スパイダー 1




見込み違いだったな。

一言も言い返さずに俯くイルカを、カカシは苛立ちを込めて見下ろす。
実直、と言えば聞こえはいいが、この男の実直さは愚鈍と紙一重だ。
上からの命令に、唯々諾々と従うだけの男。それに逆らう事など思いもよらない、愚かな男。

「俺、イルカ先生すっげえ好きなんだってば!イルカ先生みたいになりたいんだってば!」

金色の子供が口癖のように言うセリフを思い出し、深い溜息を吐いた。
あれに、騙されたんだよねぇ。
ボリボリと頭を掻いて、目の前の中忍から顔を逸らす。
ナルトがあんな風に話すから。あんな風に瞳を輝かせるから。
恩師の面影を色濃く残す子供が、まるで宝物みたいにこの男を見上げるから。
だから、勘違いしてしまったのだ。
うみのイルカが価値あるものだと。無理をしても、手に入れる価値があるのだと。

術も忍犬も、価値があると思えば即座に自分の物にしてきた。
だから、うみのイルカも手に入れようと思った。その為には、忍犬を契約で縛るように、イルカも
何かで縛り付けておかなければならないと思った。
抱くのが、一番いいような気がした。
見るからに真面目そうな、常識が服を着て歩いているような男。同性相手の醜聞を立てられる位なら、
死んだ方がましだと思うに違いない。秘密を守る為なら、どんな条件でも呑むに決まってる。
そう思った。

やり方が強引だった事は、否定しない。
ナルトの事で相談があるとイルカの家に押しかけ、持ち込んだ酒で泥酔させて抱いた。
意外だったのは、自分の反応だった。
何とか逃げ出そうと必死に身をよじる姿態に、妙にそそられた。一回きりで終わりにする予定だった
のに、全く歯止めが利かなくなった。
異常な感覚にあえぐ背中が、痙攣するように反り返る。苦しげに眦を染めて、荒い呼吸を繰り返す。
嬲り尽くした乳首を、もう一度舌で転がした。狂ったように首を振る仕草に、ゾクリと背筋が震えた。
全身から湧き上がる熱に追い立てられるように、またイルカの内部を貫いた。
こんな体験は初めてだろうイルカの身体を、気遣う余裕すら無かった。そんな自分に驚いた。

・・・・へぇ。こりゃ儲けモン。

あまりの愉快さに笑い出したくなった。
女相手だって、こんなに夢中になった事はない。まして、こんな地味な風貌の男相手に、ここまで
その気にさせられるとは。
ただの手段にしか過ぎなかったものが、意外に有効利用できそうだ。これほど具合がいいなら、
当分こっちの方も不自由しないで済むだろう。
くすくすと笑いながら、イルカの奥深くに自分をねじ込んだ。イルカが掠れた悲鳴を上げる。
情欲が身体中からぶわりと湧き上がった。酩酊したようにイルカの腰を揺さぶり続けた。
相手が意識を途中で飛ばしてしまった事に気付いたのは、自分の欲望を開放した後だった。

翌朝、イルカは呆然としていた。
何をどう考えたらいいのか、判断できないように顔を強張らせていた。
やがて、「あんたのしたことは強姦だ。分かってるのか。」と搾り出すように訴えてきた。
鼻で笑い飛ばした。
この手の交渉は最初が肝心なのだ。忍犬と一緒だ。圧倒的な力の差を、あらかじめ見せつける
必要がある。そうでなければ、服従させる事は出来ない。
だから殊更、見下した声を出した。
男が、しかも忍ともあろう者が、どの面さげて強姦されたと騒ぐのか。馬鹿馬鹿しい。しかも、
ただの中忍風情が上忍を非難?大笑いだ。
ぐいと顔を近づけ、冷徹に言い放った。
この里を支えているのは俺達だ。俺達上忍が、文字通り命を削って貢献しているからこそ、この平和と
安定が守られてるんだ。あんたが里で安穏と教師なんてやってられるのは、誰のお陰だ。
これくらいの事で非難されるいわれは無い。調子に乗るな。

目の前の中忍がどんな反駁をしてこようと、一歩も引くつもりは無かった。
が、イルカは黙ったままだった。
やがて、ポツリと「生意気を言って申し訳ありませんでした」と乱れたままの頭を下げた。
ちょっと拍子抜けした。力んで身構えていた自分が、急に恥ずかしくなった。
「・・・ま、俺もちょっと強引だったよね。あんたがちゃんと協力してくれれば、次はこんな無理
しないよ。」
ボリボリ頭を掻きながら言うと、イルカが一層深く頭を下げる。
「・・・・ありがとうございます。」

