パンゲア (1)



ああ。マジで夢みてぇだ。

感激に浸りながら思った。
俺、生きてて良かったぜ。
まさかこんな嬉しい事を、言ってもらえる日が来るなんて。

俺、ゼル・ディンは、ガーデンじゃ「スコールの恋人」と呼ばれている。
正直言って、物凄く不本意だ。
そもそも、俺は元々完璧ノーマルな男だった。男と付き合うなんて、考えた事も無かった。
だから、最初は迫りまくるスコールから必死で逃げ回ってた。そんな俺に痺れを切らしたスコールは、
ついに無茶苦茶な実力行使に出た。
つまり、奴は俺を強姦しやがったのだ。
それを言うと、スコールは必ず「違う」と言い張る。が、違わない。少なくとも、最初は絶対に強姦だった。
それを奴が驚異の力技で和姦にまで持ち込んだのだ。(あの時の醜態は俺の一生の汚点だ)
一時が万事ってのは、良く言ったもんだと思う。
情けねえ事に、そのままずっと俺はその力技に引き摺られっ放しなのだ。

なのに、ガーデンでは、俺がスコールを誑かしたと思われてる。
俺が強引に迫りまくった挙句、スコールが落ちたのだと固く固く信じられてる。
何て理不尽なんだろう。

まぁ、気持ちは分からくもねぇ。
スコールはガーデン中の憧れの的だ。それが男、しかもチビで騒がしくて顔も十人並みの奴なんかに
迫りまくったなんて、ファンは絶対に認めたくないだろう。
て言うか俺自身、何でスコールがこんなに俺に執着するのか、全然分からない。
むしろ奴等の考え方の方が、筋が通ってるように思える位だ。

だから、それはいい。
その辺の誤解についちゃもう、諦めてるんだ。
辛いのは、この件で俺への評価が異様に厳しくなった事だ。
俺だって、スコールとこんな関係になる前はそれなりに評価されてた。(と思う)
それが今は、欠点ばっかクローズアップされてる。
騒がしすぎる。ガキっぽすぎる。顔も頭も大した事ない。あれでよくスコールの恋人面が出来る。
毎日そう陰口を叩かれる。
唯一の取り柄だった戦闘能力だって、比べる対象がスコールじゃ話にならねえ。(まあ、奴と比べりゃ
殆どの奴は話にならねえが)
もう俺の評判は、地に落ちるのを通り越して、地面にめり込む勢いだ。
俺は「立派な軍人になる」って目標でガーデンに入った。なのに、今の現状は立派な軍人どころか、
無能なオカマ扱いだ。
いくら何でも、あんまりだと思う。


だけど、神様は俺を見捨ててなかった。
先週、俺は渡り廊下で、突然見知らぬ女子に呼び止められた。
またスコールファンの抗議か、とうんざりして振り向いた。案の定、金髪の可愛い女の子が顔を
強張らせて立っている。
「・・・あの、ゼルさん・・・私・・・」
消え入りそうな声で言ったかと思うと、もじもじと頬を染めて恥かしげに顔を俯かせる。
あれ?と思った。何かいつもと違う。何だこの反応。
と、その子が急にパッと顔を上げた。思い切ったように大きく口を開く。

「・・・・あのっ!私、ずっとゼルさんに憧れたんです!良かったら、友達になって貰えませんか!?」

「えええええ!!??」
思わず素っ頓狂な声が出ちまった。
「あ、憧れ・・・!?」
「はい!ゼルさんは私の憧れです!」
綺麗な金髪を勢い良く揺らして、女の子がハキハキと答える。
「ゼルさんの事、ずっと素敵な人だなぁって思ってました!」
憧れ・・・素敵・・・・。
かつて聞いた事もない誉め言葉が、脳内をぐるぐる回る。そこに留めの一言がきた。
「すっごく、男らしい人だなぁって!!」

