So long (Zell Version 1) |
「一体、いつになったら帰れるんだ!」 「落ち着けよゼル。もうそろそろ解放されると思うぜ。」 一緒に派遣された奴が、呆れたように肩をすくめる。 「もう任務は終わったんだしさ。のんびりいこうぜ。」 呑気な言葉にイライラと首を振った。のんびりなんかしてられるか。 俺は一刻も早く、ガーデンに帰らなきゃいけないんだ。 国境付近に出没するテロ集団を一掃する任務は、拍子抜けする程簡単に終わった。 だが、その後がいけなかった。 もともと政情不安定だったこの地区は、むしろテロ集団によって自治が保たれていたらしい。 テロ集団撲滅後、地区の治安は劇的に悪化した。瞬く間に戒厳令が敷かれ、国境封鎖、通信禁止の 完全孤立状態だ。 それがもう10日目に入ろうとしている。 俺は呆然とした。 何とかガーデンに連絡をとろうと必死で頑張ったが、結局駄目だった。 どんどんずれる帰国予定日に、心臓がギリギリと痛む。一体どうしたらいいんだ。 一人の男の姿が、脳裏にくっきりと浮かび上がる。 スコール。 あの、激しい男。 何でか分らないが、スコールは俺に執着している。 ある日突然告白されて、それから先は怒涛の展開だった。スコールの強引さは物凄かった。 あの無愛想で寡黙な男が内に秘めた激しさは、並大抵じゃなかった。 何が何だか分からないうちに押し倒されて、あっと言う間に体の関係の出来上がりだ。 その上、独占欲も人一倍だ。四六時中一緒にいようとする。 その執着心の塊を、俺はガーデンに残してきている。 無事でいると、伝えることも出来ずに。 何だノロケか、と思われるかもしれねえ。でも、違うんだ。そんなんじゃねえ。 スコールが心配なんだ。すごく、心配なんだ。 焦燥に髪を掻き毟った。 スコールの心は、置いていかれることに耐えられない。 俺は孤児院時代を殆ど覚えていない。その頃のスコールの記憶も、たった一つしかない。 エルオーネを、独占していた事しか。 誰もエルお姉ちゃんと遊べなかった。ちょっとでも他の子供が手を握ろうとすると、スコールは 顔色を変えてエルオーネの全身を引っ張った。その剣幕に恐れをなして、俺なんか近づく事すら できなかった。 俺は一番早く他の家に引き取られた。だからエルオーネが俺の後すぐに孤児院を去ったと 知ったのは、最近だった。 その話を聞いた時、俺は感心した。あんなにエルオーネにべったりだったスコールが よく平気だったなと思った。 そう言うと、アーヴィンは大きな溜息をついた。 「何言ってるんだよ。あの後、スコール大変だったんだからね〜」 皆も一斉に溜息をつく。 「大変って?」 「何かもう・・・生気が抜けた人形って言うか・・・」 セルフィーがうんうんと頷いて言葉を続ける。 「何言ってもシカトだもんね〜。一緒に遊ぼうともしないし〜。」 「食事も取ろうとしないから、ママ先生も困ってたわ。」 「ずっとベランダにうずくまって、海見てるんだよねー。」 これだけ皆が覚えてるって事は、相当だったんだな。 「へー、大変だったんだな。」 俺がそう言うと、アーヴィンはにっこりと笑った。 「でもさ、良かったよ〜立ち直ってて。今はバラムガーデンのカリスマなんだって?あのまま社会復帰 できないと思ってたからさあ〜。」 「うわ、ひど〜い。それ、はんちょが聞いたら、エンドオブハート炸裂じゃない〜?」 うっと顔を引き攣らせたアーヴィンが、今のは冗談だよ、と慌ててセルフィに口止めをする。 キスティスが忍び笑いを漏らした。俺も一緒になって笑った。 その傷が全く癒えていないと分ったのは、リノアが倒れてからだった。 「ゼル!封鎖解除されたらしいぜ!」 仲間の声にハッと顔を上げた。 「本当か!?」 「ああ、巡視艇もじき出発だってさ。」 俺は勢い良く立ち上がった。荷物を引っつかんで出口に向かう。 「おい!まだ何時に出るとは・・・」 呼びかける声を振り切って、俺は走った。