Lie lie lie 2



差し込む朝日に、目が覚めた。
まだ重い瞼を渋々開けた途端、銀色の物体が目に飛び込んできた。
何だこれ?・・・ああ、髪の毛か。銀色の髪なんて珍しいな。まるで、あの男みたいだ。うん。まるで、
カカシ・・・・。
ぼんやりと考えてるうちに、頭が段々覚醒してきた。同時に昨日の記憶も蘇って来る。
「!!!!!」
飛び跳ねるように起き上がった。その瞬間、下半身に痺れるような痛みが走った。
思わずまた布団に突っ伏して呻いた。その声に、銀髪の上忍がうっそうと瞼を開く。
まだ夢の中にいるように、とろりとした視線で見上げてくる。真っ青に顔を引き攣らせて、その緩んだ
顔を凝視した。そんな俺に、カカシも次第に真顔になっていった。

そして、今に至る。
思考停止状態のままボーッと座り込んでいると、ふいにシャワーの水音が止んだ。
改めて背筋に寒気が走った。ど、どうしよう。カカシが戻ってくる。
戻ったら、きっと詰問してくる。してくるに決まってる。
いったい、どうしてこんな真似をしたのだ、と。

目の前が暗くなる気がした。
状況から言って、俺が誘ったのに間違いない。いや、誘ったんだ。
僅かに残る記憶がその証拠だ。俺は、助けて、と泣きながらカカシに抱きついていた。カカシに
貫かれて、気が違ったようによがりまくっていた。
カカシが俺の誘いに乗ったのは驚きだ。が、相手は人生の殆どを戦場で過ごしてきた男だ。
性欲を解消する為に、奇麗事を言ってられない時もあっただろう。その手の経験が一通りあっても
可笑しくない。
大体、昨日の自分の狂乱ぶりは常軌を逸していた。きっと、カカシは物凄く閉口したんだろう。
もうここは目を瞑って抱いてしまった方が楽だと、割り切ったのに違いない。
突然、背筋にゾッと寒気が走った。

知られたくない。

緊張に冷え切った掌を、固く握り締めて思った。
こんな下忍並の失敗をしたと、知られたくない。
そのせいで、同性相手にセックスを迫るような醜態を晒したのだと、知られたくない。
あの男を、いつか見返してやろうと思っていた。その為に、頑張って修行に励んだ。上忍達の嫌がらせに
耐えてきた。
なのに、このままじゃ全てが台無しだ。
この詳細をカカシが知ったら、どう思うだろう。
木の葉きっての凄腕、「写輪眼のカカシ」。その男が、この失態を知ったら。
きっと心底呆れ果て、馬鹿にするだろう。俺は雑魚以下の、ゴミ屑の様に思われるに違いない。
そんな無能者の分際で、偉そうに自分に啖呵をきったのか、と嘲笑するに違いない。
書類上の小さなミスですら、あれほど惨めな目にあったんだ。こんな間抜けなミスが知れたら、どんな
屈辱的な事になるか想像もつかない。

嫌だ。
痛烈に思った。それだけは嫌だ。あの男に、これ以上馬鹿にされるのだけは嫌だ。
乾いた喉に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

なんとかしなければ。

なんとか巧い言い訳を考えなければ。あの男に軽蔑されないで済むような言い訳を。
必死で脳みそを振り絞った。
何か。何か巧い、カカシを黙らせるような・・・・。
その時、突拍子もない考えが天啓のように閃いた。

丁度その時、問題の男がのっそりと部屋に入ってきた。下履き以外は何も身に付けてない状態で、
俺の前にどさりと胡座をかいて座る。
ちょっと驚いた。さっきは動揺してて気づかなかったが、こうして改めて見ると、また随分といい男だ。
滑らかな白い肌に、すっきりとした鼻梁。引き締まった薄い唇。左瞼に縦一文字に走る傷さえ、
端正な容貌に野性的な力を付け加えている。確かに、これで上忍ときたら女が放っておかないだろう。
もてるわけだ。その気になれば、どんな美女でも抱けるに違いない。
それなのに、こんな地味な男なんか抱くハメになったとは。人事ながら同情するな。
そんな事を考えて溜息をつくと、カカシもつられたように大きな溜息を吐いた。
いかにも嫌そうに、薄い唇を渋々開く。
「・・・・昨日の事だけど・・・」
今だ、と大声を上げた。


