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Halloween Night

「・・・疲れたー・・・」

ソファーに寄りかかり首を右に1回左に1回動かすと、ゴキ、バキと骨が折れたかのような音が響いて驚いた。
「う、わあ・・・」
あんまり鳴らしちゃ駄目だって誰かが言ってた気がするけれど、鳴らした瞬間少しだけ肩が軽くなったような気がするから、つい鳴らしてしまう。でも、今のはちょっと怖かった。なんだか首がそのまま外れちゃいそうな音だった。
PCに向かいながら一人寂しく魂飛ばす自分を想像して「ホラーすぎる・・・」と呟いてしまった。
手にしたコーヒーカップはもう温かくなくて、まだ半分ほど残っていたそれに口をつける気にならずそのまま持って立ち上がった。
時計を見れば、すでに0時を過ぎている。

「淹れなおす・・・時間じゃない、か・・・」

休みだというのに、天気が悪くてどこにも行きたくなくて。
日中は何をするでなく過ごしていたのに、夜になって企画書作り出す自分に呆れちゃう。

「珍しく仕事だって言ってたし・・・」

唯に今日から公開の映画に行こうって誘ったんだけど、「仕事」って断られた。
基本土日は休みの筈なんだけれど、今日は特別だとかで。
シンクにカップを置いて寄りかかり、もう一度首を左右に倒した。
先ほどのような派手な音はしなかったものの、凝り固まった首筋に「イタタ」と声が漏れる。

「お風呂にしよっかな。」

誰が応えるでもない独り言を、昨日会社で貰ったかぼちゃおばけが楽しそうに聞いている。
陶器製のそれは、キャンディポットらしく、中にカラフルな包み紙のキャンディーが入っていた。
一粒取り出して口の中に放り込むと、微妙な味が舌の上でひろがった。
包み紙を見れば「パンプキン味」とある。
不味くもないけれど、好んで舐めようとも思わないものだ。

「結構入ってるけど・・・コレどうすんの?」

眉を顰めてかぼちゃに問いかければ、ますます愉快そうに笑ったように思えた。
ちょっと悔しくなってかぼちゃおばけを指でつついてみる。
ふと、小さな頃、唯とふたり仮装してお互いの家を「トリック・オア・トリート!」と何度も往復したことを思い出した。
三角帽子を被って魔法使いになったり、ふたりで猫耳をつけたりしてた。
私たちが大きな声で「トリック・オア・トリート!」と言うたびに、おばさまはきゃーきゃーと歓声をあげ写真を撮りまくっていた。

「・・・私も貰ったよね?」

キャンディポットを携えて、記憶を辿るように本棚からアルバムを引っ張り出す。
「たしか、唯が越してきた年からやってたような・・・。」
新し物好きな母さんは、嬉々として衣裳の準備をしていた。
それまでハロウィーンなんてもの、お店を彩る不思議な行事でしかなかったのに、その年から我が家では年中行事のひとつになってた。
ジャック・オー・ランタンを作ったりハロウィンパーティーなんてものまでやっていた。
唯が「もうやだ」と言うまでの数年間、私と唯は着せ替え人形よろしく仮装させられていた。

「わ、みーつけた!」

三角帽子にマント。
それに箒まで抱えて笑う私と唯。

「うわーーーーんっ、可愛い〜っ!!」

思わず絶叫してアルバムに頬擦りしてしまう。
かぼちゃのパイを口いっぱいに頬張る唯の愛らしさに、当時シャッターを押しまくっていたおばさまの気持ちがよくわかる。
その翌年は二人して悪魔の格好をしていた。
その次は黒猫。尻尾が可愛い。
両親たちも思い思いにモンスターに変装しているものまであった。
最早、ただパーティーを開く為、私・・・というより唯を飾りたてる口実だったとしか思えない。

あれほど微妙だと思っていたキャンディーをひとつかみ取り出し、包みを開けてもうひとつ頬張った。それからしばらく、私は懐かしい写真を見つめ、キャンディーを舐めながらひとりにやけたり叫んだりした。

――だから、背後に迫る黒い影には気づかなかった。

「・・・何見てるの?」
耳元で声がして、思わず息を飲む。
ふわりとアルコールの香り。
大きな黒い影が、まるで私を覆う様に迫って私の手元からアルバムを取り上げた。長くしなやかな指で。

「唯・・・ちゃん・・・?」

振り向かなくても唯だとわかっているのに、何故か私の胸は激しく鼓動しだす。
得体のしれない熱が体中を支配して、声が震えてしまった。

「・・・これ・・・なんで理子が持ってるの・・・」

幾分うんざりしたような声色に、はっとして振り返る。
振り向いて、思わず「うはっ!」と声をあげてしまった。
だってそこにいたのは。
唯だけど唯じゃない。

(何これ!! に、似合う・・・! 似合いすぎる・・・!)

テールコートに黒いマント。
どう考えても、それは「吸血鬼」。
昔、唯のお父さんが変装した吸血鬼にそっくりだったから。

(おばさまっ、カメラ! カメラ!)

