信じられんねぇ。
俺の口は、さっきからその言葉しか出てこない。五回目の「信じらんねぇ」が口から漏れると、
サイファーがくるりと振り返った。苦虫を噛み潰したような顔で怒鳴りつける。
「煩せえよ!てめぇが助けろって言ったんじゃねえか!!くそチキン!!」
俺は間髪入れずに怒鳴り返した。
「あそこまでして助けてくれなんて、言ってねーよ!!馬鹿サイファー!!」
サイファーの額にみるみる血管が浮き出てくる。
「どの口がほざいてんだ馬鹿野郎!!ビービー泣いて縋ってきたくせしやがって!!」
ぐっ。
俺は思わず口篭もった。サイファーがふん、と鼻を鳴らす。
「偉そうな口叩くんじゃねえよ。ヒヨコみてぇにブルブル震えたくせに。」
くーっ。俺は悔しさのあまり頭をガシガシと掻き廻した。畜生。だからこいつに助けてもらう
なんて、嫌だったんだよ。

だけど、仕方無かったんだ。それしか助かる道は無かったんだ。
スコールの唇が、すぐそこまで近づいてて、嫌だって言っても、聞いてくれなくて。
あんな事、無理矢理しようとするスコールが怖かった。押さえつける無慈悲な腕が怖かった。
もう、恥も外聞もプライドも無かった。涙に霞む白いコートに、俺は必死で叫んだ。

助けてくれ。サイファー、俺、お前のものだ。だから、助けてくれ。

そりゃ、確かにそう言ったよ。助けて欲しいって言ったよ。お前の胸に飛び込んだよ。
だけど・・・。
俺は恨みがましくサイファーを見上げた。
「だけど・・・何もアルテマぶっ放すことねぇじゃんか。」

思い出すだけでゾッとする。強烈な閃光と爆風の後、俺を待っていたのは呆然とする
光景だった。
爆風になぎ倒された無残な植樹。ポッカリと丸くえぐられた地面。
全身がガクガクと震えて、その場に座り込みそうになった。スコールはどこだ。
アルテマの直撃を受けて平気でいられる訳がねえ。こんな事になるなんて。
どうしよう。早く、早くスコールを助けなきゃ。
震えながらスコールを探す俺の目の前に、信じらねぇ光景が映った。
吹っ飛ばされたスコールが、何事も無かったように立ち上がろうとしてる。
「どどどどどどどうしてだっ!!!!????」
思わず絶叫した。何でだ!?何でアルテマを直接受けてノーダメージなんだ!?
サイファーが忌々しげに舌打ちをした。
「ふん。やっぱりバリア張ってやがったか。ま、二回目だからな。アルテマで正解だったな。
相変わらず嫌な野郎だぜ。もひとつ傷を作ってやろうと思ったのに。」
バリア?やっぱり?二回目?アルテマで正解?
「おらチキン、奴が戻ってこねぇうちに逃げるぞ。」
サイファーが、俺の首筋を猫の子の様にひょいと摘んで走り出す。嫌も応も無かった。
何が何だか分からないまま、俺はただひたすら走り続けた。


あの惨状を一体どう始末したらいいんだ。
頭を抱える俺を尻目に、サイファーが肩をすくめる。
「細けぇ事気にすんじゃねえよ。」
「細かくねぇよ!!細かくねえから気にしてるんじゃねーか!!」
あれが「細い事」なら、ガーデンが飛ぶのだって「ささいな出来事」だぜ。
あれは器物破損なんて可愛いもんじゃねえ、施設破壊だ。
「だからてめぇはチキンなんだよ。」
サイファーがふんぞり返って言い放つ。
「あれぐらえでビビってるようじゃ、あいつを振り切れねえぜ。大方てめぇの御目出度いオツムは
スコールが無事で良かったくらいの事思ってんだろ。」
「え・・何で分るんだ?」
不思議に思って問い返すと、サイファーはそれみたことか、という表情で顎をしゃくった。
いかにも自慢気に厚い胸を張る。
「だから俺様が替わりにあいつをぶっとばしてやったんだ。」
ぶっとばし過ぎなんだよお前は。何が感謝だ。中庭ごとぶっ飛ばす奴がいるかよ、この常識知らず!
「逃げれたのは誰のお陰だ?土下座して感謝したっていいぐらいじゃねえのか?ああ?」
何でお前に土下座しなきゃなんねーんだ。あまりの言い草に拳がブルブルと震えた。
しかし、確かに俺一人じゃ逃げ切れなかっただろう(過程はともかく)。正面切って反論出来ないだけに悔しさ倍増だ。
「お?何だその眼は。」
サイファーが俺の頬をギュッと抓った。眼が生き生きと嬉しそうに輝いてる。
「悔しいのか?悔しいのか?ええ?」
・・・苛めっ子パワー全開だなこいつ。なんかもう、怒りを通り越して呆れモードだ。
こんなフルパワーで苛められるのはガキの時以来だ。よくこうして頬っぺたを捻られたもんだ。(別に懐かねえが)
それにしてもスゲー楽しそうだ。まるで浮かれてるみたいだぜ。

