ギャンブラー 2




フロント中の注目を浴びながらキーを預け、俺達はドールの街に繰り出した。
街は早くも夕暮れ色に染まっていた。港に停泊してるタンカーが夕日に鈍く反射している。
やっぱり港町って言っても色々だな。俺は何となく感心して巨大な船達を見ていた。
バラムも一応港町だけど、ガーデンの船以外は小型漁船やヨットくらいしかない。漁港兼リゾート船
停泊地ってところだ。そこにいくとドールは昔からの貿易港だから、港の作りも、入港してる船も
でかい。
船員目当ての飲み屋も多いし、何て言うか、何処となくスレた雰囲気がある。
おっと、呑気に考えてる場合じゃねえ。早いところいい店を見つけなきゃ。
キョロキョロと周りを見回すと、何やら見覚えのある酒場が目に入った。
「あれ、この店どっかで・・・」
「ああ、シヴァのカードを手に入れた店だ。」
「おお!!そう言えば!あん時はマスター随分悔しがってたよなあ。」
スコールが首をすくめて少し笑った。チャンスだ。俺は息を吸い込んだ。

「スコール!ち、ちょっと飲んで行かねえ?」

スコールは驚いたようだった。俺は矢継ぎ早に言葉を繰り出した。
「ほら、あの、折角旅行に来たんだし、少しはハメを外してみたいなー、なんて。」
スコールは意外そうに、へぇ、と言って首を傾げたが、やがてふっと微笑んだ。
「お前がそんな事を言うなんて珍しいな。なら、入るか。」

俺はドキドキしながら席についた。よし、まず第一段階成功だ。
ドリンクメニューを広げてるスコールを盗み見ながら、俺は小さくガッツポーズをした。
このまま粘ってこいつを酔い潰す。スコールが目覚めたら朝になってるって寸法だ。
昔じいちゃんが話してくれた事があったんだ。じいちゃんはハネムーン初夜に友達と酒を呑みに行っ
てベロベロに酔った挙句、朝までぐーすか寝ちまったって。(ばあちゃんは怒り心頭で二・三日口を
利かなかったらしい)
スコールにはじーちゃんPart2になって貰おう。これが駄目なら文字通り、走って逃げるしかない。
頑張れ!俺!

「スコール、もっと飲めよ。」
「もう結構飲んでる。お前こそ全然飲んでないじゃないか。」
「そ、そんな事ねーよ。いいから飲めったら!」
何なんだ一体、と言いながらスコールがグラスを口につけた。伏せた瞼がうっすらとピンク色に
染まり、上下する白い喉が退廃的な色気を醸し出す。
「ゼル?」
「な、何でもない。」
危ねー。不覚にもちょっと見惚れてしまった。しっかりしろよ俺。ボーっとしてる場合か。
早くこいつを潰さなきゃ俺の身が危険だ。
カウンターに向かって手を振ると、マスターと眼があった。

「やあ、いつかの坊や達じゃないか。」
マスターが満面の笑みを湛えて俺達のテーブルに寄って来た。
「あの時はやられたねえ。今日は観光で?」
「はあ、まあ。えっと、オーダーいいですか?」
マスターが俺の手からさっとメニュー表を取り上げた。
「水臭い事をいいなさんな。カードの強者に敬意を払って、今日は俺のおごりだ。何でも好きに呑ん
でくれ。」
「ええっ!?マジ!?」
俺は思わず叫んだ。何てラッキーなんだ。この店に入って良かったぜ!
「その代わり、俺も一緒に飲んでいいかな?勝利の秘訣を教えて欲しいんだ。君の腕前には惚れ惚れ
したよ。」
マスターが鷹揚に微笑んでスコールを覗く。スコールが微かに眉を顰めた。
「勿論!!どーぞ、どーぞ!」
俺はスコールに口を開かせまいと慌てて叫んだ。ここで断らせてなるか。酒代ただでこいつを酔い潰
せるって言うのに。

