ギャンブラー 1



「運にはな、波があるんだ。波が来てる時には何をやっても上手くいくし、逆なら何もかも上手く
いかない。それは人間の力じゃ、どうにもならん。海の波と一緒だ。」
これはじいちゃんのお気に入りの格言だった。立派な軍人で、豪快な海の男でもあったじいちゃんは、
賭事にも強かった。
じいちゃんはある日、俺の頭を撫ぜながら考え深げに言った。
「だが、例外もある。凄腕のギャンブラーはその「運」を自分の力で引き寄せちまうんだ。いいか、
ゼル。そいつに会ったら、決して勝負を仕掛けるんじゃない。やったが最後、何もかも奪われちまう。
分ったな。」

車窓から流れる景色を見ながら、俺はつらつらと回想していた。
運に波があるのなら、俺の波は今、今世紀最大級の引き潮だろう。
今更ながら自分の不運に溜息が出る。ホント、ツイてねえ。
なんであの時、キスティスに見つかったりしたんだろう。

俺はその日、手紙(脅迫状とも言う)の束をゴミ置き場に捨てていた。これは既に日課と課している。
スコールファンの執念には恐れ入るばかりだ。よくまあ恨み言だけでこんな長文を書けるもんだ。
ゴミ袋から奴等の怨念がにじみ出てくる気がするぜ。
「ゼル、そのゴミがどうかしたの?」
「おわっ!!な、何だよ、キスティスか。何でもねえよ。」
キスティスの理知的な瞳がキラリと光った。
「何でも無いって顔じゃなかったわよ。ちょっとそのゴミを見せなさい・・・って、あら、すごい
手紙の量。・・・成る程ね。」
訳知り顔に頷いて俺の肩をポンポン叩く。
「ゼルって意外ともてるのね。うふっ。これラブレターでしょ。それでスコールに見つからない
ように、こうしてこっそり処分を・・。」
滑りそうになった。キスティスって時々こーゆー巨大な勘違いするよな。
「ちっげーよ!!!逆だよ逆!ラブレターなんかじゃねー!!脅迫状!!き・ょ・う・は・く・じ・ょ・う!!」
キスティスが驚いて眼を開いた。
「そんな・・・。酷いわ。」
「そうだよな!だろ?!酷いだろ?」
俺は勢い込んで叫んだ。そうだよ。何かもう麻痺してたけど、やっぱこれって酷いよな。ある日突然
男に惚れられて、強姦まがいにモノにされて、なのに周りは同情どころか嫉妬の嵐。脅迫状を破棄す
るのが日課の青春なんて悲惨すぎる。
「ゼル、可哀想・・・」
綺麗な切れ長の瞳に浮かぶ同情の色に、積もり積もったグチが一気に噴出してきた。
「大体、スコールに迫られてるって時点で俺的にはいっぱいいっぱいなんだ。なのに、こいつ等と
きたら、どこで見てんだ?って言うくらい俺の行動チェックしてケチつけてくるんだぜ。
たまんねーよ。俺は見世物じゃねーんだ。」
「分るわ、ゼル。辛いわよね。」
キスティスが聖母のように優しく相槌を打つ。それに導かれるように、俺は調子に乗って話し続けた。
まさかこの一件が、後々あんな事になるとは全然予想していなかった。


「我々がスコールとお前に旅行をプレゼントする。実行は明日だ。ありがたく思え。」
金曜日、俺は「キスティス・トゥリープ様FC」の面子に呼び出されていた。
「はあ?スコールと俺の旅行!?何だそりゃ!?」
「とぼけるな!!」
真正面の男が俺の頬を掠めて壁にパンチをくれた。モルタルの欠片がポロリと崩れる。
俺は顔を引き攣らせた。何だこの緊迫した雰囲気は。
その時、怒りに顔を浅黒く染めて、男が叫んだ。

「お前がキスティス様に訴えたんだろう!スコールと付き合うのに周囲が邪魔だと!」

はあ?

