2 又形の水晶の如く三角を有する者[1]を見る。目を掩(=おお)いて物を見ると五彩[2]を為す。蓋し稜を有するを以ての故に彩を為す也。又表が凸か(=なかだか)に裏は平らの眼鏡を見る。是を以て物を見れば則ち一物が分かれて数物を為す。蓋し面の)(が)平らかならざる故を以て此の如し。凡そ(=およそ)斯くの如き奇功の器、庸人[3](=ようにん)を眩惑すること勝(=あ)げて計う(=かぞう)べからず。王制[4]に曰く、「奇技奇器を作り、以て衆を疑わすものは殺す」と。宣(=むべ)なる哉、斯くの語。又妙貞問答書[5]を見る。是は干[6]の作る所也。干を使って之を読ましむ。其の書は、妙秀・幽貞の両尼を設け、互いに之を問答し、或いは釈氏[7]を論じ<十宗の外、一向・日蓮を加え、十二宗に至る>、或いは儒道及び神道を言う。一つとして観るべき者無し。皆和語の卑俚(=ひり)[8]を綴り、而して漫りに(=みだりに)叫騒罵詈(=きょうそうめり)す[9]。之を聞くに蚊虻(=ぶんぼう)[10]の前を過ぐるが如し。豈(=あに)懐に介せん乎。然りと雖も(=いえども)聖人を侮る(=あなどる)罪、是を忍ぶべき也、孰れ(=いずれ)を忍ぶべからざる也。若し又是を以て下愚庸庸の者[11]を惑わすは、則ち罪が又愈(=いよいよ)大也。其の書を火(=や)くに不如(=しかじ)。若し(その書が)存せば則ち後世千歳(=せんざい)の笑いを遺さん。
[1] プリズムである。
[2] 青、秋、黄、白、黒の五色。
[3] 普通の人、凡人。
[4] 『礼記』の篇名。
[5] ハビアンの書(慶長10年1605年)。
[6] 妙貞問答の編著者・不干斎ハビアンを指す。
[7] 釈迦をさすが、ここでは仏教を指す。
[8] 俚は「いやしい」と訓じ、卑しい和語をさす。
[9] (他宗を)ののしる。
[10] 蚊や虻(あぶ)。
[11] 非情に愚かな凡人ども。