Irrevocable rule(1) |
Irrevocable:変更不可能な。 |
その日は朝からツイて無かった。お気に入りの靴下はどうしても片方見つからないし、食堂に行けば パンは売切れ、おまけに椅子に足をぶつける。 だから学園長に呼ばれた時も、何だか嫌な予感がしてたんだ。 「スコール、ゼル。君達にしか出来ない任務ですよ。」 シド学園長が大袈裟に両手を広げて俺達に笑いかける。 「ティンバー郊外に最近エルノーイルが出現するそうです。その数が尋常ではないらしい。どうやら、 営巣地があるのではないか、と我々は睨んでるのです。・・そこで、君たちの出番ですよ、それを突き 止め駆除して下さい。」 「・・・それをたった二人でやるんですか?」 スコールが無愛想に返事した。疲れる事はゴメンだ、というオーラが体中から出ている。 「大変ですか?ま、そうかもしれませんね。」 シド学園長がうんうんと大きく頷く。 「実はもう一人派遣者がいます。ただし、彼はSeeDではありません。この任務は彼のSeeD試験も 兼ねてるんですよ。彼を試験できるのは、君、いや君たちしかいません。」 仏様のように慈愛に満ちた表情で、わざとらしい程大きな笑みを浮かべる。 「彼、サイファー・アルマシー君を」 この車両内の重苦しい雰囲気をどうにかしてくれ。 俺は思わず天井を見上げて酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。 このメンバー。忘れもしない前回のSeeD試験。学園二大問題児と組まされたと知った時は涙が出そ うになった。事実最悪のメンバーだった。一人でつっぱしるサイファー。協調性ゼロのスコール。あ れで合格したのは当に奇跡だ。(サイファーは落ちたが) そして今またこのメンバーが集まろうとは。溜息が漏れてくる。 「何生意気に溜息ついてやがるんだ。」 サイファーが嫌そうに言った。俺はキッと顔を向けた。 「サイファー!お前、絶対先走るなよ!この間みたいな事したら許さねえぞ!」 「ああ?チキンのくせに偉そうな事言うじゃねえよ。」 「チキンってゆーな!俺達、お前の試験官兼保護官なんだぞ!」 「だったら何だ。」 「お前に何かあったら俺まで責任取らされるんだからな!今、俺は大変な状態なんだ!」 「ゼル、よせ。」 スコールが急に口を開いて俺を牽制した。だが、その意味が俺には分からなかった。 「あと一ランクでも降格されたら、俺はSeeD取消しなんだ!!」 「・・・ほお。いい事聞かせてもらったな。」 サイファーがニヤリと口の端を上げた。この笑顔。こいつが人の弱味を握ったと確信した時の、 会心の表情だ。俺はハッと我に返って愕然とその恐怖の笑顔を見つめた。 スコールが片手で顔を抑えて大きな溜息をついた。 「チキン、飲み物買って来い。ついでに何か食い物も。」 「またかよ・・って、何でお前が偉そうに指図するんだ!俺はSeeDなんだぞ!」 「おう、降格リーチのな。いいから、行け。でないとここで暴れて騒ぎ起こすぞ。」 悠然とサイファーが足を組んでふんぞり返った。 何かが間違ってる。 何で試験を受ける身のこいつがこんなに威張りまくって、SeeDの俺がパシリに使われてるんだ。 俺はよろよろと立ち上がって部屋を出て行こうとした。 「俺も行く。」 寝ていると思ってたスコールが突然立ち上がった。 「馬鹿。」 食堂車両に到着すると、スコールがようやく俺を見た。 「自分から弱味を見せるような真似をして。しかもあのへつらい方はなんだ。ああ言う奴は弱気に接 すると益々増長する。放って置け。」 俺を腕組しながら見下ろす。いかにも「お前の馬鹿さには呆れ果てました」って感じだ。 カチンときた。図星なだけに一層カチンときた。 「そりゃ、お前はいいよな!下にまだ30段階もあるんだからな。あいつが何しようと全然怖くない だろーよ。でも、俺はホントに資格剥奪の瀬戸際なんだ!」 「それは今だにTボートなんか乗りまわして、教師に捕るからだ。自業自得だ。」 すかさず冷静に切り返される。こういう時のこいつはホントに容赦が無い。 「うるせー!俺の事はほっとけ!」 怒りに燃えて後ろを向くと、スコールが急に俺の肩にそっと手を置いた。 「ゼル・・俺は別にケンカしたいわけじゃない。ただ、お前が・・」 「触るな!」 