夏恋 3




一瞬、幻術にかかっているのかと思った。
そうじゃないなら、白昼夢だ。
 
でも、それでもいいと思うほどに、自分はこの瞬間を熱望していた。
楽しみにしてなさいといった紅の言葉をそのまま鵜呑みにしたわけではないけれど、
多分、紅が何かをしたのは間違いない。
それでなくて、イルカ先生が再び俺の家を訪ねてくる筈がない。
イルカ先生は落ち着き無く、俺の顔を見ながら、手を握ったり、開いたりしている。
「カカシ先生、この間の……、あの、俺とその、こ、……えっと」
真っ赤な顔をして、俺以外誰もいないのに、あなたは頭を掻いたり鼻を掻いたりと忙しい。
「その……」
顔をクシャクシャにしてイルカ先生は俯いてしまう。
「もし、もし……その、あの、まだ……」
消え入りそうな声。
 あの生徒達を怒鳴り飛ばす人と同じとは思えないぐらい小さい。
「俺と…」
「俺と付き合って下さい」
ちっとも先をいえないイルカ先生に焦れたのは俺。
言うとイルカ先生は元々赤い顔をもっと、もっと赤くした。
そして小さな、ちいさな声で。
「はい」
と、確かにそう答えてくれた。


キラキラと輝く新緑。
そこから零れる日の光が辺りに散らばり、木立の下に置かれたベンチに座る彼女の白
い肌の上にも美しい文様を落としていた。
まるで一枚の絵のように、計算されつくされた一枚の写真のように美しいのそ情景。
彼女、夕日紅はゆっくりとこちらを見て微笑んだ。
うみのイルカはそれにぎこちない引き攣った歪な笑顔を辛うじて返した。
煌くような美貌に、数多の戦歴、雲の上の高嶺の花、誰もが一度は言葉を交わして見たいと夢に思う、
夕日紅上忍と、人当たりの良さで割りと人懐っこい笑顔それに面倒見の良さで人望だけはある、
うみのイルカ中忍一教師はっきり言って、全く、これっぽっちも、身に覚えも無ければ、面識も無い。
辛うじて、生徒という繋がりがある程度、だ。
夕日紅が自分を呼んでいると聞いて初め、夕日紅という名前の子供が居ただろうか?
 と考えた。とはいえ、生徒達の名前の中にその名前は無い事は分かりきっている。
だから、聞き間違いだと思った。
反応の鈍い俺に、呼び出しにきた男が青くなったり、赤くなったりしながら違うという。
「あの、夕日紅さんだよ! 上忍の! お前、何かしたのか? なにやらかしたんだよ!」
俺は、言葉のあやではなく、本当にひっくり返った。

「ごめんなさいね、イルカ先生。呼び出しちゃって。私が出向いても良かったんだけ
ど、そうしたらお仕事のお邪魔になるんじゃないかと思って」
優雅に、そしてどこまでも妖艶に、近くて見た本物の夕日紅は美しかった。
「い、いえ! そんな! 全然、全く、く紅さんに出向いて頂くなんて、滅相も無いです!」
「ありがとう、話には聞いてたけど、イルカ先生ってほんといい先生みたいね」
紅はそう言って立ち上がる。
立てば芍薬、座れた牡丹。
緩やかにしなやかに夕日紅が歩いてくる。
イルカはその様に色気がまるでチャクラのように周りに漂って、イルカを捕まえているかのように
動けない。
歩く姿は、百合の花とはまさに彼女の為の言葉だと、イルカは拝みたいような思いに駆られる。
夕日紅がイルカのその固まった様子を見て、ふふふと笑う。
うみのイルカが声も無くそれにははは、と答える。
心臓を鷲掴みにされながら、愛撫されるようなそんな感覚。
イルカの背中につめたい汗が流れる。
「イルカ先生」
夕日紅の白くて綺麗な腕が、手が、指がイルカの頬に触れる。
「可愛い、食べちゃいたいくらい」
あと少し、ほんの少しだけ、勇気か甲斐性があれば食べて下さいと叫んでいただろう
が、イルカにはそのどちらも無かった。
ただ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「イルカ先生。お願いがあるのよ」
するすると、イルカの体を綺麗に磨き上げられた爪に飾られた指が滑る。
バクバクと打つイルカの心臓の音すら上忍の紅の耳には届いているんじゃないだろう
か……。いや、例え、それほどの聴力が無くとも今のイルカの心臓の音なら難なく聞
けそうなほど、なのだが。
「付き合って欲しいの」
うみのイルカのめは見開く。
一瞬、心臓が止まった。
たぶん、イルカの中では世界も止まっていた。
「付き合って欲しいのよ、嫌かしら?」
自信に満ちていた彼女の瞳がほんの少し、揺らぐ。
不安そうに。
「いきなりそんなこと言われても困るのも分かるわ、でも、直ぐに答えが欲しいのよ」
芍薬が、牡丹が、百合が乱れ咲く。
高値の花たちが、一斉にイルカの頭の中には咲いた。
「イルカ先生、女に恥をかかせるもんじゃないわ、ただ、頷いてくれたらいいの。可愛い、可愛い、
イルカ先生。あなたの事は私が守ってあげる。大丈夫よ、怖がらないで、頷いて」
耳元で甘い言葉が囁かれる。
女性からの口説き文句とは思えないが、相手は上忍なのだからしょうがない。
何も考えられないまま、まるで幻覚に飲み込まれた時のようにイルカは紅の顔を見た。
魅惑的な瞳、そして誘惑の唇がまた開く。
「頷いて」
イルカの首はこくりと落ちた。
「ありがとう! イルカ先生!」
ガシリと手を握られる。まるで逃がすまいとするように。
それに幾分声も先ほどまでの艶のあるものとは違うような……。
「良かったわ〜、イルカ先生。とりあえず立ち話もなんだし、こっちに来て座って」
ずんずんと腕を引かれ、先ほど紅が座っていたベンチに並んで座った。
だが、何かが違う。
「単刀直入に聞くけど、イルカ先生って男と女どっちが好き? あぁ、勿論恋愛って
意味でよ? セックスするなら男? それとも女?」
「へ? セ、セっくす?」 
 紅の目が輝く。
「もしかして、した事無い?」
鈍い、鈍いといわれるイルカだが、それでも忍の端くれ。何かがおかしいと思い出すと、
流石に浮かれてばかりもいられない。
明らかに何かを期待している紅に、イルカは幾分注意深く、慎重に言葉を選んだ。
「いや、その……質問の意味がよく飲み込めなかったのですが……」
その警戒が紅にも伝わったらしく、真紅を塗った唇が美しい弧を描く。
「ごめんなさいね、単刀直入なんていって、回りくどかったわね」
なんとなく嫌な予感がする。
自分と紅上忍を繋ぐものは生徒ぐらいしかないと思っていたのはただ俺がそれぐらいしか
知らないだけ。
俺の知らない所で繋がっているのかもしれない。
生徒ではなく、もっと別の……。

