言葉にはしないけど。

14、神様からのキス * 後編 *

木の温かみを感じる堂内にパイプオルガンの演奏と聖歌隊の歌声が響き、厳かに挙式は始まった。
大きな窓から自然光が降り注ぎ、バージンロードを歩く花嫁を祝福するようにキラキラと光が舞う。
その光は花嫁を導くようにバージンロードを祝福で満たし、真っ白なウェディングドレスを一層引き立てていた。

一歩、また一歩と祭壇へ近づく花嫁の手は、そっと父親の腕に回されている。
その先には、微笑みながら花嫁を待つ花婿。
厳かな中に溢れる幸せな空気の中、私は敬謙なクリスチャンになったような気持ちでバージンロードを進む二人を見つめていた。

花嫁は楓花ちゃん。
普段から彼女の美しさを知っている私ですら、今日のウェディング姿には息を呑んでしまう。
その隣、足元を気にしながら歩くタキシード姿のお義父さま。
いつもは優しそうに微笑んでいるお義父さまが、口元をきゅっと引き締めていて、凄く緊張しているのが伝わった。
一歩、また一歩。
史明さんへとと近づくにつれ、お義父さまの目が真っ赤になっているのに気付き、鼻の頭がジンと痺れた。
じんわりと涙が瞳を覆い零れそうになって、握りしめていたバックに慌てて手を伸ばす。

「ほら。」

私がハンカチを取り出すより早く、くうの長い指がハンカチで私の眦をそっと押さえた。

「泣き虫」
「っ・・・」

からかうような声で耳元で囁かれる。
涙がハンカチに吸い込まれていくのを感じていたから、見上げることはできなかったけれど、きっと悪戯っぽく笑ってる。
だけど、お義父さまにそっくりなその瞳は優しく細めているだろう。

式は挙げずパーティーのみの予定だった楓花ちゃんと史明さんの結婚。
楓花ちゃんが倒れた後、史明さんはどうしても式を挙げたい、神様の前で愛を誓いたいと、チャペルを探していたらしい。
身重な楓花ちゃんには負担をかけたくないからと内緒で、一人で準備を進めていたんだとくうがこっそり教えてくれた。
「楓花はいい旦那を見つけたよね」なんて笑うくうだって、本当は協力していたに違いなくて。
だから「いいお兄さんも居て幸せだね」と私も笑った。
くうは素知らぬふりで「なんのこと?」なんて肩を竦めていたけれど。

私はくうのハンカチを両手で握りしめて、その隙間から楓花ちゃんとお義父さまを見つめた。
胸の奥がじんわりと温かくなり、口元が緩む。
見ているだけで幸せな気持ちになっていく光景だ。

「父さん、緊張してるな〜。」
「うん」
「まだ涙止まらない?」
「うん」
「始まったばっかりだよ?」
「だって・・・お義父さま、すっごく嬉しそう。」
「ああ、ホントに・・・」

楓花ちゃんにとってはサプライズだったこの式は、お義母さまにとってもそうだったらしい。
ここに連れてこられたお義母様は、あまりの驚きにくうと私の手にすがりついて言葉を失ってしまっていたもの。
私のすぐ前で、楓花ちゃんとお義父さまを見つめていたお義母さまが、私と同じようにハンカチで口元を押さえていた。瞳からかは涙が零れている。
でも、とお義父さまを見ていると確信する。
お義父さまは楓花ちゃんを気遣いながら、ちゃんとエスコートできている。
お義父さまは知っていたんだわ。もしかしたら、こっそり練習していたのかもしれない。知らなかったのは、私たち女性陣だけということなのかも。

祭壇までの道程が、とても神聖なものなんだと感じる。
楓花ちゃんはベールの内側から私たちを見つけると切なそうに眉を顰めて笑顔を浮かべた。きっと、様々な想いが過ったのかもしれない。涙を堪え、私も笑顔を作ってそれに応える。くうが隣で頷く気配がした。寂しさと喜びが混在したような笑顔で楓花ちゃんを見つめていた。くうにとって、楓花ちゃんはたった一人の大事な妹だ。寂しさを感じないわけがない。
中学生だった楓花ちゃんが、と思うと感慨深い。
少女から大人の女性に。見事に綺麗な花を咲かせ、今、唯一人、その人の為に咲き誇る。
初めて楓花ちゃんと会った時のこと思い出す。くうのことが大好きで、だからこそ、急に現れた私に敵対心を抱かれて。
それから、少しずつ、私のことを受け入れてくれた。
きっと、楓花ちゃんが居なかったら、私とお義母さまの心の距離が近づくことはなかったかもしれない。

