自立ノススメ 1



正反対の立場に立つ二人。
あ互いの希望が、たまに完全に一致する事がある。
それって奇跡だと思う。
絶対に実現させなきゃ駄目だと、俺は思う。



「な?スコールもそう思うだろ!?」
勢い込んで詰め寄る俺を、スコールが胡散臭げに見下ろす。
「・・・・まぁ、そうかもな・・・・」
じれったいくらい慎重に、ゆっくりと頷く。俺が興奮して訴える時は、いつもこうだ。
びっくり箱でも開けようとしてるかの様に、「心の準備をしておかねば」って眼で眺めてくる。
俺は苛々と両手を振り回した。
「なにだりぃ返事してんだよ!?俺とお前の事なんだからな!もっと気合入れて聞いてくれよ!」
「・・・・俺達の事・・・?」
スコールが益々警戒した声で尋ねてくる。思わず胸を張って、ニカッと笑いかけた。
「大丈夫だって!元々お前が言い出した事だし!」
「・・・・・俺が?」
「そう!安心しろ、俺がいい方法を考えてやったから!いいか?名づけて・・・」
うんと大きく息を吸って叫ぶ。



「俺式スコール自立計画!!」



かなりの沈黙の後、スコールがようやく口を開いた。
「・・・・悪い。意味が全然分からない。俺の自立が、何だって?」
「は!?どうしたんだよ。珍しいな。お前がそんな鈍いなんて。」
首を傾げて、端正に整った顔を覗き込んだ。
「この間の事、もう忘れちゃったのか?」
「・・・この間?」
スコールが不審気に尋ねる。
「そう!ほら、俺が「苦しいからもう放せ」って言った時に!」
「・・・・?」
形のいい眉が一層不審気に顰められる。しょうがねぇなぁ、マジで忘れちゃったのか!?と大袈裟に
肩を竦め、元気良くスコールの鼻先に指を突きつけた。


「スコール、『俺だって、お前のせいで苦しい』って言ったじゃんか!」


ドサリ、と何かが倒れこむ音がした。
見ると、スコールがベッドに深々と腰を落ろしていた。片手で顔を覆ったまま、低い声で呟く。
「あれか・・・・あの時のセリフか・・・」
「そう!更に『俺のほうがお前よりずっと苦しくて、可哀想だ。だから放せなんて言うな』って
言ったよな!?んで、朝まで俺を抱き枕にしたよな!?」
「・・・・・ああ・・・・」
やっと思い出したらしいスコールに、うんうんと大きく頷く。
「俺さぁ、今までお前は単にベタベタすんのが好きなんだ、って思ってたんだ。でも、違ったんだな。
実はお前も、そういう自分が嫌だったんだな。苦しかったんだな。判んなくってごめん!・・・ったく、
何で早く言わねーんだよ!?水臭せえよ!」
何故か顔を上げようとしないスコールに、力強く語りかけた。
「マジ奇跡だよな!俺とお前の目的が一致すんなんて!!俺もずーっと、お前のそういう、やたら
ベタベタしたがる性格を何とかしてくれって思ってたんだ!まさかお前もそう思ってたなんてな!
嬉しいぜ!!」
俯くスコールの広い肩を、ガシッと両手で掴んで大きく叫んだ。



「まかせろ!俺が絶対お前を自立させてやる!一人でも平気な男にしてやるから!!」



相変わらず無反応のままのスコールに、流石に不安になって顔を覗き込んだ。
「・・・・スコール、どうした?具合でも悪いのか?」
「・・・・・・・・いや、何でもない。」
スコールが溜息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・気にするな。俺が忘れてたんだ。お前のその、人の言う事をひねりなく受け取る性格を。」
きょとんと見上げる俺に、スコールがもう一度大きな溜息をつく。
「・・・分かった。今回は俺のミスだ。お前の気の済むまで、その話に付き合ってやる。」
「?ミス?」
「気にしなくていい。一体、どんな計画を立てたんだ?」
何かを吹っ切ったように尋ねてくるスコールに、ちょっと戸惑った。が、すぐに気を取り直して
ぐいと右の拳をスコールの前に突き出した。
「・・・見ろ!全財産叩いて買った、この一品!!」
窓から差し込む陽光に、指に嵌めた指輪がキラキラと輝く。そのまま腕を天高く掲げ、声高らかに
叫んだ。