驚く、と言うより呆れた。
こんな無茶な理屈に、あっさりと説得されるのか。しかも「ありがとうございます」ときた。
単純そうな男だとは思っていたが、まさかここまでとは。ちょっと上忍の権威を振りかざせば、
反論もせず受け入れる。皮肉な気持ちで思った。まさに中忍の鏡だな。上の者を疑わず、逆らわずだ。
予想外の小者ぶりに、ひどく不快になった。このまま投げ出して帰ろうかとさえ思った。

それでも、昨夜の快楽は忘れ難かった。
あれほど深い快楽は、めったな事では得られない。それだけでも、この男を繋ぎ止めて置く価値は
ありそうに思えた。
一向頭を上げようとしないイルカに、尊大に話し掛ける。
「また来るから。また俺の相手、してもらえるよね?」
暫くの沈黙の後、イルカが無表情にはい、と返事をしてカカシを見上げる。その覇気の無い淀んだ瞳に
思わず舌打ちした。つまらない。何て手応えの無い男だ。
そりゃ、いつまでも煩く喚かれるのは勘弁だ。だけど、ここまで簡単に思考停止されちゃねえ?
はっきり言って、面白くないね。
妙に苛立った気分のまま、イルカの家を出た。後ろは一度も振り返らなかった。

実際、イルカは従順だった。
勝手に上がりこんで待っているカカシに、待たせて申し訳ないと頭を下げ、飯を作れと言えば
すぐさま作り、酒が無いと不平を言えば、不手際で申し訳ありません、と恐縮して平伏した。
卑屈に身体を丸めて謝るその姿には、プライドが欠片も感じられなかった。
その度に苛々した。一体何だって、俺はこんな卑小な男に係ってしまったのか。
今だってそうだ。
何かというと、米搗きバッタのようにペコペコと頭を下げる。
どんな理不尽な不満を言っても、まるで全てが自分の責任のように恐縮しまくって謝る。
蹲ったまま、こっちの眼を見ようともしない。
カカシはもう一度、「見込み違いだったな」と自分に呟いた。
あの恐るべき可能性を秘めた子供が、瞳を輝かせて見上げる男。どんなに価値があると思ったのに。
それがこんなに、情けない男だったとは。

従順なだけなら、イルカじゃ無くたって全然構わないのだ。
むしろ女の方が断然ましだ。美しい女達。凄腕の上忍である自分を、崇拝するように尽くしてくれる
女達。こんな泥臭くて気の利かない男なんか、及びもつかない。
「・・・アンタさぁ、ちゃんと顔上げて喋れないの?俺、そういうのホント苛つくんだけど。」
吐き出すように顔をそむけるカカシに、イルカが畳に額をこすり付けんばかりに頭を下げる。
「・・・・申し訳ありません。」
「・・・・!だから!その態度が苛つくんだよ!」
カッと声を荒げてしまい、ハッと我に返る。いつもそうだ。飄々として冷静だ、と言われている
自分が、この卑屈な態度を見るたびに、唾でも吐きかけてやりたい程にむかつく。感情の抑えが利かな
くなる。自分でも呆れる程の暴言を吐いてしまう。それに一層苛々する。最悪のパターンだ。
「・・・もういい。ほら、こっち来て。」
ぐいとイルカの腕を引いた。ぐにゃりとバランスを崩した身体が、何の抵抗もなく腕の中に倒れこむ。
「脱いで。」
一言命令すれば、イルカがのろのろとシャツを脱ぎ捨てる。上官と部下と言うより、奴隷、とでも形容
したいような、気概の無い従順さだった。こんな男に憧れるナルトの気持ちが、心底判らなかった。
無言でイルカの傷だらけの身体に圧し掛かった。潤滑油で湿らせた指先を秘部に差し入れると、
イルカがぎゅっと身体を強張らせた。食いしばる唇から、僅かに苦しげな声が漏れる。
「・・・・・っ・・」

一気に下半身に血が集中した。
忌々しさのあまり身震いがおきた。こんな地味で面白みの無い男など切り捨ててしまおう、とイルカを
見る度思うのに、いざコトに及んだ途端この有様だ。
セックスを覚えたての餓鬼のように、頭が欲望で一杯になってしまう。
余裕無く興奮してる自分が、本気で情けなかった。腹立ちまぎれに、勢いよくイルカの前立腺を擦った。
「!!あ!・・・やめ・・・っ・・!」
突然の快感に驚いたイルカが、思わず、といった風情で下腹部に手を伸ばす。
ビクビクと痙攣する指が、縋るようにカカシの指に絡まる。その場で暴発しそうになった。
・・・・くそ・・・!
殴りつけてやりたい程の怒りが湧き上がった。
これさえなければ、とっくにこんな奴捨てているのに。
どうしてここまで欲情してしまうんだ。この男の愚鈍さにこんなにも苛ついているのに、どうしても
手放す事が出来ない。三日と空けず訪れて、のめりこむようにセックスに溺れてしまう。
湧き上がる怒りに任せて、ぐいと竿をねじ込んだ。
「・・・・・あ・・・・!!」
衝撃の深さにイルカが喉を震わせる。
「い・・・あああっ・・・!や・・め・・・ああ!」
苦しげに眉を顰めて喘ぐ様に、頭の中が白くなった。滅茶苦茶に突き回した。
押し出されるように、後から後から欲望は湧きあがってきた。


