天的な土地

オリゲネスにおける天的な土地の概念は、彼の宇宙論的な諸見解とその点に関する彼の思想の諸源泉とに関わる非常に繊細な問題を提起する。我々はこの灌木密生地帯に入ることはできないが、約束された土地のテーマに関して際立つ幾つかのテキストを指摘しよう。一見すると、オリゲネスは、ユダヤ・キリスト教的な伝統に根ざしていると言うよりも、ヘレニズム的な世界観に依存しているように見える。

彼は、 七つの惑星天についての一般的な教説を知っており、諸原理についての中では、次の「ある人たち」の見解を共感的に引用している:すなわち彼らは、諸惑星の世界と諸恒星の諸球との外側に、他のすべての天的な諸領域を含む別の広大が球を見ていた;この広大な球の内側に、生ける者たちの土地――「救い主が柔和な者たちに約束する土地」――を位置づけることができるだろう(De Princ.II,3,6)。しかし、諸原理について以外では、「真の土地」(Hom.20,1)に関するオリゲネスの諸表現は、「純粋な土地」と「真の意味での土地」に関するプラトンのパイドンの有名な神話を思い起こさせる[1]。ところで、まさにオリゲネスが、その点に関するケルソスの非難を断固として斥けるべきだと信じていたのは興味深い。ケルソスは、キリスト教徒たちが、ギリシア人たちから、そして特にプラトンから、「天の純粋な球の中にある純粋な土地」の信念を剽窃したと非難していた。しかしオリゲネスは、「モーセと預言者たちの諸々の文書は,ギリシア人たちのそれらよりはるかに古い」として抗議する;モーセを模倣し、彼の言わんとしていたことを曲解したのは、ギリシア人たちである[2]

オリゲネスがパイドンの諸表現を借りつつ、ケルソスを論駁するやり方は、どれほど彼がそれから影響を受けていたかを示している:エルサレムとユダヤは、象徴的に、純粋な天の中に置かれた純粋な土地の影だった[3]。しかし、彼は意識的に、預言者たちの諸々のヴィジョンしか参照しない。そして何よりも彼は――後に我々が見るように――パウロ的な系統に訴える。

この「純粋な土地」にどの程度の物体性をオリゲネスが与えていたかは知ることはかなり難しい。彼がそれに付与する諸属性は、時として矛盾する。それは、「天蓋の背面に」位置づけられる[4]。しかし、同時にそれは、「可知的世界」の一部でもなければならない。なぜなら、「可視的な世界は、知性的で不可視的な世界の像である。ところで、その将来的世界の中にこそ、真理は見出される[5]」からである。その不可視的で知性的な世界の中で、「心の純粋な人たちは、美の光景を観相するだろう[6]」。

もしもオリゲネスが、約束された天的な土地を諸々の可知的なイデアの場所にしようと望んでいたなら、彼は、アレクサンドリアのフィロンの人格の中に、その先行者を見出すことができただろう。実際、フィロンの許で多くの著作が、地的なパレスチナが可知的世界と混同される天的な母国の象徴であることを示唆している。もしも賢明なイサクがエジプトに降ることを禁止され、神が彼に指示した土地の中に留まることを命じられたとすれば、それは、「彼が、可知的な諸徳を自分の祖国として、その中に住むべきこと」を意味している[7]。パレスチナのハランに連れ戻すというヤコブに為された神の約束は、疑いもなく、異国としてのこの身体の中に閉じ込められた魂を神がその母なる都へとまったく安全に連れ戻すだろうという魂の解放の象徴である(Som.I,180-181)。フィロンにおける約束された土地のテーマのこの側面は、彼のいっそう一般的な学説――有徳な人間の魂は、その天的な祖国から遠く隔たった感覚界の身体の中に追放されているという学説――に結びついている。フィロンは次のように言っている:

「我々の各々は、この世界をいわば異国の町として、その中に降りてきた。しかし各人は、その誕生以前には、その町とは何の関わりも持たなかった」(Cherub., 120)。「神の人間たちは、司祭たちと預言者たちである。彼らは、世に即した町を受け入れることを拒み、感覚的なものの一切を過ぎ越して、可知的な世界へ移り住んだ。彼らは、かつてそこに住んでいたのであり、不可死的で非物質的な諸々のイデアの世界の中に登録されていた」(Gis.,61. Cf.Agric.,65; Quaest.Gen.,III, 11)

ところで、地的パレスチナの中に、天的な約束された土地の像と雛形を見ていたにもかかわらず、オリゲネスが諸イデアの世界と混同される約束された土地を明白に語っている箇所がどこにもないのは、注目に値する。ラテン語訳の諸原理についての或る箇所は、ギリシア人たちが諸イデアの世界について信じているように、「精神の単なる空想と諸々の思惟の上滑りとに成り立つ非物体的世界」を作るべきではないと、慎重に述べている(De Princ.II,3,6);「見れらたことのない諸々の事柄」と、「本性的に不可視で非物体的な諸々の事柄」を混同すべきではない(同上)。これらの個所にはルフィヌスの加筆も想定できる。しかしながら、ラテン語の訳者だけが、キリストによって約束された天的な土地から現実性を剥奪するように見える諸学説に対するそのような不信の責任者だったするのは確実でない。

実際、オリゲネスにおける「上なる土地」と「下なる土地」との間に存在する諸々の対応は、プラトン的な類型とは非常に異なっている。オリゲネスの作品の多くの箇所で、「下なる世界」は、「上なる世界」のいわば複写である:地的な地理と天的な地理は照応している。オリゲネスにとって、天的なユダヤが実在するだけでなく、非常に高い蓋然性をもって、天的なテュロ、天的なシドン、天的なバビロニア、天的なエジプトが実在する(De Princ.IV,3.9)。そこには疑いもなく、P.Daniélouが強調するように[8]、世界についてのグノーシス的な解釈への横滑りがある。しかし、オリゲネスが伝統的な教説にいっそう近づいているところのヨシュア記講話の中でさえ、天的なシドンと天的なエルサレムの傍らに、他の町々――ベツレヘムやヘブロンや、くじ引きで分割されるすべての町々――が実在すると、オリゲネスは考量する[9]

それらの解釈を、オリゲネスは、聖文書の諸々のテキストに基礎づける。そして、多くの事柄を彼の時代の哲学的な諸体系から借りているにもかかわらず、オリゲネスはケルソスを意識して、それらをユダヤ・キリスト教的な基礎にしっかり接ぎ木することを忘れない。

既にユダヤ教は、彼に、諸々の天の中に位置づけられた地的な楽園を提供している[10]。そのことは――オリゲネスにおけるその正確な位置づけに関しては若干の留保が必要だが――、それに類比して彼が、約束された土地を諸々の天の中に位置づけることを可能にした。またオリゲネスは、諸々の天の中の様々な住まいに関する自分の考えにおいて、ユダヤ的な諸表象から着想を得ることができた[11]。新約聖書の中に、彼は、天的な約束された土地に極めて近い諸観念――「諸々の天の王国」、「天的な嗣業地」(1P.1,4)の諸観念――を見出していた。オリゲネスが、ヨシュア記講話の中で、この「諸々の天の嗣業地」にどれほど頻繁に言及していることか。さらにユダヤ人たちは、天的な地、天的な山、天的な聖所についての古いメソポタミア的諸表象を摂取していた[12]。二つのエルサレムの類比、上と下の類比、二つの聖所――土地の聖所、諸々の天の聖所――の類比は、晩期ユダヤ教とラビ的ユダヤ教の中によく証拠だてられている[13]。パウロ的諸著作も、それらのユダヤ教的与件を使っており、オリゲネスは絶えず諸々のパウロ的テキストに依拠している。彼は、ガラテア4,26:「私たちの母である上なるエルサレム」に訴えるが、特にヘブル12,22が彼の議論の中で導き手として何度も登場する:「あなた方は、シオンの山に、生ける神の都に、天的エルサレムに、祝宴に集う無数のみ使いたちに、諸々の天の中に登記された初子たちの集会に近づきました」。

