|
どうしてこんな事になっちまったんだ。
渡り廊下の陰に隠れて俺は考えていた。
俺、ゼル・ディン。ガーデンじゃ、ちっとは知られた格闘家SeeDだ。
その俺が何でこんなコソコソ隠れるような真似をしなきゃならないのか。
分かってる。全部あいつのせいなんだ。あいつ・・・スコール・レオンハート。
事の起こりは例の魔女討伐成功記念パーティだった。
いつも限定販売の食堂のパンが、この日はテーブルに山盛り積んであって、俺は感涙にむせていた。
会場中に広がる暖かい食べ物の匂い、さざめく笑い声、軽快な音楽・・・皆上機嫌だった。
「ゼル、こっち向いて〜。」
セルフィがビデオカメラ片手に寄って来た。
「おっ、何だ何だ、撮影か?」
「そーだよ。学園祭で上映するの〜。題して、「魔女討伐、その苦闘の日々」なんちて〜。」
「パンを食べてるとこなんて、ゼルらしいわね。うふふ。」
キスティスが可笑しそうに笑った。
「そんなにがっついて食べると息が詰まるよ〜。」
アーヴィンも寄って来てシャンパン片手に優雅に指を振った。
「うるせえ。ふがふが。これががっつかずにいられるか。ふがふが。」
「あ、来た来た〜。スコールとリノアだ〜。こっちこっち。」
「主役の登場ね。」
スコールとリノアが並んで会場に入ってきた。
美男美女だよな。長身でハンサムなスコール、スタイル抜群で美人のリノア。当に「お似合いのカッ
プル」ってやつだ。
会場中が羨望と憧れの眼で二人を見ている。羨ましいぜ!スコール。
「じゃじゃーん。インタビューの時間で〜す。スコール班長、あなたにとってリノアとは?」
セルフィがおどけてカメラを向けた。周囲がワッと盛り上がる。誰かがヒューと口笛を吹いた。
「俺にとってリノアは・・・」
スコールが眉根を寄せて宙を見た。
「妹みたいな存在だ。」
は?
俺は思わず大事なパンを落とすとこだった。
周囲を見渡すと、皆顔がサボテンダーになっていた。
「い、妹って、スコールあなた、リノアは恋人じゃないの!?」
さすがのキスティスも吃りがちだ。
「いつ、俺がそんな事を言った。」
平然とスコールが返事する。
言ってねえ。言ってねえけどよ。確かに。
でも、何?お前、「妹」に対してあれだけ大騒ぎしてた訳?!
エスタまで負ぶって歩くわ「リノアに触るな」何て喚くわ、挙句の果てに宇宙まで追っかけて。
戻ってきた時だって固く抱き合ってたじゃないかよ。俺、あの時感動して、ちょっともらい泣きし
てたんだぜ。内緒だけど。
皆、お前達が上手くいくように慣れないバンド演奏までしちゃって。
そうだ、俺なんか、指輪まで作ってやったんだぞ。
もう、こりゃ世紀の大カップル誕生だって信じて疑わなかったのに。
「で、でも、あんなに盛り上がってたじゃないか〜。」
アーヴィンがサボテンダー顔からやっと復活してスコールに突っ込みを入れた。
「そうだよ〜。ってゆーか、あれで「妹」なら、「恋人」なんてゆったら、スコールはんちょ、一体
どうなっちゃうの〜。」
そうだ。どうなっちまうんだ。
きっとその子はスコールにがんじがらめに絡めとられてしまうに違いない。
地の果てまでも追い詰められるに違いない。
俺は密かにそいつに同情した。
「リノアは俺に大事な事を教えてくれた。」
周囲の沈黙をよそにスコールは一人喋り続けていた。いつもと逆だ。
「黙っていては想いは伝わらない、という事だ。心を口に出して、そして行動する事が
俺には必要だって教えてくれた。」
おお、そうか。そりゃ良かったな。
俺が十三個目のパンに手を伸ばした時だった。
スコールが俺の手を掴んだ。
「ゼル、お前を愛してる。」