(楓花ちゃんがお嫁さんに・・・)

私にとっても、楓花ちゃんは大事な家族の一人。
その大切な義妹が、幸せであって欲しいと心から願う。

祭壇の前で待っていた史明さんの前に立つと二人は見つめあった。言葉にならない想いが溢れたかのように華奢な肩が震えた。そんな姿に、お義父さまはゆっくりと腕を外して楓花ちゃんの手をきゅっと握りしめた。そして楓花ちゃんの耳元で何か囁き、その手を史明さんへ。
手を取り合った二人がお義父さまへ深く頭をさげ、ゆっくりと祭壇へと向き直った。
まばゆい光が、二人にスポットライトをあてるように降り注ぐ。
祝福の光だ。
胸いっぱいに幸せの光を吸い込み、牧師様の声の響く堂内を見渡す。
空気が澄んでいくような気がした。
時間を忘れてしまう。
神に祈りを捧げ、婚姻の誓約をする二人に目を細める。
誓約の証である指輪を交換すると、神と列席者に向けて牧師様がふたりが夫婦となったことを宣言した。

きっと、どんな苦難が訪れようと、二人は乗り越えていくだろう。
今日の気持ちを忘れなければ。
今だけは、永遠というものを信じたくなる。
こんなにも愛情と優しさに満ちた空気が壊れることがないように。

二人の姿に自分を重ね、心の中で唱えていた。
"くうと、共にあることを誓います"
くうと一緒に生きていくこと。
誰よりも、何よりも、大切にしたいと。

「そら。」

まるで私の考えていることが全部わかったみたいに、くうの手が私を引き寄せた。
そして頭の上にそっとキスを落とされる。
"俺もそう思うよ"というふうに。
私はくうに体を預けて、深呼吸した。
胸が、とくんとくんと優しく脈打つ。

「神様が見てるよ?」

わざと拗ねたように呟くと、くうはくすっと笑って「公認だろ?」と囁いた。

「祝福のキスを」

牧師様の言葉の後、再びパイプオルガンの音色が響き渡る。
誰もが拍手を送る中、私たちは今日の主役たちを見守りながら手を繋いで寄り添った。そっと、くうの片手が私のお腹に宛がわれる。たまらない幸福感が私を包み込んだ。




* * * 




「あす、許可がおりたら帰宅しよう。」

私が目覚めたのはすでに遅い時間だったようで、私たちはそのまま病室で一夜を明かすことになった。
楓花ちゃんは一足先に回復し、すでに自宅へ戻ったと告げられた。私が目覚めるまで残りたいと頑張っていたけれど、お腹の赤ちゃんの為にも無理はしないでほしいと、史明さんやお義母さまに言われたらしい。その話を聞いて、私は皆さんに謝って回りたい気持ちになる。なんて時に倒れてしまったんだろう。
お義母さまもくうが戻ってくるまで付き添ってくださっていたという。

「明日、電話しなくちゃ・・・あ、私、学校にも・・・!」

無断欠勤してしまったことに気づき蒼白になると、くうが宥めるように言葉を引き継ぐ。
「職場には、父さんが連絡したから。俺も向こうから電話入れた。校長先生が"無理なさらないで"って。今週いっぱい休暇にしてくれたから。」
それでも、迷惑をかけたことには違いなくて私は安堵することはできなかった。
それに、妊娠したとなれば、どうしても迷惑をかけてしまうことになる。まして、私は産休代理なのに。

「・・・・」
「そ〜ら? 大丈夫だから。心配する気持ち、凄くわかるけれど。そらがひとりで抱えることじゃないから。」

思わず塞ぎこんでしまった私に、くうが優しく説く。
すぐ隣に広げた簡易ベッドに横になってこちらを見ていたくうは少し眉を顰めて「それに、そんな塞ぎこんでしまったら、胎教によくないよ? 」と体を起こし真剣な表情で告げた。
そうだった、と慌ててお腹を見下ろし「ごめんね」と呟く。

