凍える銀の髪 |
「俺ね、待つのは平気なんです。」 そう言って、目の前で笑う銀髪の上忍。 思わず怒鳴りつけそうになった。やっと堪えて、平静な声を繕った。 「・・・だからって、こんな時間まで待つ事ないじゃないですか。しかも、こんな日に。」 「ごめんなさい。」 唯一露な右目が、またニコリと弓形に細められる。 「でも俺、待つの平気だから。」 「平気って・・・・」 嘆息しながら頭上を見上げた。漆黒の空から降り注ぐ雨は、一向に止もうとしない。 青白い街灯の下の銀髪はぐっしょり濡れて、いつもより一層寒々しい。 「・・・俺、30分待って来なかったら、帰って下さいって言いましたよね・・・・?」 半ば諦めながら確認する。 「はい。」 「カカシさん、分かりましたって、言いましたよね?」 「はい。」 「・・・じゃあ!何で待ってたんですか!?」 込み上げる怒りに、思わず声を荒げて詰め寄る。もう一体何度目の会話だ、これは。 いつもそうだ。 今日は遅くなるので、お付き合いできません。それなら待ってます。そんな失礼はできません。 大丈夫です、待つのは平気だから。 そんな押し問答を繰り返し、根負けして「じゃあ30分待って来なかったら帰って下さい。」 と頼みこむ。カカシが分かりました、と頷く。 それなのに。 それなのに、帰っていたためしが無いのだ。 いつだって、どんなに遅くなっても、カカシはこの曲がり角で自分を待っているのだ。 一日どんよりと空を覆っていた雲が、日が沈むと同時に冷たい雨となって降り注いだ、こんな夜すら。 仕事を片付けてる間中、気が気じゃなかった。 降りしきる雨の中、ただひたすらに自分を待ち続ける銀髪の上忍。その姿が、何度も脳裏を過ぎった。 その度に、何もかも放り出して駆け出したくなった。それを、やっと抑えて仕事をこなした。 大丈夫。こんな雨なんだから。30分たったら、帰ってくれって言ったんだから。あの人だって、 頷いたんだから。だから大丈夫。今日は絶対待ってない。 必死にそう自分に言い訳して、はやる心を抑えた。 だのに、やっぱり。 だのにやっぱり、待って居たのだ。この上忍は自分を待っていたのだ。 残業が終った途端、すぐさまアカデミーを飛び出した。駆け込むように、最初の曲がり角を曲がった。 その瞬間、心臓が止まりそうになった。 降りしきる雨の中、見慣れた長身が影のように立ち尽くしている。 自分の姿を見て、嬉しそうにニコリと笑う。どーも、と何時もと同じ惚けた口調で右手を上げる。 怒りで一瞬目の前が歪んだ。 ふざけるな。 一体、何のつもりだ。何で、ここまでして俺を待つ。 雨が降ってるんだぞ。あんたは上忍なんだぞ。 それが、こんな捨てられた犬みたいに自分を待ち続けて。そしてまた、お決まりのセリフを 聞かされるに決まってる。 『待つのは平気だから。』 情けなさで拳が震えた。 この人は、俺を何だと思ってるんだ。俺は、そんなに冷たい人間に見えるのか。 待つのは平気だから、と言えば俺が何も気にしないと思ってるのか。 こんな雨の中待ってるあんたを見て、何とも思わない人間だと思ってるのか。 「・・・・俺、こんなのはもう嫌です・・・・!」 搾り出すように訴えた。 「どうして、帰ってくれないんですか・・・・!どうして、待ってるんです・・・・!」 濃紺の瞳が驚いたように開く。 「あ・・・・すいません。でも俺、本当に平気なんです。待つの平気なんです。ね?気にしないで下さい。」 何事も無かったように、寒さに血の気の引いた爪で俺の腕を取る。明るい声で眼を細める。 「今日は、何処で呑みましょうか?俺ね、結構良さげなトコ見つけたんですよ。」 馬鹿野郎・・・! 子供のように、わんわん泣きながらぶん殴ってやりたくなった。 馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがって。俺を馬鹿にしやがって。 平気なら、なんでこんなに手が冷たい。なんでそんなに俺を見詰める。 あんたの眼は、いつだってこう言ってるんだ。 早く、気付いて。 でないと俺は、死んじゃうよ。 そう言ってるんだ。 なのに何で、何も教えようとしない。隠そうとする。ただ平気平気と繰り返すだけで。 俺を馬鹿にしているくせに、その馬鹿にヒントすら与えようとしない。 何に気付けっていうんだ。 あんたは俺に何を、気付いて欲しいんだ。 「ね、早く行きましょうよ。店、閉まっちゃったら勿体ないし。」 銀の雨に打たれた指が、宙に向かって伸ばされる。その冷えた手を、この手の中にもぎ取ってしまいたい。 あなたが本当に行きたい場所はどこだと、詰め寄ってしまいたい。 あなたが真に待つものを、教えろと泣き叫んでしまいたい。 そうすれば、あなたをこんな雨の中、待たせたりはしないのに。 あなたの凍える銀の髪。それを暖める事が出来るのに。 |
|
終 | |
愛のカカイル便りに戻る |
NARUTOのコーナーに戻る |