オーディーンが突然登場して俺を一刀両断しても、あれほどショックじゃなかっただろう。
この時をもって「魔女討伐、その苦闘の日々」は終わり、俺の苦闘の日々が始まったのだった。
あの日以来、俺の生活は一変しちまった。
スコールは吹っ切れたように執拗に俺に迫ってくる。食堂、図書館、訓練場・・・。
逃げ切ったと思っても何時の間にか背後に立っていて、ひっくり返りそうになる。
部屋だけは死守してあるが、知恵の回る奴のことだ、どこまで守りきれるか・・・。
問題はスコールだけじゃないんだ。いや、むしろこっちの方が厄介だ。
つまり、スコールは学園のカリスマだってことだ。
キスティスもファンクラブがあるらしいが、スコールの場合はそれが更に深く広い。
はっきり言ってガーデンの半数は奴の心酔者だろう。
スコールの爆弾告白以来、俺は理由の無い、いや、理由はあるけど苛めを受けることとなった。
お前なんかスコールに相応しくないって台詞は耳が腐るほど聞いた。
俺もそう思うって言ったら「馬鹿にしてんのか」って怒るし、俺だって迷惑だって言えば
更に怒る。要するにあいつらは何を言っても怒るんだ。
「スコールと別れてください」なんて涙のにじんだ手紙を受け取ることも再々だ。
どこに行っても指さされる。覗き込まれる。
でも、一番困るのはスコールと俺を応援しようとするやつらだ。
食堂に行けばわざとらしく並びの席を二つ譲るし、この間スコールに引きづられて訓練場の奥に行
ったら、そこにいた奴らは皆潮が引くようにそこを出ていきやがった。
昨日なんか、ちょっといいな、って思ってた三編みの図書委員が「頑張ってください。私、スコー
ルさんとゼルさんのこと、応援してます!」なんて瞳をキラキラさせて言ってきた。
腰から力が抜けてしまいそうだった。
今だって、スコールが学園長に呼ばれてる隙にやっと逃げてきたんだ。「逃げる」なんてのは今まで
俺の辞書には無かった言葉だぜ。俺はがっくりと首を垂れた。
もう、いい。天気もいいし、このまま授業もふけちまおう・・・・。
突然眼の前が暗くなった。
「ゼル、授業はいいのか。」
「スススス、スコール!何でここが分かったんだ?!」
「学園長室の窓から覗いたらお前が見えた。」
そ、そうか。おい待て。覗いたらって、三階から覗いて俺が分かったのか!?
どういう眼をしてるんだ。鷹かお前は。
「ゼル・・・どうしてだ。」
「あ?どうしてって何だよ。」
「食堂で・・・すぐ戻るから待っててくれって言ったはずだ。」
おお!そう言えば、そんなこと言われてたような。
「いいじゃねーか。すぐ戻るなんて、あてになんねえし。」
大体、その食堂だって、俺が一人で食べるって言ったのにお前が無理矢理付いて来たんじゃんか。
それに、お前がいなくなった後、周りの視線が針みたいだったんだぞ。
「それでも待っていて欲しかった・・・。俺を待っててくれると思ってた。」
スコールは悲し気に眼を伏せた。長い睫が物憂げに顔に陰を差す。
こいつは地顔が既に悩んでるっぽい。だからちょっとでも悲しげに顔を歪めようものなら、もうこ
れ以上無い様な切ない表情になる。
まるで俺が極悪人みたいだ。
「わ、悪かった。」
何で俺が謝らなきゃならないんだ。俺の方がずっと迷惑被ってるのに。
スコールはそっと眼を開けた。薄い唇がうっすらと緩む。
「いいんだ・・・。お前を一人置いていった俺が悪いんだ。これからはそんな事しない。」
「はあ?」
「お前の側にいる。ゼル・・・。」
うわあああ。やめてくれ。心おきなく置いてってくれ。手を握ろうとするな、眼を覗き込むなー!