男らしい・・・。
うっとりと思った。何ていい響きなんだ。俺が一番欲しかった言葉だ。
俺は小柄で細っこく、しかも日に焼けない体質だ。だから、ガキの頃はよく女の子に間違えられた。
俺はそれが嫌で嫌で堪らなかった。
もっと男らしくなりたかった。勇猛な軍人だった俺の爺ちゃんみたいな、渋い本物の男になりたかった。
だから、ムキになって身体を鍛えた。ガーデンに入学と同時に、顔にイレズミも入れた。
全部、「男らしく」なる為だった。その為なら、どんな努力も惜しまなかった。

なのに、今は。

今はそんな努力、ただの笑い話だ。女みてぇにスコールに抱かれてる俺を、「男らしい」なんて誰が思う。
そんな奴、もう絶対いねえだろうと思ってた。

だけど。

だけど、いたんだ。俺の事を「男らしい」って思ってくれる子が。
「お、俺、男らしいかな?」
ドキマギしながら聞き返した。女の子が力強く頷く。
「はい!男らしいです!」
おお!また言ってくれたぜ!感激のあまり、ガッツポーズを取りたくなった。
「あ、ありがとな!な、何か照れるな!へへ。」
嬉しくなってガリガリと頭を掻いた。濃いピンクに塗られた唇が、にっこりと微笑む。
「私、ゼルさんみたいな、カッコイイ人と友達になりたかったんです。」

カッコイイ・・・。
殺し文句の連発に、頭がぼーっと熱くなった。
何だろう。何でこの子、こんな嬉しいコトばっか言ってくれるんだ?
ひょっとして天使か?この子、天使なのか?
天使がちょっと不安げに、俺を見上げる。
「あ・・・あの・・・駄目ですか?」
「え!?いや!全然!友達全然オッケーだ!!」
慌てて返事した。天使が良かった、と安心したように可愛く笑う。
その場でバク転したいくらい興奮した。おいおい何だよ。俺も結構やるじゃん。俺の事、カッコイイ
だってよ!参ったなー!どうする俺!?
「これから、よろしくな!!」
周囲が振り返るほどの大声で、勢い良く右手を差し出した。天使もにっこりと手を差し伸べる。
嬉し過ぎて、胸がはちきれそうだった。


「・・・アイテム集めで外出する?お前、昨日も一昨日もそう言ってなかったか?」
スコールが不審そうに眉を顰める。待ってましたとばかりに、いそいそと返事をした。
「いやー!実はちょっと友達に頼まれちゃってさー。」
整った眉が一層深く顰められる。
「・・・・頼まれて?」
えへへ、と自慢気に照れ笑いして、スコールを見上げた。
「そう!なんつーの?頼られてるっての?私じゃ無理なんです!なんて言われちまってよ!」

天使は頻繁に俺に頼みごとをしてくる。
大抵はアイテムの収集だ。天使らしく、あんまり戦闘が得意じゃないらしい。欲しい物が中々
獲れないんです、と困ったように俯いていた。
ゼルさんにお願いしていいですか、と甘えるように言われると、ついつい引き受けちまう。
なので、最近の俺は大忙しなのだ。ニヤニヤと笑う俺に、スコールがそっけなく言う。
「無理なアイテムなら、欲しがる必要はない。身の丈に合った装備で我慢しろと言ってやれ。」

俺は大袈裟に肩を竦めた。秀麗な顔を覗き込んで、言い聞かすように諭す。
「んな冷てえ事言うなって。良くねえぞ?そういうの。・・・それにさ」
誇らしさに胸をうんと反らし、弾む声で同意を求める。
「ゼルさんしか頼れないんです!なんて言われっとさー、やっぱ断れないじゃんか!?な!?」

