逆転のフーガ(1)




かつて、こんなに緊張した事があっただろうか。
鏡に映る自分を真剣に見詰めた。気合を入れて逆立てた前髪。頬のペイントは、くっきりと
鮮やかだ。
よし。
強張る頬をビシッと叩いて気合を入れる。
やる。俺はやる。
大きく深呼吸をして、呼吸を整えた。


今日は俺が、スコールを抱く。


これには理由があるんだ。聞いてくれ。
昨日、俺は相変わらずスコールファンに因縁を付けられていた。
奴等は2タイプに分ける事が出来る。激情派とネチネチ派だ。
激情派は声がデカイだけで、根は単純な奴等が多いから、俺が心に耳栓をして聞き流せば、
何とかやり過ごせる。
問題は、ネチネチ派だ。
何かこう、あいつ等の言い方は神経に触ると言うか、疲れる。
一度逆恨みでスコールに被害が及んでから、極力自重してはいるが、俺がいかに駄目人間で、
スコール様に相応しくないか、ネチネチ延々と聞かされてると、「俺の貴重な時間を返せ!」
と纏めてファイナルヘブンでぶっ飛ばしたくなってくる。
昨日もネチネチ派はネチネチと俺を責め立てていた。
「何でよりによって、お前なんだよ。」
「それが一番、納得できねえよ。お前、自分でそう思わない?」
思う、と言えば怒るくせに、何故わざわざ俺に同意を求めるんだ。ホント、こいつ等との会話は疲れる。
溜息をついて目を伏せた。ああ、早く終わらねえかな。俺、見たい番組があるのに。
突然、ネチネチ派のボスが大袈裟に天を仰いだ。心底嫌そうに、俺を睨む。

「本当に信じられない。お前ごときがスコール様を抱いてるなんて。」


え?


思わず顔を上げた。今、こいつ何て言った?
愕然とする俺を尻目に、ネチネチ派が一斉に騒ぎ出す。
「そうだそうだ!俺なんか、眺めてるだけでも恐れ多いってのに!」
「それを、お前みたいなチビが・・・!」
「あんな美しい人を・・・」
喧騒の中、一際大きな声で、ボスが指を突きつけた。

「お前みたいなチビ猿が、スコール様を女扱いするなんて、ありえねえんだよ!!」

ホントにありえねえよ。
俺は呆然と立ち尽くした。
「お、俺は・・・」
思わず出た声も、どもりがちだ。俺は今まで、巨大な勘違いをしてたのか!?
もしかして、俺って、そう思われてたのか!?
俺が、スコールに突っ込んでると思われてたのか!?

信じられねえ。
眩暈を起こしつつ、必死で考えた。いや、でも、そうかも。そう思われても、可笑しくねえのかも。
だってあいつ、綺麗だもんな。嘘みてぇに、綺麗だもんな。そーゆー眼で見てる奴だって、
きっと大勢いるんだろう。美貌の委員長。伝説のSeeD。孤高のクールビューティ。
それに対して、俺、チビ猿だし。
元気だけが取り得の、馬鹿チキン(サイファー命名)だし。
そうなのか。そういう見方もあったのか。すげえ。天地がひっくり返るって、きっと、こーゆー事を
言うんだな。

俺があんまり驚いた顔をしてたからだろう。ネチネチボスが不審そうに眉を寄せた。
「何だよ。何驚いてんだよ。」
「い、いや、べ、別に・・」
「じゃあ、何でそんな顔すんだよ。」
ボスがしつこく追求してくる。
「・・・スコール様を抱く、あたりからおかしいよな。」
うっ。
さすがネチネチ派。観察が細かいぜ。俺は無言で俯いた。下手に喋ると、やばい気がする。
俺の願いも空しく、ボスがにゅっと顔を覗き込む。
「・・・違うのか?ひょっとして、お前が・・・?」

そう。俺が突っ込まれてる。

と、堂々と言える男がいるだろうか。
チキンと言いたいなら言え。嘘つきと責めたいなら、責めてくれ。俺には言えねえ。
このネチネチ派の面前で、「俺は女扱いされて、入れられてます。」何て宣言するくらいなら、
舌を噛み切って死んだ方がましだ。
「そ、そんなわけねーだろ。ば、馬鹿にすんなよ!」
胸を張って言い返すと、ネチネチボスが悔しそうに歯ぎしりした。
「やっぱり、やってるんだな・・・!」
しまった。セックスしてるって認めちまった。俺はどうしてこう、墓穴を掘りやすいんだ。

「お前みたいな奴にスコール様が汚されて・・・!」
ついにボスの目に涙が浮かび始めた。安心しろ、汚されてるのは俺だから。
自分の不幸さをつくづく実感した。全くの思い込みで、ここまで責められて、しかも否定も出来ねえ。
神様、何か俺に恨みでもあんのか。
ボスの涙がネチネチ派全体に波及して、一帯が愁嘆場と化す。泣きたいのはこっちだ。
俺のじいちゃんは昔、「男が嘘をついていいのは、人生で三回だけだ。それ以上嘘をつく奴はカスだ。
だからゼル、嘘をつく時は良く考えるんだぞ。」と教えてくれた。
その貴重な嘘を、男相手に突っ込むだとか、突っ込まないだとか、こんな情けねえ事に使っちまって。
俺の人生計画をどうしてくれるんだ。

