日曜の大市に、魔術用具と薬草を携えて魔術師が集まってくる。
山上の神殿でイニシエートの遺骸を守る守護神たちが甦る。
暗黒の奥の院で羽ばたく無気味な生と死を司るこうもり神。
メキシコの魔術の神殿モンテ・アルバンに潜入してみよう。
魔術師も集うオアハカの大市場
首都メキシコシティから飛行機でなら1時間、深い山襞をぬうようして曲がりくねりながらつづく山道を車でなら約8時間、オアハ
カ州の州都オアハカ市に到着する。サポテカ・インディアンの街、民芸品の宝庫として知られるこの静かな街が若者たちの注目
を集めるようになったのは、カルロス・カスを集めるようになったのは、カルロス・カスタネーダの『ドン・ファンシリーズ』が世界的
ベストセラーになってからだ。
↑ オアハカ市を見下ろす山上に建つモンテ・アルバンの遺跡。
人々は、早朝から市場に集まってくる。昔ながらの民族
衣装、色鮮やかな総刺繍のドレス、ターバンふうのもので
頭を包み、その上に荷物をのせて運ぶ女たち。
市場は生活必需品を売買する場であると同時に人々の
交流の場でもある。日曜日には、オアハカ市で大市場が
開かれる。近くの村々からインディオたちが続々と集まっ
てくる。
日用品、農具、毛織物、薬草、魔術用品、オアハカ名物
の黒い陶器が、むしろや土の上に無造作にならべられて
いる。買うほうも、丹精こめてつくつたものを携えている。
人間味あふれる物々交換が展開されるのだ。
1521年にスペインに征服されるまで、サポテカ・インディ
アンは「通貨」をもっていなかったのだ。
そんな雑踏の中で、探いしわに埋め尽くされた年老いたインディオが言葉すくなに薬草を売っている。訥々と語るその言葉は、
薬草や医術に関して、驚くべき博学を披瀝する。それもそのはず、ここオアハカは、魔術の国メキシコでも、その伝統をとくに
忠実に守ってきた土地なのだ。
見逃してしまうほど質素な身なりをしたインディオが、カスタネーダが出会ったヤキ族の魔術師ドン・フアンのように、見つめた
だけでその人の病気を言い当て、治療法を教えたり、素晴らしい内的世界に通じていたりするのだ。幻覚きのこ≠使って、
超常的な感覚を起こし、病気の診断・治療、未来予知までも行ったドーニヤ・マリア・サピナがいたのもここオアハカの街だ。
生と死の神秘を熟知するこうもり神
オアハカの街のいたるところで感じ取れる魔術的な雰囲気の背後には、サポテカ文明の知恵と伝統があることは明らかだ。
オアハカ市を見下ろす山の頂上にモンテ・アルバンの遺跡がある。メキシコ南部の古代の重要な神殿都市だ。入り口付近に
「球技場」、中央の儀式センターを囲むピラミッド形の神殿、五角形の天文観測所と、興味深い建造物がならぶ。
そして、それらを飾るようにして踊る「ダンサンテ(踊る人)」の浮き彫り。明らかにこれは、メキシコ湾岸に紀元前から栄えた
メキシコ最古の文明といわれるオルメカ文明の影響の痕跡だ。モンテ・アルバンの遺跡で注目すべきもうひとつのことは、おび
ただしい数の墳墓だ。死に対する特別の崇拝、畏敬をそれらは表している。
埋葬室に収められた遺骸は、豪華な黄金の耳飾り、首飾り、腕輪などで飾られている。そして、どの墓にも共通していることは、
守護神もー緒に埋葬されていることだ。よく見られる神は、「トラウィスカルパンテクゥトリ」、死の神だ。冥界の道案内として犬を
象った焼き物を添えることもある。墓の上部には、墓を守る雷光の神コシホの像が置かれる。
1945年には、モンテ・アルバンの中央部から、特別の墓をもつ祠が発見された。若者と見られる5体の遺骸には、ひすいや真
珠貝などの豪華な装飾品が着けられていたが、そのうちの1体が着けていた深い緑色のひすいでつくられたマスク(面)は大変
興味深い。それは、取り外しが可能なようにいくつかの部分からなっており、目と歯の部分には真珠貝がはめこまれていた。
古代メキシコの神々のなかで、もっとも不可解な神、「こうもり神」のマスクだ。気味の悪いこうもりを神の表現としたのはなぜ
だろう? 深い暗闇に包まれた地底の広大な洞窟に住み、顔を見るにも超人的な勇気を必要とするそんな動物を神の表現とし
てなぜ崇めたのだろう?
