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D A Y S
4day by イインチョ







どうやって開けようか悩んでいたドアが開いて、クラスメイトが顔を出した。

「イインチョー板足りねーみてーなんだけど」
「生徒会に聞いてきて。昨日申請しておいたんだけど・・・」
「さすがイインチョ!」
「わーった。行ってみる。」

ぱたぱたと廊下に駆け出して行った背中を見送り、教室の中に入る。
のこぎりの音と、釘を打つとんかちの音が響く。
教室には不似合いな音。
数人の男子が制服の上着を脱いで、作業してる。
女子はほとんど居ない。
当日は女子が忙しくなる。
抱えていたコピーの束を机に置いて、ずり落ちてきたメガネを人差し指で押し上げる。
窓に向かって溜息を一つ。

コレで俺が手配すことはもうないよな?

「サキサカー、それでかすぎじゃね?」
「え?そ?こんくらいのほうが目立つんじゃねー?」
「いや、あんたが立ってりゃじゅーぶん、集客できる」
「え、ボク、客引き?」
「いっそホストクラブにする?ねー、イインチョー?」

意外なことに、文化祭に向けて妙に盛り上がってるこのクラスに驚いたけど(ようするに、お祭り好きなんだな・・・)、こいつら―サキサカ、加奈子、エリっていうクラスでも悪目立ちする3人組が一番協力的なことに何より驚いてた。
どっちかというと、裏方進んでやるキャラじゃない。
『んなかったるいことしてらんねー』って、当日以外顔出さないと思ってた。

「・・・・」

だから、その三人の言葉に咄嗟にこたえられず、俺は思わず不思議なものを見るように、無言で見つめてしまった。

「・・・イインチョ?」
「あ、ウソウソ。ウソだよ?ボクちゃんとお好み焼き作るし」
「加奈子、おまーふざけすぎなんだよ」
「えー?でもさ、サキサカが席まで運ぶっていくない?お好みの匂いぷんぷんさせて!うわっすっげ、うける!!」

がはははって加奈子が笑うのを、サキサカがやれやれって顔で見てる。

「だいじょーぶ。ホストになんて今更しないって。検便までしたんだし?」

いつの間にかエリが隣に立ってて、すげえ驚いた。
こいつは忍者かよ?

俺の動揺なんて微塵も気にしてないエリは、机の上に置いたプリントを一枚手にすると「ふーん」って目を通す。
それは生徒会から配れらた「飲食に関わるクラスへの注意事項」が事細かに記されたプリント。
文化祭で飲み食いに関する出し物が大幅に減ったのは、これの所為だ。

エリは読み終えたプリントを戻し、俺をじっと見た。

「イインチョ、よく許したねえ。聞いたよ?他のクラスなんてみんなイインチョたちが反対したんだって?」
「なに?ソレ。」

サキサカが板に印をつけながら訊ねる。
髪をバレッタで止めて、腕まくりして――意外と筋肉がしっかりついてる。
なにやらせても、様になる。

「あのねえ、衛生管理マニュアルってのができたんだよ。それクリアーしないと大勢の人になんか食べさせたり飲ませたりしちゃダメなの。」
「は?それ新しい法律?」
「ちげーよ。でも、生徒会で決めたらしーよ?その他にもゴミでたり残飯処理とか、去年まで酷かったらしーし?」
「去年サボったから、しらねー。ねー、見て!結構うまくね?」

加奈子がポスターを持ち上げて見せる。
・・・なんてーか、加奈子らしい独特な色彩・・・派手なポスターだ。人目は引くだろうケド。

雑用も、人に任すよりは自分でしたほうがずっといい。
成績でクラス委員が決まるなんて馬鹿みたいな高校だけど、一年の時からだし、いい加減慣れた。

「まーイロイロめんどーになったんだよ。提出書類とか、手順表だとか検便とか、そんな諸々、みーんなイインチョが責任もってやらなくちゃいけないってわけ。」
「へえ〜」
「なんでエリってそんなこと知ってんの?」

エリはちらっと俺を見て「そりゃあねえ?」と呟いて、加奈子たちのところまで戻った。

「でもさーマジでサキサカにウェイターやらせようって。あ、なんなら〜執事姿とか!」
「流行りだからって・・・」
「んじゃ、加奈子メイド服でもきれば?ユキくんにそれで迫ればいいんじゃね?」