・・・せめて、あんなに縮こまらなければいいんだよ。
木の枝に横たわりながら、カカシが嘆息する。
イルカがあれほど卑屈にならなければ、きっと自分だって冷静になれるのだ。
いや、そもそも自分は冷静なたちなのだ。あんな風に、相手を見境なく怒鳴りつける事は今まで
無かったのだ。それなのに、どうしてあの男の態度だけは我慢できないのか。
ふう、ともう一度大きな溜息をついた。
前は、こうじゃなかったと思うんだけどね。
こんな関係になる前は、イルカはもっと陽気で楽しげだった。自分の目の前で、朗らかな大声を
上げてナルトと笑いあっていた。今じゃ、あの笑顔を思い出すことすら難しい。
つらつらと考えていると、いきなり大きな叫び声が思考を遮った。

「イルカせんせー!」

突然頭の中で考えていた名前を呼ばれ、驚いた。
自分の乗っている枝の下を、金色の子供が駆け抜けていく。その正面に、軽く手を振るイルカがいた。
思わず気配を消して二人の様子を伺った。
ナルトが息を切らして叫ぶ。
「イルカ先生っ、何か欲しいものあるか!?」
イルカがパチパチと瞬きする。
「あー?何だ急に。欲しいものか?うーん別になあ・・・」
久しぶりに聞いた、イルカの伸びやかな声だった。何故か胸がズキリと疼いた。
「ええー?じゃあ、じゃあ、どっか行きたいトコは!?」
「行きたいとこぉ?」
イルカが腕組みをして考える。
「そうだなぁ・・・温泉か?」
「ぎゃーおっさんくせー!!」
ナルトが大げさに仰け反って騒ぐ。
「おっさん言うな!お前等みたいな悪ガキの相手は疲れんだよ!たまにはゆっくり温泉に浸かって
だなあ・・・いい宿泊まって美味い酒飲んで・・・」
うっとりとイルカが眼を瞑る。ナルトが急にモジモジしだした。
「でも・・・でも・・・俺そんなに貰ってないってば・・・・」
困ったように小さな顔を伏せて、地面に足を打ちつける。
「うん?何心配してるんだ?」
イルカが不審そうに覗き込む。ナルトが俯いたまま答えた。
「俺今日、初給料日で・・・だから先生に何か買ってやろうと思って・・・でも、温泉とか、そんなに・・・」
「・・・馬鹿!そういう事は早く言え!」
イルカが可笑しそうに笑う。顔いっぱいに広がる笑顔に、心臓がドクリと跳ねた。
「それならなぁ、一楽で奢ってくれ。今日はすごくラーメンが食いたかったんだ。」
「一楽なんて、いつも行ってるってばよ・・・・」
拗ねたようにナルトが答える。
「いや。今日は違うぞー。」
イルカが腰に手を当てて胸を張る。
「特製ラーメンに特製餃子とデザート付きの、フルコースだ。どうだ!金足りるか?」
「馬鹿にすんなっててばよ!それぐらい軽いってば!!」
飛び掛る子供を、イルカが笑いながら抱き止める。親子のようにじゃれあいながら、二人の姿は
次第に遠くなって行った。

・・・温泉ねぇ。
するりと枝から滑り落ちながらカカシが思う。イルカは温泉に行きたいのか。いい宿で、美味い酒を
飲みたいのか。ま、そりゃ下忍の初任給程度じゃ無理だよねえ。

でも、俺なら。

「写輪眼のカカシ」の名に相応しい給料を貰ってる俺なら、そんな事朝飯前だ。
首を傾げて、考える。

連れてってやろうか。

イルカの望みどおり、いい宿で、美味い酒を呑ましてやろうか。
ひょいと思いついた計画は、ひどく気が利いてるように思えた。イルカはきっと喜ぶだろう。
さっきのうっとりした顔が、脳裏に蘇って来た。
ああそうだ。喜ぶに決まってる。あんなに行きたがってるんだから。
ふいに心臓がドクドクと脈打ちだした。

もしかしたら、笑うかもしれない。

いつもの卑屈な態度を止めて、笑うかもしれない。さっきみたいに。
ナルトにするみたいに、俺に笑いかけるかもしれない。
にんまりと頬を緩めながら、カカシは軽い足取りで歩き出した。


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