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たとえばこんなきっかけ

  



今まで、とくにカッコイイなんて思ってなかったのに、私は衝動的に買ってしまったチョコを手にして深呼吸した。
「じゃなー」
「ばーい!」
仲間たちと別れて歩き出した彼を見て、私の心臓はどどどどどっと今まで感じたことのない速さで叩いて、あんまり苦しくてトンと自分の胸を叩いた。
静まれ!私の心臓!!!

珠莉じゅり、ちょっとー大丈夫?」
「ほら、琉佳るか くん来たよ!」

葉由はゆちゃんと翠衣すいちゃんが私の腕を掴んで耳打ちした。

「うううんん、行って来る!」
「緊張しすぎ!」
「頑張れ!」

二人を振り返ってガッツポーズを作って見せて、私は琉佳くんに向かって歩き出した。
津山珠莉、初めての告白、神様勇気をください・・・!




柴山琉佳くんは、クラスでも目立つ存在じゃない。
特に頭がいいわけでも、運動神経抜群でも、みんなに騒がれるようなイケメンってわけでもない。
休み時間だって、友達にからかわれてむくれてるときもあるし、融通がきかないって女子の間であまりいい意味でなく言われることもあるような存在だった。
女子と積極的に話をするタイプでもない。
暗いというほどでもないけど、明るいというイメージもわかないような、本当に目立たない感じで。

私はどちらかというとさっぱりとしてて、背が高くて芸人並みに話が面白くて、そうアイドルユニットの久我山くんなんかが好み。
だから、琉佳くんなんて"ただのクラスメイト"ってくらいしか感じてなかったのに。
それなのに、なんで告白しようとしてるかって?
それが、ね、自分でもびっくりなんだ。
葉由ちゃんにも翠衣ちゃんにも、ホントのことは言えてない。

ひかない??
ううん、ひかれちゃうかも・・・

あのね、夢を見たの。
そう、夢。ドリーム。
寝てる時に見るほうだよ?妄想ってわけじゃなく。
・・・んーでも、私の深層心理が見せた妄想だったのかなあ・・・?

でもね、私、その夢を見るまでは、琉佳くんのこと意識したりしてなかった。
これはホントだよ?

最初はね、なんでもない夢だった。

私は夢の中で、小学生の頃のように鬼ごっこをしてたの。
知ってる顔もいたし、懐かしい小学校の頃の友達も居た。
場所はスポセン。大きな公園に併設されてる公園。
小学生の頃、よく遊んでた場所。
走って、走って。
きゃあきゃあ騒いで。
なんとか捕まらず逃げ回っていたんだけど、いつしか私だけが逃げ回ってて。
ついに私も鬼に捕まる〜ってとこで、つまづいて転んでしまった。
夢だって気がついてない私は、本当に膝が痛くて。
夢の中じゃ、血が出てた。
今の私なら、うわーんなんて泣き出したりしないのに、その私はわんわん泣きじゃくって。
凄く痛くて泣いてるのに、もう一人捕まっていない子が居たとかで、鬼ごっこに夢中なみんなは私なんて視界に入っていなくて。

そしたらね。

琉佳くんが現れた。
見慣れた制服じゃなくて、私服だった。
制服より、ずっといいななんて思ってた。
琉佳くんは「大丈夫?」って私の足元にしゃがみこんで、ジーンズのポケットからハンカチを取り出して膝を押さえた。
そして驚く私を膝の上に抱っこすると「もう痛くないよ。」って耳元で囁いた。
「ほら、痛くない」
そう言ってぎゅって後ろから抱きしめられた。

その瞬間、私はあんまりにも胸が高鳴って、苦しくなって飛び起きた。
「琉佳くん!?」なんて大声をあげて。

ベットの上で飛び起きたのなんて、初めての経験だった。
「夢・・・・!」
やけにリアルな感触と琉佳くんの声が耳に残っていて、頬は熱いし心臓はとにかく病気になったの?ってくらいドキドキとしていていつまでもおさまらなかった。

その日から、私は琉佳くんを見ただけで声が聞こえただけで・・・ううん、琉佳くんのことを考えるだけで胸が痛くなるくらいときめいて、苦しくなって、頬が熱くなるの。
夢を見ただけなのに。
見ただけ、だけど。
だって、抱っこされたんだよ!?
ぎゅって・・・。

あ、もちろん、夢だよ。
ただの夢。
琉佳くんにしたら、ホント迷惑な夢だよね。
ねえ、私って、えっちなのかな?
でもでも!
それで私は、琉佳くんのことが好きで好きで仕方なくなってた。

なんであんな夢見たのか、心当たりはあるの。

年明けすぐ、親戚の家からの帰りに、公園で小さな子達を相手に鬼ごっこしてる琉佳くんを見た。
クラスで見たこともない笑顔で、ちびっ子たち相手にはしゃいでた。
私は「へえ」って意外な気持ちでそこを通り過ぎた。
その時は本当にそれだけだったのに。

その後、学校が始まって。
多分これが決定打。
職業実習というのがあって、私は琉佳くんと一緒に保育園に行ったの。
0歳児からお邪魔して行ったんだけど・・・あんまり小さくてどうしていいかわからない私と違って、琉佳くんは抱っこもオムツ替えも凄く慣れてた。驚く私に、琉佳くんは「・・・弟が2人居るんだ。3歳と1歳。だからだよ」って恥ずかしそうに言ったの。
その日はとにかく慣れない事ばっかりでパニクってたから尊敬するなあって思っただけだったんだけど。

一日置いて、時間差で。
そんな夢を見た。

ああああ、あの夢思い出すと「きゃーーーー!」って叫びたくなるくらい恥ずかしい。
恥ずかしいのに、毎晩「続きが見れますように」なんて祈ってから目を閉じてる。
・・・見たことないけど。
とにかく、あの夢を見たのが3週間前で。
だから、私はバレンタインというイベントに、本当の意味で初めて参加することにした。





私がそんな恥ずかしい夢を見たなんて何も知らない琉佳くんは、少し俯き加減で近づいてきた。
自分の心臓の音に叩き殺されるんじゃないかってくらい苦しくて、私は立ち止まって後ろを振り向いた。
『頑張れ!』
葉由ちゃんと翠衣ちゃんが口パクで応援してる。
私はこくんと頷いて、チョコの入った箱を握り締めて前を向いた。

ちょうど、琉佳くんが顔をあげて、私に気がついてきょとんとした顔をした。

「琉佳くん!」

私は思い切って名前を呼んだ。

ねえ、――たとえばこんなきっかけで。

夢で抱っこされたから。
そんなきっかけで好きになるって、ありですか?







2008,2,3up



ごめんなさい〜ツライバレンタイン(「星空の下で、さよなら」シリーズ)から逃げたくて、打ったお話です。
逃避しちゃいました(笑)


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