Meet the parent!(1)




「いいか!約束だからな!悟られたらただじゃおかなねぇ。分かったな!」
「分かってる。町に入ったら「普通の友達同士」だ。もう何度もそう言ってるだろう。」
スコールがハンドルを握りながら言う。
全く、何であんな事言っちまったんだろう。俺は溜息をついた。

月曜日のことだった。スコールが俺に聞いてきた。
「ゼル、今週末は予定あるのか?無いなら俺と・・」
「いや。ある。俺は実家に帰る。」
俺は胸を張って堂々と答えた。いつも色々用事を捻り出してスコールを振り切ろうしてるんだが、
最近はもうネタ切れで苦労している。だけど今回は本当の用事だ。
「実家?」
「そうだ。日曜は母の日だからな!たまには母親孝行しなきゃな。」
「母の日・・」
スコールがちょっと意外そうに眼を開いた。使い慣れない外国語のようにゆっくりと発音する。
俺はハッと顔を上げた。
「ス、スコール。お前はどうするんだ?」
「俺?俺は別に・・。母の日なんて関係無いし、適当に時間をつぶすさ。」
ズキンと胸が痛んだ。スコールには母親がいない。最近母親の素性が分かったが、もう何年も前
に亡くなっていた。スコール自身はその事を寂しいとも悲しいとも言わなかったが、俺はやっぱり
スコールが可哀想だと思った。
スコールは前に「ガーデンが俺の家だ」と言ってた。その言葉もとても可哀想に思った。
ガーデンでの生活は快適だけど、でもガーデンはスコールの為にあるんじゃない。
休暇のたびに「いつ帰ってくるの?」と優しく問い掛ける声をスコールは聞いた事が無いんだ。
スコールが雑誌をパラパラと捲る。無心なその表情に返って心臓が痛くなった。
殆ど無意識にその言葉が口から滑り落ちた。

「じゃあ、俺んち来る?」

何でも用意周到なスコールはその日のうちにレンタカーを申し込み、外泊許可もとりつけた。
本当は何度も「やっぱヤメよう」と言おうとした。だけど、俺はスコールの自室のカレンダーに
大きな赤丸を発見してしまった。
普段スコールは「はしゃぐ」という事を全くしない。そのスコールが描いた弾むような丸印を見
たら、もう何も言えなくなってしまった。

ふいにスコールが車を路肩に止めた。
「どうした?」
「バラムの町が見えてきた。」
「それで?」
「キスしよう。」
「はあ!?」
「この町に入ったら、ちゃんと友達のふりをする。だからここでキスを沢山しておこう。」
スコールが俺のシートに体を寄せてくる。逃げようとする俺に拗ねたようにムッと唇を尖らした。
「じゃないと、多分我慢できないぞ。」
たった二日間なのに、これだよ。俺はまた大きな溜息をついた。
こんな甘ったれ男がホントにちゃんと俺達の事隠しとおせるのかよ。
スコールがそれを了解の合図と勘違いして後髪をぐいと引き寄せる。
「心配するな。約束は守る。上手くやる。」
こういう事しながら言われても、全然説得力ねえんだよ。馬鹿。

「ゼル。お帰りなさい。」
「母さん!ただいま。」
両手を広げた母さんに飛び込んで頬に軽くキスをした。母さんも優しくキスを返す。ふわりとい
い匂いがした。
「いらっしゃい、スコール君。来てくれて嬉しいわ。」
「今日は。お久しぶりです。」
スコールが締まった笑顔で言う。さっきまで男相手にべたべたとキスをねだってたとは思えない、
「爽やかな好青年」って感じだ。顔がいいって得だよな。
「お腹すいたでしょう。すぐ食事にするわ。荷物を置いてらっしゃい。」
そう言って母さんがふと、首をかしげた。