「男は嫌いかしら?」
イルカの手を握ったままの紅の拳にこめらる力がグンと増す。
その柔らかそうな、綺麗な手からは想像が出来ないほどの、上忍に相応しい力でイル
カの手を握り締めた。
「無理です」
がたりと腰を浮かしたイルカを紅が素直に逃がしてくれる筈も無く、さらに強い力で引き戻される。
「勘違いしないで、イルカ先生」
「か、勘違いって?」
まるでお代官様に手篭めにされそうになっている生娘よろしく、イルカはうろたえる。
とはいえ、イルカはそんなさまが紅を喜ばせているとは知る筈もない。
「私、カカシとは古い付き合いでね、アイツの事は割りと知ってるし、アイツが今までどんな事
してきたかも知ってる。勘違いしないでね、男と女の関係じゃないわ。でも、アイツがどんな風な
付き合いをしてきたかは知ってる。イルカ先生も噂ぐらいは知ってるかもしれないけど、ろくな
もんじゃない事だけは間違いないわ。自分は恋愛ゴッコなんかする気はないからって初めに
言うのよ。縛られるのはごめんだからって。一回やったらお終いよ。イルカ先生はアイツが
付き合って欲しいって言っても断ったそうだけど、アイツのことだからきっと一回やったらきっと
おしまいのつもりだったんじゃないかしら?」
紅は言葉を切り、イルカに向き直る。
なんとなくもしかして、とは思ったが、やはり出てきた名前にイルカは体を固くする。
その上、
「一回って……」
「それがアイツの付き合い方なのよ。でも、悪い話じゃないわ、考えてみて。イルカ
先生はアイツとやりたい?」
イルカはそれに慌てて首を振る。勿論、横に。
「そして、カカシが付き合いたいと、あなたと恋をしたいといった。素晴らしいじゃ
ない」
イルカは紅の言わんとしている所を掴みかね、ぽかんと口を開ける。
「イルカ先生にお願いがあるのよ、あの出来の悪い男に恋人らしい付き合い方を教え
てやって欲しいなって思ったの。カカシが好きだといった、あなたにしか出来ない
わ、もしイルカ先生が教えてくれないなら、きっとアイツはこの先もずっとそんな大
切な人を持つ事もできやしない」
「俺にはとても……」
「イルカ先生、駄目よ、だって、イルカ先生はもう頷いたもの」
その勝ち誇ったような様に、背中が寒くなる。
「ま、まさか……」
「人生何事も経験よ、ね? 先生。面白い術でしょ? 一種の暗示みたいなものね、
イルカ先生が今度カカシに会った時、イルカ先生はカカシの告白の返事をするわ。勿論、YESと。
出来るだけ、人のいない所で会えると良いわね」
まるで女神のように、
「私はね、あの勘違い男に思い知らせてやりたいのよ。イルカ先生、絶対に体を許しちゃ駄目よ?
 いい? 抱かれたら最期、必ずアイツはあなたに興味を無くすわ」
女王様のように紅は微笑む。