かけがえのない大切な命が宿ったというのに、私はなんで塞ぎこんでなんているの。
違うのよ、と心の中で呟く。
本当に、本当に嬉しいの、と。

自らの想いに恥ずかしくなりながら俯く私に、くくくっと堪え切れなかったくうの笑い声が届く。

「く・・・!」

からかわれたんだと気付き赤くなる。でも、人が真剣に悩んでいるのに、とくうを無言で非難すれば「そらは、本当に素直で・・・可愛い」と見当違いな言葉で返された。熱が顔に集まっていくのを止められず、そんな私を見てまたくうは破顔した。
俯いてしまった私の頬に、くうの指が触れた。「そら」と名前を呼ばれながら。
その真剣な声色に、そっと顔をあげる。

「仕事は――きっと、迷惑もかけるし、続けることは易しいことではないかもしれない。今より、身体的にキツクもなるだろうし・・・。それでも、俺は嬉しい。だから、力になりたいと思うし、守りたいと思う。そらにも負い目を感じてほしくない。そらも、嬉しいよね?」

確認するように呟かれた声に、私はくうの瞳を真っ直ぐに見つめ「とっても、嬉しい。」と答える。
すると、息を詰めていたのか、くうは安堵の息を吐き出して「よかった」と項垂れた。
その仕草に胸が締め付けられる。

「だったら、ひとりで抱え込むのは禁止。」

こつんと額を合わされて、私は「イタっ」と目を閉じる。
くすっと笑みを零したくうは、両手で私の頬を包んだ。

「・・・って言っても、そらはきっといろいろ考えて胸を痛める。・・・そんなそらだから、俺はどんな時も、必要とされたいって思うよ。」

私はその手に自分の手を重ね、自ら頬を摺りよせる。
こんなに聡い人なのに、くうは肝心なことに気づいていない。
いつも、わかりすぎるくらい、私の気持ちに気づいてくれるのに・・・。
いつだって、私はくうを必要としている。
依存しすぎていると思うほどに。

「私、くうに必要な存在?」

不思議なほどすんなりと言葉にした。
今までなら、心の中で訊ねるしかできなかったのに。

私の問いに、くうは「本気で言ってるの?」と呟いて私を引き寄せる。

「知らなかった? 俺がどれくらいそらを必要としているか?」

背筋がぞくりとするほど甘く囁かれ、私は慌てて首を振る。

「知ってる。疑ってるわけじゃないの。ただ、私ばっかり甘えてて・・・・!」
「疑われてた? うーん、愛情表現、足りなかったかな・・・」
「え、ううん、そうじゃなくて・・・!」
「必要すぎて、愛しすぎて。そらの同僚に嫉妬したり、後輩君にまで威嚇して。・・・そらには情けないとこ曝け出してる・・・。ジタバタする自分に呆れちゃうほど、そらが必要だよ・・・」

自嘲気味に呟くくうの告白に、私は少なからず驚いてしまう。時田先生はともかく、神山君にまで嫉妬してたなんて知らなかった。
くうが知らないはずはないのに。自分がどれだけ魅力的な人か。
それなのに、私のことでそんな思いを抱いていたなんて。
私の不器用な心は、くうだけでいっぱいなのに。
でも、それなら。

「・・・私も、葉月さんに嫉妬してたよ。いつも自信たっぷりで・・・私にないものをたくさんもっているから・・・」
「葉月にないものを、そらはたくさん持っているよ。それに、俺はそらしか見えてないしね。」

私は思わずくうの顔を凝視した。くうは私の視線を受け止めながら「ツライ思いさせて、ごめんな。」と顔を歪めた。

「出会った時から、俺にはそらが特別だったよ」

少し照れたように告白するくうがたまらなく愛しくて、私はその耳元に「大好き」と囁いた。
くうの長い睫毛がびっくりしたように数回瞬く。
「凄い威力」と呟くくうの表情に、私は今更ながら恥ずかしくなって隠れるようにくうの胸に顔を埋めた。
いつもより幾分速いくうの鼓動が、私の言葉によるものだとしたら嬉しい。
だからこそ。

「・・・だからこそ、」

喜びと同時に生まれる恐怖をひしひしと感じてしまう。
くうにしがみ付いて、震えだす体を懸命に抑えようと試みる。

また、同じことになったら、どうしよう?

