大逆転  2 (episode4





幸せな夢を見ていた気がする。
次第に薄くなっていく眠りの中で、スコールが思う。
すごく幸せで、満ち足りた夢を見た気がする。泣きたくなるほど暖かい夢を。
意識が覚醒してくると同時に、その夢が遠くなっていく。朧げになっていく。
それでも、暖かさだけは逃げない。昨日からずっと抱いている暖かい身体。
・・・暖かい身体・・・?
いきなり眼が覚めた。そして呆然とした。

どうしてゼルがここにいるんだ。

頭が混乱する。腕の中で眠る裸のゼル。首筋に散る鬱血の跡。投げ散らされた衣類。
何があったかは一目瞭然だ。
だが、その理由が判らない。必死で記憶の底を攫った。
昨日の誕生パーティ。浴びるように酒を呑んだ。殆どヤケだった。
この間、ついにゼルに大嫌いだとはっきり言われた。それが、本当にこたえた。
あの一言をまた聞くのが怖くて、それ以来、話し掛ける事も出来なかった。
パーティに来たゼルが、ムッと顔を伏せて黙りこくっているのも悲しかった。
自分の意志で来たのでは無いのが、明白だった。キスティスあたりに無理に連れて来られたに
決まっている。本当は俺の顔なんか、見たくもないに違いない。
そう思うと、やりきれなくなった。もう、どうにでもなれと思った。
思いつくまま酒を頼んで、全部呑んだ。それからの記憶はぷっつりと途絶えてる。

あれから一体、何があったんだ。
思い出せない記憶に、不安と焦燥が募ってくる。くそ、と呟いて前髪を掻き上げると、ふいにゼルが
ぱっちりと眼を開けた。
「・・・スコール・・・」
掠れた声で自分の名前を呼ぶ。心臓が跳ねた。
ゼルがゆっくり身体を起こす。澄んだ青い瞳で、真正面からスコールの顔を見詰める。
そして静かに口を開いた。

「スコール。お前に聞きたいことがあるんだ。」

決然とした口調に、冷や汗が吹き出た。間違いない。自分は何か失態を演じてしまったに違いない。
ゼルが不審に思うような事を言ってしまったに違いない。
こんな風に詰問したくなるような何かを、洩らしてしまったに違いない。

「・・・・何を・・?」
聞き返す声が、我ながら情けないくらい小さかった。
ゼルがじっとスコールを見ながら尋ねる。

「俺が許してくれないって、何の事だ。」

絶句した。一体どんな経由で、そんな事を自分は口走ってしまったのか。
どう言い訳していいか分からなかった。前後の経緯が全く分からないのに、言い訳なんか出来る
訳がない。
何とか平静な表情を取り繕って言った。
「・・・・悪い。全然記憶がないんだ。何の事だか分からない。」
ゼルが眉を潜める。そんなはずはない、とはっきり瞳が語っている。益々焦った。
緊張に押し潰されそうになりながら、ようやく問い返した。
「・・・・他に、何を言ってた?俺は、何をした・・?」
ゼルがあっさりと答える。

「俺の事が、好きだって言ってた。そんで、俺をやった。」

頭を思い切り殴られたような気がした。全身から血の気が引いた。
ついにきた、と思った。ゼルが自分を糾弾する日が、ついにやって来たのだ。
目の前が暗くなった。
もう何もかもが、終わりだ。

真っ青になるスコールを見て、ゼルが驚く。
何でだ?何で俺の事を好きだって言うのが、そんなにまずいんだ?
全然分からない。分からないが、スコールは絶対にそれを言いたくなかったらしい。
でも、どうしてだ?

分からない事だらけだ。
結局、あれからスコールは、酔いに任せてもう二回自分をやった。もう目茶目茶だった。
セックスであんなに泣いたのは初めてだ。長々と快楽に責め続けられる事が、あんなに辛いと
思わなかった。やっと終わったかと思うと、スコールはどさりと自分の上に倒れこんで、泥のように
眠り込んでしまった。何か聞き出すなんて不可能だった。自分も限界だった。
明日、明日になったら絶対スコールにあの言葉の意味を聞こう。そして考えよう。
そう決意しながら、ずるずると深い眠りに引き込まれていった。

だから昨日から、全然疑問が解明されてない。それなのに、更に疑問が増えてしまった。
「・・なぁ、お前、どうしてそんな・・」
「軽蔑するか?」
突然、尋ねられた。
「え?」
「お前・・騙してて・・・軽蔑するか?」
するよな、と自嘲の笑みを浮かべながらスコールが投げやりに言う。
「最初っから、全部嘘なんて知ったら。お前が誘ったなんて、嘘だって知ったら。」

