平家物語に
 学ぶ生き方
今世の中は本当にこれで良いのかと思うほど乱れきっていると思うのは自分だけか・・・?
政治の世界も暗澹たる状況、隣国に良いようにあしらわれてこの先どうなるのでしょう
今大阪維新の会がもて囃されている 既成政党のていたらくがもたらした現象だ

幸せが続くと世の中は乱れる 何でも思い通りになると錯覚する人間が増える
人間には欲が備わっている 金銭欲 名声名誉欲 性欲 健康欲 物欲 数え上げれば切りがない
欲が支配し出すと手に負えなくなる 常に自分の謙虚さを顧みないと取り返しの付かないことにも成りかねない

欲を捨て他人のために生きる生き方はきっとお返しがある 唯お返しを念頭に置いて臨んではいけない
無欲の精神 忘己利他の生き方がいい  「善因善果 悪因悪果」の摂理

世の中みんな必死になって何か得ようとしている
 財産を大きく殖やしても永い年月が経てばいずれは朽ちるものを・・・
 会社の出世コースで醜い争いで上り詰めたとしても僅かの時 名声を得るに過ぎない
 他人を避難して得意になっても何も得るものはない 哀れな人生に写る

ストレスを抱え込む生き方より大らかになすがままの生き方が良い

平家物語で有名な冒頭 誰でも一度は聞いたことがある

祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
たけき者もついには滅びぬ
偏に風の前の塵に同じ
祇園精舎の鐘の音には
永遠に続くものは何もないと言っているような響きがある
まんじゅしゃげ(彼岸花)の花の色は
栄えたものは必ず滅びるという法則を表している。
権力を持ったものも長くその権力を持ち続けることはできない。
それは春の夜の夢のようだ。
強い力を振るったものも結局は滅びる。
それは風の前にあるちりと同じである。
「祇園精舎」はインドにあるお寺の名前を日本語に音訳したもの。「声」は「音」の意。
「諸行」は「万物」、つまりこの世に存在するありとあらゆる物という意味の仏教用語。前の文と合わせて、鐘をついたときにだんだんと小さくなっていく音に永遠に続くものは無いと悟らせてくれるような響きがあるという意味。
「沙羅双樹」は「まんじゅしゃげ」。
「盛者」は、権力を持って栄えた人々ということで、それは必ず衰退するというこの世のルールを表しているという意味。
「おごれる人」は「強い権力を持って威張っている人」ということで、全体ではそんな権力を持っている時間は短いという意。
「春の夜の夢」は、あっという間に終わってしまう幸せな時間のことを表現するのによく使う例え。前の文と合わせて、永遠に権力を保ち続けるのは無理ということを言っている。
「たけき者」は「猛き者」、つまり自分の権力や腕力を振りかざしている者ということで、「ついに」は「終に」、つまり「最後には」とか、「結局は」ということを意。
「偏に」は「ただ」と同じ意味で、前の文と合わせて権力を振るった者が滅びるのは、風の前のちりが飛ばされる運命にあるのと同じように、抵抗できない運命なのだという意

 
栄枯盛衰 これが自然の摂理
欲をかいてもいずれお返ししなくてはいけない 永遠に自分のものになるなんて無いのだから
先祖から受け継いだものも、子や孫に残そうとしたものも「必ず」無くなってしまいます
だったら小欲知足の生き方で暮らしていきたい
2012.09.13