天国にいらっしゃるおばさまに心の中で叫びながら、不機嫌そうな伯爵様を見上げる。
透き通るような白い肌。
そのままでも綺麗な瞳だけれど、今日の唯の瞳は人外的だ。
瞳の色がゴールドに見えるのは、カラコンを入れてるから?
この世のものとは思えない美しさは、吸血鬼伯爵と呼ぶに相応しい。
けれど、この伯爵様は「ちっ」と行儀悪く舌打ちして、アルバムをソファーの上に放り投げた。

「ちゃん、って言ったね?」

マントを手で払い目を細められ、背筋がぞくりとする。
ぞくり?
さっきから続いている体の熱さといい、あれ、私、風邪でもひいちゃったの?

「その様子じゃ、今日が何の日か知ってるんだよね?」

唯はソファーに片足を着くと、ゆっくりと私との間合いを詰めて近づいた。

「え、と、ハロウィン?」
「そう。で、俺は・・・」
「吸血鬼・・・」
「理子、Trick or Treat
「え?」
Trick or Treat

じりじりと迫る吸血鬼に、私は何度か瞬きをした。
唯がその台詞を言うなんて、思ってもみなかったから。

「・・・唯ちゃん、ハロウィン嫌いじゃなかった?」
「そりゃ、あれだけいじり倒されたら嫌になる。また”ちゃん”って・・・」
「お化けが怖いんじゃなくて?」
「怖くないよ。俺が怖いものはひとつだけだもの。」
「あれ??」
「あのさ、理子。お化けなんかより人間のが怖いって言っただろ。鍵、また開けっ放し・・・」

だって、おばさまが「唯ちゃんたら、お化けが怖いからハロウィンしたくないっていうの」って零してたから・・・。
そんな私の考えが伝わったのか、唯は盛大な溜息を零して「あの年は、天使の衣裳を用意されてたんだよ」と苦虫を噛み潰したような顔をされた。
「えー見たかった・・・」と思わず呟くと、唯の瞳の色がますます強く光を放った。

「・・・Trick or Treat・・・悪戯でいいね?」
「いえ、むしろ、私の方がゾンビかと・・・」
「なんのこと?」
「だって首外れそうな音が・・・」
「悪戯決定」

耳元へ唇を寄せた唯の囁きと共に、吐息が首筋にかかる。
かたちのよい唇が、大きく開かれ、脈打つ首筋に近づく。

(か、噛みつかれる!?)

パニックする脳は私の身体を麻痺させているようで。

だけど、知らず爪が喰いこむほど握りしめた手の中に、何かを握りしめていたことを思い出させた。

「こ、これ!! はい、あげるっ・・・!」

唯の目の前に右手の握りこぶしを差し出して、私は酷く驚いた顔の唯の下から這いずり出した。
私の言葉に素直に左手を差し出した唯に、手の中で異常に温かくなってしまったキャンディーを渡す。
真っ赤な、血の色みたいな包み紙のキャンディーが、唯の大きな掌に転がり落ちる。

「まだいっぱいあるから。悪戯はなしね?」

ソファーから下り、キャンディポットの蓋を開け、呆けてしまっている伯爵様の手の上にどさっとキャンディーを乗せた。
「それにね、すっごい首から肩にかけて凝ってるから、美味しくないと思うの」と付け加える。
唯は自分の手を凝視して再びお行儀悪く「ちっ」と舌打ちすると、「こんなにいらない」とキャンディーを全部かぼちゃおばけの中に戻した。
お菓子が欲しくて来たんじゃないってこと?
それじゃあ、どうしてトリック・オア・トリートなんて?
私はキャンディポットからひとつ摘みあげ、包みを開き、マントを外してぐったりとソファーに寄りかかる唯の隣に座って「あーん」と唯に口を開けるように促した。
じろりと私を恨めしそうに見た唯は、諦めたように目を閉じて口を開ける。
その姿がなんだかたまらなく可愛らしくて、私は「ふふ」と笑ってしまう。
眉をぴくりと動かした唯の口に指を近づけると、ぎゅっと手首を掴まれて、指先ごと唯の口に含まれた。
「ひゃあ!」と慌てて手を引っ込めると、「悪戯完了」と唯がウィンクした。

「アメあげたのにぃ」
「俺の欲しいお菓子じゃなかったんだよ!」
「唯ちゃん、我儘〜」

そう言って唯に寄りかかると、「・・・これ、不味いんだけど・・・」と呻くような声が返ってきた。
「意外と癖になるよ?」とくすくす笑いながら答えると、唯がまた溜息を吐きだした。

「これ以上、癖になるものは増えなくていいよ・・・」

唯の声が、触れあった肩越しに響いてくすぐったかった。

「明日、映画行く?」
「伯爵様が、灰になったりしなければ?」

私の問いかけに、唯は「多分、ね」とぶっきらぼうに答えた。


Hpappy Halloween !



2010,10,31up
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