ヨルダン川での洗礼

こうして、ヨシュア記の解釈の必要性は、オリゲネスをして、第一コリント10,1-4に基づく伝統的なキリスト教的図式を修正するように促したにちがいない。その図式は、紅海の過越の中に、洗礼の予型を見、砂漠の横断の中にキリスト教的生活の形象を見ていた。

民数記講話の中でオリゲネスは、民数記に固有の視野に従って、エジプトからの脱出以来の、そして、洗礼の形象である紅海の過越以来の、知識と知恵に向かう魂の神秘的な旅路を大規模に祝うことができていた(Hom.Nb.7,2)。魂は、砂漠での滞在の中で、宿営ごとに、次々と訪れる試練によって信仰を試みていた(Hom.27,5)。魂は、聖なる人たちに約束された土地に到達するために、この世界の形象であるこの砂漠を過ぎ越していた(Hom.Nb.12,4)。魂は、救い主――神の都を喜ばせる救い主――の諸々の川に潤されたイスラエルの諸々の天幕に向かっていた。そしてオリゲネスの思考は、天的な諸々の天幕にまで飛翔していた[1]ヨシュア記講話の中に、その壮麗な叙述の数々の反響が残っている。なぜなら、第19講話の中でオリゲネスは、ユダの地域に到達するために、この世界の諸々の試みを通過する魂の霊的な歩みのテーマを再び取り上げているからである。しかしそれは、神秘的な脱出――その伝統的な出発点はエジプトである――という大きなテーマの一変種に過ぎない。

ところで、オリゲネスは既に、ヨハネによる福音注解の中で、ヨルダン川を洗礼の形象にしていた[2]。確かに彼は、先行する象徴体系――それは、おもに、ヨルダン川でのイエスの洗礼に、そして、ヨシュアとモーセの対比に基づいている――に基づいていた。しかしそのことは、紅海の過越におけるキリスト教的洗礼の創始者をモーセの中に見ることを難しくしていた。しかしヨルダン川を、洗礼の形象として、そして、キリスト教的生活の中への進入として解釈することによってこそ、人は、約束された土地の中でのヨシュアの諸々の戦闘の謎を解くことができていたし、モーセに対するヨシュアの優越を保持することができていた。伝統的な図式との折り合いを付け、エジプトからの脱出という最重要な象徴体系を保持するために、オリゲネスは、洗礼志願期の中への進入を紅海の過越に結び付けた。

なお、オリゲネスの象徴体系は、同一の作品の中でも統一さていない。Hom.26,2では、紅海の過越は、やはり洗礼として解釈されている。他方、Hom.Nb.26,4では――同所で既にヨシュアのテーマが取り上げられている――荒れ地の一切の行程が、ヨルダン川に位置づけられた洗礼に先行する期間として解釈されている。



[1] Hom.17,4. 人はここに、オリゲネスの思考が直ちに取る終末論的な転回を見ることができる。同様にHom.Nb.23,11でも:「魂は、 寄留者として、地上の旅人として、楽園に急行すべきである――地上的な諸々の物品に執着したり根付いたりせず、乳と蜜が流れる地域に速やかに移住しなければならない」。

[2] Com.Jn.VI,43-44:そこでは、ヨシュアが契約の箱を伴ってヨルダン川を過ぎ越したことが明白に言及されている。

 

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