「オダイン印、強力ガードリング!!」



「・・・・・なんだそれは。」
スコールが一拍置いて冷静に尋ねる。俺は意気揚揚と解説を始めた。
「あのチョンマゲ科学者が作ったガードリングだ。この指輪がすげートコはだな、バトル以外でも
効果が持続する、ってトコなんだ。」
リングを嵌めた手をスコールの目の前でぶんぶんと振る。
「この指輪を嵌めてると、誰も触れる事が出来ねぇんだ。ほら。こんな感じに。」
掌をスコールに向かって伸ばす。あと10cm位で指がつく、という瞬間、スコールは何かに弾かれた
ように一歩後ずさった。
「元はエルオーネを守る為にラグナが作らせたモンなんだが、魔女騒動も一段落したっつー事で、
一般に払い下げる事になったんだ。いやー、マジ有り金全部払ったぜ!」
じっと俺を見下ろすスコールに、ニッと笑いかけて宣言する。


「もうこれで、お前は俺に一切触れねぇ!自立に向かって前進あるのみだ!!」



言い終った途端、場の空気が一変したのが判った。
「外せ。」
彫像のように無表情になったスコールが、氷のような声で吐き捨てる。さっきまでの、何かを諦めた
ような寛容な雰囲気は既に跡形も無い。
驚いて見上げる俺に、スコールがもう一度底冷えのする声で命令する。
「今すぐ、その指輪を指から外せ。」
「だ、駄目だ・・・」
後ずさりながら答えた。スコールの蒼い瞳に、青白い怒りがチリッと過ぎる。次の瞬間、スコールは
目にも止まらぬ速さで腕を伸ばしてきた。途端、小さな破裂音と共にその長い腕が弾き返される。
「ほ、ほら、だ、駄目だろ?」
ドキドキしながら答えた。スコールが片手を抑えながら、苛立たしげにガードリングを睨む。
その姿を眺めてる内に、次第に自信が湧いてきた。この冷静沈着な男が、こんなあからさまな
苛立ちを見せるなんて。やっぱすげぇよ、この指輪。
「な?そういうのが駄目なんだよ。そういう無理矢理な態度がさ。それじゃ自立なんて夢の夢だぜ。」
弾んだ声でスコールを諭した。おお。何か俺、かっこよくないか?あのスコールに説教してるぜ!
「取り合えず、暫くこれでやってこうぜ!な!?」
「断る。とにかくその指輪を外せ。」
スコールがピシャリと俺の言葉を撥ね付ける。あまりのにべもない拒否ぶりに、流石にムッとして言った。
「何でそういう言い方すんだよ。俺、有り金全部叩いて買ったんだぞ。お前の自立の為にって・・・」
「余計なお世話だ。・・・・第一、その大金を払った指輪は本当に本物なのか?」
スコールがふと思いついたように質問する。
「え?本物って?」
「本物なら、裏にエスタの刻印があるはずだ。ちゃんと確認したのか?見てみろ。」
冷静な声で尋ねられる。きょとんと首を傾げて答えた。
「は?んな事しなくても大丈夫だろ?だってこれ、エルオーネ本人から直接貰ったんだし。」
スコールが小さく舌打ちをして視線を逸らす。それで、今の質問が指輪を外させる為の計略だった事に
気付いた。


「〜〜〜〜!!おまえなぁ!!」
思わずカッとして叫んだ。何だよ。何なんだよこいつ。
しよっぱなからこれかよ。
一緒に頑張ろう、って言ったばっかなのに。こいつだって、俺の計画に乗るって言ったのに。
それなのに、こいつがまずやったのは、俺を騙そうとする事かよ。
さっきのキツイ拒絶に、既にささくれていた心が一気に怒りに染まっていく。
「あったまきた!!もうぜってぇ指輪は外さねぇ!!」
「・・・!待て!」
思わず、といった感じに手を伸ばしたスコールの手がまた音を立てて弾かれる。持ち主の感情も
ある程度反映されるのか、今度は青い火花まで飛び散った。痛そうに顔を顰めるスコールに構わず、
ビシッと指を突きつけて叫んだ
「いーか!!お前がどんな手ぇ使おうと、この指輪は絶対外さねぇ!!お前が自立するまでな!!」
怒りに顔を赤らめながら、挑むように叫ぶ。