乱暴に手を弾いてくるりと振り返った。 「任務中は俺とお前は赤の他人だ。ベタベタ触るな!そう決めたはずだ!」 そう言い放つと俺は両手に飲み物を抱えて客室に走り出した。 そう、俺はスコールと体の関係を持ってる。俺から言わせれば強姦されたまま、ずるずる関係が続い てるだけだが、あいつから言わせれば俺達は「恋人同士」だそうだ。(寒気がするぜ) だがもし任務で組むようなことがあれば、その時は任務に支障をきたさない様「赤の他人」として振 舞う、と決めていた。いや、元々赤の他人だけどな。ま、そんな訳で俺のとった行動は間違いじゃない。 でも、ちょっと八つ当たりっぽかったかな・・とふと後悔したが、さっきのスコールの冷たく見下し た視線を思い出すと、また腹が立って来た。 お前に俺の切羽詰った気持ちなんて分かるもんか!A級SeeDのお前に! ティンバーにつくと、まずホテルをとり、各自で情報収集をする事になった。 「チキン、お前は俺と来い。」 サイファーが俺の腕をつかんだ。 「な、何でだよ。」 「色々雑用こなす奴がいないと、不便だからな。」 「・・って、俺はお前の奴隷かっつーの!」 「てめーみたいなチキンを使ってやろうってだけ、ありがたいと思えコラ。降格リーチ野郎。」 「二言目にはそれを言いやがって、この野郎〜!」 「いい加減にしろ。・・あんたも手を放せ。」 スコールが眉間に皺を寄せて言った。 「断る。俺はチキンと行動する。候補生には必ず監視をつけなきゃいけない決まりだ。こいつの方が 扱いやすい。」 サイファーの腕が突然ぎゅうっと俺の体を巻き込んだ。息苦しさに俺は腕をバタバタさせた。 「さすがに回数をこなしてるだけあって、詳しいな。」 スコールがこんな冷たい調子で皮肉を言うのを初めて聞いた。驚いて一瞬動きが止まってしまった。 コートの襟をきゅっと握り締めて、恐る恐る上を見上げると、サイファーも抱いたままの姿勢で腕の 中の俺を見た。 「・・止せよ。ほら、ヒヨコがびっくりしてるぜ。とにかく、俺はこいつと行動する。ゼル、てめぇ もそれでいいな?」 何だか分かんないけど、こんなに機嫌の悪いスコールとサイファーを一緒になんか出来ない。 俺は無言でうんうんと頷いた。 「腹減ったなあ。」 「もう腹減っただと?てめぇの脳みそがそんなに栄養要求するわけねぇだろ。殆ど無ぇくせに。」 「ほんっとにいちいち腹の立つ奴だなー!とにかく腹が減ったんだよ。」 丁度その時オープンカフェの前を通りかかった。美味そうなハンバーガーを皆がぱくついている。 「うっわー!美味そう!・・な、な。ちょっと食っていかねえ?」 「てめぇのおごりならいいぜ。SeeD様」 「えー?ま、いいか。よし、奢ってやるぜ!そうと決まれば早く注文しようぜ!」 サイファーの腕を掴んでいそいそと空いてる席に座ろうとしたら、近くの椅子に足がぶつかってしま った。 「あ、す、すみません。」 「いいのよ。大丈夫。」 優しげな女の人がにっこりと微笑み、サイファーに顔を向けた。 「可愛いのね。・・・弟さん?」 「おとうと!?」 ショックで大声を上げた。 「あら、違うの?髪の色も似てるし、兄弟かしらって、さっきから思ってたのよ。すごく仲がよさそ うだったし。お兄ちゃん子なのねって・・・」 俺がサイファーの弟・・。しかも「お兄ちゃん子」・・・。 「違う。こいつはただのチキンだ。」 「意味分かんねぇ事言うんじゃねーよ!俺とこいつは赤の他人です!」 「でも、仲のいい事は間違いなさそう。」 綺麗に塗られた爪を口元に当てて、女の人が可笑しそうに笑った。 信じられねえ。俺とサイファーを仲がいいと思う奴がいるなんて。こんなに苛められてるのに。 「何考えてるんだ。脳みそ無いんだから、考えても無駄だぞ。降格リーチ。」 「てめーなあ・・・だけど、お前だってヘマすればSeeDになれないんだぞ。お前、これがSeeDに なる最後のチャンスだろ?」 「・・関係ねえよ。雷神と風神が一緒じゃなきゃ嫌だって言うからガーデンに戻ったんだ。駄目なら それまでだ。」 何でもない事のようにサイファーが言う。ちょっと胸が詰まった。 ガーデンでのサイファーが恵まれてるとは言えない。操られてたとはいえ、やっぱり犠牲者は多かっ たし、元々傲慢な態度だったから、庇う奴も殆どいない。 正直言って、俺はこいつが戻ってくると思わなかった。