結局、俺は何もしゃべってないけど、そんなことはあの3人は気にならない。
ただ、あんま話が大きく具体的になる前に、釘はさしとくか。

「・・・予算、もうないんだけど?」

俺が溜息混じりに答えると「残念〜!」って加奈子が笑った。
今から衣装揃えるって言い出さなくて、俺はほっとした。
そんな俺をエリが笑う。

・・・なんだこのカンジ。
懐かしい感覚に、俺は視線をそらした。

結局、下校を促す校内放送が入るまで、俺たちは文化祭の準備をした。



「奇遇だね」
自転車置き場からチャリを引いて出てくると、真っ暗な校門に寄りかかっていた人影が動いた。
「奇遇って」
さっきまで一緒だったじゃん・・・

人影は俺に近づいて、メガネをとるとにこっと笑う。

「やっぱメガネないほうがいいよ?イインチョ。」
「そりゃどうも」
「あ、でもそうしてると、ユキくんに似てるなー」

メガネを俺に戻して、エリはくすっと笑った。

やっぱユキと兄弟だって知ってたのか。
あの馬鹿兄貴。
わざわざ俺の学校の近くでバイトすんなよ・・・。

いつもなら、それで「さようなら」って真面目くさった挨拶をして帰るんだけど、今日のエリはそのままじっと俺を眼鏡越しに覗き込んでる。

「・・・さよなら?」
「イインチョ、一緒に帰ってい?」

エリは目をそらさずに言う。
俺は「なんで?」って訊ねる。

「なんでダロ?一緒したくなった」
「・・・ま、いいけどさ」

今日は塾もないし、別段急いでるわけじゃない。
なんで加奈子たちと帰らなかったんだ?っていう疑問もあったし、こんな真っ暗な中そうと知ってて送ってかないのもなあ。
帰る方向が一緒だって、知ってはいたから、俺たちは並んで歩いた。

・・・こいつ苦手なんだよな。

考えてることが全部バレるんじゃねー?っていう魔女みてえなとことか。
あの加奈子とサキサカが一緒にいるってのが、そもそも謎で。
触らぬ神になんとか。
きれいだし、暴きたくなるような不思議系ではあるけど・・・。

とりとめなくそんなことを考えてたら、エリが急にくすっと笑う。

「・・・あたしは、イインチョ、結構好きなんだけど?」
「!」

うわっって、叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
何、やっぱ、エリってサイキッカー???

「イインチョの声好きなんだよね〜」
「あ・・・」
そ、声、ね。

がっかりする自分にまた驚く。なんなんだ?一体。
からかわれているんだろうか?そう思うと、ふつふつと胸の内側がざわつきだす。
飼い慣らしてたはずの衝動とか、そんなものだ。
やめとこ。高校では大人しくしてるって決めただろ?
そういう自分の声に自嘲して、思わず笑った。

いいじゃん。別に。

「エリさ・・・それ、誘ってるわけ?」
「うーん・・・そーゆーわけじゃないけど?何、誘って欲しい?」
「キャラ違くね?」
「それはイインチョでしょ?百戦錬磨なハンターって顔してるよ、今。女の子、そーとー遊んだデショ?サキサカのほうがなんか可愛く思えるんだけど。」
「・・・」

・・・なんだよ。マジで、エリ恐るべし。
あたってるから、性質悪い。

「イインチョ、悪い男」

人差し指を向けて、エリはくすくすと笑ってる。

「・・・悪い男はキライ?」

口端があがる自分に気づきつつ、ゆっくりと訊ねた。
多分、眼光鋭くなってるんじゃねーの?俺。

エリは「んー」と少し考えて「あんま関係なくね?」と答えた。

「つか、今のイインチョはイインチョでしょ?悪い男でも好きだと思うケド?」

やっぱ、エリは魔女だ、と思った。
内側にある俺が嬉しくて楽しくて、うずうずしはじめてる。

「――じゃ・・・」
試してみる?って言いかけたら、「あ!」ってエリが立ち止まった。

「や、しないから!あたしまだ処女でいい」

もー思い切り噴き出した。
笑うしかねーって。

ひとしきり笑った後、俺とエリは共犯者みたいな顔でにやりと笑った。
明日からの学校生活が、今までより楽しくなる気がしてた。




素晴らしき日々――DAYS!











2007,11,29





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