「怖い。くう、私、怖い。」

今は、ただ幸せを感じていればいいのだと言い聞かせても、すでに蘇っているあの喪失感は目を逸らしていることなんてできないほどで。
原因は赤ちゃんの方にあったのだと、何度も言われた。
けれど、それはなんの慰めにもならない。
大切な人を失った事実が変わるわけではないのだもの。

恐怖で震えだした私を、くうはそっと抱きしめた。

「きっと、この子も怖いと思う。それでも、この子は、俺たちのところに来てくれた。」

くうの言葉が、震える心に染み込んでいく。

「そらと俺のところに。」
「・・・私たちのところに・・・」
「それはこの先何があっても、変わらない真実。そらのお腹に、存在してる。俺たちのところに。」
「くう・・・」
「怖いなら、ずっと、傍に居るから」

涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげると、くうは「だから」と私の瞳を見つめて囁く。

「俺たちは今よりもっと、幸せにならなくちゃ」

これ以上ないくらい愛しいと思うのに、どうしてくうはそんな言葉じゃ足りないくらいの愛をくれるんだろう。
私の存在すべてを肯定する笑顔に、私は「はい」と頷く。

多分、これから、私たちにはまだまだいろいろなことが待っている。
それでも、私は、くうと二人なら――。




* * *




「おめでとう」
「お幸せに〜!」

拍手と歓声にはっとして顔をあげた。
幸せな空気は伝播するのだろう。
だからあの幸せな瞬間を呼び起こしたのかもしれない。
そっと傍らを見上げれば、史明さんと視線を交わしたくうが笑っていた。
なんだかすっかり意気投合しているように思えた。

石畳の階段を下りていく二人に向けて、色とりどりの花びらと祝福の言葉が飛び交う。
真っ白なドレスに身を包んで、ヴェールを風になびかせて笑顔を輝かせている花嫁――たくさんのフラワーシャワーを浴び、楓花ちゃんはますます美しく彩られていく。
階段を下り、二人は立ち止まって振り返る。
こんなにも素敵な二人はいないと思えるほど、画になる光景だ。
何度言ってもたりないとばかりに「おめでとう」という言葉が溢れ出てしまう。
フラワートスが始まる瞬間、私の目の前にブーケが差し出された。
「え?」と思わず差し出した人を見つめる。
夢で見たような可愛らしい天使が一段上から精一杯背伸びして、ブーケを差し出している。
それは先ほどの式の中で、リングボーイを務めた男の子だった。
訳がわからずくうを見上げると、くうは悪戯っぽく微笑んで「受け取ってあげれば?」と囁いた。
混乱しながらも、しゃがみこんで小さなナイトにお礼を言ってブーケを受け取る。男の子はにっこり笑って階段を下りて行った。
楓花ちゃんが持っていたのより少し小さいながらも、それはキャスケードタイプのブーケだった。
真っ白な花束。花に詳しくない私でも、その優美さと繊細さに息をのむ。大きな真っ白いユリが小ぶりなカラーと小さな花をつけたブバリアで覆われる。細く長い鮮やかな緑が先を彩られていた。

「そら、おいで。」

男の子の行く先を見守っていた私を促す様に、くうが腕を引いて階段を上り出す。
背後では楓花ちゃんの手から放たれたブーケが弧を描いていた。

「く、う? どこへ?」

階段を上りきると、くうは掴んでいた手を離し「どうぞ」と私に手を差し出した。私の頭の中は疑問符でいっぱいだ。
それでも、差し出された手を取る以外、私に選択肢なんてない。このままどこか遠くに行くと告げられたって、私はくうから離れるつもりはないのだ。
明け放たれたままの扉をくぐると、背後でゆっくりとと扉が閉まる。まるでそれが合図だったかのように、パイプオルガンの音色が響き出した。

(えっ!?)

何が起きているのか、私の頭は相変わらず混乱したままだ。
そんな私の顔を覗き込み「本当は、お義父さんにこの役目は譲らなくちゃいけなかったんだけれど――」と、くうは照れたように囁く。
「やっぱり、ふたりで歩いてあそこまで行きたくて。」
そう言いながら、くうは私の手を自らの腕に絡めさせるとバージンロードの上を歩きだした。
音楽に合わせ、一歩一歩私を導く様にして歩いていく。