「・・・・もういい。今日はもう勘弁してやる。」
がっくりと肩を落としてボスが寂しく去って行った。ネチネチ一同もボスの後について行く。
その後姿を見ながら、俺はハッと気付いた。
このニュースは、ガーデン中に広がるに違いねえ。
俺が、スコールをやってるって。
全身から血の気が引いてくる。背中にぞっと寒気が走った。
そのニュースがいつか、スコールの耳に入ったら。
スコールはキッパリ否定するだろう。当然だ。それが本当なんだから。
でも、俺はどうなるんだ。俺は男に突っ込まれてる上に、嘘つき呼ばわりだ。
しかもそれが真実ときた。ああ、一体どうすりゃいいんだ。
嘘つき野郎、とガーデン中から揶揄される自分の姿が眼に浮かぶ。頭を抱えて座り込んだ。

・・・待てよ。

ふと、手が止まった。
嘘だから、駄目なんだよな。

もし、嘘じゃ無かったら?

本当に、俺がスコールを抱いたとしたら?
そしたら、嘘じゃ無くなるんじゃねえか?


まあ、そういう訳なんだ。俺がこんな決意を固めてるのは。
もう、やるしかねえ。幸か不幸か(いや、幸はいらねえ)、男とのやり方ならスコールが嫌と言うほど
教えてくれた。体験学習はバッチリだ。俺にだって出来るはずだ!
ぐっと拳を握り締めて、俺はスコールの部屋に向かった。

「スコール、入っていいか?」
ノックして呼びかけると、すぐに扉が開いた。
「・・・ゼル?どうした?」
スコールが意外そうに瞬きする。俺は返事もせず、部屋に入り込んだ。憎らしい程端正な顔を、
じっと見上げる。
「・・・・・?」
スコールが首を傾げた。俺が何も喋らないのを不審がってる。
俺は男を口説いた事なんか無い。こいつ以外に口説かれた事も無い。だから、お手本はこいつしかいない。
スコールは俺の部屋に来ると、いつも俺をじっと見詰める。
妖しく熱を帯びた瞳に見詰められると、捕らわれの囚人の様に身動きが取れなくなる。
そうして、スコールは楽々と俺を絡め取る。一言も発さないまま。

だから、そういうもんだと思ってたんだ。ただ、見てればコトが始まるんだろうって。
だが、一向に何も起こる気配が無い。
スコールは冷静に俺を眺めてるだけだ。おかしい。何でだ?
困惑する俺に、追い討ちをかけるように、スコールが眉を顰める。
「・・・何でそんなに睨むんだ?」
滑りそうになった。
「睨んでねーよ!」
熱く見詰めてやってんじゃねーか!!何で分らんねえんだ!?
「じゃあ、何を怒ってるんだ?」
「怒ってねーよ!!」
いつも隙あらばアレに持ち込もうとするくせに、何で今日に限ってこんなに鈍いんだよ。
スコールが溜息をついた。
「怒ってないなら何だ。黙っていたら分らないぞ。話せ。」

頼む。お前に入れさせてくれ。

そんな事言えるか。俺にだってプライドがある。スコールは俺にそんな事頼んだりしない。
当然のように俺の中に入ってくる。第一、どんな顔をして頼めばいいんだ。
真顔でそんな事頼むなんて、考えただけで憤死しそうだ。

「う〜〜〜〜っ!」
俺は激しく頭を掻き毟った。折角セットした前髪が全部落ちて額に垂れる。
しょっぱなから、計画がガタガタだ。早く軌道修正しなくちゃ先に進めねえよ。
スコールが呆気に取られて俺を見ている。益々焦って頭を掻いた。
もういい。段階その一、「見詰め合って、その気にさせる」は破棄だ。
第二段階に突入しちまえ!

俺は大きく深呼吸した。よし、ここは大事なポイントだからな。落ち着け俺。
「シャワーを浴びてこい。」
微笑を浮かべて、悠然と言い放った。スコールは始まる前に、いつもこう言う。
俺は常々、このセリフをカッコイイと思っていた。男の余裕って言うのかな。
俺も一遍言ってみたいと思ってたんだ。
悦に入る俺を、スコールが腕組みをして見下ろす。
「・・・何でだ?」
何でって・・・。
予想外の返事に、俺は眼を白黒させた。スコールが不審そうに周囲を見渡す。
「風呂なら、もう入った。・・・それとも、何か臭うのか?」
何でこう一々予想と違うんだ。ヤケクソになって指を突きつけた。
「いーから、浴びてこい!浴びなかったら、ホントに怒るぞ!!」

喚く俺に見切りをつけたのか、スコールが首を振りながらシャワー室に向かって行った。
ゼエゼエと息を切らして、俺は小さくガッツポーズした。
何とか第二段階「シャワーを浴びさせる」を完了だ。だいぶ予想と違うけど、とにかく成功だ。
漏れてくる水音を聞きながら、自分の身体の匂いをクンクンと嗅いだ。
石鹸のいい匂いが鼻をつく。気合入れて洗ってきたからな。全身ピッカピカだぜ!



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