「ス、スコール。俺、話、話がしたいんだ。」
「何だ。」
そうだ、ちゃんと話さなきゃ。
「俺、お前は大事な友人だって思ってる。でも、こ、恋人なんて、そうゆう風に思えない。
諦めてくれないか。」
「嫌だ。」
あっさりと返された。
「ゼル。お前を愛してるんだ。友人なんて言わないでくれ。」
「いや、でも・・・。」
スコールの眼に急に力がこもった。
「俺が友人だった時の方が良かったか?お前とろくに話もしない、握手もしない、そんな俺の方が
お前にとっては都合が良かったか?」
「そ、そんな事、言ってないだろ。」
「言ってる!!」
スコールの大きな手が俺の手首を掴み、壁に打ちつけた。
「どうしてだ。皆が俺に心を開けって言う。感情を出せと言う。お前だってそう言ってた。でも、
本当にそうすれば、お前は逃げようとするのか。それが現実なのか?」
綺麗なラインの眉が辛そうに顰められる。
「じゃあ、どうすればいいんだ。お前が手に入らないなら、無意味だ。俺の言葉も、心も。」
スコールの右手が俺の手首を壁から引き離す。その手をそのままゆっくり自分の口元に運んでいった。
俺は精一杯抵抗した。言っておくが俺は別に非力じゃない。でも、はたから見てたら、俺はまるで
無抵抗に奴が手に口付けるのを許したみたいに見えるだろう。
すげー力だ。スコールにはいままで色んな形容詞が付けられてきた。「容姿端麗」、「頭脳明晰」「孤
高の存在」・・・。俺はそこに「怪力」っつーのを付け足さしてもらうぜ。
「・・・ずっとこんな風にお前に触れたかった・・・。」
スコールがうっとりと俺の指にキスをする。彫像みたいに冷たく整った美貌から、思いも寄らない
熱さと柔らかさの吐息が漏れる。その熱が俺の指を包む。緊張のあまり冷たく冷えた俺の指を溶か
そうとするかのようだ。
「やめろ・・。」
やっとの思いで声をだした。
「顔を上げろ。」
スコールが低い声で言う。じゃないとキスする、と囁かれて俺は慌てて顔を上げた。
「キスは・・・嫌いか?」
スコールの黒い瞳が妖しく俺を捕らえる。白く引き締まった頬にかかる、濡れた色の黒髪が壮絶に
色っぽい。こんなに妖艶な男がいていいのかよ。
俺の眼はスコールのあまりに蟲惑的な顔に釘付けになってしまった。
「き、嫌いって言うか、俺初めてだし・・・。」
わああ。何言ってんだ。違うだろ、問題はそこじゃないだろ、しっかりしろ、完全に飲まれてるぞ、
俺!
スコールは何か珍しいものでも見るかのように俺を凝視した。そしてひどく嬉しそうな顔になった。
「何だ、そんなこと気にしてたのか。」
違うんだ、男なんかとキスするつもり無いんだ!俺は!
もう一度俺の手首が両方とも壁に押し付けられた。長い肢が俺の肢の間に割って入ろうとする。駄
目だ。とても防ぎきれない。
「・・・や・・」
怯えたような声が俺の口から出た。これ、ホントに俺の声か?こんな弱々しい声・・・。
スコールの手にぐっと力が入った。
どうしよう。誰か、誰か助けてくれ。
「何してやがる。」
低い、よく通る声がした。
スコールの動きがぴたりと止まった。
「・・・・失せろ。」
スコールが振り返りもせずに言う。
「面白そうな事してるじゃねえか。」
サイファーだ!!サイファーの声だ!
俺はサイファーが嫌いだ。
俺のことチキンだってからかってばかりいる。校則違反だって言って因縁つけてるとしか思えない
理由で追いかけてくる。俺の大事な物をみんな取り上げようとする。
だけど、今回は助かった。しかし、俺がサイファーを見て「助かった」なんて思う日が来るなんて。
分からないもんだぜ。
「サ、サイファー。」
俺がおずおず声をかけるとサイファーはわざとらしくオーバーにおや、という顔を作った。
「チキンじゃねえか。・・・・・ほう。なるほどねえ。」
薄笑いを浮かべてハイペリオンを肩に乗せる。
うう、嫌な笑い方する奴だぜ。でも、助けてもらう身だ。文句は言うまい。
「さっさとどこかへ行け。」
スコールが重ねて言う。サイファーは皮肉な表情で口の端を吊り上げた。
「そうはいかねえな。こんな見世物、めったにねえ。じっくり見物させてもらうぜ。」
見物?
俺は一瞬、言葉の意味が判らなかった。頭がその言葉を拒否したんだな、きっと。
スコールは険しい顔でサイファーをじっと見つめていた。が、ふいっと顔をこちらに向けた。
「なら、勝手にしろ。」
・・・・!!!!