「とりあえず、座ってください」
緊張した面持ちでイルカは促されるまま、カカシの部屋の扉をくぐり、進められるままソファに腰を下ろす。
カカシもカカシでどこか落ち着きなく、部屋の中を歩きまわる。
「えっと、お茶でも煎れたい所なんですけど、俺んちそんな気の利いたものがなくて、なんか飯でも
食いに行きます?」
「あ、あの、お気遣い無く、俺、ちょっと、その、この間のお返事を言いにきただけですので……
今日はか、帰りますね」
イルカは恐縮しながらそう既に帰り支度を始める。
「ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっと。イルカ先生! 返事をしたから帰るって、
俺の勘違いじゃなければ俺達お付き合いを始めたんですよね?」
イルカの顔が明らかに動揺する。
やっぱり、とカカシは内心落胆する。これはイルカの意思じゃない。
だが、完全に操られているとかでもない。確かに自分の意思で歩いて、喋ってる。簡単な暗示か
何かか?
カカシはイルカに悟られることが無いよう細心の注意を払いながら、イルカの様子を
観察する。
「イルカ先生、俺が上忍だから無理に付き合ってくれる気になったんでしょ?」
少し冗談に紛れさせるように、けれど落胆を隠さずに。
イルカ先生は明らかに困ってる。
上忍だからじゃないですけど、本心からでもないです、って所か。
「分かってる? 俺と付き合うって事がどういう意味か。俺があんたにどういう意味合いの好意を
持っているかは知ってますよね?」
じっとりとした、欲の滲む目を向ければ先ほどまでのどこか落ち着きの無いさまとは打って変わって、
イルカは声を荒げる。
「駄目です! そんな、付き合って直ぐどうこうなんて、駄目です。そういう事は
ちゃんと段階を踏んで、お互いの同意の上で行われるべきです!」
頭の中を巡る色々な事にカカシは取り合えず全て目を瞑る。
とりあえず、イルカ先生とお付き合いはする事になった訳で、イルカ先生もそれには
同意している訳だ。
なら、それで、いいかと。
「分かりました、そういう事はちゃんと、段階を踏んで、お互いの意思で行いましょ
う? 変わりに、一緒に食事には行って下さいよ、俺達は恋人なんですから」
「わ、分かりました。お供しましょう」
その堅ッ苦しい言い方にカカシは肩を揺らし笑った。



校門の所でイルカ先生を待ちながら俺は考える。

イルカ先生と付き合うようになって分かったこと。
俺が案外、マメな男だったという事。
今まで付き合った奴らが聞いたが多分顔を引き攣らせるだろう。
俺の部屋には気がつけばイルカ先生の湯飲みや着替えや歯ブラシが用意されている。
今まで付き合った連中が気が付けば自分の私物を持ち込む事はあったが俺が用意した事は
初めてだ。ちなみに湯飲み以外はいまだ日の目を見ていないのだが。
食事も外食が多いが、たまに俺が作ったりもしている。
俺の料理のレパートリーは恐ろしく増えた。
それに、結構、いや、かなり嫉妬深い。
これも、今までに付き合った奴らが聞いたら耳を疑うだろう。
イルカ先生の交友関係は全て洗ってある。女は勿論、男も全て。家族構成から恋人の有無は勿論、
性癖、周りの評判その他諸々。あまりイルカ先生と親しい連中は上層部に働きかけて、異動させて
やろうと真剣に計画を立てている。
ナルトの親離れにも力を注いでいるし、イルカ先生のスケジュールは全部把握していないと気が
すまない。
そして、我慢強い。
これは鼻で笑われるだろう。
イルカ先生のお互いの同意の上でという意思を尊重して清く正しいお付き合いをしている。
必要以上にイルカ先生に触れることもしなければ、キスもしない。
そんな関係で恋人かと、以前なら笑っただろうが無理強いをして今の関係を壊すことに臆病に
なるほど、俺は真剣に恋をしている。
例え、その相手の恋人が、いまだ俺の事を親しい友人ぐらいにしか見ていなくても。

