熱情のベクトル  1 


「サイファーと、上手くやってるか?」

スコールにそう聞かれて、ゼルは思わず口篭もった。
「・・・う、うん・・まぁ・・・何とか・・・。」
はかばかしくない返事に、スコールが眉を顰める。
「・・・どうした?また何か揉め事でも・・・」
「い、いや!無い!上手くやってる!」
ゼルは慌てて首を振った。スコールに余計な心配を掛けたくない。
只でさえ、スコールは気にしているのだ。自分の替わりにサイファーの指導官を引き受けた
ゼルの事を。一筋縄ではいかない男を、押し付けるような形になってしまった事を。
「ほんっとうに、平気だ!安心してくれ!」
ブンブン両手を振って力説するゼルを、スコールが疑わしそうに見る。
「・・・それならいいが・・・」
「いい!大丈夫だ!あ、俺用事思い出した。じゃな!」
ゼルは勢い良く執務室を飛び出した。スコールの眼の届かない場所まで一気に走る。
教室に辿り付くと、ゼルはハアと溜息をついた。
別に、サイファーと上手くやれてない訳じゃない。カリキュラムだって、順調に進んでる。
だけど・・・。ゼルはもう一度大きな溜息をついた。

だけどあいつ、すげー触ってくるんだよ。

まさか、こんな事で悩む日が来るとは。
むしろ逆だと思ってた。そう言われるのは、常に自分だったのだ。
「もぉ、お前じゃれるなよー。」
「いきなり技かけるの止めろよ。ガキじゃねえんだからよ」
いつもそう言われていた。後ろから飛びついてみたり、プロレス技を突然かけてみたり。
その度に皆から、じゃれるな、と怒られてた。

その自分が、思うのだ。
サイファーのは度が過ぎてる、と。
これはもう、相当のもんじゃないだろうか。しかも、段々エスカレートしてる気がする。
ゼルは思わず赤面して、首を振った。
昨日のなんか、ちょっとシャレにならねぇよ。

昨日も、サイファーはゼルの部屋に居座っていた。
このところ、サイファーはこの部屋に入り浸りだ。別にそれはいい。ここ最近のゴタゴタで、
カリキュラムの遅れは絶望的だ。付きっきりで提出レポートのチェックをしても、全然時間が足りない。
だから、それはいいのだ。
問題は、部屋の中でのサイファーの態度だ。
ゼルは困惑して顔を上げた。ああ、またくっついてるよ、こいつ。
最初、サイファーは椅子に座っていた。だから自分はベットに座って、レポートのチェックを
していたのだ。それなのに、何時の間にか、サイファーが背後に座りこんでる。
「・・・なぁ、ちょっと離れろよ。」
思い切って言ってみた。サイファーが意外そうに緑の眼を開く。
「何でだ?一緒にチェックした方が早く完成するじゃねえか。」
平然とした口調には、動揺の色が全く見られない。
「そ、そうか?」
そんな風に言われると、自分が意識しすぎなのか?と思ってしまう。
「早えとこ終わらせないと、ヤベェんだろ?」
重ねてサイファーが言う。確かにそうだ。ゼルはもう一度、目の前のレポートに集中した。

レポートは完璧だった。悔しいくらい良く出来ている。
傍若無人な暴れん坊のイメージが強いが、実はこの男はとびきり優秀な頭脳の持主なのだ。
その気になれば、一夜でこんなハイレベルなレポートを書き上げる。自分が訂正する箇所なんて、
どこにも無い。むしろ、お手本にしたいくらいだ。
でも、それでは格好がつかないではないか。仮にも指導教官なのに。
うんうんと頭を捻って、何とか訂正箇所を探そうとした。赤ペンを何度も唇に押し当てる。
「・・・汚れるぞ。」
サイファーがそっと上からペンを掴んで、唇から離した。
「うん。」
上の空でゼルが返事する。頭はレポートの事で一杯だ。
「・・・細ぇ首だな。」
微かな声が聞こえた気がした。襟足に熱い息がかかる。柔らかい、濡れた感触。
細い首筋を、サイファーの舌がペロリと舐めた。

「ひゃあああああああああっ!!!」

思わず飛び上がった。
「ななななななな、何するんだお前―――――――っ!!」
「・・・あ?」
サイファーがハッと瞳を開く。夢から覚めたように、パチパチと瞬きをする。