「悔しかったら、俺に指輪を外させてみろよ!!」



「・・・・わかった。」
しんと静まり返った部屋の中、スコールがゆっくりと顔を上げる。
「つまり、お前がその指輪を外せば、この話は終わりになるんだな?」
「お、おう。そ、そうだ。」
何か最初の趣旨と微妙に違う気もするが、まあいい。俺が指輪を外すのは、スコールの自立が成功した
時なんだから、大した違いはねぇ。
「・・・判った。そういう話なら判り易い。自立なんて曖昧な条件をつけられるより、よっぽど明確だ。」
スコールが冷徹な口調で言う。元々硬質に整った美貌の持ち主だけに、そういう物言いをすると無闇に
迫力がある。正直言って怖え。何時もの俺なら、とっくに腰が引けてるトコだ。

が、今の俺は違う。
指輪の感触を指で確かめながら思った。
俺にはこの指輪がある。大枚叩いて買った、このガードリングが。
これがある限り、スコールは絶対俺に手出しできねぇ。

勝利の予感がじわじわと胸に湧き上がってくる。
そうだ。大体、いつも俺がスコールに負けちまうのは、結局は腕力の問題なんだ。
どんなに俺が怒ろうが、止めろって叫ぼうが、最後には結局こいつの腕力の前にねじ伏せられる。
そして、強引にセックスにもちこまれちまう。その敗北感と屈辱感ときたら相当だ。
何しろ、ついさっきまで大喧嘩してたはずの相手に突っ込まれて、女みてぇによがっていきまくる
んだから。落ち込むなんてもんじゃない。コトが終わる度に、俺って駄目男、という言葉がずっしりと
全身に圧し掛かってくる。マジで直ぐには顔も上げられないくらい、気持ちが沈みこんじまう。

そこをスコールの奴は、すかさず優しげな言葉で慰めてくるのだ。
精神的にも体力的にもドン底状態の俺に、その効果は絶大だ。あっさりと丸めこまれて、うやむやの
うちに喧嘩が終わっちまう。いつだって、その繰り返しだ。

が、ついにこの負の連鎖を断ち切る瞬間が来た。
この指輪さえあれば、きっちりスコールに対抗できる。それどころか、もしこいつの自立が上手く
いった暁には。
湧き上がる希望に、思わず拳にぐっと力が篭る。
そしたら、俺の悲願「スコールと健全な関係に戻る」も夢じゃねぇかもしれねぇ。

モリモリとやる気が全身に漲ってくる。
よし。俺はやる。スコールと俺の、明るく正しい未来に向かって頑張りまくる。
既に最大の難問、「力でねじ伏せられる」は無事クリアだ。
後は、今みてぇにこいつの口車に乗って指輪を外したりしねぇ事が肝心だ。
何しろこいつは無口なようで意外と口が巧い。口が固いと言われる奴等が、スコールの巧みな質問に
べらべらと情報を漏らすのを、俺は何度も見てきた。
おし。そうと決まれば、ぐずぐずなんかしてらんねぇ。
「じゃあな!俺、ちょっと用があるから部屋に戻る!」
言い終ると同時に、俺は弾丸のようにスコールの部屋を飛び出した。


自分の部屋に戻ってすぐに、「注意!指輪を外すな!」と赤字で大書したメモを目に付く所全てに
貼りまくった。
あの知恵の回る男を本気にさせたんだ。どんなに警戒しても、し過ぎるって事はねぇ。ついでに両手の
甲にも注意書きを書き込んだ。
メモ紙が部屋中を埋め尽くす頃、ようやく満足して周囲を見回した。
よし。こんだけやれば、今後どんなにあいつが巧い事言っても、途中で我に返る事が出来るだろう。
手の中の指輪をぎゅっと強く握り締めながら、俺は何度も力強く頷いた。