「お待たせしました! カカシ先生」
息を切らせて走ってくるイルカ先生にニッコリ微笑む。
「お待ちしてました、どこに行きましょうか?」
自分で言うのもなんだが、紳士だと思う。
俺のそんな努力の成果か、イルカ先生も俺に俺とは違った意味での好意は寄せてくれている。
たまに、恋人ですから、とやんわり釘をさしたくなるくらいに。
いや、イルカ先生は元々俺に憧れは持っていたんだが。
「今日は俺、給料が入ったんで奢りますよ」
ポンッと鞄を叩けば、カカシがニヤリと笑う。
「じゃぁ、桜花亭」
「どんな嫌がらせですか、俺の一ヶ月の給料が飛んできますよ」
「だったら、後の日は俺が面倒見ますよ、なんなら、俺んちに引っ越してきたらいい」
時々、冗談のようにそんな本音をもらしてもあなたは気にもせず笑い飛ばす。
「俺なんかと一緒に暮らしたらカカシ先生、三日で音を上げますよ。ナルトもね一度
俺んちに泊まりにきて、二日目にはやっぱり一人の方が気楽だって帰って行きましたよ」
口うるさいですからね、と付けたるイルカ先生に、それは怖いなぁと返しながら、思う。
それは、怖いからだよ、イルカ先生、と。
ずっと一緒にいられる訳じゃないから、怖いからなんだよ、と。
自分の魅力を知らない、イルカ先生。
「今日は気分を変えて新しく出来た店に行きます? 中々、趣向を凝らした料理を出すらしいですよ?」
「良いですね」
嬉しそうに笑うイルカ先生の顔を見ながら、俺も笑う。
色々うちに思うことを飲み込んで。
イルカ先生は俺が良く店を知ってると思っているが、実はこまめに店をリサーチしてたりする。
イルカ先生の気分とお財布に合わせて。
イルカ先生は訳も無く奢られる事を嫌う。その癖、給料日だとか今日は俺が飲みたいからとか
なんだかんだと理由をつけて奢りたがる。基本的に面倒を見るのが好きらしい。俺としてはどっちでも
良いので、イルカ先生が奢るといえば奢ってもらい、変わりに臨時収入があったときなどは俺が
出す事にしている。
店に入るとイルカ先生はやたらと周りを見回す。
そんな様に、イルカ先生はもしかしたら案外潜入捜査とか得意かもしれないとか、
思ってしまう。
誰もこんな暢気そうな男が忍だとは思わないだろう。
低い天井に、暗い店内。
狭々とした店内はいたる所に異国情緒溢れるオブジェが飾られる。
「なんか随分お洒落な店ですね、男二人だとちょっと場違いですね……」
気後れしたように囁くイルカ先生にカカシは答える。
狭い待合に通されて、二つしかない椅子に肩をくっつけるようにして腰掛ける。
「全個室ですし気にならないでしょ。料理は食う価値ありだってアスマが言ってましたから
旨い筈ですよ?」
「へぇ〜、アスマ先生が」
アスマの名前が出てくると途端に嬉しそうにする。
案外、アスマもイルカ先生の中でポイントが高いらしい。
というか、イルカ先生が嫌いとか、苦手とかって聞いた事が無い。
店員を待つ間、そんな話をしながらメニューを眺める。
軟骨が喰いたいなぁとか、ここ焼き魚無いですねとか。
イルカ先生は俺が焼き魚が好きな事を知ってるから、一番に魚を探す。
直ぐ側でイルカ先生が笑ったり声を潜めて喋ったり、それだけも結構ドキドキしてたりする。
それをイルカ先生に悟られないように、俺はといえば魚の話。
イルカ先生も結構魚は好きらしく、魚だけで幾らでも喋っていられるほどお互いネタは尽きない。
太刀魚の刺身は結構旨かったとか、ハマチに感動した話とか。

そうこうしている間に次の客が扉を潜ってくる。
女、二人。
綺麗に着飾った女にイルカは待合の席を譲ってやる。
レディ・ファースト精神というよりは心底、根っからの良心の人。
むさ苦しい男が二人入って来たって席を立つような人だ。
俺もイルカ先生に習い席を立つ、化粧臭そうな女と肩を並べて座っているより、イルカ先生と
立っている方がいい。
女達が嬉しそうに俺に礼を言う。
キャー、キャーとうるさい女に適当に会釈を返す。
入る店を間違えたなと気だるく周りを見る。
何を勘違いしたのか、女たちの視線が刺さる。
シナを作って、え〜とか、ヤダとか、うるさい。
嫌な予感がビシバシと。
「すいませ〜ん、お二人だけですか? お連れさんいらっしゃるんですかぁ?」
くるんくるんの睫毛にくるんくるんの巻き髪を垂らした頭にはくるんくるんの脳みそが詰まってるらしい。
イルカ先生はといえばご丁寧に答える。
無視なんてできないのは知ってる。
「連れはいないですけど」
上目遣いに俺をチラリと見上げる。
ちょっと、アイコンタクトっぽくってその見上げてくる目に俺は微笑む。
キャァ〜ッと耳に痛い黄色い歓声が上がる。
「良かったら〜」
甘えた声で俺達を見比べる。
でっかい胸を自慢げに見せびらかし、媚びた視線をくれる。
「えっと……」
イルカ先生が目の前の女と俺を見比べる。
良いですよなんていってみろ、俺達恋人ですからってこの場で宣言してやる、そう心に決めて
イルカ先生の決断を待つ。
YESといって欲しいような、NOといって欲しいようなそんな複雑な心境で。
それが伝わったのかどうだかは知らないがイルカ先生は女達の誘いを丁重に断った。
タイミング良くやって来た案内の店員に女達の案内を先に頼んでイルカ先生は好青年
の笑顔で彼女たちを見送る。
表情の読めないイルカ先生のその笑顔をそんな顔もするんだと、不思議なものでも見るみたいに見てた。
女達の背中が消えるのを見届けてから、イルカ先生は溜息を吐き出す。
意外だった。
「イルカ先生も溜息とか吐くんですね」
素直に言えば、イルカ先生は困ったように笑った。
「最近良く溜息をつくように成りましたよ」
おや?
「なんか悩み事ですか?」
ちょっと憂いを含んだような顔をする。
「自分が情けない人間だなぁって思うからですかね」
「イルカ先生が情けなかったら俺、生きてる価値無いですよ」
結構本気で言ったのに、イルカ先生は笑った。
「またまた、カカシ先生は優しいですよね、羨ましいです」
俺が優しい?
しかも、羨ましい?
返す言葉が思いつかない。
そんな俺に気付いたのか、イルカ先生はバツが悪そうに店内に目を向ける。
イルカ先生は目を合わせる事無く言葉を繋げた。
「勝手に断って気を悪くされたかなぁって」
「なんで? 断らなかったら俺が断ってましたよ?」
「でも、やっぱり俺と二人で飲むよりカカシ先生だって……」
意地悪言いたいわけじゃない。でも、口を付いて出た。
二つの可能性のどちらとも決めかねたから。
「じゃぁなんで断ったの?」
俺があの女たちと飲みたがってると思ったのに断ったのは俺に嫉妬したせい?
それとも、あの女たちに嫉妬したせい?
あなたは困ったように答える。
「俺がカカシ先生と二人で飲みたかったから、です」
嫌な奴でしょ? と肩を竦めて、イルカ先生は三つ目の答えを返す。
「嫌な訳無いデショ?」
答えれば、耳まで赤くする。
俺はその反応に気を良くする。
やっぱり俺達は恋人なのだと。
そして、直ぐに裏切られる。
「やっぱり、カカシ先生は優しいですよね。羨ましい」
きっと、アスマにでも、ガイにでも同じように言うのだろう。
その羨望の眼差しと一緒に。
俺が欲しいのはそんな羨望なんかじゃなくて、例えば恋人の優越感とか独占欲とかそんなの。
俺はもっと側に行きたいのに。あんたは俺に遠くにいて欲しがる。
隣じゃなくて、ずっと、ずっと、手の届かない遠い遠い、高い所に。