「・・えーとスコール君、どうする?今日はゼルと一緒に寝る?」

全身の血管が開いたような気がした。
「えええっ!?かかかかかっ母さんっ!なっなっ何言い出すんだっ!どどどどとどうしてっ!」
悲鳴に近い声を上げると、母さんがまあゼル、とたしなめる口調になった。
「あなたまだ「俺の部屋は神聖だ」なんて言うつもり?仕方のない子ね。折角お友達が泊まりに
来たのに。御免なさい、スコール君。あんまり片付いてないけど、昔おじいちゃんが使ってた部
屋を使ってくれる?」
ああ、びっくりした。そうだよな。母さんが知ってる訳無いよな。
スコールが声を殺して笑い出した。母さんも何となくつられて笑ってる。
俺も仕方なく一緒に笑って見せた。だけど内心はヒヤヒヤだった。
幸い母さんはあんまり詮索好きじゃない。だけど、今の過剰反応は鋭い奴なら不審に思うだろう。
何だか早くも疲れてきた。これ以上ボロを出したくない。
あんまり外を出歩かないようにしよう。ただでさえバラムの奴等は物見高いんだ。スコールみた
いな目立つ奴をつれて歩いたりしたら絶対話し掛けてくるに違いない。うん、そうしよう。
決意の握りこぶしを作って立ち上がった俺は妙な気配に気が付いた。
何か人が大勢いるような小さなざわめきがする。確か庭に続くこのドアの向こうから・・・。
「あ、ゼル。あの・・・母さん二人に謝らなくちゃいけない事があるの・・」
母さんがちょっと慌てて俺の手を掴んだ。
「え?何?」
「あの・・母さんゼルがお友達を連れてくるって聞いて、とっても嬉しくて。・・それで、近所の
人に喋っちゃったの。スコール君が来るって。」
「それで?」
「それで・・あの・・」
困ったように頬に手をあてる。その時ドアが勢いよく開いた。

「ゼル兄ちゃん!スコールさん!」
「キャーッ!かっこいい〜!すごい、本物の伝説のSeeDだわ!」
「ほぉ、新聞より男前だなあ。」
「ゼル〜!後で合コンしよ〜よ〜!」
町中の人間がドアの向こうで興奮した歓声を上げてる。
「か、母さん・・」
卒倒しそうになって振り返ると、母さんが呑気にペロリと舌を出した。
「知らなかったわ。スコール君って有名人だったのね。」

奴等が堰を切ったように、どっと側に集まってくる。チビ暴れん坊が俺に飛びついてきた。
首を回すと、スコールが向かいの家の太ったおばちゃんにぎゅうぎゅう抱っこされていた。
「こんないい男にキッスできて、あたしゃ嬉しいよ!元気がでたよ!」
「勘弁してくれよ。これ以上元気になる気か。こっちのハンサムさんは元気吸い取られてるぜ。」
ガハハハと左隣のオヤジがスコールの肩を気安くバシバシ叩きながら大笑してる。
すげー光景だ。ガーデンじゃスコールは「孤高の存在」とか呼ばれて、皆遠巻きにしてうっとり
見つめてる。なのにこいつらときたら遠慮の欠片もねえ。
「今日はゼルが町を救った英雄連れて来るって聞いたからよ。いい魚持ってきてやったぜ!ほら。
心して食えよ!」
台所から町内会長が虹色に光る大きな魚を掴んで側にやって来た。皆がワッと盛り上がる。
「すげえ!バラムフィッシュだ!」
俺は感動して叫んだ。バラムの幻の名物だ。地元の俺でも数える程しか見たことがない。
超高値で売れるはずのこの魚を俺たちの為に持ってきてくれるなんて、何ていいオヤジだ。
そーだろ、と大きく髭面が嬉しそうに頷いた。スコールの手を振り回すように握手する。
さすがのスコールもさっきから長い睫をパチパチさせて立ち尽くしている。
庶民パワーに押されるお忍びの王子様、って風情だ。
「さあ、皆それくらいにして。食事にしましょう。ゼル、スコール君。荷物を部屋に置いてらっ
しゃい。」
母さんがパンパンと手を叩いた。
「すぐ戻ってきてくれよ!俺新技開発したんだ!ゼル兄ちゃんに見て欲しいんだ!」
チビ暴れん坊が首にかじりついたまま叫んだ。そのチビのガールフレンドがスコールの手を赤く
なりながら両手で握手している。何故か俺の同級生の女子共がその後ろに列を作ってる。
俺はスコールの腕を掴んで二階に逃げ込んだ。