「お、おまふぇ、なんでそんふぁに、た、たのひそうなんだ?」
頬を捻り上げられてるせいで、上手く発音できない。が、サイファーには俺の言いたい事が
分かったようだった。
整った口元がニヤリと吊り上がる。


「てめぇで考えろ。馬鹿。」


またか。こいつ馬鹿とチキン以外の名前で俺を呼べねぇのかよ。
「お、おれ・・は・か・・・ひゃね・よ・・・」
「ああ?馬鹿じゃねえ?そうかそうか、馬鹿じゃねえって言いてえのか。」
だから何で分かるんだ。今のなんか発音した俺自身よく分かんねえぞ。やっぱあれか?
ガキの頃からのヒアリング効果か?
「だけど、てめぇは馬鹿なんだよ。」
ぐりぐりと頭を掻き回しながら、俺の瞳を覗き込む。
「その答が分らんねえほど、お前は馬鹿なんだよ。」
大きな手が悪戯っぽく、痛む頬を撫ぜる。
「当ててみな。そしたらてめぇは馬鹿じゃねえ。」

よおし。
俺は奮い立った。絶対当ててみせる!見てろよ!サイファー!
サイファーがスタスタと歩き出す。慌てて後を追った。
「えーと、・・・アルテマをぶっ放せて気持ち良かった。」
「違う。」
「分った!アレだ!スコールをぶっとばせたのが嬉しい!!」
「惜しいな。」
惜しいのか。俺はうんうんと首を捻った。
「じゃあ・・・スコールが無事で嬉しい。」
「どこのお人好しだそりゃ。てめぇと一緒にすんな馬鹿。」
「うー。木が沢山倒れてすっきりした。」
「底なしの馬鹿だなてめえは。」
馬鹿の大盤振る舞いだぜ畜生。
「もう、出つくしたのか。やっぱりてめぇは馬鹿決定だな。」
サイファーが額をちょんと突付く。ムキになってコートの袖を掴んだ。
「待てよ!もういっぺん、もういっぺん、やろうぜ!」
「無駄だ。馬鹿に付き合うとキリがねえ。」
サイファーが鼻先でせせら笑う。カーっと頭に血が登った。
「くっそ〜。もー、あったまきた!!こうなったら当たるまで付き合ってもらうぜ!!」
突然サイファーが笑い出した。明るい、腹の底から湧き出るような笑い声だった。
驚いてコケそうになった。大きな手がすかさず俺をすくい上げる。
「そうか、当たるまでか。てめぇ、当てるつもりなのか。」
長い腕が、がっちりと俺を抱く。
「なら、当てろ。もしもてめぇが、答えを当てやがったら」
廻された腕に、グッと力が篭った。

「それが、俺の最期だ。何もかもお前にくれてやる。」


そんな大層な。
困惑に眼をパチクリさせた。いつからそんな大層なクイズになったんだ?
お前が何を思っているか、俺が当てればいいだけだろう?
何もかもくれるって、何でそんな破格の賞品がつくんだ。

俺はサイファーを見上げた。緑の瞳が真っ直ぐに俺を見下ろす。
乱暴で、意地が悪くて、傲慢で、手のつけられない我儘男。
だけど、嘘だけはつかない。
操られている時ですら、敵となった時ですら、嘘だけはつかなかった。
だから多分、本気なんだろう。俺が答えを当てたら、俺に全てをくれるんだろう。

この男の何もかもが手に入る、そんな答えがあるんだろうか。
抱きしめられた背中が痛い。背中だけじゃない、心臓まで痛い。さっきから、ずっと。
サイファーが俺を抱きしめた時から。
何でだろう。苦しくて苦しくてたまらない。こんなに胸が痛かったら、考えなんか纏まらねえ。
大体、こんな事をしてる場合じゃねえ。ぶっ壊れた中庭をどうするんだとか、校内で
魔法なんか使ったのがバレたらどうなるんだとか、スコールがあれで諦めるわけねぇとか、
色々問題が山積みなんだ。

なのに、どうして。

なのに、どうして俺はこんなに必死に考えてるんだろう。
山積みの問題なんて、この問題に比べたら屁でもねえように思えちまうんだろう。
サイファーが、俺をじっと見詰めてる。黄金の睫の奥に輝く瞳。
俺を惑わせ、翻弄する緑の迷宮。
早く答えを見つけなきゃ。
じゃなきゃ二度と抜けられない。
何もかもをくれてやるのは、俺の方になっちまう。

END
ゼル視点のサイゼル書くのは初めてで、楽しかったです・・・がサイゼルって難しいなぁと思いました。
何で皆あんな素敵なサイゼル書けるんだろう・・・。いまいち弾けてなくてすみません。
最初スコールがもっと出てくる予定だったのですが、なんか奴は諦めそうにないので思い切って
ぶっ飛ばす事にしました。ごめんね、スコール・・・。
スコールファンの方、もし読んで下さってたら御免なさい。
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