出来る男 1


世の中には、何でも出来る奴がいる。
何をやらせても、すぐに人より上手くなる。すぐに手が届かない存在になる。
もしそんな奴が、いつも側にいたらどうなるだろう。
常に自分と較べられてたら、どうなるだろう。

その答えがここにある。
俺は頬杖をつきながら、延々と語られるスコールの成功話を聞いていた。
たった一人で戦局を一変させただの、画期的な提案で各国の将軍を唸らせただの、華麗な成果が
次々と語られる。これって、任務報告会って言うよりスコール賞賛会だよな。
ぼんやり考えてると、突然議長のシュウ先輩が俺を指差した。
「ゼル・ディン。君の報告は?」
「え!?」
俺は慌てて立ち上がった。やべぇ。今のだらけ切った姿勢を見られたに違いねぇ。
何で書類を読み上げながら俺の様子が分るんだ。透視能力でもあるのか。
慌てて報告書を捲る。何だっけ。俺、今週何かしたっけ。
「俺は、えーっと、あっ!初等部で『楽しい格闘技』の講師をしました!」

部屋中からクスクスと失笑が漏れる。カッと顔が赤くなった。
スコールの大成功話の後だけに、その落差は一層明らかだ。シュウ先輩まで一緒になって
忍び笑いを漏らしてる。
「分った。ご苦労。」
一言で片付けると、すぐ着席を促す。俺は憮然として腰を降ろした。
と、右腕を軽く突付かれた。顔を向けると、隣席のスコールが苦笑しながら俺を見ている。
気にするな、と声を出さずに唇を動かす。俺は曖昧に頷いた。
気にするな、って言われてもよ。
俺は肩を落とした。でもやっぱり気になるぜ。ここまで違うと。
この男と、ここまで較べられると。

俺とスコールの仲は、ガーデン中に知れ渡ってる。俺は強姦されたまま、ずるずる断れないで
いるだけだと思っているが、周囲は俺が迫りまくった挙句、そういう仲になったと思ってる。
お互いの見解は大いに違うが、とにかく付き合ってる事に変りは無い。
スコールはガーデンのカリスマ的存在だ。しかも最近はそれが世界規模になりつつある。
当然、俺に注がれる視線は厳しい。
何であんな奴と。
それが周囲の一致した意見だ。頭脳明晰、眉目秀麗、戦力最強。ガーデンの誇るべき英雄。
その相手には、最高の女が相応しい。そう思っても当然だ。
それが、俺が相手ときた。
チビで、成績も顔も平凡で、取り得は格闘技だけ。そのうえ男。もう笑うしかねえ。
当の俺でもそう思うんだから、周囲なんか尚更だろう。
日々溜まる嫌がらせメールを読むまでも無い。その不釣合いさは、俺が一番分ってる。

ここだけの話、別に俺だって、そんなに悪くないと思う。
そりゃ最高のSeeDとまではいかねえが、底々はやれるんじゃないかと思ってる。
だけど、相手が悪いんだ。較べる相手が悪すぎる。
時々、考えちまう。もし、スコールと付き合っていなければ、友達のままなら、ここまで
較べられないだろう。ここまで罵倒されないだろう。
俺のことを、認めてくれる奴だっているだろう。

まぁ、今更だけどな。
俺は溜息をつきながら、スコールの整った横顔を眺めた。俺の視線に気付いて、スコールが
にっこりと笑いかける。綺麗な顔の綺麗な笑顔。ガキっぽい俺の馬鹿笑いとは大違いだ。
俺はもう一度、大きな溜息をついた。

その日の午後、俺とスコールが食堂でコーヒーを飲んでると、キスティスがやってきた。
「スコール、ちょっといい?例の会議の件だけど・・・」
「ああ。何だ?」
「出席者にね、G国の軍事顧問が・・・」
「・・・やっかいだな・・・」
難しい顔をして二人で何やら話し込んでる。会話の端々に首相だの、大統領だの、将軍だの、
有名指導者の名前が次々出てくる。すげえな。何か別世界の話って感じだ。
ぼーっと聞いてるうちに、話が終わったらしい。キスティスがふいに俺の方を向いた。
「あ、ゼル、あなたにも仕事があるの。」
「え、マジ!?」
俺は嬉しくなった。何だろう。俺もその会議に出席できるとか。まさかな。いや、でも、
万一って事が・・・。ウキウキと浮かれながら顔を上げた。キスティスが可笑しそうに笑う。
「あなた、本当に子供に人気あるのね。」
「は?」
綺麗に整った指で、俺の額をちょんと突付く。
「初等部の子供達が、貴方にどうしても、もう一度来て欲しいんですって。」