マスターが嬉々としてボーイに何か指示した。後は任せる、ということらしい。自らワインボトルを
開けてスコールのグラスになみなみと注ぐ。
「こいつは俺の一押しなんだ。じゃんじゃんやってくれ。」
スコールが苦笑して口をつける。何か、思わぬ加勢を得たって感じだ。
こんなにとんとん拍子に行っていいのか。
ひょっとして、俺、運が向いてきたんじゃないだろうか。
きっとそうだ。これが所謂『何をやっても上手くいく』って状態なんだな。
嬉しくなってきた。マスター、その調子でスコールにガンガン飲ましてくれ。

お勧めのワインは確かに美味かった。グラスを重ねるうちに、頭がフワフワと軽くなってきた。
マスターのオヤジギャグが、とてつもなく面白く思える。俺は机をバンバン叩いて大笑いした。
何だろ、スゲー楽しい。これが酒の力ってやつか!?

三本目のボトルが空になる頃、マスターがおもむろに咳払いをした。
「さて、君のカードゲームの秘訣を教えてもらおうか。」
「おーっ!俺も聞きたい聞きたい!!スコール、語れ!」
俺とマスターが拍手喝采すると、スコールがグラスを静かに机に戻した。

「・・・そうだな。俺のモットーは『勝負は一度だけ』だ。」

薄暗いランプの下で、スコールの瞳が濡れた光を帯びる。
「どのカードも手に入れようとするのは傲慢だし、愚かだ。欲しいカードは一枚に絞るべきだ。
他の全てのカードが手に入らなくてもかまわない。勝負に出るのは、そのカードを手に入れる時
だけだ。だから、その勝負だけは、絶対に落とさない。」

長い指が、魔術師めいた動きでグラスの縁をなぞる。
以前スコールと対戦した奴のセリフを思い出した。
『あいつ、ここ一番って所で必ず最強のカードを出してくるんだ。それまでは俺の方が断然有利だっ
たんだぜ。それがあっと言う間に形成逆転だ。ランダムハンドであんな強運、ありかよ。』

運を引き寄せるギャンブラー。

背中がゾクっとした。じいちゃんは何て言ってたっけ。そうだ、そいつには決して・・・。
マスターが突然オーバーに笑い出した。俺はハッと夢から覚めたように瞬きした。
「いやあ、若いのにたいしたもんだ。顔も良ければ、セリフも決まってるねえ。俺なんか何言っても
オヤジの戯言に聞こえちまうのに。男前は得だねえ。あっはっはー。」
笑いながら俺の背中をバンバン叩く。能天気な笑い声を聞いてるうちに、また愉快な気持ちになって
きた。
「そーだそーだ!スコール、お前、顔で得し過ぎなんだよ!罰として呑め!」
「おお、坊やは話が分る!」
「だろー!俺は世界一話の分る男なんだぜー。」
ゲラゲラ笑いあう俺達を見て、スコールが眉を顰めた。
「ゼル、随分酔ってるだろう。もうその辺にして帰ろう。」
「ヤダ!!絶対帰らない!!お前がこのボトル開けるまでは帰らない!」
俺は勝手にワインの大瓶を棚から取り出した。マスターがすかさず栓を抜く。スコールが溜息を
ついた。
「どうなっても知らないぞ。」
俺は笑いながらスコールのグラスに酒を注いだ。なーに言ってるんだ、お前を酔い潰すまで、ぜって
ー帰らない。そりゃ俺もちょっとは飲んでるけど、だいじょぶ、だいじょぶ。見た目は平静でも、
実はスコールの方が断然飲んでる。これからもっと飲ませてやる。しかも酒代ただ。がんばるぜー!