「そう? まぁ、そうかもね」
なんておどけて、誤魔化して。
俺はまぁいいかと、気にしない振りをする。



カカシとイルカが並んで店を出る。
そちらも程よい酔いに浮かれるように歩く。
夜はまだ、少し肌寒いが、酔った体には心地よいぐらいだ。
繁華街を抜け、人通りの無い道を抜ける。
路にくっきりと二人の影が浮かび上がる。
「カカシ先生、見て下さいよ、こんなに影がくっきり」
イルカは陽気にそれを指差す。
「あぁ、ほんとだ。今日は満月なんですね。月が明るい。今頃、任務の奴は恨みがましい目で
あの月を拝んでんでしょうね」
カカシが月を見上げる。
「そうですね、こんな夜は誰も任務に出て欲しくないですね」
「こんな夜が好都合な事もありますけどね」
キラキラと輝く銀色の髪を持つ男が言う。
「カカシ先生が言うと説得力がありますね」
キラキラと輝く瞳で男が答える。
「実は月から来ましたから」
月の光に照らされて、カカシが言う。
「カカシ先生は、輝夜姫でしたか」
それに見惚れるようにイルカが答える。
「笑う所ですよ?」
困ったようにカカシが言えば、
「俺が言ったら笑えますけど、カカシ先生だったら皆、納得しますよ」
イルカか答える。
「確かに」
「でしょ?」
「イルカ先生は月って言うより、太陽って感じですからね」
イルカは笑った。
カカシもつられるように、わらった。



カカシ先生に家の前まで見送られそれではまた、と別れる。
いつの間にかそれが当たり前になった。
イルカは真っ暗な部屋の明かりをつけながら、靴を脱ぐ。
「ただいま〜」
当然ながら返事は無い。
イルカは溜息を一つ吐き出す。
カカシ先生と一緒に過ごす時間は楽しい。
それでも、最近溜息が増えた。
人前では気をつけているつもりなのだが、今日はカカシの前でもやってしまった。
イルカは風呂の湯を張りながら歯ブラシを咥える。
明日の授業はなんだっただろうかとか、ナルトはちゃんと飯食ったかなとかそんな事をツラツラ考える。
鏡に写る自分の陰気な顔が嫌でも目に入る。
「不細工だなぁ〜」
ぼりぼりと首を掻くと、髭の剃り残しを見つける。
溜息一つ。
「みっともねぇなぁ……」
カカシ先生は良くもてる。
当たり前といえば、当たり前。
上忍でカッコ良くてしかも優しくて、気が利いて、色んな事を知っているから話して
いても面白い。
それでもて無い筈はない。
カカシ先生と別れた後はいつも思う。
なんでだ、って。
なんで俺と付き合ってくれているんだって。
付き合ってるなんて言ったって、言葉だけのもののような関係だが、それでも、と。
増えていく湯を眺めながらイルカは考える。
勿論言い出したのはカカシ先生の方だし、俺の方が付き合いだしたキッカケは紅先生の暗示が
あったからなのだが、それなのに俺ばっかりがカカシ先生に夢中になってる。
カカシ先生は凄い。
あまり多くは語らないけれど、カカシとの会話の端々でカカシ先生は実力があるばかりではなく、
人間的に魅力的でとても優れているのだと良く分かる。
本当なら自分などとこんな風に親しく話したり、飲みに行ったりなどありえない相手なのに、
カカシ先生は決して驕らない。人を馬鹿にしたり、見下したりした所が無い。
こんな人がいるのかと、カカシ先生を知れば知るほど、その魅力に取り込まれていく。
カカシ先生は優しい。
俺の詰まらない会話に興味を持って耳を傾けてくれているのが分かるし、俺とのあま
り有意義ともいえないような時間を大切にしてくれている事も分かる。
優れているから、劣っているものが新鮮に見えるのかもしれないけれど、紅先生の
いったような人じゃ無い事だけは確かだ。それだけはいえる。
カカシ先生はとても誠実だ。
それこそ色々な面で。
どんな気紛れにしたって、俺にとっては凄い大切な時間だった。
自分を待っててくれる人がいるのがどんなに暖かい事か分かった。