初等部教官から依頼があったの、と俺に指示書を渡す。眼を通すと『ゼル先生のかくとう教室』を、
これから毎週開催するよう書かれている。
「お前にぴったりだな。」
スコールが微笑しながら言った。キスティスも、ほんとね、と口元を綻ばせる。

何だよそれ。

反射的に言い返しそうになった。何だよ、ぴったりって。
お前は世界の首脳陣と会議で、俺は子供と格闘教室。それが俺にはお似合いって事か?
俺が頑張ってきたのは立派な軍人になる為で、子供と遊ぶ為じゃねえ。
俺だってSeeDなんだぞ。確かにお前とは比べ物にならねえ。だけど、そんな言い方ねえだろう。
そう言いそうになって、俺はハッと自制した。
・・・駄目だ。卑屈になってる。
ブンブンと頭を振った。そうだ。気にしたって始まらねえ。スコールはスコール、俺は俺だ!
「分った。頑張るぜ!」
俺は明るくキスティスに返事をした。一層楽しそうに笑う二人に、胸が微かに痛んだ。

その後すぐ、スコールはその会議に出かけて行った。帰ってきたのは金曜日の夕方だった。
早速俺の部屋に入り込んで我が物顔でベッドを占領している。何で自分の部屋で寝ねえんだよ、
と身体を揺すると、俺の部屋にはお前がいない、と言う。
「当り前だろ。個室なんだから。」
訳のわかんねえ事言ってないで帰れ、と怒っても帰らない。昼寝を邪魔された猫のように
煩そうに首を振って眼を閉じる。よっぽど疲れているらしい。仕方なく、俺は床に座って雑誌を
読む事にした。全く、何で部屋主の俺が床に追いやられてるんだよ。

二時間くらい経過したとき、突然頭上からスコールが話し掛けてきた。
「どこに行きたい?」
俺はびっくりして飛び上がった。
「な、何だよ。起きたのか。」
「ああ。どこか遊びに行きたい場所はあるか?」
重ねてスコールが尋ねる。俺は首を傾げた。
「?どうしたんだ急に?」
スコールがベットからひょいと顔を覗かせた。楽しい秘密を打ち明けるように悪戯っぽく笑う。
「今週末は俺も久々に予定が空いてるんだ。明日、どこか二人で遊びに行こう。」

・・明日?

「・・・あー、えーと・・・」
俺はガリガリと頭を掻いた。困ったな。そんな話になるとは。
「ええと、悪りぃ。俺、駄目なんだ。」
スコールがちょっと沈黙する。
「・・・何でだ?」
落ち着いた声で聞き返してくる。ホッと安心して説明を始めた。
「ほら、前言ったろ。アーヴィンにTボード教えるって。セルフィーが今度Tボード始める
らしくてさ、その前に上手くなりたいんだってよ。いいとこ見せたいらしいぜ。」
泥縄だよなあ、と笑いながらスコールの顔を見上げた。
「それで、今度の土日で特訓するって約束しちまったんだ。」
ごめんな、と手を縦に振ると、スコールがゆっくり起き上がった。
「・・・・それで?」
「え?それでって・・・」
「・・・ゼル。久々の休みなんだ。だから、二人で過ごしたいんだ。」
俺の手をぎゅっと握って、平然と言い放つ。

「その程度の予定なら、後でどうにでも出来るだろう?」


その程度。


その言葉は俺の心に突き刺さった。
突き刺さった痛みが、みるみる怒りへと転化する。自分でも驚く程、頭に血が登った。
俺の予定は、「その程度」だ。
俺の予定は、こいつにとって「その程度」の問題なんだ。
意味の無い予定。価値の無い予定。
世界情勢にも、ガーデンの名声にも、何にも関係しない。スコールの予定とは較べられない。
だから後でどうにでもできる。もし二人の予定がぶつかるなら、合わせるのは俺の方だ。
俺の方が、スコールの予定に合わせるべきだ。
スコールも、きっと皆もそう思ってる。
俺が、スコールと付き合ってるから。
劣る者が、優れた者と付き合ってるから。

「・・・・・その程度で悪かったな。」
スコールの掌を振りほどいた。
「・・・ゼル?」
形のいい眉が顰められる。
「その程度で悪かったな!どうせ俺の予定はその程度だ!」
吐き捨てるように叫んだ。
「どうしたんだ、急に。」
突然の大声に驚いたスコールがベットから降りる。
「煩せえ!俺はアーヴィンと約束したんだ!特訓してやるって約束したんだ!お前につべこべ
言われる筋合いはねえ!!」
怒鳴り続ける俺に、スコールの蒼い瞳が大きく開く。
「お前には意味が無くたって、俺には大事な約束だ!何でお前に合わせなきゃならないんだ!?
先に約束したのは俺達だ!俺とアーヴィンだ!!」
激しい怒りに息を切らせて、指を突きつけた。