「諸々の低いものから諸々の高められたものへ、土地の諸々の事物から諸々の天の諸々の事物へと登る」には、深遠な諸神秘の諸々の深みを探るには、オリゲネスは、導き手の必要を感じる。ところでその導き手は、パウロである:「もしもパウロが私に先行しなければ、もしも彼がこの困難で未知の旅の中で私に道を示さないなら、私は登ることができません」(Hom.Nb.3,3)。パウロは、天的なエルサレムについて語る。ところで、「もしもパウロの諸々の言葉に信仰を付け加えなければならないとすれば、そしてそうすべきですが、私たちは、地的な町の雛形に即して、天的なエルサレムが存在することを信じます。そして、地的なエルサレムについて書き記されている事柄を、霊的な理解によって全き真理をもって天的な町に帰しましょう」(Hom.Nb.7,5)。パウロ的な諸々の主張から出発して、そしていわば演繹して、オリゲネスは、諸々の天の中の天的なユダヤの実在と、「地上の諸々の町がその雛形と像になっているところの諸々の町」の実在を確立する(Hom.Jos.23,4; Hom.Nb.7,5; 28,2)

最後にオリゲネスは、天的な王国、天的な嗣業地、天的な諸々の住まい、天的なエルサレム、天的な聖所に関する諸々の与件を提供する ()文書の諸々のテキストに本質的に基づいている。しかし彼は、それらの与件を様々な起源の宇宙論的な諸々の視野――しかも、それらの解釈は常に相互に整合していると、人は言えないだろう――に関連して解釈している。しかし、まさしくその点において、ユダヤ教の文化的遺産の重要性を過小評価してはならないだろう。



[1] Phaidon, 109B.E.

[2] C.Celse,VII,28-30.

[3] C.Celse.,VII,29.

[4] Hom.Ps.36,5,4;優れてユダヤ的である。cf.Moses-apocryphon, ZNW, 49 (1958), p.256.

[5] Fragm.Ps.36, 5,4, ed. Pitra, Analecta sacra spicilegio Solesmensi Parata, t.III, Pars, 1883, p.30: faino,menoj ko,smoj eivkw,n evsti tou/ nohtou/ kai. avora,to( evn tw\/| me,llonti ga.r h` avlh,qeia)

[6] Cf.Com.Jn.XIX,22.この二律背反を解決するために、H.Cornelisは、オリゲネスの諸々の解釈の不整合を指摘する代わりに、様々な次元の解釈の多様性を提案する。Cf.Fondemanes cosmologiques de l'eschatologie d'Origene, RSPT, XLIII (1959), p.46-47.

[7] Confus., 81; cf.Quaest.Gen.,IV,178.

[8] Orig., p.193-195.

[9] Hom.Jos.23,4; cf.Hom.Nb.28,2; Com.Ct.III:「辛子種でさえ、諸々の天の中に、像と似像の何かしかを持っている」。

[10] Cf.Bousset-Gressmann, Die Religion des Judentums im Judentum im spathellenistichen Zeitalter, Tubingue, 1926,p.282-284.

[11] Cf.H.Bietenhard, Die himmlische Welt im Urchristentum und Spatjudentum, Tubingue, 1951, p.173-176.彼を支える聖書の言葉は、ヨハネ12.2「私の父の家の中には多くの住まいがある」である。Cf.Hom.Nb.1,3; 27,2; 27,5; Hom.Jos.10,1; 23,4.

[12] Cf.CH.Jean, Millieu biblique, Paris, 1936,t.III,p.365-367. Pour une représentation de l'univers chez Hebreux, cf.Ildenfonse de Vuippens, Le paradis terrestre au troisième ciel, Paris, 1925, p.73.

[13] Cf.Str.Bill.,III,573; Wolfson, Philo, Cambridge 1947, t.I, p.182-184; Bietenhard, ibid.,p.123-129.

 

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