浅黒男の顔が苦痛に歪む。
「キスティス様が、あの麗しいお顔を曇らせて『ゼルが可哀想。何とか、スコールと二人っきりで
過ごさせてあげられないかしら・・・』と悩んでらっしゃるのだ!!これをお助けせずにいられる
かっ!なあ、皆!」
そうだそうだと気合の入った雄叫びが呼応する。

待て。ホントに待てコラ。

頭痛がしてきた。何時俺が「スコールと二人っきりで過ごしたい」なんて言ったんだ。
キスティス、一体俺の話をどう聞いてたんだ!?お前、頭大丈夫か!?
突然、浅黒男が胸ポケットからチケットを取り出して、俺の鼻先に突きつけた。
「本来ならば、お前達なんか応援する義理はこれっぽっちも無い!」
俺だって応援して欲しいなんてこれっぽっちも思ってねーよ!第一、この話はキスティスが勝手に思
い込んでる妄想だ。お前達はキスティスの脳内幻想を真に受けてるんだ。
何とか説明しようと口を開いたが、FCの面々はもはや自己陶酔の世界に入ってるようだった。
俺の話なんか聞く気配が無い。異様なテンションで拳を振り上げてる。スコールファンといい、こい
つ等といい、何で俺の周りはこんなのばっかなんだ。
浅黒男の目に涙が浮かび始めた。。
「この費用はな、もともと俺達が『キスティス様と楽しいドールの旅(※キスティス未承認)』の為に
コツコツ溜めていた積立金を解約して当てたものだっ。」
周りの奴等が感極まったように号泣する。その時、男が一際大きな声を張り上げた。
「しかし!キスティス様の心労を取り除く為にはいた仕方無い!お前達の為に『楽しいドールの二人
旅。ロマンチックナイト。』をプレゼントしてやる。感謝しろ!」
「まて――――っ!何だロマンチックナイトっーのは!行かねーよ!何でスコールと旅行しなきゃな
んねーんだよ!」
「行かない・・・?」
空気が一変した。熱い雄叫びが掻き消え、殺気が周囲を覆う
「俺達が血の滲むような苦労をして集めた旅行資金を・・・。最早払い込み済みで、今更キャンセル
しても金が返ってこないという事を分って言ってるんだろうな・・・貴様・・」
「そ、そんな事言ったって・・」
「ゼル・・・この話を断って、生きてこの場から帰れると思うなよ・・・」

言っとくが、俺は弱虫じゃねえ。チキンじゃねえ。ついでに男とロマンチックナイトを過ごしたくも
ねえ。
だけど命は惜しいんだ。一言言わせてくれ。

キスティスの馬鹿野郎。

「ドールに来るのは久しぶりだな。」
スコールが石造りの町並みを見上げながら呟いた。
「それにしても、お前から旅行を誘われた時は驚いた。しかも料金はキスティスFCもちだって
言うし・・・何でそんな事になったんだ?」
「・・・まぁ、色々と・・・すまん、あんま詳しくは聞かないでくれ。俺もあいつらの思考回路は
よくわかんねーんだ。」
「聞くなと言われても、寮を出る時にFC全員からエールを送られた身としてはな・・・。
中には涙ぐんでる奴もいたようだが。」
「・・・何か泣きたい事でもあったんだろ。」
俺はぶっきらぼうに返事をした。泣きたいのはこっちだ。
奴等のばかでかいエールのせいで、『楽しいドールの二人旅。ロマンチックナイト』の一件はガーデン
中に知れ渡った。来週から脅迫状は倍増することだろう。

「まあ、せっかくだから楽しもう、ゼル。もうそんな顔をするな。」
スコールが俺を覗き込んだ。サファイア色の瞳が宥めるような微笑を浮かべている。
ちょっと自分が恥かしくなった。普段スコールの事を無愛想とか、ノリが悪いとか散々言ってるくせ
に、何も知らないスコールに仏頂面して。スコールは(今回だけは)全然悪くないんだ。
気を取り直して顔を上げた。
「そうだな。じゃ、ホテルに行くか。ドール一のホテルだってFCの奴等が言ってたぜ。」
スコールがにっこり笑って頷いた。

