モクジ

● slowly slowly slowly --- honey cute  ●

「ね?これどう?」
試着室からでてきた理子は、体のラインが艶めかしいサマードレスの裾を摘みあげて、俺に向かって小首を傾げた。
店内にオトコは俺だけ。
しつこいくらいに喰らいつてくる店員に「このこが、専属のスタイリストなので」なんていう恐ろしく不敵な言葉を吐いて下がらせる理子は、相変わらずだ。
いや、俺、理子のスタイリストじゃないし!

店員と客のオンナのこに遠巻きに指さされ、内心辟易していたから、試着室のカーテンを開けて楽しそうに一回転してみせる理子に、重い溜め息が零れた。
「あ、なによ、似合わないっての?」
だから人を指でさすなっての。
俺は再び溜め息を吐き出して、理子の前で腕組をして片手で額を抑えた。

「・・・あのさ、それ着てどこ行くわけ?どう見ても仕事向きじゃないよ?」
「うん、もちろん。ね、似合ってるでしょ?」
「似合って・・・る・・・けど、それじゃ・・・」
男が放っておかない。

言葉にせずに心の中で呟く。
だけど言外の意味なんて理子は汲み取ったりしないで「もうちょっと足出した方がいいかな?」なんて、スカートをたくしあげ、悩ましい脚のラインを惜しみなく見せつける。
・・・。
なんだかムカつく。
なんで他の誰かのために着飾る理子を見てなくちゃいけないわけ?

「で?それ着て、誰とデートなの?」
それともバカンス旅行?
厭味をこめて呟けば、理子は目をぱちぱちとさせて俺を覗き込む。

「唯ちゃん、やきもち?」
「なんで!」
「大丈夫、お姉ちゃん唯ちゃん置いてったりしないよ」
「ちゃんはやめろ!お姉ちゃんってなんだよ!」

大声を出しそうになる自分を抑えつけて、低く抑えた声で言い返した。
理子はにっこりとほほ笑むと、腕組して俯く俺の首筋に両手を絡め、抱きついた。

「唯をね、誘うために、だよ?ミュージカル観に行こ?ほら、観たいって言ってたでしょ?チケットとれたの」
「・・・え?」
「それから美味しいお店見つけたの。お客さんに教えてもらったんだけどね?」
だから来週の日曜は空けておいてよ?

耳元で囁く理子の背中は、思った以上に開いていて、俺は抱きしめ返すこともできずに両手を彷徨わせ、軽く脇に手を置いて体を離した。
・・・やばい・・・嬉しくて、顔がにやけてしまいそうだ。

「・・・だったら、これじゃなくてこの方がいい」
待っている間に選んでおいた、さほど露出度のないドレスを理子に差し出すと、理子はまた満面の笑みを浮かべる。
「ほらね、やっぱり唯は私に一番似合うもの知ってるでしょ」
俺の腕からドレスを受け取ると、理子は「待っててね」とウィンクしてカーテンを閉めた。

「お客様の恋人でいらっしゃいますか?」
遠巻きにしていた店員が、営業スマイルを張り付けてにじり寄る。
俺はそれには答えずカードを差し出した。
多分、理子はあれを気に入るはず。
店員は心得たとばかりに頷いて、俺から一歩離れた。

「・・・男が服をプレゼントする理由って・・・理子は知らないよなあ」

呟いた言葉と同時に、カーテンが開く。
「悔しい。やっぱりこっちの方が似合ってる」
そう言ってターンする理子が「唯ちゃんの見立てが一番」と誇らしげに宣言する。

その後そのドレスを買うことになったんだけど、俺のカードを見つけて理子は怒りだした。
「あのね、私も社会人です。ちゃんと自分の物買うお金くらい稼いでます!唯ちゃんに買ってもらう必要はありません。」
・・・だってさ。
あくまで男の俺を無視ですよ。

再び指を突き立てる理子に、泣きたくなってる俺が居たなんて・・・理子は知らないんだ。
そしてそんな理子だからこそ、変わらず愛しいんだってことも。

不機嫌になって歩き出した俺の腕に、理子が紙袋を持つ手と反対の腕を絡みつかせて俺を覗き込んだ。

「そのかわり、ランチおごって?ね?唯ちゃん」

その表情は反則だ。
幼いころからかわらない、可愛らしい笑顔。

「・・・ちゃんはヤメロ・・・」

わかってる。
理子がこの笑顔を誰にでも見せるわけじゃないって。
だから俺は、甘んじて受け入れる。
あのドレス姿を独占できるのは俺だけって・・・言い聞かせながら。



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