12 妙秀。誠に是も又理りにてそうろう。莵に角に、さようにたしかなる誓いの筋目さえも侍れば申す事なし。さえ又、此のキリシタンの教えの上に不審とも申さんか、天下の人々の思わくを語りまいらすべし。其れと申すは、日本は仏法流布の地、別しては神国と申すならわし、仏神の擁護によて、国家も泰平にそうろう。其の上、仏法神道の離れては、王法と申す事も有るべきよう侍らねば、皆キリシタンに成りなば、国家も乱れ、王法も尽きなん事なれば、あっぱれ(=なんとまあ)、キリシタンは勿体なき(=耐え難い)宗旨哉(=かな)と、皆、人の取沙汰そうろうは如何に。

 幽貞。「七日語れば尼か法師か」とは、かおうの事にてそうろうべし。世上の人は如何にも申さば申せ、御身ははや是程の事をばわきまえ玉うべき事にて侍る。日本は仏法、神道の力にて国家も収まり、王法と申すも、仏法、神道なくては有るべきようなしと申すは、おかしき事にてそうろう。其の故は先ず、神道と申すは、前にも委しく申しつる様に、近くは人々の身にとり、夫婦和合の道に有る事。遠くは天地陰陽の二気を差して云いたる物にてそうろう。陰陽は無心、無智の物にして、我が宗に申す、Dsの御作の物なれば、人に賞罰を与える物に非ず。然るに、是をいのりたればとて何の霊験か侍らん。神の力にて国家も泰平なりとあるは、是、わけもなき事にてそうろう。さて又、仏法の威徳にて泰[]を致すと申すも、更に其の謂れ有るべき事に非ず。其の故は、仏法は畢竟、空無をもって立ちたる法にてそうらえば、善悪不二、邪正一如と見、我心自空、罪福無主と立ちたる所に、何ぞ泰平のもとい(=基)と申す事の侍らん。還って(=却って)乱劇(=乱逆)の起こり茲に有る事にてそうろう。其の証拠は、唐土(=もろこし)も後漢の明帝(在位AD5876)の即位78年の比(=頃)よりとやらん聞きて侍る、仏法が初めて西天(=西天竺)より伝え、世に弘まりしかば、其の後は天下の乱れ相つづき、継体の君(=継承する君)も宝祚(=ほうそ:栄華)は更に長久ならざりしとて、漢儒(=漢の儒者)のそしる所にてそうろう。中にも梁(=りょう)の武帝(在位502549)は、儒道に背き、仏法に帰依し、寺を建て、僧を友とし、前後三たび身を捨て、寺家の奴(=やっこ)也玉いしが、終に侯景(=こうけい)にせばめられ(=苦しめられ)、台城(=たいじょう)にして餓死に及び玉いしとなん承る。加様の事をや仏法の利生(=りしょう:御利益)と申すべき。又是をも天下泰平の法と申さば、何をかさして乱れのもといとはそしりそうらわん。尭、舜、禹、湯、文、武(中国古代の伝説的帝王)の世に、尺迦は未だ生ぜざれば、仏法とも法とも其の沙汰もなくそうらいしかども、其の時程に、王法もめでたき事をば唐土にも、我が朝にも終に聞き侍らず。上に居て下を哀れみ、君は君たりしかば、臣も臣として、下に在りて上を敬い、人の心ろもすなおなりしは、 尭、舜の民は尭舜の心ろを心とせし故なり。畔(=ろく:あぜ道)を遜て(=ゆずりて:譲りて)訴えをやめ、国は富、民は豊なりしかば、諫鼓(=かんこ:諫める太鼓、文句のある人が打つ太鼓)も撃つ人がなかりしをこそ、治まれる代の例めし(=ためし)にも、王法のめでたき鏡みにも、和漢ともに以て云えることにてそうらえ。仏法なくば王法もすたれ、神道をあがめずば国土の安全も有るべからずと云うようなることをば、物をも知らぬ者どもの申せばとて、な聞き入れ玉いそ。承平、天慶の間の事をば申すまでもなし。保元、平治の比(=頃)は、吾が朝にはキリシタンの字の沙汰もなく、仏法、神道殊に盛んなりしども、天下も乱れ、王法も世にかろんぜられ、武臣は、朝家に随い奉らざりしより、おごれる源平両家の戦いを初め、承久の乱より已来(=このかた)は、茲に責め、彼こ(=かしこ)に戦いしとのみ伝記の載する処にも見え、又近くは、年おいたる人の申しそうろうを聞けば、其の時の崩れ(=くずれ:戦乱)、此の時の乱には、茲もやかれ、彼こ(=かしこ)も破られたりなんどと云える事ばかりにて侍れば、我が朝は仏神の利生にて国家の太平を致すとは何れの時を差してか申すべき。唯、邪なる仏神を敬うが故に、日本は天罰として他国よりも兵乱はげきしとおぼえそうろう。兎に角に、日本も皆キリシタンに成り候らはでは、達しては(=完全に)治まりそうろうべからず。其の故は、キリシタンの教えには御主Dsをあがめ奉るに次いで、天子、将軍を初めまいらせ、其の下々も面々、主人をば心ろの底より大切に敬い、其に順えとあるが朝夕の勧めにてそうらえば、キリシタン国などには、千年にあまって此方、兵乱と云うようなる事もなく、謀叛、逆心などと申す事は、まれにも有る事なしと申しそうろうを聞き侍り。然るに、日本が悉く(=ことごとく)キリシタンにならば、国家も乱れ、王法もすたれなんなどとは、如何なる分別を以て申す事にてそうろう也(=や)。貴理志端国には仏法もなけ[]ども、王法は盛んにして、其の化(=影響)は、四海に(全世界に)普く(=あまねく)そうろうぞ。

 

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