第三節

人間神化のプロセスと説得的誘因

 

 勿論、オリゲネスはそうした人間神化のプロセスが人間の努力だけで達成されるものだとは考えてはない。部分と全体のカテゴリーを超越する方でもあるオリゲネスの神は、万物の創造と救済のオイコノミアの内でキリストの働きを通して聖霊の働きにおいて世界に真に内在し、神の似姿を未だ完成していない不完全な人間たちの多様な要求に応じて自らを多様化させて、人間の神化のプロセスに先行的に協力するとされているのである。実際、『ヨハネ伝注解』I,20.119 や VI,30.154では、完全に単一であり単純である神は世界全体に浸透しながら、救済され得る被造物の必要に応じて、多くのもののために多くのものになり、『エレミア書第八講和』の一や『詩編注解抜粋』の四によると、神は人間の魂の中にその力において侵入し、神ご自身を知らせ、神を受け入れた人間の魂には御父と御子と聖霊が住み、神化を促進する。しかしギリシア語原文で保存されている『原理論』III,1.24でオリゲネスは、(引用)「私たちの自由意思には<恩恵としての神の働き>(SC.269,p.53,n.132)が必要であり、また<神の働き>も、私たちが善いことをするのでなければ、私たちが進歩することを強制したりはしない。」(cf.De Princ.,I,2.10;II,1.2)、と言っているのである。このようにオリゲネスは、救済のオイコノミアにおいて真実に一にして多となりながら被造物に内在する神は、人間に神化を促すとしても、その自由な選択的意思を阻害してまでも神化を強制するとは絶対に考えないのである。すなわち神の働きは常に人間の神化の必要条件であるが、その十分条件は人間の自発的な同意であると言える。この点でオリゲネスの神は人間の倫理的選択の前に、いわば「説得的誘因」(persuasive lure)として常に介在すると言えるのではないでしょうか。

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