「いや。俺は断れる。」
スコールが一層そっけなく言う。
「・・・そりゃ、お前は言われ慣れてっから・・・いいだろ別に!お前は関係ねーだろ!?頼られてるのは
俺なんだから!!じゃあな!」
そう言って、慌しく部屋を出ようとした。扉に手をかけた瞬間、冷めた声が追いかけてきた。
「ゼル。程ほどにしとけ。すぐ人に頼る奴は、すぐつけ上がる。言う事を全部聞いてると、そのうち
痛い目を見るぞ。」
思わずカッとして振り返った。
「うっせー!あの子はそんな奴じゃねーよ!!」
そう叫んで、俺は憤然と外に飛び出した。

分かってない。分かってない。あいつ、全然分かってねーよ。
足早に歩きながら、何度も胸の中で繰り返した。スコールの冷たい態度が、悔しくて堪らなかった。
スコールには分かんねぇんだ。俺がどれぐらい、あの子の笑顔を貴重に思ってるか。
苦労して集めたアイテムを渡す度に、嬉しそうに笑ってくれるあの笑顔を。

『何あれ。全然大した事無いじゃん。あれでスコールさんと付き合ってんの?』
『ねー、どこがいいのって感じ。聞いた?この間だってあの人・・・』

聞こえよがしに交わされる陰口。冷笑交じりに囁かれる俺の失敗談。
そんな中で、あの子だけが俺を認めてくれた。
俺の事を、頼りになる奴だって思ってくれた。
それがどんなに嬉しい事か、スコールには絶対分からねえ。
ガーデン中から頼られてる、伝説のSeeDなんかには。

頑張ろう。
ぐっと強く拳を握って思った。
頑張って、あの子の希望を適えてやろう。スコールに何て言われようと構わない。
男に突っ込まれてるだけの男じゃないって、スコールの足手まといになるだけの男じゃないって、
思ってくれたあの子に、俺は精一杯応えてやる。
よし!やるぜ!!
バシッと頬を両手で叩いて気合を入れると、俺は駆け足で外に向かっていった。

「・・・・え?ゼルさん一人でこれ全部・・・・?」
半ば呆然とした顔で天使が尋ねる。
「おお!」
ニカッと笑って頷いた。その途端、切れた唇の端にビリっと痛みが走った。思わず口元を抑えて
痛てて、と呟いた。
「・・・怪我したんですか?」
「あ、ちょ、ちよっとな!うん、ほんのちよっと!平気平気!」
ブンブン腕を振り回して、何でもない、というように笑った。

本当は、ちょっとじゃなかった。
服で隠された二の腕にも、実は包帯がぐるぐると巻かれてる。
だけど、しくじったと思われたくなかった。
余計な気を使わせたくなかった。それに、やっぱり頼れない奴だ、と思われるのも嫌だった。
柔らかそうな金髪が、困ったように俯く。
「・・・まさか本当に一人で集めちゃうなんて・・・」
何だか不本意そうな口ぶりだった。ちょっと不審に思って尋ねた。
「え?だって俺にしか頼めないって・・・」
天使がはっと顔を上げる。
「そ、そうです!ありがとうございます!」
慌てたように笑顔を浮かべる。ホッと安心して笑い返した。
「いやー。全然大した事ねーよ!喜んで貰えて良かったぜ!」
「はい!やっぱりゼルさんは凄いです!本当にありがとうございました!」
両手を胸の前で組み合わせ、にっこり微笑んで俺を見上げる。嬉しさがモリモリと湧き上がった。
やった!また笑ってくれた!苦労した甲斐があったぜ!
「じゃな!また何時でも言ってくれよな!」
元気良く手を振ると、俺は意気揚揚とその場を去って行った。