サポテカ、マヤ、アステカの古代の人々は、言葉を超える言語として、シンボル(象徴)を使った。とくに「鳥」は魂のさまざまな見地
の象徴だった。「白鷺」は魂の純粋さを、「白い鳩」は魂の平和を、「鷲」は魂のパワーを、「ケッツアル鳥(中米に生息する輝く緑色の
羽をもつ美しい鳥。ケッツアルコアトルは、この鳥の羽で覆われた蛇)」は魂の知恵を、「ふくろう」は隠された神聖な知識を、「禿鷹」
はむさぼるほど貪欲な精神を、また、鳥ではないが「蝶」は霊の解放を、そして血を栄養にして生きる「こうもり」は血の中に宿る魂の
神秘を象徴している。
マヤの聖なる書『ポポル・ブフ』には、ヒパルバ (マヤの地獄)の暗い孤独の中に住むこうもり神カマソッツについて次のような記
述がある。
「カマソッツの洞窟に近づこうとする者はいない。彼の姿を見るだけで死んでしまうほど恐ろしいからだ。しかし、勇敢な双子の
戦士ウナプーとイスバランケーは、ヒパルバの数々の試練を受けた後、最後の試練としてこうもり神カマソッツの洞窟に入っていく」
この教えに基づいて、サポテカの秘密の寺院の一隅には「ツィナンカリ(こうもりの家)」と呼ばれる暗くて深い無気味な洞窟のよう
な部屋がある。ここは、鷹の騎士とタイガーの騎士の段階に上昇することを望む戦士が最後の試練を受ける場所だ。人々がすっか
り寝静まった夜更け、奥義に参入する戦士はこの部屋に案内される。中央には焚火があり、松の枝がとろとろと燃えている。両隅の
香炉からはメキシコの神聖な香コパルのこうばしい煙がたち昇っている。
しばしの時が流れ、焚火の赤い火が燃え尽き、暗闇が部屋を支配すると、突然、バタバタと頭上を飛びまわるこうもりの羽音。壁か
ら忽然と浮き上がるように現れる人影。巨大なこうもりの羽とカマソッツの面を着け、手には「炎の剣」を構えている。 こうもり神の領
域を侵した大胆不敵なふとどき者の首を斬り落とさんと挑んでくるのだ。
「生と死の神秘」、それこそが血を栄養として生きるこうもり神カマソッツの深い神秘そのものだ。「血は魂の乗り物」であるといわ
れるように、血には深い精神的な要素があるのだ。先祖から受け継いだ遺伝はもとより、民族的な性質、勇気、人生を通じて蓄積す
る性エネルギーも血液中のホルモン成分と関係している。
サカマソッツは、この血に宿る秘密を熟知している。だからこそ、カマソッツを正面から見るには超人的な勇気を必要とするのだ。
「ツィナンカリ」での試練にたじろいだ者は、臆病者として俗人の世界へ逃げ帰るしか道はない。こうもり神カマソッツの炎の剣の威
力にもたじろがず、見事勝利を収めたイニシエートは、その比類なき勇気を讃えられ、カマソッツの背後の小さな扉の中に招き入
れられる。
「ツィナンカリ」の奥の間では、大奥義のマスターたちが、彼を待ち受け、祝福する。「カマソッツの奥義」に参入したイニシエート
は、神聖な儀式においてこうもり神のマスクを着けることを特別に許される。サポテカ族の中でももっとも勇敢な者として、長く人々
から尊敬と畏怖の念を受けることになるのだ。そしてイニシエートはついに、ナワーリズムのテクニックを伝授される。
ナワーリズムとは、自然界をコントロールする力のことである。たとえば、雨を降らせたり、嵐を鎮めたり、また自分自身の体を
コントロールして高い山々を飛び越えるために鷲に変身したり、風を切って山や野を疾走するタイガーに姿を変える術のことだ。
ナワーリズムを伝授されたイニシエートたちは、平行するいくつかの次元、時間に拘束されることのない次元の神秘を識り、生と
死を超越した世界へ飛び立った。
紀元900年を境に、優れた英知による発展と栄華をきわめた中央アメリカの古代文明は、次々と消滅していったのである。
暗黒の墳墓に黄金の霊体が安らぐ
モンテ・アルバン遺跡に触れたならば、ミトラの遺跡にも触れなければならないだろう。なぜなら、10世紀に太平洋岸を南下
してこの地に住みついたミステカ族の文化の影響で、オアハカは文化的なルネサンスを迎えたからである。ミトラは、ミクトラン、
すなわち「死者たちの安らぐ場所」という意味で、オアハカ市の南東5Oキロにある遺跡だ。
この遺跡でまず目を引かれるものは、神殿の壁という壁が小さな石をなんの接着剤も使わずにモザイクのようにして積み重
ねた幾何学模様で飾られていることだ。それは、神話をコズミックなシンボルで表したもので、雷文形の続き模様(グレカ)が50
種類ほど使われている。生命と輪廻の象徴、巻き貝をはじめとして、神々の原神の3つの表現(三位一体)を表現する三角が3
段連なり、10本の雷光が宇宙超源論の13の空(クリエーションの13の段階)を表している。
さらに、チベットやルーン文字に見られるスワステイ(卍)とスワステイカ(記号見当たらない)などが独特な雰囲気をつくりあ
げている。さながら、石の神殿の壁に宇宙幾何学絵巻を見るようだ。
ミトラには、これらの独特な模様の壁に囲まれた宮殿が4つと小さなピラミッドが2つあるほか地下には特別の埋葬室が設けられ、
勇敢な戦士のみがこの場所に眠る名誉を与えられた。この埋葬室は寺院の真下に位置し、十字形につくられている。壁面は、や
はり幾何学的な模様で飾られている。
サポテカ人は、進んだ医術、天文学、そして哲学をもっていたが、ミステカ文明を一体化してからは、古文書(コデックス)記録の
ための文字と絵の分野で秀でる存在となった。陶器の模様にも独特の古文書技法で描かれた模様が施され、そのまま知識を伝え
る本の役割をは果たしている。
もうひとつ、サポテカ・ミステカ文明の特徴は、金をはじめとする貴金属類が繊細な感性で細工されたことだ。しかし、それらは、
彼らにとって物質的な価値はいっさいもっていなかった。つまり、日常的な用途や、たんなる装飾品として身につけられることはな
かったのだ。金が使用されたのは、その輝きから、太陽を象徴する儀式的シンボルとしてであり、黄金の霊体を表現するものとし
てであった。
魔術師の街オアハカの周辺には、まだ発掘されない墳墓が数多く残されている。それらが発掘されたならば、想像を超える金銀
財宝が発見されることはもちろん、モンテ・アルバンやミトラの遺跡が開示した以上に不思議な魔術の世界をわたしたちに私達に
垣間見させてくれるに違いない。