だけど戻ってきた。 それは勇気のいることだ。こいつは雷神と風神の将来の為にその勇気を使うと決めたんだ。 「・・なあ、一緒に頑張ろうぜ。お前はSeeDに受かる。俺はSeeDに留まる。そうしようぜ。」 袖を掴んで言った。 「・・口の端にケチャップつけてるようなガキに励まされるなんざ、俺も落ちたもんだぜ。」 大きな手が俺の唇を拭った。ふ、と微かに笑う。 ふいに涙がこみ上げてきた。励まされてるって分かるのは、励ましを必要としているからだ。 俺の失言でガーデンが危なくなるかもしれなかった時、俺もやっぱりそうだった。相手の言葉に、 俺を励ます言葉が含まれてないかと、必死に探していた。 この強気で傲慢な男だって、いや強気で傲慢だからこそ、その思いは一層強いのかもしれない。 「何で泣いてるんだ?」 戸惑いが混じった低い声がした。俺はハッと眼を擦った。こいつは同情が何より嫌いだ。 「何でもねえ。急に眼が痛くなったんだ。」 「何でもなくて泣くのか。てめぇ海亀か。チキンやめてカメになるか?」 ・・・同情して損した。俺はがぶりとハンバーガーに噛み付いた。 「遅かったな。」 部屋に戻るとスコールが待っていた。 「このカメが途中で腹を空かせやがって・・・」 「いいじゃねーか!俺のおごりなんだし。お前だって沢山食ってたろー。」 「つまり、任務中に遊んでたわけだな。いい身分だ。」 言葉にビシビシ棘がある。まだ機嫌直ってないのか。不機嫌だけは長続きする奴だ。 「イライラすると美容に悪いぜ。色男。」 サイファーがニヤニヤしながら言う。眩暈が起きそうになった。不機嫌なスコールを更に怒らせよう とするのは世界広しと言えど、こいつだけだ。 「・・・俺もお前の試験官なのを忘れるな。候補生。」 「スコール!」 大声を出してサイファーの前に立った。 「俺が誘ったんだ。こいつは悪くない。怒るなら俺にしろ。こんなことで評価を決めるな。」 「かばうのか?自分だってSeeD落ちが目の前なのに。そんなこと出来る立場か。」 何だこいつ。ムッとしてスコールを見た。 「そうだよ!俺、サイファーにSeeD試験受かって欲しいよ!一緒にSeeDになりたいよ!A級のお 前には俺なんかゴミみたいなもんだろうけどな!」 さっきふと垣間見たサイファーの辛さと、今のスコールの冷たさが俺をカッとさせた。 「サイファー!絶対受かれよ!俺、応援するから!」 涙を溜めて拳を握ると、サイファーが俺の顔を覗き込んだ。 「また泣いてやがるのか。てめぇ、さては本物のカメだな。」 でも、その声はどことなく暖かかった。 部屋を出ようとするとスコールに肩を掴まれた。 「ゼル、指導官の自覚を持て。候補生と馴れ合えば冷静な評価が出来ない。」 「指導官の自覚が必要なのはお前じゃないのか?大義名分つけやがって。」 出口でサイファーがニヤリと笑ってスコールを振り返った。スコールの顔から表情が消える。 「出て行け。」 不気味なくらい静かに言う。サイファーは肩をすくめて部屋を出て行った。 スコールが大きな溜息をついたのが背中ごしに聞こえた。 「ゼル・・・」 肩に置かれた手がじりじりと首筋に移動していこうとする。俺はその手をパッと振り払った。 「任務中は他人。私情を交えない。そう決めたはずだ。サイファーの言う通りだ。お前こそ自覚持て よ。・・SeeD落ち目前の俺になんか言われたく無いだろうけどな!」 普段ならこんなこと言わない。だけどさっきの冷たい一言は俺の心をすっかり硬くさせていた。 「お互い任務に励もうぜ。スコール・レオンハートさん。」 スコールの眼の色が変わった。冷たい、他人を見るような眼だ。俺は一瞬たじろいだ。 「・・・分かった。そうしよう。ゼル・ディン。もう部屋を出て行ってくれ。」 「い、言われなくてもそうする。じゃあな!」 乱暴にドアを閉めた。部屋を出た途端、俺は大きく息を吐いた。それで初めて、自分が息も出来い程 緊張してた事に気付いた。スコールにあんな眼で見られたのは初めてだ。初対面の頃だって、あそこ まで冷たい眼で見られた事は無い。ズキリと心臓が痛くなった。 俺から仕掛けた喧嘩じゃねえか。しっかりしろ。俺はぶんぶんと頭を振った。 |
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