スコールの所に行かなきゃ。 頭の中はその言葉で一杯だった。 巡視艇が波を切り裂くように疾走する。それでもまだ不満だった。もっと、もっと早く。 甲板の先端に立ち、波飛沫を浴びながら眼を凝らした。バラム港が見えてきた時は、安堵の余り、 腰から力が抜けそうになった。港に着くと、脇目も振らず車に乗り込んだ。ガーデン迄の道のりが、 とてつもなく遠く思えた。 「いない!?」 俺は思わず叫んだ。キスティスが青い顔で頷く。 「昨日まではいたのよ。でも、今朝から誰も姿を見てないの。」 「見てないって・・・だってじゃあ、何処に行ったんだよ!」 「それが分れば苦労しないよ〜。」 アーヴィンが首を振った。二十年近い電波障害のせいで、携帯のエリアはまだまだ狭い。 少しでもガーデンから離れれば、簡単に圏外だ。俺は頭を抱えた。 一歩遅かった。何で、もう一日待っててくれなかったんだ。 「・・・ねえ、ゼル。」 セルフィーが泣き出しそうな声で俺の肩を叩いた。 「スコールね、きっと疲れちゃったんだよ。平気な振りするの、もう疲れちゃったんだよ。」 細い腕で目元を隠しながらえへへ、と笑う。 「御免ね〜、また止められなかったよ。セルフィちゃん、不覚〜。」 俺は立ち上がった。セルフィの肩を両手で掴む。 「大丈夫だ!俺が絶対連れ戻してくるから!」 「ゼル、その前に任務報告しろって教官が・・・」 キスティスが気遣わしげに口を挟んだ。 「後で行く!」 一言叫んで、校門に向かって走り出した。 「おっ!兄ちゃん!あんた、ゼルってんだろう!?」 俺の顔を見るなり、門番のオヤジが叫んだ。 「お、おお。俺、ゼルだけど、何か?」 オヤジが深々と安堵の溜息をつく。 「今朝、スコールが兄ちゃんを探しに行くって出ていったぞ。」 「何!?」 思わずオヤジの肩を掴んでガシガシと振った。 「ど、どこに行くって言ってた!?」 「わ、分らん。」 俺はがっかりして手を離した。すると、今度はオヤジが俺の肩を掴んだ。 「兄ちゃん、スコールもそう言っとった。」 「は?」 「お前さんが何処にいるか分らないが、探しに行くと言っとった。」 俺は絶句した。オヤジが不安気に首を傾げる。 「・・・ちょっと変な感じだったぞ。上手く話が噛合わんと言うか・・。こっちと眼も合わそうとせんし。 何て言うかな・・・機械みたいに無表情で・・・」 「分った。有難うおっさん。じゃあな。」 まだ話したそうなオヤジを強引に遮って手を振る。 それ以上、怖くて聞いてられなかった。 スコールの傷は全く癒えていない。 そう気付かされたのは、リノアが意識不明になった時だった。 いつもスコールに明るく笑いかけていた、可愛いリノア。 突然意識不明になったリノアを背負って、スコールはガーデンを出奔した。 行き先は分ってた。エスタに行けば助かるかも、と誰かが言った一言に、スコールは縋りついたんだ。 スコールを発見したのは、広大な海に掛けられた橋の上だった。 俺は唖然とした。 こんな長い道のりを、人を背負いながらたった一人で歩いて行くなんて、正気の沙汰じゃない。 それも、エスタの正確な場所すら分らないのに。 スコールは眼を伏せて、すまない、と呟いた。それでも、リノアを降ろそうとしなかった。 それで、俺は気付いた。 スコールは、置いていかれるのが駄目なんだ。 置いていかれると思っただけで、駄目になってしまうんだ。 その時まで、スコールは俺にとって何処か遠い存在だった。 戦闘能力も頭脳も桁外れの上に、あの人間離れした美貌。憧れはするが、対等な友達になれるとは 思えなかった。 あの時初めて、俺はスコールを助けたいと思った。友達になりたいと思った。 頼るだけじゃなくて、助けてやりたくなった。 可哀想だった。 誰にも打ち明けずに、一人で思いつめていたスコールが。 あの明晰な頭脳の持主が、こんな馬鹿げた事をする程追い詰められていた事が。 