一緒に食事をしようと約束をしてたのに、どうしても終わらせなきゃいけない仕事が
出来てしまって、今日は無理そうだという俺にカカシ先生は言った
「じゃぁ、こうしましょう、仕事が終わったら俺んちに来て下さいちょっと面倒で
しょうけど、今日の約束を反故にされたんですからそのぐらいの我侭は聞いて下さいよ」と。
遅くなるからという俺に
「待ってますから」
と強引に約束を取り付けて、帰ってしまう。
いつも俺が気負わなくていいようにと気を使ってくれている。
少しでも早く行こう、少しでも早く仕事を終わらせようと思う割りにやはり急に能力が上がったり
なんてこともあるはず無く。
人通りの無くなった道を急いで帰る。
行き付けの居酒屋からは機嫌の良さそうな酔っ払い達が出て来る。
本当ならあの中の一人だった。
焦る気持ちで家路を急ぐなんて何年ぶりかの事だなんてことも全然思い浮かぶ事も無く、
明かりの灯ってる家にいつもは感じる嬉しさもその時は感じない。
やっぱり、カカシ先生は自分の事を待っててくれたんだと思うと、悪い事をしたという思いで
いっぱいになった。
「すいません、遅くなりました!」
申し訳なさでいっぱいで、頭を下げる俺に、カカシ先生は柔らかく微笑む。
「お疲れ様です、ご飯、食べました?」
「え、まだです、すいません、これでも終わって直ぐに走ってきたんですけど……」
身を縮ませるイルカにカカシは笑う。
「晩飯、作ったんですけど喰ってってくれます?」
机の上に並ぶのは、カマスに、ほうれん草のお浸し、だし巻き卵、なめこの味噌汁。
温かい湯気を上げる白いご飯。
ちぐはくな茶碗や皿に盛られた料理にきっと普段は自炊なんてしないのだと簡単に知れた。
「簡単なものしか作れませんが」
俺は何を言って良いのか分からなくて、首を横に振った。
今までの人生のうちで五本の指に入るぐらい嬉しかった。
俺はちょっと感動して泣いてしまった。
カカシ先生は気付いていたかもしれない。
あの後から、良く理由を見つけて食事を作ってくれるようになったから。
そんな細やかな気遣いをカカシ先生はまるで当たり前のようにしてみせるのだ。

紅先生の言った事はきっとそんなカカシ先生の事を良く知らないのだ。
今まで付き合った人も、きっとカカシ先生の素晴らしい人となりに感動の涙は流して
も、悲しい涙を流した事なんて無かったと思う。
紅先生の言うように、こんな関係は寝るまでの関係なのだろうかと思ったこともあった。
だけど、それだけの為にカカシ先生が俺にこんな風に心を砕いてくれる必要は思いつかない。
多分、俺が特別だからじゃないと思う。
カカシ先生はきっと誰にでも優しい。
それこそ、神様のように分け隔てなく。
自慢じゃないがこれでも教師だ、人を見る目には自信がある。
でも、と思う。
カカシ先生は神様じゃない。
カカシ先生は人だ。
俺と同じ。
幾ら優しくても、幾ら親切でも、どんなに願っても、きっと終わりは来ると。
今は気紛れに俺に付き合ってくれている。
でも、明日は分からない。
そんな急な話ではなくても、一ヶ月先、一年先の事なんで誓える筈もない。
俺は、キッカケはともかく、カカシ先生の恋人なんてものになった事に後悔してい
る。
実際は友達の枠を超えない関係だとしても、俺が振られた後はきっと今のような関係
ではなくなっている。
それが寂しい。
それなら、遠くから眺めているだけの方が良かったな、と。
恋人なんていって、カカシ先生を僅かな時間を独占できるより、もっと、ずっと例え浅い
付き合いでも、長い時間をと、願ってしまう。
その方が俺には似合ってる。
今の不似合いな関係より、ずっと。