「へー、それでこの状態なわけ〜」
翌日遊びに来たアーヴィンが、赤文字まみれの部屋をのんびりと見回して言う。
「おぅ!すげーだろ!?完璧防御ってヤツだぜ!」
胸を張って自慢する俺に、長身のスナイパーが気の抜けた声で相槌を打つ。
「まぁね。確かにすごいよね。僕、どこの呪いの館に来たかと思ったもん。普通、常識が邪魔して
ここまで出来ないよ。」
「え。そんなすげぇ?完璧?俺、ようやく人生上向きだな!」
うきうきと浮かれてアーヴィンの背中を叩いた。うん、そういう無意味にポジティブなトコもすごいよ、と
アーヴィンがしみじみとした口調で頷く。
「やー、そんな誉めんなよ。もう一杯、飲むか?」
いそいそとペットボトルから茶を注いだ。ありがと、とアーヴィンが一口茶を啜る。そしてふと、
何気なく呟いた。

「・・・まぁでも、僕、結局その計画は失敗すると思うけどね〜。」


「何でだよ。」
思わずムッとして聞き返した。
「う〜ん。ま、相手が相手だし、君も君だしねー。」
自称世界一のスナイパーがあっさりと言う。ふん、と鼻を鳴らしてその広い額を指で軽く突いた。
「ばっかだなー!何言ってんだよ。それは過去の俺だって。あいつの怪力の前に涙を飲んでた頃のな!
いまじゃ、スコールは俺に触れもしねーんだ。」
アーヴィンの鼻先に、くっつかんばかりに指輪をぐいと押し付けて宣言する。
「この指輪さえあれば、計画成功は間違い無しだ!」

「・・・・まーね。でも、やっぱり僕は駄目だと思うね。」
アーヴィンが妙にきっぱりとした声で言う。
「だから何で。」
「さぁね。」
長髪の大男が肩を竦める。
「んだよ。ここまできてはぐらかすなよ。最後まで言えよ。」
唇を尖らせて訴えた。アーヴィンが栗色の睫毛をゆっくりと瞬かせる。決まりきった事実を
指摘するような、静かな、はっきりとした口調で言う。

「だってそれ、ただの指輪じゃないか。」


「・・・・・?だからただの指輪じゃねーって言ってるだろ?」
首を傾げて訴えた。アーヴィンがそうだね〜、と元の惚けた口ぶりに戻って言う。
「まぁいいじゃないか〜。僕がそう思ってるだけなんだし〜。」
「良くねーよ。て言うか俺、賭けてもいいぜ。絶対この指輪は外さねぇって。」
「・・・・そーお?じゃ、なに賭ける?」
アーヴィンがぐっと身を乗り出して言う。狙撃手なんて一かばちかの商売を
選ぶだけあって、こいつは賭け事が好きだ。急に生き生きとした顔で
話し掛けてきた。
「何でもいいぜ!俺は・・・そうだ!俺が勝ったら、おまえ一ヶ月間昼飯奢れ!」
急に思いついた超級ナイスアイデアに、俺も思わず身を乗り出して詰め寄った。

そう。何しろこの指輪はバカ高かった。
おかげで財布の中はスッカスカだ。暫く昼飯はパン一個だな、と悲壮な決意を固めてたトコだ。
まさに渡りに船ってやつだ。
「う〜ん。なんかつまんないなぁ。ま、でもいいか。僕もそれなりに助かるしね。・・・じゃ、期限を
決めようよ。僕は二週間で充分だと思うな。君は?」
アーヴィンが余裕の笑顔で言う。思わずぽかんと口を空けた。んだそりゃ。そんな短期間、超楽勝じゃ
ねぇか。まじこいつ判ってねぇな。この指輪の威力を。
込み上げる嬉しさにガッツポーズを取りたくなった。もう勝ったも同然だ。もはやアーヴィンが鴨に
しか見えねぇ。背中に大量の葱が張り付いて見えるぜ。
「いいぜ!!二週間後、死ぬほど飯食いまくってやるからな!!」
はちきれんばかりの笑顔で頷いた。俺の間抜けな鴨野郎は、楽しみにしてるよ、と柔らかそうな
唇を緩めてにっこりと頷いた。





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