眼が覚めた後、リノアは「スコールがずっと話し掛けてくれた」と俺達に話してくれた。 だから怖くなかったの、と嬉しそうに笑った。 それを聞いて、俺は泣きそうになった。 リノア、それは違う。 怖かったのは、スコールの方だ。 お前の心が突然消えてしまって、スコールは怖かったんだ。 だからずっと、話し掛けてたんだ。 置き去りにされた事を認めたくなくて、ずっと話し掛けてたんだ。 リノア。スコールは万能じゃない。 伝説の獅子は心に膿んだ傷を持ってる。スコールは耐えられない。 置き去りにされる事に、耐えられないんだ。 目の前が絶望で暗くなりそうだった。 さっきの話だと、もうスコールの精神は限界にきてるに違いない。 俺は頭をブンフンと振った。しっかりしろ。セルフィーに約束しただろう。 スコールを絶対連れて帰るって。俺がしっかりしなくてどうする。 スコールの心が壊れかけてるなら、尚更だ。俺が見つけてやらなくちゃ。 ガーデンを出たのが今朝だとしたら、今はもう夕方近いから、随分時間が経ってる。徒歩で追いつく のは無理だろう。かと言って、車だと見過ごしてしまう可能性がある。俺は駐輪場からMBを引っ張り 出した。取りあえず、バラムに向かって走り出した。 通行人を見つける度に、バイクを降りて尋ねた。何人かがスコールらしき人物を目撃していた。 そして、俺は混乱した。 「黒い服で黒い髪の、いい男でしょ?それならあの谷に向かってたわ。」 「ああ、あのカッコイイ人。あそこの森に入ろうとしてたよ。」 「えーと、川沿いに歩いてたような・・・。」 皆てんでバラバラの行き先だ。すれ違った女がほぼ100パーセントの確率で覚えてるのは、流石としか 言い様がないが、何なんだこの迷走ぶりは。これ本当に全部スコールなのか? 他にも黒服で黒髪のいい男がうようよ歩いてるんじゃねえだろうな。 訳わかんねえ。一体何処に向かうつもりなんだ。 とにかく、目撃証言の場所を全部廻ってみる事にした。 三箇所目を廻り終えた時、ハッと気付いた。 馬鹿。 眼の奥が熱くなる。思わずその場にしゃがみこんだ。 ここは、俺とスコールが一緒に遊びに来た場所だ。 河原で釣りをした。山道をバイクで下った。Tボードで崖を滑った。 俺を探している。何処に行けばいいか分らないから、行った事のある場所を探してる。 だって前は、ここにいた。 ここで一緒に遊んだんだ。 もしかしたら、もう一度、ここで逢えるかもしれない。 きっと子供のように、そう思ったんだ。 はぐれた獣が仲間を探すように、必死に過去の匂いを追っている。 心細さで張り裂けそうになりながら、闇雲に俺を探している。 あの冷静沈着な男が。 スコールは、自分がいつか置いていかれると頑なに信じてる。 一度手を離してしまえば、二度と帰ってこないと思ってる。 だから必死に追いかける。いつでも俺を腕の中に捕らえておこうとする。 そうしなければ、失ってしまうと怖れてる。 奔流のように強く激しい男の、たった一つの脆い点。 あの桁違いの強さは、この脆さと引き換えだ。 そこが決壊すれば、何もかもが崩れてしまう。 あの男は、壊れてしまう。 ついに俺は泣き出した。涙が溢れて、止まらなくなった。 神様。 どうか、あの男を守って下さい。 あの強くて弱い男を守って下さい。俺がこうして探している事を、知らせて下さい。 スコールが一人じゃない事を、どうか知らせてやって下さい。 皆が待っている事を、知らせてやって下さい。 俺がここにいる事を、どうか知らせてやって下さい。 暫く泣いて、立ち上がった。行こう。まだこれからだ。 川の水で眼を冷やした。 何時の間にか日が暮れていた。空には星が見え始めてる。星は漁師の道標だ。 ぐいと顔を上げて空を見上げた。この星を道標に、俺はスコールを連れ戻す。 スコールを、絶対に見つけてみせる。 |
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