怖え。

ゼルは心底思った。怖えよ、こいつ。何が怖いって、この自覚が無さが、一番怖い。
だから自分も油断してしまうのだ。いつもそうだ。油断してるうちに、何時の間にか大きな手が
体をまさぐろうとする。今回はついに唇だ。それなのに、こうやって自分が騒ぐと、当の本人まで
一緒になって驚いている。まるで、自分は無関係だと言うように首を振る。
勝手に身体が動いたのだ、自分は知らない、とでも言いたげに顔をしかめる。
「もう・・お前、何なんだよ。」
殆ど涙目でゼルは訴えた。こんな話は聞いてない。サイファーがこんなスキンシップ過剰男
だったなんて。
思い余って雷神に「あいつ、ホモなのか?」と聞いたら、思い切り否定された。
本人に聞かれたら半殺しだもんよ、と蒼ざめながら口止めする所を見ると、本当に違うんだろう。
第一、あのリノアと一時期付き合ってた。(それほど深い関係じゃ無かったらしいが)そのリノアとは、
ティンバーで遊んでる時知り合ったって言うし、その遊びだって要は女だろう。
だから多分、ホモじゃない。
じゃあ、何だ。
何でこんなに俺に触ってくるんだ。雷神にこんな事してるの、見た事無いぞ。
混乱する頭を抱えながら、ゼルはひたすらサイファーの返事を待った。


サイファーは溜息をついた。またか。また、やっちまったのか。
一体何事なんだ。こっちが聞きたいくらいだ。俺は一体何をしてるんだ。
あの河原でゼルを抱きしめて以来、自分はおかしい。あの時の感触は、余りに良すぎた。
胸がじんと震える程、気持ち良かった。
だからって、これはねえだろ。
我ながらそう思う。あれ以来、中毒のように、ふらふらとゼルを抱き寄せてしまう。
最初、ゼルは物凄く驚いていた。「何を怒ってるんだ」と蒼ざめていた。
後ろから首を締めようとしてる、と思っているらしかった。
そんな事はしねぇ、と言うと「じゃあ何をする気なんだ」と聞いてきた。
上手い答えが見つからなかった。ただ抱きしめたかっただけだ。理由なんか無い。
だから、何も答えなかった。
何も言わない自分に、ゼルも諦めたようだった。

それで、暫くはもったのだ。
ゼルも次第に慣れてきた。自分から寄りかかってきたり、悪戯に技を決めようとしたりと、
子犬の様にじゃれ始めてきた。満足だった。それで満足だったのだ。
それなのに、また最近おかしい。抱きしめるだけじゃなくて、触りたくなる。
指で、直接肌に触れたくなる。服が邪魔だ、とさえ思う。
さっきの光景を思い出した。
ペンを押し当てる度、赤く鬱血する薄い唇。
微かな溜息が、濡れた唇から漏れる。背筋がゾクリと震えた。思わずペンを押さえ込んだ。
ペンじゃなくても、いい気がした。
この唇にはもっと他のものが押し当てられても、いい気がした。
ゼルが困ったように、首を傾げる。一心に俯く細い首に、触れたくなった。
指を伸ばすより、唇の方が近い。
唇で触る方がいい。指なんかより、ずっといい。

ゼルの反応に、一気に我に返った。むこうも驚いただろうが、自分はもっと驚いた。
何で俺が男の首なんか舐めなきゃいけねえんだ。
ドンとゼルを突き飛ばした。小柄な身体がコロコロとシーツの上を転がる。
「・・・・!痛って〜っ!何すんだよ!」
「驚いたか。」
わざと皮肉な笑みを浮かべて頭を小突いた。こうやって冗談で流しておかなければ、
危険な気がした。
「お、驚いたに決まってるだろ!」
顔を真っ赤にしてゼルが怒る。いつも通りの、餓鬼っぽい顔だ。何となく安心した。
ギリギリで助かった気がした。見ろ、この猿みてえにキーキーと騒ぐ姿を。
そうだ。俺はこの顔が見たかったんだ。ムキになって突っかかる赤い顔が面白くて、それで
こんな真似をしたんだ。そうに決まってる。それ以外考えられねえ。
「じゃあな。レポート、直す箇所があったら、教えてくれ。」
そういい残して、サイファーは急いで部屋を出た。


だけど、ホント、何であいつあんなに触ってくるんだろう。
教室の隅っこに座って考え込むゼルの頭を、誰かが軽く叩いた。。
「君が考え事なんて、珍しいね〜。パンが売り切れてたの?」
「アーヴィン・・お前、俺がいつもパンの事ばっか考えてると思うなよ・・・」
「あれ、違うの〜?」
微笑を浮かべて覗き込む顔は、中々の男前ぶりだ。ゼルはふと、顔を上げた。
「お前さあ・・・もし誰かが急にベタベタひっついてきたら、どう思う?」
アーヴィンがにっこりと笑った。