「好きだったんです・・・!!」


「・・・・は?」
色違いの瞳が唖然と開かれる。その驚いた顔を見詰めながら、矢継ぎ早に繰り返した。
「好きだったんです。カカシ先生の事が。俺、カカシ先生が好きだったんです・・・!!」
ぐっと両手を握り締めて、切々と訴える。
「許して下さい・・・!一晩だけでもカカシ先生との思い出が欲しくて、それでこんな真似を・・・・!」
ガバリとその場に両手をついて、思い切り土下座する。
「ありがとうございました!もう、こんな事はしません。俺はこの思い出を抱えて生きていきます。
俺の事はもう、忘れて下さい・・・・!!」
深々と頭を下げたまま一息に言い切る。カカシの呆然とした気配が、頭上からありありと伝わってきた。
あまりの意外さに言葉も出ない、という風情だった。
思わず会心の笑みを漏らした。
やった。これならいけるぞ。

要するに、あれが故意の出来事ならいいのだ。
前々からカカシ先生が好きだった。抱いて欲しいと思ってた。だから一晩だけの情けを迫った。
そして無事本懐を遂げた。それなら失敗じゃない、と思いついたのだ。

そりゃ、自分でも無茶苦茶な理屈だと思う。しかも気色悪い。さっきから鳥肌がたちっ放しだ。
だけどもう、破れかぶれだ。大体、過失だろうが故意だろうが、俺が男に迫った事に変わりはない。
どっちみちカカシの中じゃ俺は変態なんだ。ならもう、この際とことん変態になりきってやる。
そして、この失敗を隠し切ってやる。
「大丈夫です!この事は一切口外しません。写輪眼のカカシが男を抱いたなんて、カカシさんの評判に
傷をつけるような事言い触らしません!!一生、胸にしまっておきます!」
だからお前も黙ってろ。この件をばらしたりするな。祈るように思った。
俺の牽制に、カカシが強張った顔で黙り込む。すかさずその大きな掌を両手でがっちり掴んだ。
「ありがとうございます!!許して下さったんですね!!感謝します!!」
強引に承諾を取り付け、大げさに時計を見上げる。
「あっ!!もうこんな時間ですか!!すみません!!俺、仕事に行かなきゃ!」
そう言って、枕元の忍服を鷲掴みにしてガバリと起き上がる。瞬間、また腰に激痛が走った。
が、何とか耐えて立ち上がった。人間の精神力って凄いな。我ながら感心した。
あたふたと部屋を飛び出そうとする俺に、カカシがハッと眼を見開いて何か言おうとする。
まずい。早く逃げなきゃ。嘘くささ満載のこの言い訳を、しつこく追求されたくない。
「じゃっ!お先に失礼します!!鍵は下駄箱の上です。後で受付の時にでも返して下さい!」
言い終ると同時に空に印を結ぶ。自分史上最短記録で術を発動させると、俺は部屋から姿を掻き消した。

ともすれば真っ暗に落ち込みがちな気分を励まし、なんとかアカデミーの仕事をこなした。
重い足と心を引き摺りながら受付所につくと、同僚が待ってましたとばかりに擦り寄ってきた。
「イルカ!ちょっといいか!?」
キョロキョロと辺りを伺いながら尋ねる。頷くと、そいつは俺を廊下まで連れ出した。
「・・・これ、カカシ上忍が渡しといてくれって。」
秘密めかした仕草で、銀色の塊をそっと差し出す。見ると、それは俺の家の鍵だった。
「・・・な、これお前んちの鍵だろ?何でカカシ上忍が持ってんの?お前等仲悪かったんじゃないの?」
抑えた声に隠し切れない好奇心を滲ませて尋ねてくる。思わず溜息が出た。
よりにもよって、口が軽いと評判のこの男に鍵を託すとは。きっと明日には中忍仲間全員がこの件を
知っているに違いない。ったく。はたけカカシめ、余計な真似を。
だいたい、なんで人んちの鍵を他人に預けんだよ。受付で直接渡してくれればいいじゃいか。
そう思って、ふっと気付いた。
なるほど。俺を避けてんだな、あの男。