驚きのあまり思考が停止している俺の身体に長い腕を回す。顎をぐいと持ち上げられてやっと意識
が戻ってきた。
「ちょっ、ちょっと待てってば。お前、正気か!?見られてるんだぞ!?」
「気にするな。見せ付けてやる。」
おいおい、眼がマジだぜ。俺は必死で首を回した。
「サイファー、何見てんだよ!」
「ああ?伝説のSeeD様とチキンの濡場なんてそうそう見れないからな。通りかかってラッキー
だったぜ。」
ラッキー・・・。こ、こいつ・・・。
俺の頭に血がカーっと登ってきた。
風紀委員とか言ってるくせに、これを見逃すのか!!どう見ても男が男に襲われてる図じゃねえ
か!(うう、情けねえ)
そんなに俺が困ってるのが楽しいのか?
どんなに俺が困っててもお前には楽しい見世物でしかないのか?
畜生、馬鹿サイファー!!
スコールの手が俺の顎をがっちりと押さえる。手袋の革の臭いが鼻をつく。
怯えたように見上げると、スコールの眼と俺の眼があった。俺は息を呑んだ。
さっきと、違う。
今まで妖しく光っていたスコールの瞳が、黒く燃えていた。
スコールの指が、俺の顎に食い込んでいる。痛い。でもスコールは俺の痛みにも気付いていないよ
うだった。
「ゼル、俺だけを見てくれ。」
激情にかすれた声。まるで質量を持って俺の身体にまとわりついてくる様だ。
何だ。何がお前をそんなに急に怒らせたんだ。
俺、怖い。お前が怖い。
スコールの締め付けがきつくなった。俺を絶対逃すまいとしている。
肩越しにサイファーの白いコートが眼に入った。
俺は一体何をしてるんだ。
友達だと思ってた男に襲われて、それを天敵みたいな男が嘲笑しながら眺めてる。
こんなの、あんまりじゃねえか。
俺の眼に涙が溢れてきた。
「チキン、助けて欲しいか。」
間近でサイファーの声がした。
思わず眼を向けると、いつの間にかサイファーがごく近くに立っていた。
「助けて欲しかったら、こう言え。」
サイファーは唇をニヤリと上げた。
「俺はサイファーのものだから、手を出さないでくれ、ってな。」
「・・・・・・!!!」
あまりのショックでしばらく息が出来なかった。
「なななななな、何言ってんだお前!」
こいつ、頭がおかしくなっちまったんじゃないのか!?それとも新手の嫌がらせか?!
サイファーはニヤニヤ笑いを浮かべたまま、呆然としている俺を覗き込んだ。
「どうする・・・?言うか?・・・そうすりゃ」
サイファーの表情が急に引き締まり、ハイペリオンがゆっくりスコールに向けられる。
ブルーグリーンの眼に冷たい光が宿った。
「この野郎を倒してやる。二度とこんなふざけた真似が出来ないほど、叩きのめしてやる。」
スコールが顔を上げ、サイファーを見た。
作り物みたいに綺麗な横顔には何の表情も浮かんでいない。
でも、俺は知ってる。この顔を見たことがある。ドールで。D地区収容所で。アルティミシアの城で。
これはこいつが戦う時の顔だ。もう、戦いを決意してしまった顔だ。
俺は渾身の力を込めてスコールから身を引き離した。サイファーに逃げろ、と言うつもりだった。
冗談で命を落とすことになるぞ、と言うつもりだった。
だけど、俺は見てしまった。
ハイペリオンを握るサイファーの手が、真っ白くなるほど血の気が引いているのを。青い血管が浮
くほど、強く柄を握り締めているのを。
こいつも、本気だ。
スコールが俺の方に向き直った。そして悪魔みたいに優雅に囁いた。
「ゼル・・・俺とキスしよう。」
静かに、だが決然と俺の腕を引き寄せる。濡れた瞳が俺を絡めとろうする。
俺はサイファーを見た。
サイファーはハイペリオンを真っ直ぐスコールに向けたまま、俺をじっと見ていた。
待っている。
あの、プライドの高い男が、俺の一言を待っている。
一体、どうすりゃいいんだ。俺はどうしたらいいんだ。こんな問題、俺にはとても解けやしない。
第一、俺はスコールを断ろうとしてただけなのに、どうして二人のどっちかを選ばなきゃいけなく
なってるんだ。
神様、救ってくれ。そしたら食堂のパンを十日くらいおごってもいい。
ああ、そんな事考えてる場合じゃない。スコールの唇が俺を捕らえてしまう前に決めなくちゃ。
神様、ひょっとして俺をからかってるのか?
早く。早く決めなきゃ。
さあ、早く―――――――――――。
|