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暮らしの中の「生活文化と書」
 きものの美しさと書の美しさは、日本を代表する伝統芸術です。
このような先人が残した文化遺産を大切にし、私たちの生活の中に書と布(裂:キレ)文化をどれだけ取り入れられるか、又活用されるか「生活文化と書」と題し、布の色彩・書の古典を追及しながら、創作活動を続けております。
書の文化と町おこし
 永年にわたり、書道を探求して参りますと、年令を重ねるごとに、書道を通して益々漢字の
面白さに魅せられております。
 漢字の起源は甲骨文字や青銅器に刻まれた金文等3000年昔にさかのぼります。
文字の成り立ちから意味合い、また、文字に隠されている謎、それを解く楽しみ等、漢字を身近に感じていただく為に微力乍ら、町おこしにお役に立ちたいと願っております。
武蔵 〜MUSASHI〜
文武両道の武蔵   武 (ブ・ム・たけし・つよし・もののふ・あと)
(足・進むこと)の形。 を持って勇ましく進むことから、
 いくさ勇ましいという意味   ・武力  ・武士  ・武器  ・武者  ・武家
蔵 (ゾウ・くら・かくす・たくわえる)
の形 臣は大きく目を開いている形。見張っていること。 は武器を持って見張って大事なものをしまっておく、くら(蔵)。  大事にしまっておく意味。

・土蔵  ・蔵書  ・秘蔵  ・大蔵  ・貯蔵

武蔵の人生の前半は、強くなる為に戦い(修行)を続け剣豪と言われるまでになった。 人生の後半は五輪書を著したり、水墨画などに関心を持ち、学問の方に深く精進した教養人であった。

花の龍馬

赤穂義士

城 -HIMEJI CASTLE-

創作きものと書

団扇 -うちわの歴史-
 「うちわ」は五世紀項、古墳時代に中国から伝わって来たと考えられます。 あの高松塚古墳の壁画にも神聖な祭祀用として描かれているように、位の高い人が光や目をさえぎるために、 かざす道具?「 翳 」?として使用されていたようです。  中世、鎌倉時代になると庶民が団扇を待っている姿が絵巻にも見られるようになりますが、階級が上がると 絹の団局や革製等、日用品としてではなく高級品のうちわが登場してきます。  室町時代になると、水墨画、人物、花鳥、山水と幅広く描かれるようになり、雪舟、雪村等が作品を残しています。 室町末期からは戦国時代になるといわゆる「軍配うちわ」が目だって登場します。 なかでも川中島の合戦で武田信玄を馬上の上杉謙信が切りつけようとし、それを軍配うちわで受け止めようとして いる屏風は有名です。  戦国期を終え、江戸時代に入ると、うちわ、扇子文化が開花します。全国各地でうちわが作られるようになり、 図柄もその時代に応じて様々な好みを反映していったようです。  大衆化した「うちわ」はかつて威儀を表わすものとしての役目はごく限られた場合に残し、もっぱら「あおぐ」「はらう」 為の道具になっていきました。
 あの尾形光琳も金銀泥を用いた装飾的華麗なうちわ絵を得意としていました。又淋派の画風をがらりと変えた 小粋でおしゃれな図柄の風俗画の蛍狩り、盆踊り等、夏の行事に使われている光景も見ることも出来ます。  元禄の初めには一種のファッションとして女性達に好まれた時期があり、丈政十三年「嬉遊笑覧」 に「女は内に 居るも外に出るもみな扇は用いず団扇を待てる」と記された程です。  錦絵と呼ばれる木版画技術がうちわ絵にも使用されるようになり、図柄も風俗、花鳥画に加え役者絵や美人画 と多彩になりました。 時代によって求められるものと変化していき、それは形や需要に反映されることとなりますが、一方で各地の名産品 となるうちわの特色が目立つようになったといえるでしょう。
「京遊団扇」 住井千晶著より