そうだよなあ。
今までは単なる「雑魚」だったのが、実は「自分に惚れてたホモの雑魚」だもんな。
そりゃ気色悪いよ。しかもその男をうっかり抱いたときちゃ、避けたくもなるよな。
多分もう、カカシは俺に報告書を提出しようとはしないだろう。

ま、いいか。
肩を竦めて思った。あっちが俺を避けるって事は、俺もくの一達の標的にならずに済むって事だ。
これからは俺の生活も少しは平和になるだろう。そう思うと、なんだか心が軽くなってきた。
それに、考えてみれば愉快な話だ。
あの超然とした上忍が、まるで悪い事をした生徒のようにコソコソ俺から逃げ回ってるなんて。
完全に形勢逆転じゃないか。
とんでも無い出来事だったが、案外といい結果を生むかもしれない。まさに瓢箪から駒だな。
手の中の鍵を見つめながら、俺はやっとその日初めての笑顔を浮かべた。

上機嫌だったのは、受付所を出るまでだった。
一日の業務を終え、玄関を出た俺の眼に飛び込んできたのは、今朝別れたきりの銀髪の上忍の姿だった。
門扉に寄りかかり、猫背ぎみの背中を丸めてエロ本を読みふけっている。
俺の気配に気付き、ふっと顔を上げたかと思うと、猫背のままモソモソと近寄ってくる。
「な、何か・・・?」
予想外の出現に、どもりながら尋ねた。カカシが例の茫洋とした口調でぼそりと答える。
「・・・別に、諦めなくてもいーですよ。」

「何がですか?」
首を傾げて聞き返した。カカシがボリボリと銀色の頭を掻いて、淡々と答える。
「だから、俺、あなたと付き合ってもいいです。」


は?


今、なんて?
呆然と目を見開いたまま立ち尽くした。カカシがくるりと身体を返してスタスタと歩き出す。
動こうとしない俺に、顔だけひょいと振り向いて呼びかける。
「じゃ、一緒に帰りましょうか。イルカ先生んちに。」


どうしよう。どうしよう。どうしよう。
その言葉だけがぐるぐると頭の中を回る。ショックで何も考えられない。
まさか、この男が俺の告白を受け入れるとは。

そんな可能性、一ミリも考えて無かった。
だってそうだろう。
確かに、俺の態度だって誉められたもんじゃなかった。が、この男の態度だって相当だった。
完璧に俺を無視していた。
そして受付所での、あの嫌味な言動。あれで、俺はこの男に確かに嫌われてると再確認したのだ。
嫌いな相手(しかも男)に告白されて、何故付き合おうと思えるんだ。信じられない。
どういう精神構造してるんだ。来る者拒まずったって、限度があるだろ。
冷たい男だ、とばかり思っていたが、冷たいだけじゃなくて、変人でもあったのか?
部下を窮地に追いやるのも一興。嫌いな男と付き合うのも一興、って感じなのか?
それ変人過ぎるぞ、はたけカカシ。

半ば魂が抜けた状態で家に辿り着いた。
銀髪の上忍も当然のように一緒に家に上がりこむ。どっかりと茶の間に腰を下して、口布をひょいと
取り払う。まるで自宅にいるかのような開けっぴろげな動作に、じわじわと実感が湧いてきた。
こいつ、ほんとに俺と付き合う気か。
呆然と見詰める俺に、カカシがふっと顔を上げ、念を押すように尋ねる。
「・・・俺のこと、好きなんですよね?」

はっと顔を上げて、慌てて叫んだ。
「は、はいっ!!そうです!好きです!」
何がなんだか分からないが、とにかく否定するわけにはいかない。今更あれは嘘ですなんて言えるか。
精一杯笑顔を作って、大声で叫んだ。
「いやー!びっくりしました!まさか、カカシ先生と付き合えるなんて!嬉しいです!!・・・じゃ早速晩飯
作りますねっ!大したもんはありませんが、どうぞ召し上がって下さい!!」
そう言い残して、元気良く台所に向かう。カカシから見えない位置に来た途端、がっくりと膝から力が
抜けた。寂しい内容の冷蔵庫を漁りつつ、必死に自分に言い聞かせた。

