愚痴




愚痴なんか、聞きたくなーいね。


いつだってそう思ってきた。
命乞いする敵。しくじった味方。縋り付く女。
奴等の言い分は皆同じだ。
俺だって、あたしだって、辛かった。悲しかった。嫌だった。
まとわりつく野良犬のような、惨めな期待に濡れる瞳。どうか判ってくれと訴える、歪んだ唇。
「・・・だから、なに?」
いつだって、その一言で切り捨ててきた。
それが当然だと思ってきた。


だけど。


「イルカ先生、疲れてるんじゃないですか?」
「・・・・いえ!大丈夫です!申し訳ありません!だらしない所をお見せしまして・・・!!」
人気のない夜の受付所で、驚いたようにピンと伸ばされる背筋。
「でも、ここしばらくの騒ぎで、事務方が随分減ったでしょ?・・・正直、キツくありません?」
張り詰めた姿勢を崩さない相手に、誘いかけるように微笑む。
「いえ!平気です!全然、大丈夫です!!」
勢い込んで否定する唇。忙しい手付きで捲られる報告書。
「えーと・・・・あ、はい!これで結構です!ご苦労様でした!」
にっこりと笑う黒い瞳。元気良く下げられる頭。
「・・・・・・・。」
「・・・・・?どうされました?」
立ち去らない俺に、いぶかしむように瞬く睫。


嘘つき。


嘘つき。あんたは嘘つきだ。
あんたはさっき、言っていた。先に帰ろうとする同僚に言っていた。

いいなあお前。彼女待ってんだろ?俺、最近、飯食うの寂しくてさ。この頃本気で仕事量が半端じゃ
ないだろ?疲れて帰って夜中一人で弁当食うの、しみじみ寂しくてさ。ああ誰か一緒に居てくれねえ
かなあ、って。もう誰でもいいからさ。朝まで一緒に居てくれねえかなって。

いいだろ、と得意げに笑う同僚に、あんたは苦笑いしながらそう言ってた。
だから聞いたんだよ。
疲れてるんじゃないですかって。キツいんじゃないですかって。


俺でもいいでしょ?って思ったんだよ。
誰でもいいなら、俺でもいいでしょって。
俺が一緒に飯食っても。俺が一緒に朝までいても。
あんたと会話らしい会話なんか、したことない俺でも。
ナルトの上官の俺でも。こうして夜中に血生臭い報告書を提出する上忍の俺でも。
ねえ。
それが、誰でもいい、ってことでしょう?


不自然に続く沈黙に、イルカが困ったように瞬きする。手にした報告書に、もう一度眼を走らせて
不安げに確認する。
「あの・・・まだ何か・・・?」
「いえ。お互い、こんな夜中まで大変ですねー。」
イルカがホッと安堵の溜息を吐く。そしてたちまち顔を引き締める。
「いえ。カカシさんのような、外で命懸けの任務をされてる方々のご苦労を思えば、俺なんか
全然大変じゃないです。」
さっきまでの疲労の跡は跡形もなく、真摯な光を浮かべる瞳。ああ。素敵だねイルカ先生。
真面目で謙虚で、礼儀正しい理想の中忍。
「・・・じゃ、俺はこれで。」
「はい!任務、本当にご苦労さまでした!」


ねえ。


寂しいって言ってよ。
一人でいると寂しいって。
一緒に飯食って欲しいって。朝まで一緒にいて欲しいって。

ねえ。
下らない愚痴零して甘えるあんたを、はいはいって笑いながら抱き締めたいんだ。
疲れたあんたにキスしたいんだ。たくさんたくさん、キスしたいんだ。

ねえ。
あんたの愚痴が聞きたいよ。
あんたの零す、その愚痴が。
優しいあんたが俺だけに、零す愚痴が聞きたいよ。












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