「お前の予定に合わせるなんて、真っ平だ!!」

暫くどちらも口をきかなかった。
スコールも俺も、お互いの顔を見たまま黙っている。沈黙の中、俺は唇を開いた。
「殴りたいなら、殴れよ。だけど、俺は絶対予定を変えない。お前とは遊ばない。」
いきなり、スコールが俺の腕を引き寄せた。熱い唇が俺の唇に押し付けられる。長い舌が
無理矢理口の中に入ろうとする。
全身で抵抗した。激しく首を振って唇を引き離した。スコールが俺の手首を掴むのがもう一瞬
遅かったら、俺は奴を本気で殴っていただろう。涙が出そうになった。
殴ってくれた方が何倍もマシだ。対等な喧嘩相手みたいに、殴ってくれた方が。
キス一つで丸め込める。
そんな風に思われた事が悔しい。その程度の奴だと思われてる事に、胸が張り裂けそうに痛む。
滅茶苦茶に腕を振り回した。いま此処でもう一度キスをされるくらいなら、スコールの舌を
噛み切ってやる。そう思った。

突然、スコールが溜息をついた。俺の腕を静かに放す。
「・・・悪かった。」
俺は耳を疑った。スコールがこんなにあっさり謝るなんて。
「少し、言い過ぎた。俺が悪かった。」
「え・・・いや、その・・」
どうしよう。こんなに素直に謝ってくると思わなかった。すっかり毒気を抜かれちまった。
冷静になって考えてみれば、何でアーヴィンの為にこんなに激怒しなきゃいけねえんだ。
俺だって、別に楽しみにしてた訳でもねえのに。何か変だよな、今日の俺。
でも、今更後には引けねえ。俺はそのままスコールを見上げ続けた。
「・・・・俺も行っていいか?」
ふいにスコールが尋ねてきた。
「え?」
「俺も一緒に、ボードしていいか?お前らの邪魔はしないから。」
「え・・・う、うん」
珍しい事もあったもんだ。スコールがボードしたいなんて。
「・・・・じゃあ、明日な。」
そのまま部屋を出ようとする。益々呆気にとられた。
「か、帰るのか?」
やらないのか?と思わず言いそうになった。俺も変だが、スコールも変だ。
いつも任務から帰ると、すぐやろうとするくせに。
「ああ。」
暫く俺の顔を覗いていたかと思うと、急に身体を反転させる。そして静かに外へ出て行った。
一人きりになった部屋で、ふとさっきのスコールの表情を思い出した。
何だか、怖がってるみたいだった。
もう一度キスを拒まれるのを、怖れてるみたいだった。それが怖くて触ることも出来ない、
とでも言うように蒼い瞳を伏せていた。
・・・まさかな。
「スコール様」がそんな事思うわけねえか。まして俺相手に。
頭をふってベットに横になった。シーツには、まだスコールの体温が残ってた。

土曜日は快晴だった。カラリと晴れた公園は、絶好の練習場所だ。
「あれ〜?スコールも一緒なの〜?」
ベンチから立ち上がったアーウィンが、ちょっと驚いて眼を開く。
「悪いか。」
ぶっきらぼうに言い返すスコールに、いやいやとんでもない、と慌てて両手を広げる。
「何でもいいから、始めようぜ!」
俺はアーヴィンにボードを押し付けて言った。二日で人並みになろうってんだから、ぐずぐす
してる暇はねえはずだ。

「うっわああああ〜」
アーヴィンが派手に転ぶ。なまじ身体がデカイだけに、その姿はかなり滑稽だ。
「だーかーらー、膝使えって言ってるだろー?」
「使ってるよ〜。」
「もっと使うんだよ。力抜け、力!」
ふらふら傾ぐアーヴィンの腰を掴んで、膝を落とさせる。大きな身体が俺にしがみ付こうとする。
「つかまるな!一人で乗れなきゃ意味ねーだろ!」
「そんな事言ったってさ〜」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ俺達の側に、スコールがやってきた。
「ゼル、他の技を教えてくれ。」
「・・・あ?」
俺は眼を瞬かせた。さっき教えた技をもうマスターしたのか。何て覚えの早い奴だ。
「ええと、じゃあ・・・」
グラインドの応用技をやってみせると、スコールが眉を顰めた。
「よく分からない。もっと姿勢からちゃんと教えてくれ。」
俺の腕をとって自分の方に引っ張ろうとする。俺は首を傾げた。
「うーん。でもさあ、ここまで出来れば、もういいと思うぜ。あとは自分で技を開発した方が
面白いんじゃねー?頑張れよ。」
そう言ってアーヴィンに向き直った。
「おっし!もう一度やってみようぜ!」
「え〜まだやるの〜?」
「誰の為にやってるんだ!この根性無し!俺が腰を支えてやるから、とにかく姿勢を覚えろ!」
「ひどいよ〜」
騒ぐ大男の腰を無理矢理掴む。熱血教師と化した俺の背後で、小さな溜息が聞こえた気がした。

