2 果たして長月(の)始つかた、江戸を立ちて上らせ給う。京勢は、伏見の御城を落せし後は、弥(いよいよ)、勝ちに乗じて、先勢(が)、既に美濃国大垣の城まで責め下りしに、長月の十四日には、家康公も関ケ原に着かせ給う。両陣互いに龍虎の勢いを振うべしと思いしに、案に相違して、将軍御自身(が)御出張と見及びければ、京勢(は)初めの義勢にも似ず、ここに呟き、かしこに囁き事して、始終(は)早よかるべしとも見えざりけり。兎角して、夜も漸々明け方近き在明けの、つれなき影も傾きて、伊吹おろしの風さきの、露(を)吹き分ける野も山も、危ぶみあえる処に、将軍の御旗こそ、先手(の)近く見えたれと、云う程こそ有りけれ。僅か一戦に及ぶかとすれば、忽ち(たちまち)、京勢(は)敗北して、方々散々に逃げまどう有様は、風に木の葉の散るごとく、浅猿(あさまし)かりし事どもの也。