耐えろ。やり過ごすんだ。どうせ長続きしない。
向こうは上忍。こっちは中忍。生活のレベルが全然違う。見ろ、この食材の貧しさを。あんな嫌味な
男だぞ。きっと三日もしないうちに不平不満の嵐になるだろう。そうしたら、こう言って切り出せば
いいんだ。
「俺達は所詮世界が違ったんです。別れましょう。」って。
うん。そうだそうだ。それがいい。萎んだ大根を力任せに切り刻みながら、俺は何度も頷いた。


が、その案は中々実行できなかった。理由は一つ。

カカシが、大人しすぎる。

とにかく、喋らない。借りてきた猫、という諺があるが、まさにその印象だ。
無言のまま一緒に家に帰り、無言のまま茶の間に座り込む。出された飯を黙々と食べ、無言で箸を置く。
その繰り返しだ。
嫌味を言うどこじゃない。こっちから何か問い掛けても、ろくな反応が返ってきた試しがない。
聞き取れないような小さな声で「うん」とか、「はあ」とか頷くのみだ。全く会話にならない。

あまりに無反応なので、一度試しに素うどんと漬物だけ、という貧相極まりない食事を出してみた。
金欠の時、ナルトに作ってやったメニューだ。普段食い物に文句をつけないナルトも、あの時ばかりは
「こんな食事、食った気しねーってば!!」と憤慨していた。下忍の子供ですらそうなのだ。まして
大人で上忍のカカシなら、きっと何か一言あると思ったのだ。
が、それでもやはり何も言わない。一言も不平を言わず、躾の行き届いた猫のように静かに麺を
啜りだす。その異様に大人しい態度に、むしろこっちが動揺した。慌てて追加の惣菜を買いに店まで
走る羽目になってしまった。

惣菜の山を差し出しても、カカシは何も言わなかった。
素うどんを出されたかと思うと、いきなり惣菜が山と詰まれるという不審な展開にも質問一つしない。
最初から惣菜がそこにあったかのような、淡々とした態度で箸を伸ばしてくる。
結局、何の会話も無いまま、うどんも惣菜も全てカカシの腹に収まっていった。

万事そんな感じだ。
会話は無いが、不満も言わない。ノープレーノーエラー状態だ。
なので、別れ話の切り出しようが無い。
饒舌な男じゃないと判ってはいたが、これはちょっと限度を超えてると思う。喋らないと言うより、
俺を無視してるに近い状態なのだ。

溜息をついて思った。
なんだろう。これはあれだろうか。いわゆる「釣った魚に餌はやらない」ってやつだろうか。
いや。良く考えたら釣ったのは俺か。俺が無理やり釣ったんだな。カカシにしてみれば、不本意に
釣られた魚のような気持ちなのかもしれない。
しかし、俺は釣った魚にはじゃんじゃん餌をやるタイプなのだ。餌を食う飼い猫や飼い犬を見て
可愛いなぁとデレデレになってしまうタイプの男なのだ。
だからいかに嫌いな男とは言え、あまりに無視されると流石に寂しい。
しかもここ、俺んちだぞ。俺んちでただ飯食って、俺んちの風呂使って、俺んちに泊り込んでるんだぞ。
一言ぐらい、何か言ってくれてもいいと思うんだが。

・・・・まあ。餌が無いって事はないか。
苦々しい気分で思った。カカシはきっと餌をやってる気でいるだろう。それも頻繁に。
セックスという名の餌を。

風呂から出て暫くすると、カカシがもそもそ近寄ってくる。
相変わらず無言のまま俺を押し倒し、唇を押し当ててくる。そして、コトが始まるのだ。
拒否は出来なかった。俺から好きだと言っといて、しかも既に寝ていて、それで拒否なんかできる
はずない。毎日のように与えられるカカシの餌を、甘んじて受けるほかなかった。

セックスが終わる度に、自己嫌悪に陥った。
最初の体験が強烈過ぎたせいか、俺はすぐにイってしまうのだ。
カカシは身体を密着させるのが好きで、いつもぴったりと俺の背中に自分の身体を押し付けてきた。
汗に濡れる首筋を唇で強く吸い上げながら、俺の中深くえぐっていく。その合間に銀色の男が吐く
掠れた快楽の吐息は、ひどく淫猥だった。それを聞く度に身体が震えた。一晩に何度も放ってしまう
事も珍しくなかった。