「あ〜、血が出てる。」
アーヴィンが掌を眺めて言った。
「あー、さっきの大転倒だな。ハンカチで抑えておくか?」
「いやだなあ。僕を見損ないでくれよ〜。何の準備もしてないと思うなよ〜。」
自慢気に笑ってリュックを開ける。中から出てきたのは小さな救急箱だった。
「僕って気がきくよね〜。この用意周到さに我ながら感心しちゃうよ〜。」
そうか?小心なだけじゃねえか?という言葉を飲み込んで、俺は消毒薬を取り出した。
痛い痛いと大げさに騒ぐアーヴィンの手をとって手当てをする。
ふと、アーヴィンが顔をあげた。
「スコールって上手いんだねえ。」
顔を上げて、ちょっと驚いた。いつの間にかスコールを遠巻きにしてギャラリーが出来ている。
女達のうっとりと見惚れる表情が、はっきり見て取れる。
何だ、出来てるじゃねえか。
俺は首を振った。さっき一回だけやってみせた技を、もう自分のものにしようとしてる。
何が「よく分からない」だ。全然分ってるじゃねえか。
「スコール、結構ボードやってるんだ?」
「いや。二回目。」
俺はあっさりと言った。俺と一回遊んだきりだ。別にハマった風でも無かったし、一人で練習
してたって事はないだろう。
「え?そうなの〜?」
アーヴィンが驚いて声を上げる。そして大きな溜息をついた。
「・・・・何かさあ。自信無くすよねえ。」

思わずアーヴィンの顔を見た。
「僕はきっと駄目だな〜。明日になっても、絶対無理だよ。あんな事できないよ。」
ちょっと切なそうな表情を浮かべる。
「あんな風にすぐ上手くなれれば、セルフィーも僕をカッコイイと思ってくれるんだろうな。」

俺は息を呑んだ。分る。分るぜ。その気持ち。
たった二回目なのに、あの上手さ。アーヴィンの動機は確かに不純だが、それなりに真剣だ。
セルフィーの気持ちを掴もうと頑張ってる。あのギャラリーの視線だって、女好きのこいつには
すごく羨ましいはずだ。それを、大して努力もせずにスコールが平然と攫っていく。
しかも、特に嬉しそうな感じでもない。切なくなって当然だ。
俺が時々、遣り切れなくなるみたいに。

アーヴィンの手をがっちりと握り締めた。
「大丈夫だ!俺はお前の方がいいと思う!」
「・・・え?そう?」
アーヴィンの表情が少し明るくなる。それに勢いづいて俺は更に畳み掛けた。
「そうだよ!お前、頑張ってるじゃん!かっこいいよ!かっこいいと思うよ!」
アーヴィンの手を握り締めたまま、ブンブンと振る。
「スコールみたいな、何でもすぐ出来る奴なんかより、お前の方がずっといい!あんな奴の事、
気にするな!中々出来なくても頑張ってるお前の方が、俺はずっと好きだ!!」

「悪かったな。あんな奴で。」

突如、背後から低い声がした。
ぎょっと振り返ると、スコールが無表情に俺達を見下ろしている。
俺とアーヴィンは思わず手を握り合った。こ、怖え。いつからいたんだ、こいつ。
「二人でそうやって言い合ってろ。何でも出来る俺は飲み物を買ってくる。」
痛烈な嫌味を言い放つと、Tボードのモーターを入れて、自販機に滑っていく。
俺達は無言でその後姿を見送った。

「・・・怒ってるね。あれは。」
アーヴィンが分りきった事を言う。心配そうに俺の顔を覗き込む。
「・・・謝った方がよくない?」
俺は首を振った。
「・・・謝るって、何を謝るんだよ。」
謝る理由なんか無い。確かに言い方はキツかったが、あれは俺の本心だ。
第一、何をどう謝るんだ。何でも出来るお前が羨ましくて済みません、って謝るのか?
何にも出来なくて済みません、って謝るのか?
何でそんな事、しなきゃならねえんだよ。

固く唇を閉じる俺に、アーヴィンも諦めたようだった。
「・・・とりあえず、もう一回教えてくれる?先生。」
穏やかな口調で俺に話し掛ける。
優しいな、お前。
そう思った。どんな時でも、相手を追い詰めようとしない。この優しさは、俺には無い。
スコールにも無い。アーヴィンだけの優しさだ。他の奴には、真似できない。
「・・・よし!やるか!」
「お手柔らかにね。」
アーヴィンがにっこりと笑った。
NEXT
Novelのコーナーに戻る
TOPに戻る