「・・・騒がしくてびっくりしたろ。ごめんな。」
「いや、大丈夫だ。・・お前の家、いつもこうなのか?」
「うーん。母さん町のこと色々やっててさ。結構町の皆で盛り上がる事多いんだ。まあ、ここま
で騒がしいのは珍しいけどな。」
そうか、とスコールが軽く頷く。何か考えてる顔になった。
「スコール?」
「ゼル兄ちゃん〜!」
じれた子供の声が階下から聞こえた。他にも何人か俺を呼んでる。全く、あいつら久しぶりに帰
省した俺を休ませようって気持ちがねぇのかよ。
「今いく!スコール、お前は休んでていいぞ。運転、疲れただろ。」
言った途端にスコールさんも早く〜、と大合唱が起った。思わずこけそうになった俺を見て、
スコールが声を立てて笑った。

「何だよこれ!」
俺は仰天して叫んだ。中庭に大きな垂れ幕がかかり、馬鹿でかい字で「町の英雄歓迎会・お帰り
ゼル!こんにちはスコール!」と書いてある。ポールが中央に立てられ、万国旗が能天気な蜘蛛
の巣みたいに派手な放射線を描いてはためいている。
「母さん・・・」
「・・これでも、出来るだけ抑え目にしてもらったのよねえ・・」
これで抑え目って、抑えなかったら一体どうなってたんだ。
振り返ると、早くも菓子に群がる蟻んこのように皆が嬉しそうにスコールに寄っていってる。
その集団の先頭で町内会長がマイクをぐいっと差し出した。
「皆!これが先の魔女戦争で大活躍し、我が町バラムをガルバィア軍から救ってくれたスコー
ル・レオンハート君だ!さあ拍手拍手!スコール君、何か一言頼む!」
ハイテンションな大声で両手を広げる。眩暈を起こしそうになった。
皆知らないんだ。スコールが普段どんなに無愛想で非社交的か。どんなパーティも「義務」の一
言がついてなければ絶対参加しようとしない。そのパーティだって、部屋の中央に出てきたのを
一度しか見た事がない。(あの後しばらくリノアは「奇跡の女」とガーデン中の噂だった。)

「ゼル?どうしたの?」
「か、母さん。あいつこの手のこと、すごく嫌いなんだ。どうしよう。」
俺は泣きそうになって母さんに小声で訴えた。この後の場面が目の前にはっきりと浮かぶ。
ムスッとマイクの前で無言になるスコール。期待に満ちた町の人達の失望した顔。気まずい空気。
「まあ・・・」
母さんも困った声を上げた。
「さぁ!スコール君!」
スコールがちらりと無表情にこっちを見た。最悪の事態を覚悟して俺は眼をつぶった。
突如女達の黄色い歓声が聞こえた。驚いて眼を開いて、俺は唖然とした。
スコールが端正な顔一杯に華麗な笑みを浮かべてる。
「皆さん、今日は俺たちの為にこんな素晴らしい会を開いて下さってありがとうございます。
とても感謝しています。今日は皆さんのご好意に甘えて思い切り楽しませてもらいます。」
涼しい声が淀みなく謝辞をつづっていく。時々言葉を切って周囲に笑顔を振りまく。
その度に歓声が上がる。
「・・御清聴有難うございました。」
最後に駄目押しのようににっこりと微笑んでマイクを返す。盛大な拍手が沸き起こった。
俺は呆然とその光景を眺めていた。と、母さんが俺の腕を叩いて優しく言った。
「いいお友達ね。ゼル。」
「・・・えっ」
いい友達、と言う言葉に絶句してるとスコールがこっちにやってきた。
母さんがニコニコとスコールを見上げる。
「立派なスピーチだったわ、スコール君。この子ったら、すごく心配してたのよ。ね、ゼル。」
スコールがへえ、と言って微笑した。
「随分信用無いんだな。友達がいの無い奴だ。」
爽やかな風がスコールの髪をさらさらと撫ぜていく。母さんがほんとね、と可笑しそうに笑う。

