イオ ( Chapter3)11
「カーサー!見てー!!」
メインブレドウィナの天辺で、スキュラの鱗衣を装着したイオがブンブン手を振り回して
叫ぶ。
「僕、ここまで登れたよー!凄いー!?」
「!!げぇぇ馬鹿!降りて来い!シードラゴンに見つかったらどーすんだ!?」
「大丈夫だよー。鱗衣で跳ぶ方法練習しろって、シードラゴンが言ったんだもんー。」
「何処で練習してんだよ!!そこはポセイドン様の神殿だろーが!!なに上に乗っかってん
だよ!せめて自分の柱でやれって!」
「ええー?シードラゴンが「メインブレドウィナの天辺に登れる程、高く跳べる様になれ」
って言ったんだよー。」
「「ものの例え」ってもん知らねぇのかよ!!シードラゴンにバレたらぶっ飛ばされんぞ
お前!!」

「別にぶっ飛ばしなどせぬ。」

低い美声が後ろからした。ギョッと振り返ると、シードラゴンが自分の背後に腕組みして
立っていた。柱の上を見上げ、分かったから降りて来い、と良く通る声でイオに呼びかける。
「まさか本気で登るとは思わなかったが…まぁ、ポセイドン様はまだお眠りになっておられ
る故、そのお怒りには触れまい。それよりも、見ろ。」
兵士がたむろする神殿階下の大広場を指差して言う。
「雑兵共が騒いでいる。今の貴様等の大声で、奴等にスキュラの存在が完全にバレたぞ。」


「…あ、す、すまねぇ…」
「…まぁ良い。そろそろ、兵士共にあやつの存在を披露せねばと思っていた所だ。」
カノンが頭上に眼を遣りながら言う。
「・・・そ、そうなのか?」
「あれほど活発に動き廻る奴を隠し通すなど、もはや出来ぬ相談よ。」
視線を上に向けたまま、美貌の男が溜息をついて答える。
「・・・・あー。あいつの最近のやんちゃぶりったら、すげーもんなぁ。」
わぁぁ、と騒ぎながら柱を滑り降りるイオを眺め、しみじみ相槌を打った。覚えたての聖獣拳を
中庭の噴水塔に向かって試し打ちし、回廊中を水浸しにしたのはまだ二日前の事だ。
「まぁな。そんな訳で、貴様にはこれまで以上に、心してイオの面倒を見て貰わねばならぬ。
頼むぞ。」
「…え、あ、ああ、分かった。」
頼む、という一言が嬉しく、細い眼元を染めて答えた。
「シ、シードラゴンも大変だよな。色々とよ。」
照れ隠しに、わざとヘラヘラした口調で眼の前の男を労わった。
「なに、それほどでも無い。」
カノンが淡々と答える。そして、澄んだ風に蒼金の髪を靡かせて前方を見据えたまま、
さらりと言った。


「だから、貴様は俺に『お休みのキス』などしなくとも良い。」




「―――――――!!!!」


真っ赤になって口を抑えた。
「なななな、何でそれを――――――!!??」
「イオが言っていた。」
カノンがあっさりと答える。
け、結局言いやがったのかアイツ…!!
恥ずかしさに悶絶しながら、シードラゴンの顔を見上げた。シードラゴンが横眼で自分を
眺めながら、淡々とした口調を崩さず言う。
「お前は随分と俺の疲労を気にしていたそうだな。確かにお前達の前で眠り込んで
しまったのは俺の不覚だが、俺は子供では無い。そんな真似は、しなくとも良い。」


「わ、わ、分かった…!!」
窒息しそうになりながら答えた。畜生、イオの奴。どこまで俺をひっ掻き回しゃ気が済む
んだ。黙ってろって言ったじゃねぇか。俺はもう「お休みのチュー」なんて、やる年じゃ
ねぇんだよ。お前と違って、フォローが効かねぇんだよ。
見ろ。どうしてくれんだこの空気を。
眼を白黒させるカーサに、カノンが突然フッと小さく笑った。精悍な蒼い眉を困ったように
顰め、天上の花もかくや、と思わせる華やかな笑顔でカーサに笑い掛けながら言う。

「全く。お前は、本当に突然思いがけない事をする奴だ。」



あんたの方が、よっぽど思いがけねぇよ。
一気に爆発しそうになった心臓を抱えて思った。本当にもう、どうしたらいいんだ。
シードラゴンはいちいち綺麗過ぎるし、イオはやたら俺を引き摺りまわす。マジで心臓の
休まる暇がねぇ。
「シードラゴンー!!」
無事柱の土台から飛び降りたイオが叫ぶ。淡紅色の髪を靡かせ、飛ぶように自分達の方に
走ってくる。生き生きと輝く橙色の瞳。弾むように地面を蹴る力強い脚。桜色に上気した頬に
浮かぶ、弾ける様に明るい笑顔。


…ま、いっか。
カーサが大きく息を吐いて思う。
まぁいっか。こいつのこんな顔が見れるなら。
あの時、死体同然でうち捨てられていた小さな身体。
それがこんな笑顔で駆けて来るなら、多少引き摺りまわされたって構わねぇ。


「シードラゴン!僕、天辺まで登れたよ!!」
イオがシードラゴンの腰に飛びつきながら、はしゃいだ声で報告する。
「うむ。良くやった。しかし、もうここに登るのは止せ。この柱は海界の主、ポセイドン様
のもの。我等が不用意に登って良い場所では無い。」
イオの頭を軽く撫ぜながら、シードラゴンが苦笑して言う。その微笑もやはり綺麗で、
少しの間眼を奪われた。
波間から差す太陽の光に、スキュラの鱗衣がキラキラと輝く。それに呼応するように、
シードラゴンの鱗衣も艶々と輝く。二人が笑う度に、鱗衣の輝きがどんどん増していく
ような気がした。


・・・・・まぁ、こんな日もいいか。
輝く二人の姿を眺めながら、カーサが大きく伸びをする。
色々あったけど。この二人が相手じゃ、これからも色々あんだろうけど。
色の薄い眼を細めて、自分を掻き回す二人の姿を眺める。


取りあえず、今日は皆一緒に幸せだ。







Fin

イオ10
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