「く、う・・・?」

呼びかける私を見て、くうは甘やかに目を細める。
正面には牧師様。
先ほど私たちが居た場所とは逆の右手の方にお義父さまとお義母さまがいらっしゃった。お二人とも柔和な笑顔を浮かべている。左側の席には、いつの間にかお父さんとお母さんが、そして妹の美波が居た。昨日珍しく電話してきた時には、何も言っていなかったのに。
お母さんはハンカチで目元を抑え、お父さんは少しだけ複雑な表情で・・・それでも微笑んでいた。美波は呆れたような表情を浮かべていた。その目元は微かに赤くなっていたけれど。
ますます混乱する私に「空也くん、そらくん」と優しい声が聞こえてくる。声のする方を見つめれば、小早川教授がいつもの人懐っこい笑顔で佇んでいた。
その唇が「おめでとう」と動き、私からくうに視線を移した。見上げなくてもわかるほど、頭上で交わされる視線はどこまでも優しい。その空気が私の中の混乱を鎮め包み込んでいく。そうしてようやく、くうが何をしようとしているのかを理解する。

(くう・・・、どうして・・・?)

「く・・・うっ?」
「式なんてあげなくたって、俺たちの結婚は本物だけれど。」

バージンロードを歩くことはないと思っていた。
ブーケを持つことも。
祝福の光を浴びることも、ないと思っていた。
それなのに、くうは。

「ちゃんと見届けてもらおう。両親にも、神様にも、そして神様の下に居る俺たちの天使にも。」

ついに祭壇の前に立つ。
牧師さまは何も言わず、ただ私たちを見つめて微笑むと何かを促す様に目を閉じた。
隣で、くうが深く息を吸い込む。
手を乗せていた腕が、緊張で少し強張るのを感じた。

「・・・そら、俺たちは、7年間ずっと一緒に過ごしてきた。喜びも悲しみも、楽しいことも苦しいこともあるってことを知ってる。何気ない日常の中で、喧嘩したり泣いたり怒ったり。疑うことも、不安になることも、きっとまだあると思う。それでも、やっぱり、一緒に居て。そんな日々の積み重ねをこの先ずっと、僕としてくれますか。病める時も健やかなる時も、悩んでいる時も、笑っている時も、ずっと、僕・・・俺と共に。」
「もち、ろんっ・・・!」

泣き顔でなく、私もちゃんと笑顔で神様に誓いたいのに、くうがくれる言葉のひとつひとつに胸が激しく揺さぶられてしまう。

「怖い時はちゃんと伝えて。苦しい時は、言葉にして。」
「は、い。」

言葉になんてできないくらいの想いが溢れてくる。呼吸すら難しいくらいに。
なんとか短い返事をするのがやっとだった。
それなのに。

「俺たち、今よりもっと幸せになろう。」

くうは神様ですら霞んでしまうくらいの笑顔を私に向けた。
少しかがみ、私のお腹へも「君もだよ」と囁く。

「誓います・・・!」

ブーケを抱えるように泣いてしまっている私の左手をくうが持ち上げる。
薬指に、冷たい感触。
ぴったりとおさまった指輪に、くうが口づけを落とす。
思わず見とれてしまう。繊細な曲線が薬指に輝く。

「これで、誰が見てもそらは既婚者だ。」

くうはブーケと引き換えに、対になる指輪を私の手のひらにそっと載せ、自らの左手を差し出す。

「そらも、俺に結婚の証をつけて。」

くうの声に励まされながら、震える指でリングを左の薬指へおさめる。

お互いの左腕には時計。
そして、その手には結婚指輪。
小さな二つのものに込められた想いは、計り知れない。

「二人はこの先も夫婦であることを、ここに宣言します。」

牧師様が穏やかな声で告げる。
拍手が起こり、私たちは「祝福の口づけを」という牧師様の言葉を待たずに、キスをした。
神様公認のキスを。


穏やかな日も嵐のような日も。
私は、くうと一緒に過ごしていく。
今までの7年よりずっと、長い年月を。
これからも続いていく私たちの時間を、くうと二人で。


言葉にしなくても、わかってくれる。
でも、私がもらって嬉しい言葉や欲しい言葉は、きっとくうにとっても欲しい言葉で。
「愛してる」と毎日言葉にするのは・・・やっぱり、照れてしまうだろうけど。


ねえ神様。言葉にしなくても、ちゃんとくうには、届いていますよね?
それでも、今日は。


「くう・・・愛しているよ」




END


2010,9,6up





くうとそらを応援してくださってありがとうございました。
二人がその腕に赤ちゃんを抱く日を、私も楽しみにしています。

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