「溜まってるのかな、と思う。」

「・・・た、溜まってる?」
アーヴィンがうんうんと訳知り顔に頷く。
「欲求不満なのかなあ、と思うね。女の子にそんな思いさせたら駄目だよ。ちゃんと満足させて
あげなきゃ〜。」
いや、相手はサイファーなんだが。と思ったが、何となく訂正出来ない。
でも、今の意見は盲点だった。

確かに、溜まってるのかもしれねえ。
ゼルは考えた。サイファーは謹慎期間中だから、外泊なんて全然認められない。
ティンバーで遊びまくってたらしい男が、この禁欲生活。スキンシップ過剰なのも、それで説明
がつく。きっと、無意識に性欲を発散させてるんだろう。
何だか、気の毒な気がする。
自分が一日中べったりと張り付いてるせいで、サイファーは自由な時間が殆ど無い。
これじゃ、彼女も作れないだろう。原因の一端は俺にあるんだ。
だけど実際問題、彼女は当分作って欲しくない。これ以上日程が遅れるのは勘弁して欲しい。
手軽に性欲を解消させてやるとしたら・・・。
ゼルは勢い良く立ち上がった。アーヴィンの手を両手でがっちりと掴む。
「アーヴィン、頼みがあるんだ!聞いてくれ!」

「・・・何だこりゃ。」
サイファーが眉を顰めて、押し付けられた物体を見る。
「いいから、何も言わずにこれを見てくれ!それで明日返してくれ!」
ゼルが必死に、ぐいぐいとサイファーの腕を押す。
サイファーの手の中にあるのは、一本のビデオテープだった。
テープのラベルにはエクスタシーだの、タブーだのの文字が紫色に踊っている。
「アダルトビデオ・・・?」
ゼルは元気良く、指を突き出した。
「そう!アーヴィン一押しの作品なんだぜ!」

アーヴィンに頼んだのは、アダルトビデオのレンタルだった。自分では借りられない。
認めたくないが、絶対に年齢以上には見てもらえない。ガーデン付近のビデオ屋は、年齢詐称に
厳しい。ガーデンからそう依頼されてると専らの噂だ。だけど、アーヴィンなら大丈夫だろう。
そう思って頼んだのだ。既にちゃっかり年齢詐称済みの会員証を作っていたアーヴィンは、快く
引き受けてくれた。ゼルの希望は「うんと濃いやつ」だった。
テープを手渡しながら、「君にはちょっとキツイんじゃない?」とニヤニヤしていたが、ゼルは
別に構わなかった。サイファーがすっきりするような内容じゃないと、困るのだ。
ティンバーで遊びまくっていたサイファーが、満足するような内容じゃないと。

何を考えてるんだか。この馬鹿は。
張り切ってビデオを押し付ける金色の頭を、半ば呆れながらサイファーは眺めた。
それでも、思い当たるふしはある。昨日の一件だ。きっと俺が溜まってると思ったに違いねえ。
ならいっそ、ティンバーまで内緒で抜け出させてくれるとか、そこまで具体的に手助けして
欲しい。それなら自力で女を調達してみせる。馬鹿みてぇに画面を見るだけじゃなくて、
実際に女とやれるのに。
「なあ、遠慮するなって。ホント、見てくれよ。」
一生懸命訴える青い瞳に、ちょっと心が動いた。同時に好奇心も湧いてきた。
「いいけどよ。・・・てめぇはどうするんだ?」
「俺?」
きょとんとゼルがサイファーを見上げる。
「てめぇ、見たくねえのか?」
白い顔がカッと赤く染まる。
「そ、そりゃ・・・み、見てぇけどよ・・・」
サイファーが片頬をニヤリと上げる
「そりゃそうだよな。・・・なら、一緒に見ようぜ。」

別に深い意味があった訳じゃない。ゼルがこの手の事に疎そうだったから、構ってみたのだ。
アーヴィン一押しの作品とやらに、ゼルがどんな反応を示すか、ちょっと見てみたかったのだ。
ほんの少し、この奥手そうな男をからかってやりたかっただけなのだ。