「ななななななな、なんだ―――――!?この部屋は―――――!!」
部屋に入った瞬間俺は絶叫した。
白磁の花瓶から溢れんばかりの大輪の薔薇。大きなガラス窓一杯にひろがる港の景色。サーモン
ピンクに統一された壁紙と家具。ゆったりしたリビング。
そしてダブルベッド。
「・・・・当ホテル自慢のスイートタイプでございます。」
ポーターが顔を引きつらせながら説明した。差し出されたパンフレットにはこう書いてあった。

『当ホテル随一のナイスビューを誇る自慢のスィート。広いダブルベットはハネムーナー様に大好評
です。ロマンチックな夜をお客様に・・・』

ロマンチックな夜をお客様に・・・それで『ロマンチックナイト』か、成る程、また一つ物知りにな
ったぜ・・・・って、違う!!違うぞ馬鹿!!
何考えてるんだキスティスFC!!男二人の旅行でダブルベット取る奴がどこにいるんだ!!
おかしいと思ってたんだ。フロントマンのあのギョッとした顔。遠巻きにしてスコールを眺めてるフ
ロントウーマン達の「勿体ないわねぇ・・」と言う残念そうな呟き。
顔から火が出そうだ。このままガラス窓ぶち破って海に身投げしたい。
あからさまに俺達から眼を逸らしてポーターが部屋を出て行くと、どっと疲れが押し寄せてきた。
「大丈夫か?」
「・・スコール、これって好意か?それとも嫌がらせなのか?」
「両方だろうな。」
スコールが荷物をクローゼットに片付けながら簡潔に返答した。
「スコール、嫌じゃねーの?俺達今頃従業員一同の噂の的だぜ。」
「今朝のエールで相当免疫がついた。今更落ち込んでも仕方無いだろう。」
「お前って時々変に合理的だよな・・・。」
俺は嘆息してベッドに仰向けになった。するとスコールが隣にドサリと転がってきた。
「さすがに広いな。これなら大丈夫そうだ。」
「大丈夫って、何が?」
スコールが艶然と微笑んだ。
「寮のベッドは狭すぎると思ってたんだ。ここなら心置きなく出来そうだ。」

逃げよう。
俺は瞬時に決意した。
男二人でダブルベッド(しかもスィート)とって、従業員中の注目の的になってるだけでも神経の
限界に来てた俺に、スコールの言葉は衝撃的過ぎた。
何故なら、俺はほんの3日前に心置きなくヤラれたばかりだったからだ。

きっかけは(俺にとっては)些細な事だった。俺はその日、ダチと一緒にK−1の試合を観に行く
つもりだった。言っとくが、俺は本当にその試合を楽しみにしてたんだ。
それが直前になって、スコールが「行くな」と言って来た。
理由を聞いたら「俺達が付き合い始めた一周年記念日だから、その日は二人で過ごしたい。」ときた。
そんな下らねえ理由で大事なチケットを無駄に出来るか。俺は奴に内緒でガーデンを抜け出して
試合に行った。
帰ったらスコールが例によって根暗く怒って待っていた。何で逃げたんだってしつこく聞くから、
俺もいい加減頭に来て、
「お前にとってはお付き合い記念日でも、俺にとっては強姦記念日だ。そんなもん祝いたくない。」
と答えた。その瞬間、スコールの眼に火花が走った。
「そうか、なら強姦記念日らしく祝おうか。」
それからの事を思い出すだけで背筋が寒くなる。俺は次の日、一日部屋から出れなかった。

あんな体験、二度としたくない。逃げる。俺は逃げる。少なくとも、もうこの部屋にはいたくない。
・・・・とは言うものの、具体的な逃亡策が思い浮かばない。この狡猾な男を出し抜くには、
よっぽど上手くやらなきゃ駄目だ。俺はうんうんと頭を捻った。神様、仏様、じいちゃん、俺に
知恵を貸してくれ。
・・・・待てよ。じいちゃんと言えば・・・。
俺はベッドから跳ね起きた。
「スコール、その前に街に遊びに行こうぜ!」


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