ぐら、と地面が揺れた。
地面が揺れたんじゃなくて、自分が揺れてるのだと気づいた。
そのまま、ベッドにドサリと仰向けに倒れこんだ。言葉も無く天井を見上げた。


嘘だったのか。
俺が誘ったなんて、嘘だったのか。


おかしいと思ってた。そうか、嘘だったのか。スコールは嘘をついたのか。
どうして。
どうしてそんな事をしたんだ。俺が誘ったなんて言ったんだ。
「・・・何で、そんな事言ったんだ?」
湧き上がってくる感情が余りに強すぎて、返って言葉が出てこない。やっと、それだけを尋ねた。
スコールが瞼を伏せる。
「・・お前があんまり怖がってたから。俺の事、すごく怖がってたから・・・だから、」
辛そうに眉を寄せて、血の気の引いた唇を噛み締める。
「・・・悪者になりたくなかったんだ。」

ゼルがぐっと拳を握る。ブルブルと震える腕を見て、スコールが眼を瞑る。
「・・・最低だよな。いい、殴れ。」
ゼルが上半身をムクリと起こす。そしてまた、脱力したようにマットに仰向けに倒れた。
スコールが寂しげに笑う。
「・・・・殴りたくもないか、こんな奴。」
「・・そうじゃねぇよ。殴りてぇよ。ボコボコにしてやりてぇよ。だけど・・・」
「だけど?」
ゼルがふいと顔を背ける。そのまま一言も喋らない。スコールが一層辛そうに顔を歪めた。

だけど、呆れてんだよ。

ゼルが内心絶叫する。呆れて、呆れて、言葉が出ねぇよ。脱力しちまって、力が入んねぇんだよ。
何なんだ。何だったんだ。俺のこれまでの悩みは。
俺がどんなに、お前の事を心配してたか。どんなにお前に詰め寄りたかったか。
何でそんなに、冷たい指をしてるんだとか。
何でそんなに、俺の話を無視するんだとか。
何でそんなに、辛そうな眼をしてるんだとか。
どんなにそう聞きたかったか。だけど、聞けなくて。聞くことが出来なくて。
お前が、俺が誘ったなんて言ったから。
聞く資格なんかねぇ、と俺に思わせたから、だから聞けなかったんじゃねえか。
それなのに、全部その嘘のせいだったなんて。呆れてものが言えねぇよ。
人を振り回すのも、いい加減にしてくれよ。

『ずっと、許してくれなくて。』

分かる訳ねえだろうが。どうやって分かれって言うんだ。
俺が誘ったって言い張って、涼しい顔で証拠まで見せて。事あるごとに、そう言って責めて。
いつも人を小馬鹿にしたように、俺が好きなのか、って聞いてきて。
あれでどうして、許されたがってると思えるんだ。騙した事を後悔してるって、思えるんだ。
俺は超能力者じゃねえんだぞ。

考えてるうちに、怒りがモリモリと湧き上がってきた。やっぱり殴ろう。
そう決意してスコールの方を振り向いた。そして、思わず頭を掻き毟った。悲鳴をあげたくなった。
もう、まただよ。
こいつ、またこんな顔してるよ。いい加減にしてくれよもう。

長い睫を、苦痛に耐えるように伏せて。形のいい薄い唇を蒼褪めさせて。
きっと、その手は冷たいに違いない。指先は震えてるに違いない。
いつもみたいに。
その冷たい指が暖まるなら、何だってしてやるのに、と思ってた時みたいに。
どんな事でもしてやるのに、と思ってた時みたいに。

思わず天を仰いだ。
何て卑怯な奴なんだ。まじで殴ってやりてえよ。
俺はあんまり長い間、こいつの指を心配してたから、駄目になってしまった。
こいつの辛い顔が、駄目になってしまった。
こんな顔を見ていられないほど、殴るなんて出来ないほど、駄目になってしまった。
あの冷たい指が、俺を駄目にしてしまった。

でも。

でも、もしこいつの指が冷たくなかったら。
俺を騙して、上手くやったとほくそ笑むような奴だったら。その指先に、何の呵責も見えなかったら。
俺は絶対にスコールと関係を続ける事は無かっただろう。
ここまでスコールに、心を占められる事は無かっただろう。

『ゼル。俺のことが好きなんじゃないか?』

俺はあの言葉を、どうしても流す事が出来なかった。下らない冗談だとあしらう事が出来なかった。
あの言葉には、いつでも冷たい棘があった。不実な人間を責める響きがあった。
その棘は俺に向けられていたものじゃなかった。
あの棘は、スコール自身に向けられていたものだった。

『お前が好きだって言ってくれなきゃ、俺は、言えないのに』

そんな事を考えてたのか。
愛や恋なんて下らない、カラダだけでいいんだと鼻先で笑いながら、そんな事を考えたのか。
馬鹿だな。好きだって言ってしまう方が、ずっと簡単だったろうに。
あっさりと騙された俺を腹の中で笑いながら、俺も好きになってやったんだ、と丸め込む方が
ずっと楽だっただろうに。
お前、そんなに不器用だったのか。
俺の一言を、待ちつづけてたのか。冷たい棘に苛まされながら。