『イルカ先生、絶対に体を許しちゃ駄目よ? いい? 抱かれたら最期、必ずアイツはあなたに
興味を無くすわ』

紅先生の言葉が甦る。
カカシ先生はそんな人じゃないと思う反面、もし、一度の関係で、元の関係に戻れるなら、とも思う。
でも、実際は元になんて戻れないかもしれない。
お互いぎこちなくなってしまうかもしれない。
いや、カカシ先生なら、きっとそんな事はしない関係が壊れてしまっても、きっと、
相手に不快な思いをさせるような事はないだろうし、俺がカカシ先生を遠くなら見つめるだけなら
一体どんな支障があるというんだろう?
今の関係を失うのは寂しい。
でも、と思う。
今の関係なんて結局ただの……恋愛ゴッコに過ぎないんだと。
本当の関係じゃない。
別れたときにこんな風に思い悩むのはきっと今の関係が、今の俺が偽りだらけだからだ。
本当の場所にいないから、こんな風に悩むのだと。
そうは思っても、服を脱ぎ、鏡に映った自分の体と顔を眺める。
「まさか言えないよなぁ〜、抱いて下さいなんて」
抱かれたら最期なら、抱かれない終わりはあるんだろうか?
「どんな変態でもこんなモッサイ男抱きたがる奴はいねぇだろぉ? 紅先生も何をどう思って
あんな事いったんだか……」
綺麗なカカシの顔や手を思い出しながら性欲とは無縁そうな男が自分を抱く所を想像
しようとするが旨く行かない。
「かしいなぁ……」
湯に沈みそうになりながら、己の逸物に目を向ける。
カカシが性的な物を感じさせ無いからだ。
「なんか、想像できないんだよなぁ、あの人、自慰とかすんのかな?」
それとも、今も女の所に通っているのか……
でかい胸を誇示するようにカカシに熱い視線を送っていた女を思い出し、イルカは苦笑いする。
「苦労しなさそうだもんなぁ」
なんで、自分と付き合うようになったんだっけ。
温かい湯に眠気を誘われながら、イルカはまどろむように考える。
カカシが自分に告白をしたからだ。
なんで俺に告白したんだ?
前の晩に俺がカカシ先生の家に行って……
行って……。
襲われそうになったんだ。
俺は酔っ払ってて……。
からかわれてんだと思ってたのに、次の日にあの人は告白をしてきた。
「犯れなかったからか?」
案外、それだけなのかもしれない。
俺があの夜の事言いふらすとでも思って、口止めに付き合おうとした?
カカシ先生が?
俺が言いふらしても、誰も信じないだろ?
逆ならともかく。
「逆、か……」
俺が、カカシ先生を抱くわけか……。
カカシの白い体に覆いかぶさる自分。
その方がしっくり来る。
「カカシ先生」
白い首に顔を埋め、そこを吸う自分を想像する。
月明かりに照らされた銀色の髪をおもう。
目を閉じて自分の手に唇を這わせる。
「カカシ」
下半身に手が伸びる。
優しく、俺の名前を呼ぶカカシ先生の声を思いだしながら、俺は果てた。
俺は快感と、罪悪感がぐちゃぐちゃになった頭で、自分がそういう意味でカカシの事を好きなのだと、
ぼんやり自覚した。


「イルカ先生、今夜お暇ですか?」
お決まりの文句を口に乗せるカカシに、イルカもこの所お決まりの文句で答える。
「すいません、ちょっと、今日は先約が」
ちょっと考えるような顔をしたカカシに、イルカは慌てて重ねて謝る。
「すいません、本当に。ちょっと生徒の事で気になる奴がいて、それで……」
「そーですか、じゃぁ、また、今度」
ニッコリと笑って踵を返す相手に内心手を合わせる。
先約なんて嘘だ。
俺はあの日から、あの手この手でカカシ先生との距離を取ろうと奔走している。
一緒にいたい気持ちは勿論ある、誘ってくれれば嬉しい。
でも、カカシ先生の事をやましい気持ちで見てしまう今となっては、一緒にいる事は辛い。
今願う事は、自然消滅だ。
カカシの来訪か、俺の気持ちかは分からないが、どちらかが消えてなくなってくれれば俺の
悩みの種は無くなる。
イルカは深い溜息を一つ吐き出して、覇気のない目で依頼状を眺める。