どれぐらい時間がたっただろう。周りには空瓶が散乱している。さすがのスコールも瞼が重たげに
下がり始めた。トイレに立つ足取りも危なっかしい。何とか戻ってきたスコールがふらつきながら
席につくのを見て、マスターが何気なく切り出した。
「ところで、あんなに強い君のことだ、さぞかしいいカードをコレクションしてるんだろうね。
・・・ちょっと見せてくれないか。」
「・・・どうぞ。」
スコールがいかにも大儀そうにポケットからカードを取り出した。マスターが眼を輝かせてカード
を捲る。
「すごいな・・・・!レアカードが勢揃いだ。こんなすごいコレクションは始めて見た。」
そりゃそうだ。こいつ、めぼしいレアカード殆ど巻き上げてるからな。宇宙ステーションでもエルオ
ーネ相手にゲームしてレアカード取ったって聞いた時には、こいつ魔女討伐よりカードゲームの方が
大事なのかって真剣に疑ったぜ。
マスターは暫く唸っていたが、突然スコールの腕を掴んだ。
「もう一回だけ俺と勝負しないか?なあ、これだけ飲ませてやったんだ。まさか断ったり
しないよなあ。」
半ば脅迫めいたセリフに俺は軽く眉を顰めた。さっきまで人の良い笑みを浮かべてた赤ら顔に、
何か違う嫌なものが混じりこんできた気がする。
「・・・・いいですよ。」
スコールが気だるく頷いた。いかにも重たげに頭を振る。俺は益々眉を顰めた。こんな状態で
カードゲームなんて出来るのか?
マスターが手際よくカードをシャッフルしだした。
・・大丈夫だよな。スコールは強いんだ。酔ってたってこんなオヤジに負けるはず無いよな。
湧き上がる不安を俺は無理矢理かみ殺した。

しかし、俺は思いもかけない結末をみた。
スコールが負けた。
俺の知る限りでは初めてだ。イーフリートのカードがマスターの手に収まった。
スコールが椅子の背から体を起こした。声の調子が変わる。
「もう一度やろう。」

何度やっても同じだった。次々にレアカードがマスターの手に入っていく。
このオヤジ、強い。俺は殆ど呆然としながらその光景を見ていた。
スコールの指が苛立たしげに机を叩く。マスターがカードを捲る。セイム。プラス。あっという間に
全てのカードが引っ繰り返る。
スコールが眼を瞑って天を仰いだ。

悔しい。確かにこのオヤジは強い。強いが、スコールの強さは桁違いだ。俺はスコールがエスタのス
ーパーコンピューター相手に対戦して、全戦全勝したのを知っている。酔ってなければこんなオヤジ、
相手にもならないはずなんだ。
「また俺の勝ちだ!」
マスターが宣言した。頭を抱えるスコールを見下ろして、マスターが勝ち誇った顔をした。
「坊や、そうだな、俺からも秘訣を教えてやろう。」
スコールの前髪をぐっと持ち上げてニヤリと笑う。

「ただ酒には注意しろってな。」

汚ねえ。
俺はギリギリと歯ぎしりをした。最初からそのつもりだったんだ。強い酒を勧めて泥酔させる。
その上でカードを巻き上げるつもりだったんだ。
「てめぇ!!」
椅子を蹴ってオヤジの胸元を掴んだ。
「止めろ。」
低い声が俺を遮る。
「これは俺の勝負だ。お前は口を出すな。・・・マスター、もう一度頼む。」
「中々鼻っ柱が強いねえ。そうこなくちゃ。」

ぐらつく体を肘で漸く支えながら勝負するスコールを見て、涙が出てきた。
ごめん、スコール。俺がこのオヤジの片棒を担いじまった。
お前の大事なカードコレクションを、こんな事で失わせちまうなんて。
手も無く負けていくスコールを見て、周りのオヤジ達が冷笑している。違う。こいつ本当に、本当に
強いのに。最高のギャンブラーなのに。
涙がボロボロ零れた。頼む。神様、俺の運を全部やってもいい。こいつに勝たせて下さい。
これ以上スコールのカードを獲らないで下さい。
俺は必死に祈った。が、そうしてる間にもレアカードが無情に取られていく。

ついに最後のレアカードが、スコールの手からもぎ取られていった。

「スコール、ホテルに帰ろう。」
俺はスコールを立ち上がらせ、肩を貸した。
「毎度有難うございましたっと。」
マスターがおどけた口調で言う。ぶん殴ってやりたかった。が、半分意識が朦朧としているスコール
を放って乱闘騒ぎなんか起こせない。俺は血が出そうになるぐらい、ぎゅっと唇を噛締めた。
こんな店、二度ときたくねえ。


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