友達。

いい響きだ。しみじみ思った。突然妙な告白をしてくる前のスコールを思い出した。
無愛想で、無口で、でもいざって時は頼りがいがあって。
あまりにも執拗に迫ってくるから忘れてたけど、俺は最初スコールと友達になりたいと思ってた。
まあ、今もそうだと言えばそうだが、意味が違う。友達になりたいとは思ってたけど、恋人にま
でなりたいと言った覚えはない。(第一「恋人」はスコールが自称してるだけだ)

スコールは「いいお友達」なんかじゃない。
あいつが夜な夜な俺にしてる事を知ったら、母さんは卒倒するだろう。俺は何度普通の友達に
戻りたい、ってこいつに頼んだか分からない。でも、スコールはそれだけはがんとして聞き入れない。
俺も最近じゃ諦めて頼まなくなった。
だが今、清潔な微笑を浮かべてる姿はまさに俺が思い描いてた「理想の友人」だ。
隙あらば俺を強引に引き寄せようとする逞しい腕は、胸元で大人しく組まれたままだ。
ああ、いいなぁ。
嬉しさが沸沸と湧いてきた。母さんがいて、町の皆がいて、「友達」のスコールがいる。
帰って来て良かったぜ!
「ところでゼル、後で町を案内・・」
スコールが何か言いかけた時、馬鹿でかい声で名前を呼ばれた。
「ゼル〜!久しぶりだなぁ。」
「おお!お前ら久しぶりじゃん!元気か!相変わらず車壊してんのか?」
「ひでえなあ。今じゃおまえ、一人前の修理工よ!街灯壊すだけのお前と一緒にすんなよ。」
「そーそー。あの街灯、いまでも電気がおかしいよな。あそこで事故ったらゼルのせいだぜ。」
スコールが俺の腕をちょいと突付いた。物言いたげにこっちを見てる。俺はああ、と頷いた。
「悪りい。紹介するぜ。こいつガーデンの友達。スコールってんだ。」
突然ぶっと皆が噴出した。
「お前、相変わらず天然だなあ。このパーティの主役だろー。今スピーチしたばっかじゃん。」
「あ、そっか。」
「スコールさん。こいつホント馬鹿でしょ。もー、俺達心配で。こんなボケがガーデンでちゃん
とやれてるんですかね。」
「ひでー!俺一応SeeDなんだぜ!」
「余計心配だっつの。お前SeeDのバラム代表なんだからな。ちゃんとやれよー。」
わはははと皆が笑いながら頭を叩く。からかい混じりの温かい応援に胸が一杯になった。
「・・へへ。」
浮かんできた涙を乱暴に擦ると、皆が一層ぺちぺちと頭を叩いた。泣くなよー、と誰かが鼻を
つまんだ。俺は涙声で頑張るぜ!と何度も繰返した。
ふと異質な視線を感じた。顔をあげるとスコールが俺をじっと見ていた。
「スコール?あ、お前何か言いかけてたっけ。何?」
「ああ、後で・・。」
「ゼル!バラムフィッシュ食ったか?朝とってきたばっかだからな!上手いぞ、食え食え。」
町内会長が後ろから俺の背中をドンと叩いた。
「おお!おっさん!食う食う。ドコにあんだ?」
「ディンさんが今切り分けてる。あそこだ。」
「あ、ホントだ!かあさーん。」
俺はテントに走っていった。スコールを置き忘れたのに気付いて振り返ったら、スコールは女達
に囲まれていた。まぁいいか。今日のスコールは「友達」なんだし、第一「上手くやる」って言
ってたもんな。俺はまたテントに向かって走り出した。



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