・・・でも、今回は流石にキツイかも。
思わず溜息を吐いて、ガラス越しに外の景色を眺めた。
どす黒い空からは、叩き付けるような雨が横殴りに降り注いでる。そのせいで視界が全く利かない。
こんなひどい土砂降りは久しぶりだ。俺はもう一度大きな溜息をついた。
「どうした?何かあったのか?」
ふいに、後ろからスコールの声がした。ギョッと振り返って慌てて首を振った。
「い、いや、何でもねぇ。」
スコールが腕を組んで首を傾げる。
「・・・何でも無いって顔じゃない。何があったんだ?」
「・・・・・・・。」
さりげなく手にした紙切れをそっと後ろに隠した。が、一瞬遅かった。サファイアのような蒼い瞳が、
さっと氷のように冷たい光を帯びる。
「・・・・それは何だ。俺に、見せられないものか・・・?」

まずい事になった、と思った。
スコールは俺に隠し事をされるのを異常に嫌う。一瞬のうちに空気がビリリと張り詰めた。
「見せろ。」
有無を言わせぬ声で、長い腕を伸ばす。この声になった時はもう、何を言っても無駄だ。
観念してノロノロと紙切れを差し出した。スコールがざっと眼を通して強く眉を顰める。
「『星々のかけら』入手先一覧・・・?お前、ひょっとして今から獲りに行くつもりか?」

「う・・・うん・・・まぁ・・・」
「止めろ。」
スコールが簡潔に言う。
「で、でもさ・・・何か急いでるらしくて・・・どうしても明日までに欲しいって・・・」
シドロモドロの言い訳に、スコールが嘆息して俺の肩を軽く掴む。
「・・・・ゼル。自分でも分かってるんだろう?こんな日にそんな真似をするのは愚の骨頂だ。断れ。」

言葉も無くうな垂れた。
分かってる。スコールの言う事は正論だ。
星々のかけらは、アイテムの中でも貴重品だ。当然、それを持ってるモンスターも限られる。
レベルの高い奴ばっかりだ。そんな敵と戦うなら、出来るだけ好条件でやるべきだ。
こんな一寸先も見えないような豪雨の中なんて、悪条件もいいとこだ。絶対に、止めるべきなんだ。
「・・・・ゼル!」
スコールが苛々と俺を強く揺さぶる。目を伏せたまま頷いた。
薄く整った唇が、ホッと安堵の溜息を吐く。丁度その時、ガーデン責任者達の収集を促す放送が流れた。
スコールがチッと忌々しげに舌打ちをする。
「・・・・絶対に、馬鹿な真似はするな。分かったな。」
念押しするように俺の顔を覗き込む。もう一度小さく頷いた。
大きな手が、やっと肩から離される。そしてスコールは渋々身体を翻して去っていった。

その姿が完全に見えなくなるまで、じっとその場に立ち尽くした。そして思った。
でも、スコール。
あの子、凄く焦ってたんだ。
どうしても、どうしても直ぐに欲しいんです、って必死に言っていたんだ。
ゼルさんにしか頼めないんです、って泣きそうな声で言ってたんだ。
ごめん。
俺、あの子を助けてやりたい。俺しか頼れないって言った、あの子を助けてやりたい。
ごめん。本当にごめん。俺、頑張るから。ちゃんと、無事で帰ってくるから。
だから、ごめんな。
胸の中のスコールにそう何度も謝って、俺は一気に正門に向かって走り出した。


戦闘の最中に崖から転げ落ちたのは、むしろ幸運だっだ。
あの時、雨で脆くなっていた地盤が突然崩れなければ、俺はあのままキマイラブレインの爪に
引き裂かれてあっさりと死んでいた事だろう。
俺は崖下に緩く突き出した岩を、奇跡的に掴む事ができた。が、一緒に落ちた巨大な竜は、そのまま
転落していった。これが最後のチャンスだと思った。
自分にレビレトを掛けて、気絶しているキマイラブレインの近くに舞い降りた。そして最後の力を
振り絞って、止めをさした。ようやく息絶えた竜の口から、コロリと輝石が零れ落ちる。
星々のかけらだ。
そう思った瞬間、一気に力が抜けた。激しい雨に全身叩き付けられながら、俺は長いことその場に
しゃがみ込んだ。



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