するとなんともいえない浮遊感を感じる。
水蜘蛛を巧みに操る忍者の気分である。
思えば鹿猟の時、雪が深い時のラッセルは大変な苦労をする。しかし、このカンジキがあれば相当楽ができるだろう。
そんなことを考えながらナラの林の中を進む。やがて径は湯川を跨ぐ橋にさしかかる。
冬の湯川の流れを見るのは初めてだが、そこは釣り人の性(さが)、思わず魚の姿を探してしまう。しかし、当然見えるわけはなかった。

この日は日曜日だから、クロカン・スキーヤーやスノーシューの愛好者に出会うことが多かった。クロカン・スキーのことは語る資格もないが、ある程度技量というものが要求されるような気がする。しかし、スノーシューの場合はその人の体力や時間の余裕に合わせて歩くだけなので、誰にも出来る。他の遊びなら熟達者と初心者の区別は容易に出来るであろうがスノーシューは楽しめるかどうかが唯一の資格のような気がする。

湯川を跨ぐ橋。寡聞にしてこの橋の名は知らない。(細谷)

雪の中の湯川(小平)

(小平)

(小平)

(細谷)

(  )内 撮影者

小田代を目指しているつもりが青木橋に出てしまうというハプニングもあったが、それなら泉門池(いずみやど)に行ってみようということになった。オヤジ共、立ち直りが早いのだ。
途中、湯川が湯川らしく流れているところで撮影タイム。

(細谷)

(小平)

このあたりはシーズンになるとフライフィッシャーマンが竿を振るところで、彼らの狙いはパーレットや虹鱒である。
ただ、「パーレット」という耳慣れない魚に首をカシげる人もいるに違いない。

湯川には明治35年(1902)に,グラバーが英国領事館員のパーレットの協力を得て,アメリカから日本にカワマスを初めて導入し,放流した。何回かの放流の後,カワマスは湯川に見事に定着し,天然再生産が行われるようになった。それ以来,ここ奥日光ではカワマスのことを親しみをこめてパーレットマスと呼ぶようになったという。しかし,実際に現場で放流に携わったのはパーレットであるが,経費の負担など,この活動の中心人物がグラバーであったことは当地でもあまり知られていないことから,綿密な調査に基づいて著された最近の著書には,この辺の経緯が特に強調されている(日光鱒釣紳士物語/福田和美著/山と渓谷社)。

ここに出てくる「グラバー」は「グラバー邸」で有名なあのグラバーさんである。
あまり知られていないことだが、この湯川(ゆがわ)は我が国のゲームフィッシング発祥の地なのだ。

我々はやがて泉門池に着く。
私の記憶にある泉門池は鬱蒼とした木立の中にあり少し薄暗いという印象があったのだが、この時期のここは開放的な明るさの中にあった。

この泉門池(いずみやど)には水が湧き出している。その水でコーヒーを
飲もうという算段である。                      (小平)

マガモのツガイ(小平)

60度のウィスキーに火を着けようとしたが気温が低すぎて
着火せず。                      (小平)

ここで湯を沸かしコーヒータイム。
カフェロワイヤルもどきを製作しようとして、ウィスキーのコーヒー割りみたいな味になったが、悪くはなかったぜ、セニョール。

さて今度は小田代(おだしろ)である。
泉門池と小田代は距離は然程ではなく、ちょっとした歩きで着くことができた。
小田代ヶ原を周り込むようにハイキング径が付いているのでそれをなぞるように歩いていく。

オブジェのような「ウバユリ」の残骸(細谷)

ここ小田代は写真撮影に血道を上げていた頃毎朝の
ように通った。その頃は車ですぐ近くまで入れたの
だが今は一般車両は進入禁止になってしまった。
ハイブリットバスがシーズンになると運行されるが、
私は乗ったことがない。つまり、しばらくぶりにここを訪
れたのだ。
この小田代は風景写真を志す人たちにとってメッカの
ような場所である。特に早朝この草原に朝日が差し込
む瞬間を狙って多くのカメラマンが集結する。
朝霧の中に差し込む朝日と、もう一つ「貴婦人」の存在
である。
貴婦人と名付けられた一本の白樺の老木。
朝日はあくまで照明効果に過ぎず、主役は「貴婦人」である。

10数年前の小田代。貴婦人は右よりにある。大雨のために湿原に湖が出来ている。(小平)

その貴婦人にも久しぶりで会えるのだ。

正面奥に見えるのが「貴婦人」。(細谷)

貴婦人が見えたと興奮している。(細谷)

その貴婦人との再会を果たしたのは言うまでもないが、この頃俄かに風が強くなり地吹雪のような光景も見ることが出来た。もっともニワカに風が強くなったのは、この小田代ヶ原の地形がそうさせているのかもしれない。

雪面に展開する前衛芸術。作者は?(細谷)

小田代に別れを告げ、再びナラ林の中のハイキング径を歩く。この周辺はナラがほとんどでブナはほとんど見ない。今度秋になったらマイタケを探しに来ようかな。

そろそろランチタイムである。
ハイキング径の傍らのナラの根元の雪を踏み固め、そこで食事をとることにした。メニューは出掛けにコンビニで仕入れたオニギリとカップ麺。日帰りの山行はこのメニューが我々の定番である。

(小平)

そういえば、この日歩き出した頃から小雪が舞い曇っていたのだが、昼食を食べ始めた頃から日差しが出て来た。
ゆっくりお茶を飲みながら周りの景色をカメラに収める。

(小平)

(細谷)

昼食が済めばもう戻り足である。
のんびりと赤沼駐車場を目指して歩き出す。
また、来ようぜ、セニョール細谷!!

気がつくと、雲の切れた木立の向こうに男体山の山稜が聳えていた。

こちらは太郎山   (小平)

(細谷)

木立の向こうに見えるのが男体山 (細谷)

小田代駐車場のアズマヤ。最初はここで食事をしようとしたが、吹きさらしになっているため断念(細谷)

鹿の食害を防ぐために設けられたフェンスとゲート(細谷)

泉門池の賑わい。(細谷)