「ゼル、殴らないのか・・?」

黙り続けるゼルに、スコールが消え入りそうな声で問い掛ける。そして泣き出しそうな声で呟く。
「・・・触りたくも、ないか・・・?」

ゼルが大きく息を吐く。
ああ、もう止めてくれ。分かった。分かったよ。降参。俺、もう駄目。
お前の事、放っておけない。
俺の心は、お前の事で一杯だ。


ゼルが再び起き上がる。スコールの顔を見つめながら、真面目くさった声で話し掛ける。
「・・・俺も、言ってない事がある。」
「・・・?」
スコールが不審そうにゼルを見返す。
「昨日、好きだって言ったの、お前だけじゃないんだ。」
ニカッとスコールに笑いかける。

「俺もお前に言ったんだ。お前のことが、好きだって。」

スコールが大きく眼を開く。今、何て言った?
好きって聞こえたんだが。お前の事が好きだ、って聞こえたんだが。
「・・・本当に・・・?」
「うん。」
スコールの引き締まった頬が、次第に薔薇色に染まっていく。ゼルが思わず溜息を洩らす。
本当に、何て綺麗な男だろう。
「ゼル・・」
ゼルが首を横に振る。
「でも、本気じゃなかった。」

スコールの身体がビクリと強張る。花が萎れるように、みるみる瞳から生気が失われていく。
慌てて言葉をつないだ。
「いや、本気じゃないっつーか、だって、俺よく分かんねーんだ。お前の事、放って置けないって
思ってるけど、なんつーか・・・」
「・・・本気じゃないのに、何で好きなんて言ったんだ・・・?」
悲しそうにスコールが尋ねる。俺を弄んだのか、と哀しみに満ちた瞳が訴えてる。
何か釈然としないよな、とゼルが思う。さんざん弄んだのは自分のくせに、この表情。
もしこの場に第三者がいたら、絶対俺が悪者だと思うだろう。無垢な天使を傷つける冷血漢みたいに
思われるに違いない。ホント、ずりぃよな。
「俺、お前が誰でもいいから、「好きだ」って言って欲しいのかと思ってて。そんなら、言ってやろう
って思って。お前酔ってたし、それ位いいかなって・・・。」
ゼルが大きく深呼吸する。
「・・・だけどもし、お前に好きだって言われ続けたら、俺、単純だから、」
お前にあっさり騙されちゃうくらい、単純だから。
お前を放っとけなくなっちゃうくらい、単純だから。

「お前のこと、本気で好きになると思う。」

スコールが長い睫を瞬かせる。
今の聞いた言葉を、胸のうちで反芻する。その意味が、全身に巡っていく。
思い切り腕を伸ばした。力一杯ゼルの身体を抱きしめた。

「好きだ。」

ほとばしるように、スコールの唇から言葉が溢れ出す。
「好きだ。お前が好きだ。大好きだ。ずっと、ずっと好きだった。俺を、好きになってくれ・・・!」
ゼルが笑いながらスコールの背中に手を回す。繰り返される告白に、瞼を閉じて聞き入った。
ふいに、眼の奥が熱くなった。零れる涙を見られまいと、ぎゅっとスコールにしがみついた。

そうだよ。何で最初っから、そう言ってくれなかったんだ。
怖かったのに。
お前の冷たい指が、すごく怖かったのに。その指で抱かれる事が、怖くて堪らなかったのに。
早くこうして、俺を安心させて欲しかったのに。


突然ゼルが眼を見開いた。慌ててスコールから離れようとする。
「・・・!ち、ちょっと!スコール!?」
「何だ。」
「何だじゃねぇよ。止めろよ、どこ触ってるんだよ!」
スコールの手が、ゼルの胸を探っている。明確な目的をもって、胸の突起を嬲ろうとしている。
「我慢できない。」
「なななな、なに言ってんだよ!?昨日さんざんやったじゃねぇか!!」
今だってまだ、腰がガクガクなんだ。この上犯られるなんて、冗談じゃねぇ。
「覚えてない。」
スコールがあっさりと言う。
「覚えてなくてもやったんだよ!駄目だってば・・・!!」
逃げようとする身体を簡単に掴まれた。
「そんなの、嫌だ。」
拗ねたように、スコールが耳元で囁く。
「俺だけ覚えてないんて、不公平だ。全部、お前と一緒がいい。」
ゼルが思わず絶句する。何だその甘えた声は。甘えた発言は。
呆然とするその隙を捕らえて、スコールがゼルをすかさずシーツの上に押し倒す。
「好きだ。」
そう言って、本格的に乳首を愛撫し始める。
「・・や・・っ」
まだ赤みの残る突起が舌の中で転がされるたび、ジンジンとした痺れが走る。
「・・・ほんとに、だめ・・だってば・・・っ・・や・・!」
「嫌だ。」
力の入らない下半身に、スコールが遠慮なく手を伸ばす。入り口に指を這わせて、ちょっと
困ったように笑った。
「本当だな・・すごく柔らかい。随分、無理させたな。」
「う・・・」
ゼルの顔が赤くなる。その額に、スコールがあやすようなキスを落とした。
「ごめんな・・・でも、したい。」
蒼い瞳が蕩けるような色気を帯びる。濡れた薄い唇が、吐息のように囁く。
「・・・好きだ。お前と、したいんだ。」



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