早く別れなければ。
真剣に思った。この爛れた関係を早く解消しなければ。でなければ俺は堕落する一方だ。
嫌いな男に突っ込まれて喘ぎまくってる男なんて嫌過ぎる。
カカシと付き合って、はや一ヶ月だ。三日くらいで別れられると思ったのに、カカシの無言攻撃
(攻撃じゃないが)のお陰ですっかり予定が・・・。
そこまで思って、ハッと気づいた。
そうだ、これだって立派な理由になるじゃないか。

次の日、俺は意気揚揚と食材を買い込んだ。
最後の食事なら、カカシの好きな物をいっぱい食べさせてやろうと思ったのだ。いつも魚を食べるのが
妙に早いので、多分好物なのだろうと丸々と肥えたサンマを買った。
心尽くしの食事を並べ、どうぞと薦める。カカシがもそりと座り、無言でサンマを解し始める。
もうすっかりおなじみの光景だ。
しかし、今日は違った。いつもの無言の食卓じゃなかった。
一口二口魚を食べた後、俺は晴れ晴れとした口調で切り出した。
「カカシさん、今までありがとうございました。」

カカシがふっと顔を上げる。いきなり何を、という感じに長い睫を瞬かせる。
それに構わず話を続けた。
「カカシさん、ほんとは嫌なんですよね。俺と付き合うの。だから喋らないんですよね。すいません
でした。気付かなくて。そんなカカシさん見てるの、俺も辛いです。もう無理しなくていいです。
俺のことは気にせず振ってやって下さい。」
そう言ってにっこりと笑う。そして突然、今言った事が真実だと気付いた。

ああ。そうか。そうだったのか。
「嫌いなのに寝る」んじゃなくて「嫌いだからこそ寝る」だったのだ。
カカシにとって、俺はていのいい性欲解消相手だった。性欲の為だけに存在してる相手だった。
だから、話すことなんて無かったのだ。何も話したく無かったのだ。
何も思いやらなくていい相手。付き合う為の面倒な手順もなく、会話もなく突っ込める相手。
だからこそ、付き合ってもいいと言ったのだ。
そういう付き合いには、嫌いな俺が最適だったのだ。

カカシがパチリと食卓に箸を置く。
その顔は全くの無表情だった。白い顔は、いつもより一層血の気が無かった。
じっと俺の顔を見ていたかと思うと、いきなり立ち上がって真っ直ぐに部屋を出て行く。
気配が消えたところを見ると、そのまま家を出ていったらしい。暫く待ってみたが、やはりカカシは
戻って来なかった。どうやら俺は本当にカカシに振られたらしい。
結局、最後まで無言だったなあ。
カカシの食い残したサンマを眺めながら、ぼんやりと思った。未練無く置いていかれた魚の残骸は、
どこか自分に似ている気がした。

でもまあ、無事終わってよかった。
溜息をついて天井を見上げた。
男に抱かれる異常な日々は終わった。明日から俺はまたノーマルな男に戻れるのだ。
ふと気が付いた。そういえば、ここ一ヶ月妙に俺の周りは平穏だった。
多分、あのお喋りな同僚が触れ回ったせいだろう。俺とカカシが和解したと。
その噂のせいで、周囲は様子を伺ってる感があった。そう思うと、カカシがあの男に鍵を渡したのは
俺にとっては幸運だったのかもしれない。
だけど、それも今日で終わりだ。
明日からまたカカシと俺は敵同士だ。またあの殺伐とした日々が戻ってくるのだ。ぼんやりしてる暇
なんて無い。早くカカシと対等にならなきゃ。また頑張って修行に励もう。
久々に思い出した目標に、俺は力強く頷いた。

次の日の夜だった。
残業で疲れ果てた俺は、具の無いインスタントラーメンを鍋から直接啜っていた。
すると突然、玄関の呼び鈴が鳴った。扉を開けると、なんとそこには強張った眼のカカシが立っていた。
腕には何故か大量の野菜の入った籠を抱えている。
「ど、どうしたんですか?」
狼狽しつつ問い掛けた。カカシがきっと顔を上げ、決然とした口調で言う。
「あなたに話があるんです。中に入れて下さい。」




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