『いぃぃあぁぁぁん・・・・!!』
全裸の女が画面でのたうちまわっている。だらしなく開いた唇から、唾液が零れ落ちる。
豊満な胸と大きく開いた股を、二人の男がいいように嬲っている。モザイクは一切無い。
3Pの無修正か。
サイファーはフンと鼻を鳴らした。あの店のどこにこんなテープが隠れてたのか。アーヴィンの
奴は真性のスケベ野郎だな。本能で見つけ出すに違いねえ。
馬鹿くせえ。
別に身体が反応しないわけじゃない。だが、所詮映像に過ぎない。
本物の女を抱けもしないのに、こんな映像を見たって後で空しくなるに決まってる。
それなりに身体に熱は篭るが、精神は冷め切っている。
ふと、傍らのゼルを見た。思わずニヤリと口元が緩む。
ほお。夢中だな、こいつ。

小さな顔が画面を食い入るように見ている。眼は大きく開きっぱなしだ。
喉がゴクリ、と鳴った。枕をぎゅっと抱きしめる。
『ああああん!いい――っっ!』
女が獣のような声を上げた。ゼルが一層強く枕を握り締める。
「・・・・っ・・」
苦しげに俯く。おやおや、とサイファーは思った。もう限界らしいぜ。このヒヨコは。
たちの悪い悪戯心が湧き上がってきた。
「おい、どうしたんだ?」
分っているのに、聞いてみる。ゼルがビクリと顔を向けた。息を切らせて言い返す。
「なんでも・・ねぇよ・・・っ」
白い頬が、薄桃色に上気している。いつも勝気そうな青い瞳が、切なげにトロリと潤む。
乾いた唇を、濡れた舌先がチロリと舐めた。細く尖った、赤い舌先。

くらり、と頭の芯が揺れた。
痺れるような震えが脊髄を走る。何て顔をしてるんだ、こいつは。
ゼルがふいと顔を背ける。再び枕に顔を埋める。
駄目だ。
強烈な否定の言葉が、脳裏を駆け抜ける。駄目だ。もっとその顔を見せろ。
もっと、近くで見せろ。
ぐい、と細い顎を掴んで自分に向けた。ゼルが驚いて眼を開く。
「な、何だ・・・?」
「手伝ってやる」
「え?」
「手伝ってやるって、言ってんだよ。」
有無を言わさず枕を剥いだ。ショートパンツの下で、モノがすっかり立ち上がってる。
間髪入れずに、その中に手を突っ込んだ。

「!!!!」
頭の中が真っ白になった。パニックで言葉が出てこない。ゼルはパクパクと口を震わせた。
何だ!?何だこれは!?手伝うって、何をだ!?
我慢していた。強烈な映像に下半身を直撃されながら、我慢してたのだ。
さっき横目でちらりと見たサイファーは、平然とした顔をしていた。余裕しゃくしゃく、
という風情だった。
羨ましかった。同時に、悔しかった。
格の違いを見せ付けられた気がした。男としての違いを。
キスすら未経験の自分とは違う。サイファーが抱いてきた女達の姿が見えるような気がした。
だから、我慢しようと思ったのだ。慌ててトイレに駆け込むような、みっともない真似だけは
見せまいと、我慢してたのだ。

なのに、これはどういう事だ。何でサイファーが俺のパンツに手を突っ込んでるんだ。
余りの衝撃に、身体が動かない。それをいい事に、サイファーがゼルのモノを易々と掴んだ。
大きな手が竿を緩やかに扱き出す。
「・・・・!!止めろ・・!!」
驚きで一瞬萎えたモノが、再び立ち上がっていく。初めて他人の手で扱かれる感覚は、強烈だっ
た。既に火のついていた身体が、容易く燃え上がる。下半身が溶けてしまいそうに熱い。
何とか逃げようと身を捩ると、逆にぐいっと引き寄せられた。
座ったままの体勢で抱きしめられる。背中にサイファーの広い胸が当たる。鋼のような片腕で、
後ろからがっちりと身体を押さえつけられた。
下半身を蠢く指に、頭の中が掻き回されていく。うねるような快感が全身を走る。
必死で、波をやり過ごそうとした。出す事だけは、避けたかった。
サイファーの手の中に放つなんて、想像もしたくない。絶対嫌だ。
大きな手が、竿のみならず、袋まで嬲りだす。5本の指に袋をやわやわと揉まれる感覚に、体中
が痺れた。
「いやだ・・!・・やめ・・っ・・・!」
爪が白くなるほど、指を固く握り締めた。今まで、こんな強烈な快感を感じた事も無ければ、
こんなに我慢した事も無い。どうしたらいいか分らなかった。少しでも身体を動かせば、
それだけでイってしまいそうだった。耐えるしかない。この残酷な指が諦めてくれるまで、
耐えるしかない。ゼルは血が出そうなほど強く唇を噛締めた。


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