音も無く気配も無く、まるで影のようにそれは紅の後ろにピタリと立つ。
決して忍として実力が劣る訳でもない紅にたいしてこんな事が出来る奴はそういない。
「カカシ、何のようよ……」
ピクリと眉間が引き攣る。
忍として後ろを取られる事の屈辱と、今の自分の立場を思えばそれも無理は無い。
カカシがその気なら自分の首は次の瞬間胴から離れてる。
そのぐらいに二人の実力の差はあるのだ。
同じ上忍でありながら。
「ちょっと、聞きたいことがあるんですけどね」
とぼけたような中に潜む冷たい拒否を許さぬ響き。
「人に者を聞く態度じゃないんじゃない?」
きっと、精一杯の強がりだという事はカカシには伝わるだろうが、それでも何も言わず震えるには
紅のプライドが許さない。
「んー、そうね、ゴメンネ、で、イルカ先生の事なんだけどね」
口で謝りながら全く態度を改める気の無い男は殺気すら漂わせながら口を開く。
「イルカ先生?」
「そ〜、紅、暗示か何かかけてくれたでしょ? それはそれでまぁ、いいかって思っ
てたんだけど、他にも何か余計な事言ってるんじゃないかって最近ね、思ったんだけど、思い
当たる事ない?」
カカシのそれにこういえばそんな骨折りをさせられた事もあったと思い出す。
「ちょっと、そんな昔の事言われてもねぇ〜。今更、何よ、まさかまだあんたがあの先生と
付き合ってるってんじゃないでしょ?」
「何言ってんの、付き合ってるからあんたが何したのか来たに決まってんデショ」
「嘘!」
紅が己の立場も忘れて振り返る。
そんな事をすれば次の瞬間、殺気をまとった相手に何をされるか分からないのだが、そんな事も
忘れるほど、紅にとってカカシの言葉は衝撃で、カカシにもそれはそうだろうと思う所は多々ある。
「嘘ついてどうすんのよ、俺のいう事が信じられないならイルカ先生に聞いたらいいデショ」
幾分、殺気を収めて紅と向き直る。
「ありえない」
「悪かったね」
「で、何したの?」
「何って、別になにも。あんたと次にあった時に告白するように暗示はかけたけど、
かる〜いやつよ? あんまり強いのかけたらあの先生壊れちゃいそうだったし。あん
まり可愛い人だからちょっと悪ふざけにからかったけど。あ、後、どうせ、三日も持
たないだろうと思ってたからあの先生が傷つかないように、あんたの素行は教えた、
かな? でも、木の葉の忍じゃなくてもあんたの女癖の悪さは知ってるし?」
その時の事を思い出すように一つ一つ。
「三日も持たなくて悪かったね、俺の素行って具体的に言ったの?」
「具体的に言ってたら何日掛かるか分からないでしょ? なんて言ったかな?」
「頼むから、思い出してよ」
情けない声を出すカカシに紅が目を丸くする。
「なに、なに、それ、ちょっと、あんた、まさか本気であの先生に惚れてんの?」
「そう言ってんデショ?」
「聞いてないわ!」
「言ったって。あんたがマジに取らなかっただけデショ」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、写輪眼が恋? 嘘でしょ? 面白過ぎるわよ、あんた! 
一回犯ったらお終いみ……あ! 思い出した、思い出した! 言った、それかどうかは
わかんないけど、一回抱かれちゃったらあんたが興味を無くすって。でも、関係ないでしょ? 
あれから結構経ってるし…」
「それだ!」
「まさか!」
紅の目が疑いと好奇心で輝くが、カカシはそれよりも早く煙と消えた。


イルカはまた深い溜息を落とす。
カカシの誘いを断って無理やり同僚を誘って飲みにいくのだって、こう毎日続けばそうそう
付き合ってくれる奴もいなくなる。
イルカはとぼとぼと家路を急ぐ。
みっともない。
情けない。
比べまいとしても想い人と比べてしまう。
なんて遠い所を好きになったりしたんだろう、と。
カカシ先生は自分を太陽だと言ってくれたけれど、本当はスッポンだ。
いや、食いついたら離れない根性が無い俺はスッポン以下、緑亀か亀のタワシ。
イルカはまた、溜息を落とす。
なんで、あんな人を好きになったんだろう。
いや、なんで一瞬でも自分の手の届きそうな所にカカシ先生がきてしまったんだろう。
「馬鹿だなぁ、俺」
ポツリと零すと、夕暮れが目にしみた。
「いっそ、抱かれて振られた方が思いっきり泣いてで、お終いにできたかもなぁ」
口で言うのは簡単。
だけど、現実はそんなにあま……。
「試してみましょうか」
いつの間に、と思うまもなく、イルカはカカシの腕の中に抱きこまれていた。
「か、カカシ、せ…、な、え?」
イルカの言葉を、唇をカカシが塞ぐ。己のそれで。
甘く食むような口付け。
痺れる様な疼き。
愛しそうに、名残惜しそうに唇が離れていく。
人通りが無いとは言え、ここは往来で。
「カカシ先生、誰かに見られたら……」
「いいよ。誰に見られても、寧ろ見せびらかしてやりたい。この人は俺のだって」
甘い、甘い声。
「もっと早くにこうしてたら良かった」
「カカシ先生」
ニッコリとカカシが笑う。
「俺ね、結構紳士ですよ、イルカ先生限定だけどね。だから安心してよ、あんたが俺
なしで生きられなくなる頃には、俺はとっくにあんたの為だけに生きてるんだから」
イルカの顔が真っ赤に染まる。
「もし、俺がね、あんたを裏切ったら、俺のこと殺しても良いよ。信じられなくても
しょうがないけど、でも、これだけは言える」
抱きしめて、耳元で囁く。
「俺はあんたと恋をしようって、決めたんです」







END




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